雪の魔女の洞窟(社会思想社・教養文庫)

 イアン・リビングストン著 浅羽莢子訳
ff9  氷指山脈の壁面に穿たれている、氷の洞窟に居を構えるおそるべき雪の魔女シャリーラ。厳寒の季節、隊商の護衛をしていた貴方は近隣に出没する雪男の退治に赴きましたが、そこで魔法の首輪によって雪の魔女の奴隷とされていた男と出会います。貴方は魔女を討ち、彼女の莫大な財宝を手に入れるために隠された洞窟に侵入しますが、龍や巨人、怪物が徘徊する洞窟の主は恐ろしい呪いの力を持っていました。

 タイタン世界を舞台にしたリビングストンの作品ですが、もともとは200パラグラフのショートストーリーであったものに後編が書き足されて、400パラグラフとなっています。前半部は雪男退治を経て雪の魔女が築いた洞窟に挑む展開、後半部は雪の魔女を倒した後、彼女にかけられた死の呪いを解くための長く厳しい旅が中心となります。前半部は凶悪な怪物との戦闘が主体となっていて、厳寒の世界にふさわしく雪狼や雪男、霜巨人に氷魔人や白龍などトア・スオを除く多くの寒冷地の怪物に出会うことができるでしょう。「死のワナの地下迷宮」などに比べると、ある程度は戦いを楽にする方策が用意されているとはいえ、それなりの技術点がないと相当厳しい探索になるのではないかと思います。頭脳殺しや結晶戦士、夜歩きに番人など珍しい怪物も登場するため、勇敢な戦いが好きな人にはたまりません。
 氷の洞窟の中で興味深い存在としては、壁面に彫られた氷魔人の彫像を崇める教団の人々でしょうか。雪の魔女シャリーラ自身が入信している魔人の威容も迫力がありますが、厳寒の世界に適応し、いずれ大陸を氷で覆いつくすための魔法の研究を続けているという雪の魔女の計画は遠大すぎる愚者の夢と思えてしまうかもしれません。ですが本来邪悪な魔法使いの力はそれほどおそろしいものであって、むやみに体系化されたせいでできることが決まっている、昨今の魔法よりもよほど魔法使いらしさが感じられるといえば言いすぎでしょうか。首輪で奴隷を使役する能力や、永遠の生命を持つ雪の魔女の計画が成功すれば、冷血動物である南方の蛇人やトカゲ兵では彼女に敵することができなくなるであろうことを思えば、あるいは彼女こそがアランシアで最大の野望を秘めているかもしれないのです。邪悪で冷酷な魔女らしく、金属板のゲームを考案する気まぐれも楽しいところです。

 奴隷として捕らわれている、エルフの赤早とドワーフのスタブの二人を仲間に雪の魔女を倒して洞窟を逃げ出すと、後半はストーンブリッジの魔法のハンマーが盗まれたという「運命の森」につながる事件を知ったスタブと別れた後で、雪の魔女の死の呪いを逃れるべく癒し手と呼ばれる賢者を探します。ヤズトロモにニカデマスと並ぶ三人の賢者の一人、ペン・ティ・コーラの助けを得て火吹山の山頂で仮面の儀式を行うまで、時とともに生命が失われていく死の呪いだけではなく、道中で襲いかかる怪物たちの存在も絶えることがなく旅は困難なものとなるでしょう。
 多彩な怪物たちとの戦いが中心となる前半に比べると、後半は火吹山の登頂や魔法のハンマーの事件など他作品と関わる話題が現れることもあって、リビングストンらしいタイタン世界を感じることができると思います。丘トロールや闇エルフの襲撃者など、近隣に暮らしている危険な種族の登場もあり、これで氷指山脈のトア・スオが登場していれば文句もありません。
 攻略としては雪男狩りはともかく、洞窟に入って後は雪の魔女を倒すために必要ないくつかの道具を集めることができるかどうかが鍵となっています。とはいえパラグラフ追加の影響か、その期間内に必要な道具の探索が近くに集中しているためにそれほど迷うことはないでしょう。基本的には戦闘の厳しさが主体となる点はリビングストンらしいかもしれません。後半部、魔術師ニカデマスもかけられたことがあるという死の呪いは、それを解くことができる癒し手の存在を見つける以上に、そこにたどりつくまでの体力を保つ方法を見つけることができなければ倒れて果ててしまうでしょう。おそるべき呪いにかかりながら、氷指山脈のふもとから火吹山の山頂までを踏破する貴方の強靭な生命力こそ驚くべきでしょうか。

 また、貴方と共に戦うことになるエルフの赤早とドワーフのスタブの二人も本作の魅力の一つです。「死のワナの地下迷宮」の蛮人スロフや、「トカゲ王の島」の友人マンゴと比べても、より本格的な旅の仲間として活躍してくれる二人ですが、物語としては彼らの存在意義の中にどうしても貴方の代わりに犠牲になることができる点があるのは気の毒なところでしょうか。ゲームブックという作品の形態では、ふつうの小説ではありえない貴方自身の死を語ることができる一方で、物語として友人や仲間の犠牲が描かれる場面も多く、本作の赤早にスタブもおそらくは非業の最期を迎えることになってしまうのです。野暮をいうなら、死の呪いはスタブと別れた後で貴方と赤早の二人にかかり、友人の死を乗り越えて生還した後にストーンブリッジにあるスタブに会いに行こうか、というエンディングの方が美しかったのではないかと思ってみなくもありません。とはいえ、多少の難易度の高さと展開の単純さを除けば多彩な遭遇や事件が楽しい、リビングストンの作品の中でも評価の高い一作だと思います。

 導入部に描かれる、ビッグ・ジム・サンの隊商の描写の美しさは同氏の作品の中でも群を抜いています。
>他のを見る