バルサスの要塞(社会思想社・教養文庫)

 スティーブ・ジャクソン著 浅羽莢子訳
ff2  ぎざ岩高地にある塔に住む、邪悪な妖術使いバルサス・ダイア。彼がその要塞に入ってより魔法で作り出し、あるいは召喚した魔物の軍勢を集めて近隣にある柳谷への侵攻を図っていることを知ったサラモン王は柳谷の隅々まで使者を遣わすと召集をかけます。そして太古の森に暮らしている<太古の大魔法使い>の弟子であった貴方は、王の召集を知ると塔への潜入を試みるべく名乗りを上げました。貴方の力と知恵、そして魔法の力によって妖術師バルサス・ダイアを倒すのです。
 FFシリーズ第二弾。世界観の描写や物語を主とするリビングストンに比べると、スティーブ・ジャクソンはパズル的なゲームやシステムの作成を試みようとする傾向が強く、本作「バルサスの要塞」では貴方は魔法使いの野心ある若き弟子として、多少の魔法を使いこなすことができるようになっています。戦闘に向いた<火炎>や<怪力>の魔法、<目くらまし>や<千里眼>といった十二種類の魔法の中から、サイコロを二個ふって六を足した数だけの魔法を選んで出発します。魔法は一度使うとなくなってしまうために、必要な魔法は同じものを複数持っていく必要がありますが、役に立つのは<千里眼>や<浮遊>に<目くらまし>といったあたりでしょうか。

 前作「火吹山の魔法使い」に比べて難易度が上がっている本作ですが、塔の攻略に必要な品物や情報が用意されている一方で、間違えても戦闘や危地に陥るだけの選択肢もままあるために、単純に正しい道を選ぶのではなくより攻略しやすい道を選ぶというゲームブックらしい楽しさを意識している作りが見事。例えば門衛をうまく言いくるめることができればかんたんに塔の中に入ることができますが、失敗すると戦いになって苦労の末に塔の中に入るという、一つのゲームをミスすると罰ゲームが待っているという作りなので失敗をも楽しむことができるのです。
 他にも塔に暮らしている、バルサスの召喚した独特の怪物やあちこちに仕掛けられている残酷な罠の数々も作品の魅力になっており、先の門衛をしている犬猿と猿犬や、オークやゴーレムにカラコルムといったファンタジー世界らしい異種族や怪物たち、更に円盤人や付人、ガンジーやミクのような聞いたこともない恐ろしい化け物が塔の中を闊歩して、中には貴方が想像もできないような能力を使ってくるものたちもいるのです。中でも秀逸なのは図書室にある本や塔で出会う者たちによってこうしたガンジーやミクの恐ろしさが語られるところにあり、化け物の噂に不安をあおられながら実際に出会ったときの恐怖は格別かと。定番の怪物にはない未知の恐怖を、断片的な情報によって煽る点は上手い演出ではないかと思います。

 この困難な塔を克服して貴方がバルサス・ダイアを倒そうとするには幾つもの困難を克服しなければなりませんが、鍵になるのは黄金の毛皮を入手できるかどうかと、バルサス・ダイアの部屋を開けるカギの番号を見つけることができるかどうかが重要になるでしょう。それでも黄金の毛皮がなくても、困難ではあっても攻略ができるようになっているのは先に述べたこの作品の見事さでしょうか。余談ですが塔の一室にいる妖精めいた美女、おそらくバルサス・ダイアの連れ合いであろうルクレチア姫ではないかと思うのですが彼女のもつ炎の視線の力や、付人の風を起こす力のような精霊めいた力は「ソーサリー!」でもたびたび登場しており、スティーブ・ジャクソンが好む魔法の表現のひとつかもしれません。
 妖術師バルサス・ダイアは火吹山のザゴールや、ザラダン・マーを合わせた三人の邪悪な魔法使いの一人としても知られていますが、いかにも魔法使い然としたザゴールや、亜人めいて見えるザラダンに比べると筋骨隆々の戦士にも見えるバルサスはFFシリーズ中でももっとも印象強い邪悪の一人ではないでしょうか。「タイタン」によればザゴールやザラダンとともに邪悪な師匠を殺害したバルサスは、故郷の黒い塔に戻って父の胸に短剣を突き立てるとすぐに、柳谷付近の制圧に乗り出していますから「バルサスの要塞」の頃はまだ充分に若い年齢であった事が窺えます。

 恐ろしくも魅力的に描かれている塔の冒険と、攻略する楽しさがある選択肢が絶妙な名作です。その他、危険な賭け事であるナイフ・ナイフや呪文石、六選びの遊び方が載っていることや、「生きている肉」の存在など印象強い作品。
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