地獄の館(社会思想社・教養文庫)

 スティーブ・ジャクソン著 安田均訳
ff10  深夜。視界を奪うほどの豪雨に襲われた中で、乗っていた自動車の故障により近くの洋館に一夜の宿を求めることになった貴方は、その館がよもや恐ろしい邪教の一団による儀式が行われる会場であることを知ろうはずもありませんでした。恐ろしい幽霊や悪魔すらも姿を現す、この地獄の館から貴方は無事に抜け出して日の目を見ることがかなうのでしょうか。

 イギリスのスティーブ・ジャクソンによるゲームブックとしては、リビングストンとの共著である「火吹き山の魔法使い」を除けば「バルサスの要塞」、「さまよえる宇宙船」に続く三作目となる作品です。その中でアランシアもしくはタイタン世界を舞台にした作品は一作しかない訳で、かの「ソーサリー!」もアランシアではなく旧大陸にあるカーカバードでの冒険であることを考えると特にアランシアとはリビングストンの世界なのかと思うこともあります。また、これまでの作品でも独自のルールや世界観を取り入れることに積極的であったジャクソンですが、本作は現代世界を舞台としたホラーものとなっています。
 舞台は現代イギリスかアメリカと思われる場所で、主人公である貴方もごくふつうの一般人であって英雄的な剣や魔法の使い手でもなければ宇宙を駆けるスペースシップの艦長でもありません。その夜、豪雨の中で乗っている車が故障して電話を借りようと訪れた洋館では邪教の儀式が行われるまさにその夜となっており、死体や幽霊、妖怪や悪魔が貴方を血なまぐさい儀式のいけにえにすべく、あるいは仲間にすべく待ち構えていました。すすめられるままにベッドを借りることになった貴方は、日の光が訪れるまで無事に生き延びなければならないのです。

 システム上の特徴としては、貴方が受けた精神的なショックの度合いを示す恐怖点の存在と、それによる難易度のべらぼうな高さが上げられるでしょう。幽霊や妖怪にであったり、恐ろしい現象に驚くだけでも恐怖点がたまっていき、限界に達すればその場でショック死してしまうために館を抜け出る方法を探さなければならないにも関わらず、うかつな探索が自分の命を縮めるジレンマに襲われます。しかも恐怖点の値はサイコロ一個に六を足した数にも関わらず、最短ルートを通ってのクリアでさえ恐怖点を七から八くらいは使ってしまううために初期値によっては絶対にクリアできないという地獄ぶり。
 館のあちこちには貴方の恐怖をあおるに足るおそろしい仕掛けが満ちており、分岐のつくりも洋館らしく様々な部屋にかなり自由に入ることが可能で、しかも正しいルートは限られているので最初は部屋の配置を確認しているだけでショック死してしまうことでしょう。巻末の解説にもありますが、いっそ恐怖点のシステムは使わずに挑んだとしても貴方をとがめる人は少ないかもしれません(恐ろしい館の住人たちはとがめるでしょうが!)。個人的には恐怖点ではなく体力点を減らすとか、恐怖点判定を行って失敗したら減らすといった救済策はあってもよかったかと思います。

 これまでに比べても特に分岐が複雑に感じる作品ですが、館を抜け出すための謎解きのカギは実はひとつだけで、主を倒すためのクリス・ナイフを手に入れることができるかどうかにすべてがかかっています。ただし、この武器が隠されている場所が異常なほど見つかりにくい上に、そこに入るための合言葉があったりダミーのワナまで用意されているという極悪さ。恐怖点によるショック死を除いても死に至る様々ワナのおかげで、攻略できることすら疑わしいほどの難しさは後の「モンスター誕生」を除けばこの作品くらいではないでしょうか。
 反面、幸いというべきか一般人である筈の貴方はそれなりに高い技術点を持っているために、戦闘で苦労する機会はあまり多くはないでしょう。ただし、この館ではそうした戦闘自体が多くない上に下働きの小男であればまだしも、まともな戦いにすらならない強力な相手や集団に襲われることもあるので技術点自体がたいした意味を持っていません。名前にふさわしい地獄の館で、建物地上を舞台をした前半部ではこの不気味な館の恐ろしさと幽霊たちの存在が知らされることになり、地下に降りてからの後半部では邪教集団とそこに囚われている人間たちに出会い、クライマックスでは主との対決が待ち構えています。ですが、全編を通じてもっとも恐ろしい印象を感じさせるのが様々な人間たちであるところに、ホラーとしてのリアルさが感じられるでしょうか。

 正直なところゲームとしてはあまりに難しいので、けっしておすすめできる内容ではありませんし、ファンタジーものが主流のFF作品の中でも本作はいまひとつの評価をされている例が多いようです。それでも日本ではけっして馴染みが深いわけではない、西欧ホラーものらしい幽霊や悪魔の存在、洋館を味わう楽しみがあり、特に地下で行われている黒山羊の頭をかぶった邪教の一団とその儀式は、いわゆる反キリスト的な悪魔信仰の世界を伝えてくれる作品となっているでしょうか。
 ただ、そうした館に一般人である貴方が足を踏み入れてしまった際の、生き残ることができるはずもない絶望感と様々な最期を体験させてくれる作品としては申し分のない一品だと思います。ゲームオーバーの描写の恐ろしさが尋常なものではなく、むしろ恐怖点を失ったことによるショック死の描写がないことが惜しまれます。
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