ウは宇宙船のウ(創元SF文庫)

 レイ・ブラッドベリ著 大西 尹明訳
表紙  サイエンス・フィクションというよりも詩のような印象を与える、更にいってしまえばジュブナイル作品的な印象を与えるレイ・ブラッドリ自薦の短編集ですが、本人が過去の作品から選出した理由がそうしたジュブナイル層の読者に向けたものだということなのでそれも当然なのでしょう。

 収録作品は全16篇、もともとは17篇あったのが日本語版では削られているそうですが、どの作品も宇宙船やタイム・マシンに恐竜といった存在を用いていながら、幼年期から青年期へのあこがれやそこで出会う困難、あるいはそうした時代を振り返える姿が描かれていて一貫した「初期の終わり」を感じさせてくれる作品が並べられています。個人的にはその「初期の終わり」が収録作品の中でもっともこの短編集を代表している印象があり、ロケット打ち上げの中継を聞きながら芝刈りを続けている夫婦の姿に、変わらない人間らしさとその人間が海を越えて空を飛んだように宇宙にも飛び立っていく姿を想像させられました。
 太陽のかけらを汲み取ろうとする宇宙船の冒険「太陽の金色のりんご」や、水浸しの金星で次々と隊員が倒れながらも人類が設置した太陽ドームへの帰還を目指す苦難を描く「長雨」など、かつて人類が出会ってきた危難や払ってきた犠牲はこれからも続くのでしょうし、それでも彼らが宇宙を目指すことを疑う理由はありません。「宇宙船乗組員」では宇宙船乗りの父親が数ヶ月ぶりの家に帰ってくるたびに、宇宙の存在を忘れようとしているかのように地面に目を向けますが数日もすれば星々への郷愁を思い出し、やがて息子や妻を置いて危険な仕事に戻っていきます。そして息子もそれを見てなお、母を置いて宇宙へと飛び立つことになるのでしょう。

 古い作品ということもあっていわゆる科学的な考証はそれほど難しいものではなく、未知の謎は科学的な予測よりも迫力ある想像力で補われている印象がありますが、それだけに個人でも家族でも人類全体であっても人間描写に生々しさすら感じさせる作品です。強烈な放射線が降りしきる世界で、生まれてからたった八日間で寿命を迎えてしまう人類が視線の彼方にある遺棄された宇宙船を目指す「霜と炎」などは、サイエンス・フィクションならではの世界を舞台にしてはいますが、短い生涯を浪費してでも宇宙船を目指す男の心境は宇宙を目指す人々の心境と重なって思えてきます。誰もが短い人生を全力で生きることを考えている中で、誰もそれを望んでもいないのに人類のために彼は宇宙船を目指すのです。
 タイム・マシンに乗って過去の世界へ動物狩りに赴く「雷のとどろくような声」では、過去のささやかな出来事が未来に与える微妙な影響を独特の結末で描いていますが、作中で解決されていないタイム・マシンの矛盾は当時の科学知識では解決されていなかった内容そのままであり、現在でも未来に向かう方法は発見されていますが恐竜時代に行って動物狩りをする方法は未だ見つかってはいません。もしも過去に動物狩りに行くことができるようになったとすれば、うっかり踏みつぶした一羽の蝶のせいで何が起こるかは今なお分からないままであり、であればこの作品の科学考証は現在でも通用しているということなのでしょう。過去に行くことなんてできないと言ってしまえばそれはもはやサイエンス・フィクションではありません。

 短編集の主題にもなっているR is for Rocket、「ウ」は宇宙船の略号さは全篇でもほとんどの人が珠玉に上げる作品でしょうし、個人的にもまったく異論はありません。壁の向こうで碧空に飛んでいく宇宙船の姿を見上げていた少年が、その一員として選ばれたときに友人や家族を置いて旅立つ、大切な幼年期を後に置いて壁の向こうに足を踏み入れたときに、その口調も含めて彼が青年に変貌する姿はそのまま幼年期から青年期に至る成長と、宇宙への歩みが人類を青年期に導いていく姿とが重ねられていて他の作品とも重なるテーマを強烈に印象づけてくれます。少年をとりまいている人々が彼に向ける態度や視線もまた、宇宙へ歩もうとする人々に対して人類が抱く視線であり、教師は羨望と憐れみの混じった視線を向けて、親友は彼を追うことを明言し、母親は息子にビデオレターを残す、次に会うときは大人ねという言葉にどれほどの意味が込められているか、著者の筆致に感嘆してしまいます。
 サイエンス・フィクションでも古典に挙げられる作品ですが、それだけにこの作品を読むために科学的な知識の下地などというものは必要なく、見事な人間描写が描かれているとしても人間に対する深い理解を求められることもなく、人々が宇宙にあこがれる思いそのものを理解することができる人であればぜひとも読んで欲しい名作です。あなたが壁の向こうに憧れていても、壁の向こうに呼ばれたとしても、その彼の家族や友人や教師であったとしても。
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