アンの友達(新潮文庫)

 ルーシイ・モード・モンゴメリ著 村岡花子訳
表紙  作者のモンゴメリ自身はアン・ブックスに含めていないそうですが、新潮版では赤毛のアン四冊目にあたるシリーズ外伝的な位置づけの短編集。原題もクロニクルズ・オブ・アヴォンリア、アヴォンリー編纂記といった内容になっています。赤毛のアンに登場する人々の周辺に暮らす、アヴォンリーやその近郊の人々が登場人物で、作中にもアン・シャーリーをはじめとする幾人かの名が時折現れても大きな関わりを見せることはほとんどありません。ですが、短いそれぞれの物語に綴られるそれぞれの人々は紛れもない、年齢も性別も関係なく素朴で愛情にあふれるアヴォンリーの姿を見せてくれるでしょう。

 収録作品は全部で十二編。十五年間も交際していながら、名前に反していっこうに求婚してこないルドヴィック・スピードを急き立てるテオドラとそれに手を貸すアン・シャーリーの一計を描いた「奮い立ったルドヴィック」に、貧窮しながらそれをひた隠しにしている変わり者のロイド老婦人が、もと婚約者の娘シルヴィアへの一途な愛情を貫くために彼女の自尊心を捨てていく「ロイド老淑女」。人の思いをバイオリンの調べで語ることができる少年フェリクスと、ろくでなしの父から受け継いだバイオリンを捨てさせようとする祖父レオナード牧師が、生涯を悔やみながら最期の床にあるナオミを前に救いの言葉を語ろうとする「めいめい自分の言葉で」。
 十五年前に世話をして、立派な歌手として戻ってきたジョスリンにもう一度だけ会いたいというナン叔母さんの「小さなジョスリン」に、ささいな喧嘩を発端にして十五年間も互いに口を利かずにいたルシンダとロムニーによる「ルシンダついに語る」、愛する娘を三年の間、町の学校に通わせていたショウ老人が帰りを待ちわびて喜びと不安に揺られる「ショウ老人の娘」、きれい好きなオリビアおばさんが二十年ぶりに西部から帰ってきたマルカム・マクファーソンと婚約するもその乱雑さに振り回されてしまう「オリビア叔母さんの求婚者」。

 ピーター・エンジェリナ・マクファーソンが日曜学校の生徒の様子を見ようと女ぎらいで有名なアレキサンダー・エイブラハムの家に入り込むが、天然痘の疑いがあったアレキサンダーの家でしばらく暮らすことになる「隔離された家」。競売に夢中のスローン父さんが冗談と勢いで孤児を買ってしまう「競売狂」に、偏狭な姉エメリンの下で二十年間も結婚できずにいるプリシー・ストロングとステファンのために一肌脱ぐロザンナやそれに参画するアンやダイアナたちの「縁むすび」。家族に打ち続いた不幸で信仰を失った姉ジュディスに養われながら、預かった少年ライオネルを日曜学校に行かせるため不自由な足で教会に向かうサロメの「カーモディの奇蹟」、婚約者ピーター=ライトと口論の挙句に島を去っていたナンシーが二十年ぶりに帰ってきて、今も独身でいるピーターの家が散らかり放題になっている様子に彼を驚かせようとする「争いの果て」。
 短編集のためそれぞれの感想は書きにくいですが、全編の白眉となるのはアヴォンリーらしい献身的な愛情、ロイド老婦人だけではなくシルヴィアと彼女たちを取り巻く人々まで愛情に満ちあふれた様子に感動させられる「ロイド老淑女」と、素朴で切実な信仰心が生々しい言葉と描写によって、流れるバイオリンの調べが耳に届くかのように綴られている「めいめい自分の言葉で」の二編でしょうか。個人的にはピーター・エンジェリナ・マクファーソンとウィリアム・アドルファスの振る舞いが実に小気味よくて楽しい「隔離された家」がおすすめです。中年や老年と思われる人々が実に生き生きとして、日々の生活を営んでいる姿を見せてくれる描写はモンゴメリの十八番でしょうか。

 中には苦笑したくなるエピソードや都合のよさを感じてしまうお話、できすぎた偶然を思わせる出来事がないとはいえません。ですが全編に通じて流れているアヴォンリーの素朴さと疑いのない愛情が、時に魅力的で何よりこっけいな噂話の面白さを感じさせてくれる作品です。愛情があればすべては解決する、などと考えるよりも人々が素朴なほど自分の心に正直に生きている、遠慮のない人間らしさにたまらない魅力を感じます。
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