さまよえる宇宙船(社会思想社・教養文庫)

 スティーブ・ジャクソン著 浅羽莢子訳
ff4  ワープ実験の事故によって、別宇宙の放浪者となってしまった宇宙船トラベラー号。貴方はその船長として乗組員たちを率いながら、各惑星を巡って地球へ帰還する為の方法を探さなければなりません。想像すらできない別世界の危難や、時には好戦的で危険な異星人の罠を潜り抜けながら情報を集めるのです。

 ヒロイック・ファンタジーに比べるとSFアクションは馴染みづらかったせいか、残念なことに当時出版されたファイティング・ファンタジー全作品の中でも国内ではもっとも人気がない作品です。スタートレック風味の世界観で宇宙船トラベラー号の船長である貴方は部下のクルーである技官や科学者、保安官などを引き連れながら各星系間を旅してまわり、自分たちの宇宙に帰還するための情報を探さなければなりません。
 システムに凝るスティーブ・ジャクソンの作品らしく、主要なクルー全員にそれぞれの能力値が存在しており、彼らを同行させることで医務官や技官の知識や、戦闘となれば保安官や警備員の能力が助けとなるようになっています。専門的だが戦闘には向かない医務官はあちこちで重要な役割を果たす一方で、彼女(トラベラー号の医務官は女性のようです)が倒れれば後任を立てたとしても船の機能は低下せざるを得ません。ふりかかってくる危難を予想して、必要なクルーを選ぶ「キャプテンらしさ」が求められるのがゲームの柱となっており、他にも銃による戦闘や宇宙船自体の能力値まで定められているのも特徴です。

 異次元の宇宙らしく様々な環境や異星人が登場するのが展開の魅力で、豪雨に覆われた惑星の気象管理システムを直したり、好戦的な軍事国家の船に遭遇したり、ビーム着陸した先で貴方が異星人の肉体に入り込んでしまう事故が起こったり、船内に謎の伝染病が蔓延したりと様々な事件がトラベラー号を待ち構えていますが、各星系ごとのつながりがほとんどなく、着陸前に入手できる情報が少ないためにどうしても事件が単発的になってしまい、展開が単純になっている感は否めません。よくいえば一話完結のTVシリーズのような構成で、悪くいえば一貫したストーリーに欠けるぶつ切り感がある感じでしょうか。
 トラベラー号がもとの宇宙に帰還するためには、ブラックホールに再突入するための空間座標と時間座標を見つけ出す必要がありますが、極端なことをいえば必要な情報が得られる星系以外はすべてすっとばしてしまっても構いません。情報にはいくつかダミーとなる間違った座標情報が混在していますが、どの情報が正しいかというヒントはまったくないために船長らしく思い切った決断で選ぶしかないでしょう。とはいえ、正解はいかにも正しい情報を知っていそうな場所で得られた情報になりますので多少の推理はできるかもしれません。ほとんどすべての惑星が着陸するか通過するかを任意に選べるようになっており、実は序盤のほとんどの事件は回避したほうが安全な航海が可能ですが情報がない状態では調査を行わないわけにはいかない、という「ロールプレイ」が必要になる点がゲームブックのシステムとしては微妙な違和感を感じてしまいます。

 前述のとおり単発の事件が多いため、印象に残っている内容も個々の出来事になってしまいますが先にも書いた宇宙船の残骸から感染する病原菌によるパニックなどは密閉した船内らしい恐ろしさが伝わりやすい事件でしょうか。総パラグラフ数が340と少ないため、できればその分を利用してでも各星系の演出や描写を増やすと同時に後の星系の情報が前の星系で入手できるようにするとか、後に遭遇する事件を解決するカギを入手できるとか工夫があってもよかったかと思います。
 ちなみに貴方がトラベラー号の船長として元の宇宙に帰る座標を探そうとしても、あまりにヒントや情報が少なく苦労を強いられることは覚悟しましょう。一見して明らかに危険な惑星には立ち寄る必要がないので無事に脱出する方法だけを考えること、帰還するための正しいブラックホールの空間座標と時間座標については、それを知っていそうな「格別に」高い文明を持った者から得ることが出来ることは知っておいてもいいかと思います。

 他の作品と比べても独自の工夫が見える一方で、展開としては引き込まれづらくシステムとしてはあと一歩が欲しいという本作ですが、クルーを選ぶシステムが面白い一方で選ぶ人数が多すぎて個性がつかみづらいため、例えば技官と科学者は一緒に、保安官と警備員の人数も減らして医務官は回復の効果を上げるために全員の体力点を半分くらいにしてしまい、更に各クルーたちの描写を増やせばもっと彼らへの親しみやそれを危険に晒すことへの緊張感が増したかもしれません。あるいは後のいくつかのFF作品のように、仲間たちとして名前や設定をつけてしまったほうが良かったのではないかと思います。
 同じSFものでも後刊となる「電脳破壊作戦」などに比べると評価が難しい作品ですが、ゲームブックらしい描写の魅力として小説ではありえない、ゲームオーバーやバッドエンドの衝撃的な結末が描かれている点は興味深く、中でも貴方が遺伝子フィルターで原子に還元してしまう場面や、座標が見付からずに船員が自暴自棄になっていく展開は特に印象強く残ってしまっています。
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