サソリ沼の迷路(社会思想社・教養文庫)

 スティーブ・ジャクソン著 大村美根子訳
ff8  怪物と危険が潜む地として知られているサソリ沼。これまで、その地にあえて誰もが近付こうとしなかった最大の理由は、悪意ある魔力に満ちたこの地ではいかなる原因によってか、磁針や太陽、星によってすらその方位を定めることが不可能であるためとされていました。旅の途中、貴方が助けた老女から受け取った魔法の指輪がなければ、この悪名高い地に足を踏み入れようとは決して考えなかったでしょう。平凡に見えるその指輪は、はめているだけで常に正確な方位を知ることができるとともに、貴方の目の前に現れた者が邪悪な存在であれば、熱を発してそれを警告してくれるという代物でした。
 フェンマージという小さな村の酒場に入った貴方は、最近沼地に住みつくようになった「あるじ」と呼ばれる者たちと、このサソリ沼に興味を抱いているという三人の魔法使いの噂を聞きつけます。新たな冒険と報酬のにおいに惹かれた貴方は、サソリ沼に挑むことを決意しました。

 火吹き山の魔法使い以来のファイティング・ファンタジーでは初となる、スティーブ・ジャクソンとイアン・リビングストン以外の作者による作品です。本作のスティーブ・ジャクソンは「バルサスの要塞」や「ソーサリー!」を手がけた英国人のジャクソンとは別人の、後にGURPSなどを作成する米国人のジャクソン。もちろん、当時は彼らが別人であることどころか、火吹き山の作者が共著であることすら気にしていなかったのですが、作品への興味と作者への興味というのはそんなものなのかもしれません。
 タイタン世界におけるサソリ沼はアランシアとは遠くはなれた地、クール大陸の北西部に位置する難所となっており、この沼地が存在するために南北の街道が分断されています。本作が書かれた時点ではこのあたりの設定は確立していなかったのか、沼地を訪れる貴方が迷宮探検競技で有名なファングのサカムビット公の名前を使う場面があったありしますが、クール大陸とアランシアのつながりを窺わせる設定がいくつか存在していることも事実で、ブラックサンドのアズール卿がクール出身であったり、当の迷宮探検競技に八幡出身を思わせる黒装束の男が登場することも二つの大陸の関係を示しているかもしれません(アランシア西岸からクール北西部に、定期的でなくとも航路があるという考えもあるでしょうか)。

 肝心のシステムでは、最大の特徴となっているのが沼地の双方向性であり、従来のゲームブックでは分岐しながら順に流れていくであろうサソリ沼の各場所が東西南北にそれぞれつながっていて、地図を作成することが可能になっているだけでなくそれぞれの場所に再訪することが可能になっています。ある広場で怪物を倒せば次に訪れても何もおらず、同じ人物でも二度目に会えば反応が変わる場合もあり、後に国産作品の「ネバーランドのリンゴ」や「ドルアーガの塔」にも応用される斬新な手法であって、火吹き山からのジャクソンとリビングストンが作り上げたシステムを単純に踏襲せず独自の方法を用いている点はさすがというべきでしょう。
 一方で、パラグラフ数に制限があるゲームブックで迷路を描いているために、通り抜けることが困難なサソリ沼がとても狭く感じられてしまうことと、各場所への来訪を明示するために広場の番号がつけられていることが探索の雰囲気を壊しかねないのは欠点となっています。人が足を踏み入れたことのない、恐るべきサソリ沼の迷路があまりに見事に構築されているが故に恐ろしさに欠けるというのは些か皮肉でしょうか。
 そしてもう一つの特徴となっているのが沼地の探索を依頼する三人の魔法使いの存在で、善良な魔法使いのセレイターに邪悪なグリズムレイド、謎の男プームチャッカーの三人のいずれかから依頼を受けることによってそれぞれ異なる目的を果たすために探索を行うことになります。マルチエンディングはもちろんのこと探索の目的によって展開も異なり、更にそれぞれの依頼人からは探索の助けとなる魔法の石を授けてもらえるために、善の魔法や悪の魔法といった攻略のために使うことができる魔法まで多彩に使い分けることが可能です。これまでの作品と変わらない400に限られたパラグラフの中で、これだけのシステムを作り上げている点は感嘆せずにいられません。

 危険な沼地には剣の木や沼の怪物といった珍しい怪物が現れるほかに、あるじと呼ばれる人々の存在が探索の鍵となります。狼のあるじや鳥のあるじ、庭園のあるじといった者たちが多々登場しますが、狼のあるじであれば狼を使役していたり蜘蛛のあるじは大グモを、といった具合で作中では彼らも魔法使いとして扱われている一方で、より特定の存在と深いかかわりを持つドルイドやシャーマンのような存在を思わせる人々となっています。時には彼らの協力を得て、あるいは戦い、護符を奪い取ったりと相手をすることになるでしょう。あるじの中にも善良な者と邪悪な者は分かれているために、魔法の指輪の力にはたびたび頼ることになるかと思います。
 戦闘の難易度も低く、沼地の狭さも手伝って他に比べてもさほど困難さがない作品ですが、三人の魔法使いのうち誰の依頼を受けるかによっては歯ごたえのある探索を行うことも可能です。セレイターの依頼は中でも容易に解決できますが、最も難しい探索であればグリズムレイドと交渉して彼の依頼を受けずにこれを倒してしまい、考え直してプームチャッカーの依頼を受ける方法でしょうか。グリズムレイドが持つ鋸刃の剣が手に入るので、腕に自信があればおすすめしたいルートです。

 指輪の力で正体が分かるために相手の反応が予測しやすく、まさしくこの指輪を手に入れたからこそサソリ沼に挑めるのだろうと思わせますが、一方で魔法の使い分けには注意しなければならない点が多く、数に限りがある上に授けられる魔法使いによって選ぶ魔法が限定されること、更に強力な魔法ほど誤って用いた場合の結果が致命的になりやすいので気をつけてください。よくできた作品、という点では「バルサスの要塞」などに並ぶ良作。
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