星を継ぐもの(創元SF文庫)

 ジェイムズ・P・ホーガン著 池央耿訳
gif  時は二十一世紀、人類が太陽系の各惑星に進出して更に遠くを目指していた時代。月面探査隊に発見された一人の人間の遺体がおどろくべき謎を人類に提示します。真紅の宇宙服に身を包んだ彼「チャーリー」は月面に進出していたどこの機関や組織に属する人物でもなく、それどころか現代のどの世界に属する人間でもなく、まだ地球が氷河に覆われていた五万年前に死亡したことが判明したのです。この謎を前にして、国連宇宙軍航行通信局ニヴコムの長コールドウェルに要請されて調査の指揮をとることになったのが、物質を透かして見ることができるトライマグニスコープの開発者ヴィクター・ハント博士でした。世界中の科学者と専門家が結集して、チャーリーの調査と研究が進むほどにむしろ増えていく矛盾と謎を前に混迷の度を深めていく彼らの中で、ハント博士はともすれば真実を覆い隠そうとする固定観念を一枚ずつ剥がしてルナリアンと名付けられた人類の進化を追いかけます。
 巻末に曰く、隆盛した後に一度下火になったSFが再び息を吹き返した1970年代を代表する作品の一つで、徹底的に追及されたサイエンスを見せてくれる作品です。物語は全編を通じてチャーリーたちルナリアンの起源に迫る調査を続けるだけで、舞台となる主人公のハント博士のオフィスや専門家との対話、訪れた調査現場で劇的な事件が起こるわけでもありません。にも関わらず、調査が進み新しい説が立てられるたびに矛盾する新しい謎が浮かび上がり、それが一つ一つ破られては更に新しい謎が生まれていく展開は常にスリルが付きまとって飽きさせることがありません。特にクライマックスでハント博士が辿りついた「すべての謎を説明できる答え」が語られる場面と、それを受けて更に暴かれる人類の起源と進化についての説が示される場面にはそれこそハイスピードのアクション・シーンを見せられているかのように目が離せないインパクトを受けました。

 月面で発見されたチャーリーは地球の人類と同じ生物としか思えない姿をしている。彼は確かに五万年前に死亡していたが彼が用いていた技術や装備は宇宙時代となった現代の地球人よりも進んだものである。もちろん地球にそんな高度な文明が存在した痕跡は見つかっておらず、やがて彼に次ぐ第二第三の遺体が見つかる中で、ルナリアンと名付けられた彼らが今はもう小惑星帯として四散した惑星ミネルヴァの住民であったことが確認された。だが地球とミネルヴァというあまりにも遠い世界で二つの種族が同じ進化を遂げることなど生物学的にありえない。そして調査が難航する中、木星の衛星ガニメデではミネルヴァ固有の魚類と同じ遺伝形質を持っていた「巨人」の宇宙船が発見される。。。

 先述した通り、物語はこれらの謎が発見されては新しい謎が生まれてそれらを解明する仮説が展開されていく流れがひたすら進みますが、ではこれが科学考証を語るだけの話かといえばそうではなく、だからといってロジックを組み上げて事件を解決していくミステリかといえばそうでもありません。ハント博士たちがひも解いていくのは時間と空間を超えてルナリアンたちの世界に描かれていたストーリーそのもので、彼らがどこで生まれてどのように進化をして、なぜ滅びることになり、そしてどうなったのかが知れるとそこには背筋に寒気を覚えるほど壮大な物語が存在していたのです。
 そしてルナリアンの起源を解き明かしていく登場人物たちの姿も物語性を欠くものではなく、個性的な面々が描かれている中でも特に生物学者ダンチェッカー教授の存在は白眉ともいうべきで、当初はハント博士と反目していた堅物の彼がやがて冗談を交わすほど親しい協力者となり、後には彼の語る論にハント以上に衝撃を突きつけられるとは思いもしませんでした。宇宙に進出してチャーリーを発見した人類の物語と、生前のチャーリーが目の当たりにしたルナリアンの滅亡の物語が作中に重なって描かれている、しかもエピローグではこれにもう一つの別の物語が重なっていたことが示されていて人類が新しい物語に関わっていくことが暗示されている構成は見事というしかないでしょう。

 出版した創元SF文庫でも最大のヒット作となっているそうで、実際に読んでみればさもありなんと思えるほど衝撃的な作品であり、少なくともこの本を手に取るような人であれば、誰であれ期待を裏切られることはないと断言できる名作だと評価しておきます。きわめて個人的な感想をつけ加えておくならば登場人物たちの細かい描写の中で、コールドウェルの秘書をしているリンがずいぶん上司を賞賛していること、それにしても研究者たちが酒と煙草を好きすぎること、チャーリーの記述に残されているコリエルがあまりにも陽気でフランクであること、そして堅物で酒も呑まないダンチェッカー博士がコークを飲む場面がものすごく魅力的で引き込まれてしまいました。
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