ローマ人盛衰原因論(岩波文庫)

 モンテスキュー著 田中治男・栗田伸子訳
gif  フランスの哲学者、思想家で「法の精神」で有名なモンテスキューの著作ですが、共和政ローマを模範にしながら本音は自国の絶対王政を批判してイギリスの議会制を擁護するために書いたんだろーなと思わせてくれる作品です。後にフランス革命やアメリカ合衆国憲法の思想に影響を与えたというのも当然ではないかと思いますが、いかにも哲学者らしく質実剛健を称えすぎているきらいがあるのはきっとフランスに文句を言うには質実剛健を称えるのが一番だったからでしょう。
 史書としては主張は一貫しているし史料の評価も丁寧だし、解説にもありますが同時代のマキアベルリの「ローマ史論」やギボンの「ローマ帝国衰亡史」と比べても適度に短い分量にも関わらずローマ建国から東西の滅亡まで網羅して記述されていて、ローマ史ものでは触れられることが少ない軍人皇帝以後、東西分割以後のローマへの言及やローマと対峙した蛮族や他国への記述もあって一度は目を通してもよい作品だと思います。特に岩波版は解説や注釈も丁寧で、ナニナニを参照せよというものも多く知識がないと「この人だれ?」と思う箇所もないではありませんが、それこそマキアベルリと比べても読みやすい文体のおかげで人物や背景をあまり知らない人にも手を出しやすくはあるでしょうか。

 読んでいて面白いのはたびたび見られるモンテスキューの私見がけっこう皮肉っぽくも興味をひかれる分析をしていることで、例えば共和政ローマの軍団が強かったのはヨーロッパの兵士が強くてアジアの兵士が弱いからだ、としてアレクサンデル・セヴェルス以降のローマが弱くなった理由にしたり、共和政時代のスペイン鉱山はたいした量の金銀を産しなかったから清貧でいられたが、東から贅沢品が輸入されて奢侈を覚えると堕落したとか結論ありきの論調が見られなくもありません。ローマは重装歩兵が主で、オリエントは弓騎兵が主力なのでそもそも比べるものではありませんが、騎兵に関してはその限りではないと言及していますし、スペインの鉱山はそれこそカルタゴの時代から掘られていたからそりゃあ枯渇しただろうとも思わせます。
 また、共和政を称えながら盲目的にバンザイと唱えようとはしない冷静さも保っていて、たとえば「スラの法制全体は専制的に施行されたけれども常にある種の共和的形態を志向していた〜スラの下で共和国が力を盛り返している間、誰もが専制主義を非難した。アウグストゥスの下で専制が強化されている間、人々は自由についてしか語らなかった」という記述などは公正な視点がなければとても書けるものではないでしょう。

 広範に叙述されているぶん、ローマ史そのものに対してあまり深いところまで言及されてはおらず、清貧を称賛しているわりに宗教、キリスト教に対する言及が少ないのは啓蒙思想を持つモンテスキュー自身が宗教の存在を軽視していたせいかもしれません。一方で描写が軍事に偏っているきらいはありますが、内容は兵士の鍛錬や勇気の重要性について語っていることが多く、たとえばピュロスやハンニバルの将軍としての個人的な能力を称賛しても戦術について語られているわけではありません。常に戦争をし続けたローマは弛むことなく勝ち続けることができて、服属させた敵を分割して統治したことや、貴族と平民の闘争が自らを矯正する役に立ったことで隆盛を極めることができたとしています。むしろ彼らはあまりにも早く征服事業を達成したことによって、共和政とあい入れなくなったことが衰退に繋がったとしているのは見事な視点ではないでしょうか。塩野七生の「ローマ人の物語」もこの人の影響を受けているように見えますが、共和政の擁護者でありながらカエサルの能力を高く評価して、キケローよりも小カトーの美徳を称揚しているところなどもモンテスキューの著述は一貫していて偏ってはいても不自然な評価はありません。
 著作が書かれた経緯を思えば本来は歴史書ではないのかもしれませんし、評価が偏っていないかといえばそんなこともありませんがそもそも評価が偏っている歴史書なんて珍しくもないし、史料を基にして広範囲なローマの歴史が、特に衰退期の描写が語られているという点でおすすめができる作品です。ただとにかくモンテスキューはフランス王政が嫌いだったんではないかなと。
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