盗賊都市(社会思想社・教養文庫)
イアン・リビングストン著 喜多元子訳
不死の王ザンバー・ボーンの脅威に恐れるシルバートンの市長に依頼された貴方は、善の魔術師ニカデマスが暮らしているという悪名高い港町、ポート・ブラックサンドを訪れます。ニカデマスの助言に従って集めた品々によってザンバー・ボーンを倒し、哀れなシルバートンの人々を救うのが貴方の使命です。
リビングストンの作品の中でも特に高い評価を受けている本作品ですが、「盗賊都市」のタイトル通りに主題になるのはアランシアでも最悪の街と呼ばれるポート・ブラックサンドであり、不死の王ザンバー・ボーンがオマケのような扱いになっているのは何ともいえないところ。「タイタン」などにある設定を見てもポート・ブラックサンドや街を治めている謎のアズール卿に対する警告は多く見られている一方で、ザンバー・ボーンの名前は「モンスター事典」にこそ死鬼を生み出すほどの力を持った魔法使いとして記されているものの、危険な悪徳の街に比べて印象が薄いのは仕方のないところでしょうか。
アランシアや旧世界などを合わせてもその悪名高さで知られているブラックサンドですが、街には慈悲深いアズール卿がもたらしている秩序が行き届いているために、旧世界にあるカーレや「モンスター誕生」のドリー村に比べればはるかにまともに生活ができる印象があります。ですが、一方でそのアズール卿の秩序のおかげでトロールの衛兵たちが街中を我が物顔で歩きまわり、喧騒に入ればスリや泥棒が絶えず、人目につかぬ裏通りや下水溝では思わぬ危険が待ち構えていることでしょう。住人ですら生命の保証ができないカーレやドリー村の混沌に比べると、ブラックサンドは陽気な残酷さによって支配されており、少なくともこの街の住人であれば(ドワーフを除けば)彼ら自身のしたたかさによって生き延びることができるのだろうと思います。
賢人ニカデマスに会うための、ブラックサンドの探索でやはり印象強いのはアズール卿に雇われている衛兵やトロールたちでしょう。この街に入るときも、抜け出すときも彼らにどのように対するかが大きな難所であり、同時にブラックサンドらしさを思わせる大きなポイントともなっています。残忍で気まぐれな統治者、アズール卿の存在がこの街では唯一の保証される力となっており、彼の名で発行されている様々な許可証さえ手に入れることができれば、少なくとも表面的にはこの街で安全に活動することができるようになります。トロールがどれだけ貴方を嫌っていたとしても、アズール卿の権威にだけは逆らうことができないのです。
このアズール卿の秩序こそがブラックサンドの住人たちにあいまいな安全を与えてくれますが、裏を返せばアズール卿が気をまわさない事柄は何があってもその限りではないということでもあり、そのいい加減さがブラックサンドの恐ろしさにも魅力にもなっています。街中に馬車を疾駆させて邪魔な通行人をひいても気にとめない、アズール卿の目はブラックサンドのほとんどの場所にとどいていないのですから!
古代カーセポリスの廃墟の上に築かれたというブラックサンドの複雑な都市は、地下にある通路や遺跡がそのまま下水道となっており下水ネズミの肉を食らう邪悪な魔女の存在や、水の神ハイダナを祀る魚人の集落が設けられているといわれています。街の周囲は見張り塔がある堅牢な城壁に囲われ、混みいった居住区には異人や亜人が暮らしており鼻腔から煙を吹くトカゲ男の商人や、ドワーフの細工師にロウソク売りのエルフ、ベイズ・ボールという球技を楽しむ小柄なベイたちのように冗談めいた種族まで枚挙に暇がありません。
興味深いところでは南方の蛇人カアスの醜悪な実験によって、首から上を大蛇に変えられてしまった哀れな蛇女王が知られています。彼女はアズール卿の保護下にあり、その身を治す者があれば報酬は思いのままであると言われていますが気難しく短気な彼女に近付く勇気のある者はそうはいないことでしょう。
このようなブラックサンドにあえて暮らすことを好んでいる、賢人ニカデマスはアランシアでもヤズトロモに「癒し手」ペン・ティ・コーラと並ぶ三人の善なる魔法使いとして知られている人物ですが、彼の助言によって貴方が邪悪なザンバー・ボーンを倒すための品々を集めることは決して不可能ごとではないと思います。本作もリビングストンの作品らしく、描写が丁寧でシステムは親切なために、気のおけない事件や住人に振りまわされながらも難関となるのは街に無事に入ることと街を無事に抜け出すこと、トロールの衛兵を出し抜くことです。彼らはこの街の人間たちにも当然のように嫌われていますから、できればその協力を得たいところでしょうか。
クライマックスとなるザンバー・ボーンの塔には様々な危険が待ち構えており、貴方が軽率な人間であれば地下の世界に誘うべく仕掛けられている罠の数々に足を取られることになるでしょう。ですが、あの盗賊都市ポート・ブラックサンドから無事に生還できる者であれば夜の魔術師の息の根を止めてシルバートンに平穏をもたらすことは不可能ではないはずです。
リビングストンの他の作品と比べても、この「盗賊都市」は全編が飽きさせない魅力的な描写と事件の数々に彩られており、無理な戦闘がほとんどないにも関わらず気の抜けない展開や選択肢の多さが珠玉の作品となっています。最後にザンバー・ボーンとの戦闘があるとはいえ、基本的にはブラックサンドの観光(!)とその資料としての価値の高さも含めて、リビングストンらしいゲームブックの魅力にあふれた名作です。
危険で楽しい街、ポート・ブラックサンドへようこそ。
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