死神の首飾り(社会思想社・教養文庫)

 ジェミー・トムソン&マーク・スミス著 松坂健訳
ff11  時の神の力によって剣と魔法の世界、オーブに召還された貴方。神々の貴方への依頼は強力な力を持つ「死神の首飾り」を手に入れて、その力が及ばない地球へと持ち帰ってくれというものでした。中世ファンタジー世界を思わせるオーブにはさまざまな亜人や怪物、謎の教団や盗賊たちのギルドが横行し、そして貴方が帰るべき地球への門は赤いドラゴンによって護られています。

 ファイティング・ファンタジーの世界では初となる、ファンタジー世界が舞台でありながらタイタンとは別の世界を舞台とした作品にしてスティーブ・ジャクソンとイアン・リビングストン以外の著者による初のFF作品でもあります。オーブを守る神々に仕える戦士たちより、渡された首飾りを早々に奪われてしまう貴方はそれを奪回して地球へと帰らなければなりません。物語の前半部はルーンの都で首飾りを取り戻すまでの冒険、後半部はその首飾りを手に自分の世界へ帰るための門を目指す冒険となっています。
 本作品で面白いのが貴方をこの世界に呼んだ時の神の存在で、特に冒険に関わったり助言をするようなこともありませんが志半ばにして貴方が倒れた場合でも、時をさかのぼった過去からリトライすることが可能になっている点でしょうか。一部の例外があるとはいえ、これのおかげで特に後半部で倒れた場合に最初からやりなおすというゲームブックならではの面倒さが回避されているとともに、難易度を適度に下げているのでシリーズ中でも群を抜いて遊びやすい作品のひとつになっているのは魅力です。余談ですが貴方をオーブ世界に呼んだ時の神、タイタン世界では最初の戦いにおいて邪悪の神々が解き放った「時」の存在や、旧世界の七匹の大蛇のひとつに力を与えた時の神クロナーダの存在など、概して「時」が特別な存在となっているのは興味深いところです。

 ゲームシステム自体はシリーズ定番の作品と変わるところはなく、時の神によるリトライがあることを除けば安心できる、悪くいえばありきたりの作りとなっています。前半部の都での探索は個性的な人物や死神の僕たちが登場する、街中の冒険ならではの面白さがある一方で、後半部は展開でも描写でもあまりにふつうにすぎて印象が弱いのは残念なところでしょうか。この点、構成が近いリビングストンの「盗賊都市」での都市の描写や、「雪の魔女の洞窟」後半部での追い立てられる恐怖に比べると首飾りを所持しているからこその緊張感に欠けている感はぬぐえません。
 とはいえ魅力的で個性のある人物が多く登場するのが本作の魅力で、特に強烈な印象を残している女司祭ホーカナをはじめとして、首飾り奪回に協力する盗賊ギルドのメンバー、赤カマキリ教の僧侶や傭兵テュテュフとカサンドラに妖術師ソーグなど、単に倒されるための悪役にとどまらない彼らの言動は冒険を飽きさせないものにしてくれるでしょう。レッドドラゴンの酒場でテュテュフが貴方に絡むときの台詞、「お前の顔は気に入らないな」というのは個人的にはとても格好よいですね。反面、都を脱出して以降の探索ではこうした魅力的な人物が少なくなり、その分だけ冗長に感じられるのはもったいないところでしょうか。門を護っている赤いドラゴンとの戦いや交渉には緊張感を得られる一方で、必要な装備や情報が多く用意されているために、ホーカナに比べるとどうしても恐ろしさで及ばないのは正直な印象です。

 全編を通じて基本的に理不尽な謎が存在せず、ノーヒントで道の左右を間違えただけでクリアが不可能になるような場面も少ないので、攻略におけるポイントはほとんど存在しません。必要な品々を手に入れるための情報さえ手に入れていれば、おそらくそうそう時の神の世話にはならずに済むと思います。貴方が助けを祈るべき神の名前を知ることと、赤いドラゴンを倒すために必要な道具をそろえることに多少、苦労するかもしれませんが、人によっては一度の探索でのクリアも充分に可能ではないでしょうか。タイタン世界以外のファンタジーを見せてくれるという魅力と、なにより親切で遊びやすい、初心者に向いた作りが魅力の作品です。
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