夏休みは、銀河!(朝日ノベルズ)

 岩本隆雄著
表紙  今回は六年寝太郎でしたという、遅筆ながら快い作品が魅力な作者十八番であるジュブナイル風サイエンス・フィクション作品の上下巻です。舞台は現代またはほんのちょっとだけ近未来の日本。自然の景観と派手な花火大会で知られている望市という町で、小学五年生の少女内田一希は夏休みを目の前にした終業式の当日、校庭にある国旗掲揚台の旗竿を必死に登る羽目になります。なくしてしまった従姉妹からの贈り物が旗竿の上にあるらしいと、てっぺんにたどり着いた一希は旗竿を派手にへし折ることになりましたが、おかげで亡くし物と「ハタザオオリヒメ」通称オリヒメという呼び名を手に入れることになりました。
 ですが撤去されてしまった旗竿、そのてっぺんにはこのメッセージを読んだ者たちに宛てた「おめでとう、合格だ」という落書きが残されていたのです。落書きにある銀感泉へ、学校でも指折りの悪ガキとして知られる六年生の保、同級生で頭はいいが性格の悪い翔太朗、全身銀色の保護服を着込んだ三年生の風花、それに子供たちの保護者という亜子という謎の女性が集まると、子供たちはかつての悪ガキ三人組が挑んだ不思議なお化け屋敷と彼らが挑むことのできなかった最後の冒険に挑むことになります。それは24年前に起きた電気ストライキという奇妙な事件からつながっている、銀河の存亡にも関わる大事件でした。

 サイエンス・フィクションであるからには科学よりも超科学だとばかりに、光の速さを超えて銀河系のかなたにも至るスケールが大きい筈の物語が、登場人物たちにふさわしく如何にも小学生的なセンスで描かれている様子と、日本らしい舞台設定に星虫以来の作者らしさを感じさせてくれます。人類の想像を絶する技術と能力でつくられたとしか思えない、子供たちの冒険の舞台が銀河を走る可愛らしい汽車で赴く昔ながらのお化け屋敷であったり、護り液という無敵の防護服が水をかけると力を発揮するとか、鼻毛を伸ばすとくっつけた相手の音をどんなに遠くからでも聞くことができるとかおよそ楽しげで深刻さがありません。
 最後の冒険を乗り越えて伝えられる、子供たちに用意されていたメッセージとは銀河系が実は滅びかけているというとんでもないものでした。それを知ったからといってどうすることもできないかもしれない、だけどなんとかなる可能性は小さすぎるだけで決してないわけではない。この世界にはすでに真実を知っている宇宙人も訪れていて、ごくわずかな大人たちは少しでも人々を助ける方法を試みてもいる。ですがその方法は子供たちには納得できないものでした。

 莫迦げているとしか言いようがない話だからこそ、それに挑むのは子供でなければならないのかもしれません。かつての悪ガキ三人組の冒険を引き継いだ、一希や保たちは自分たちの呼び名をガキ悪四人組と名付けますが、この奇妙なセンスの言葉がその意味である「ガキで悪いか!」の叫びに重なると彼らの呼び名はこれ以外にありえないと思えますし、だからこそこの冒険は大人どころか高校生や中学生ですらない、子供たちに託されて当然なんだとも思えてしまいます。冒険心は子供の特権ではありませんが、子供らしさの象徴ではあるでしょうから。

 上下巻に分かれたお話は上巻が24年前の悪ガキ三人組が挑んだお化け屋敷を舞台にして子供たちが繰り広げる冒険であり、下巻は銀河系の危機を知った子供たちが、世界を呑み込もうとしている「ア」のタマゴを探して送り返そうとする冒険になっています。正直なところ、細かい設定や伏線が多いせいか序盤はところどころ分かりにくい展開がなくもありませんが、ホイジ人の正体が明らかになるあたりからクライマックスまでは次々に明かされていく事件の全容と奔走する子供たちの姿に一気に引き込まれてしまいました。尽きないほどのエネルギーは作者の登場人物にはおなじみの魅力ですね。
 あえて主人公たちの年齢を小学生までに引き下げている子供らしさの描写が抜群で、大人が子供に何も話してくれないなら自分たちで知ればいいという保のたくましさや翔太朗の機敏さはもちろんですが、銀河を救うために親友だったデンを利用する人々へのわだかまりを抱える一希の「大人びた子供らしさ」まで描かれていることに感嘆してしまいます。親友を宇宙の果てに送り届ければ世界が救われるかもしれない、希望と喜びで彼女とデンを引き離そうとする人々を責めたとしても、子供の彼女が咎められることなどないでしょう。ですが彼女はそれを騒ぎ立てたりはしませんし、粛々と受け入れることもできません。大人しげだけれど実はすごい女の子だと、一希の友人たちは彼女のことを知っていますが彼女も同じ女の子であることを知っているのが友人の宇宙人であり、慰めてくれるのがかつて自分も悪ガキだった大人たちであることに登場人物たちの魅力と絶妙な物語の構成を思わせてくれます。

 子供たちが出会うとんでもない大事件、彼らだからこそ挑むことができる大事件に、彼らだからこそ思い悩んでしまう心情まで全編が子供らしい魅力と冒険心に彩られている作品です。大人になると子供の心を忘れてしまうとは方々で聞かれる言葉ですが、そんなことよりも忘れてしまった子供の心を大人になっても思い出すことができる、そんな大人の人に読んでもらいたい作品ではないかと思います。

 ホイジ人は基本的に全員がパンダでも良かったのではないでしょうか?
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