さまよえる湖(岩波文庫)
スヴェン・ヘディン著 福田宏年訳
中央アジアの奥ふかくにある、幻の湖ロプ・ノール。失われた古代都市楼蘭の近くにあるという、その湖の場所は古来から謎に包まれていました。スウェーデンの地理学者にして探検家であるスヴェン・ヘディンは、その湖が砂漠の中を1600年周期で移動する「さまよえる湖」であるという学説を提唱します。そして、湖が移動するその周期は今であると。
ヘディンは30年前に自分が訪れ、発見していた楼蘭の近くにロプ・ノールが出現しているであろうことを実証するために、当時の政情不安定な中国からチベットを抜けて再び楼蘭の都を目指しました。目的地は新しいロプ・ノール、すでに流れを変えているタリム川をカヌーで下りながら、1600年前の地図を確かめるために。
1901年に古代都市楼蘭の遺跡を発見したヘディンが、その30年ほど後にそこに現れているであろう、幻の湖ロプ・ノールを目指す探検記です。発見された文献ではどうしても楼蘭との位置が合わない湖が、実は砂漠の下を流れて位置を変える性質を持った湖であること、その移動がちょうど1921年に起こったことを提唱したヘディンは、自分の目と足でそれを実証するために再び楼蘭を訪れました。当時は清国が中華民国へと変わった時期でもあり、一行は督弁に監視されたり盗賊に出会ったりと苦労しながらも幻の湖を目指します。
三十年ぶりの現地人との出会いや古代都市楼蘭の遺跡への再訪、そこで発見するミイラの美しさにヤルダン地形やメサの奇観が、当事者ならでは身近な筆致で描かれます。ヘディンが書き残した日々の記録には多量のスケッチや撮影された多くの写真もあり、探検行の様子が伝わってきます。ようやくたどりついたロプ・ノールは魚もいる立派な湖であり、ヘディンは自分が以前に来たときにはなかった筈の平坦な湖面をカヌーで巡りました。
有名な探検記ですが、人間の認識が未だ地球儀の表面を埋め尽くしていないことを感じさせてくれる作品であると同時に、それが長い時の周期の中にあって筆者がそこに出会うことができた事実に驚嘆を感じずにはいられません。ヘディン自らが感動して書き綴っている様子が、読む者にその感動を分け与えてくれます。
近年ではタリム川のダムの設営などによって、湖の場所は1600年を待たずして変わっているとのことですが、地図帳に記されたロプ・ノールの湖岸が決して明記されていないことを思えばそれもまた幻の湖らしいのかもしれません。
時間の隔たりを越える冒険を。
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