死のワナの地下迷宮(社会思想社・教養文庫)

 イアン・リビングストン著 喜多元子訳
ff6  年に一度、ファングの地で開催されている悪名高い迷宮探検競技。金貨一万枚もの莫大な賞金と、未だそれを手にした者がいないという事実が評判になっているサカムビット公の残酷なイベントによって、ここ数年ファングの街は潤っていました。貴方は今年の競技者の一人であり、腕に自信のある手弛れの剣士ですが、勇敢な貴方にとってさえもこの迷宮の恐ろしさは想像を遥かに超えたものとなって襲いかかってくることでしょう。

 原題にある「デストラップダンジョン」とはよく言ったもので、設定上の充分な理由があるとはいえ参加者を本気で殺そうとする悪質な罠と怪物の数々が襲いかかる迷宮が舞台となっている本作。即死級の罠や凶悪きわまる怪物がごく当たり前のように登場します。これらを攻略し、ライバルたちと争い、最後の扉を抜けるための三つの宝石を手に入れることが迷宮に挑む者たちの目的となりますが、貴方自身も含めた参加者たちがサカムビット公とファングを訪れる者たちの血なまぐさい好奇心を満足させるための存在であるに過ぎないことを貴方はすぐに悟ることになるでしょう。何しろこれまでも、そしてこれからも攻略した者が一人もいないということが迷宮探検競技の一番の売りになっているのですから。
 リビングストンの作品を中心にして、アランシア世界が広がりを見せるようになってくるのがこの作品からで、冒頭では迷宮探検競技に挑む貴方がかの盗賊都市ポート・ブラックサンドからコク川を筏でさかのぼり、ファングへと向かう描写が描かれていたり、同作品に登場するトロールの衛兵サワベリーの姉が登場するなど他作品との関連が見られます。以降の作品でもこうした横のつながりを思わせる試みが見られるようになりますが、後刊の「サソリ沼の迷路」で主人公が「自分はサカムビット公の使いだ」と告げる場面があったりとこの時点ではアランシアやそれ以外の大陸など、タイタン世界としての全体像がまだ完成していなかったのだろう様子がうかがえます。

 迷宮探検競技の最大の特徴の一つとなっている他の参加者たちの存在ですが、貴方のほかにも筋骨たくましい二人の蛮人、頑強な鎧に身をつつんだ戦士、妖精めいた謎の女、果ては黒装束の忍者までバラエティに富んだ面々となっています。おそらくこの当時は八幡国の存在はまだ設けられていなかったかと思いますが、特異な技を身につけた者が遠くクール大陸の彼方から、このような場所で己の腕と野心を試していることにミステリアスな異境の人物への興味を刺激されるでしょうか。ですが、彼ら参加者たちはサカムビット公の思惑がそうであるように残酷な迷宮のいけにえとなるべき存在であり、貴方自身も全身を串刺しにされたり、大蛇に絞め殺されるといった哀れな犠牲者として名を連ねるだけに終わるかもしれません。時には他の競技者とともに探索を行い、または争うことさえもあるでしょう。
 本作では数あるリビングストンの作品の中でも緊張感のある描写と、恐ろしい種族や気まぐれな風習が多く競技の困難さを引き立てています。ゴブリンの亜種とされる穴小人(作中では穴居人)の部族と彼らの矢走りの遊戯の存在や、鏡の悪魔にブラッドビーストのような珍しくて危険な怪物、ノームやレプラカーンといった異種族が無秩序に配されており、巧妙な機械仕掛けの罠が多く決して飽きることがありませんが、たいていはその前に命を落としていることがほとんどでしょうか。

 攻略に関しては、まずもって迷宮をうろついている怪物たちが強力なものばかりであり、即死級の罠が多いこともあって技術点と運点がともに十はなければ戦闘か運だめし、または技術点の判定だけで命を落とすことになるかと思います。おそらくは迷宮に入って早々に、残酷な罠のえじきとなった他の参加者の姿を見ることになるでしょうが、その末期の姿は決して他人事ではありません。探索の目的は最後の扉の鍵となる三つの宝石を探すことにありますが、他にはロープと糸ノコあたりを見つけていなければ入り組んだ迷宮内で罠を避けられずに終わるでしょう。手に入れていないと攻略が不可能ではなくとも困難になる品々や情報も多く、罠と怪物が潜む迷宮の中でそれらを見つけだすには運点によらない貴方自身の幸運が必要になるかもしれません。
 挿絵の美しさとあいまって印象の強い場面が多い作品ですが、パラグラフの流れは決して入り組んではいないにも関わらず迷宮の複雑さと恐ろしさをうかがわせ、凶悪な怪物が多い一方で単純な戦闘よりも残酷な罠の印象が強く、最後に仕掛けられている罠の存在まで含めてリビングストンの描写の見事さと迷宮の完成度の高さが魅力的な作品です。ゲームとしての常軌を逸した難易度の高さが、同時に迷宮の恐ろしさを描写する手段ともなっているので何度でも迷宮の犠牲になってみたいのでなければ、やはり初期能力値だけでも考慮してから挑んだほうが楽しい作品ではないかと思います。
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