宇宙の暗殺者(社会思想社・教養文庫)

 アンドリュー・チャップマン著 酒井昭伸訳
ff12  巨大宇宙船<ヴァンダーベッケン>。悪魔の科学者にしてマッド・サイエンティストとして知られるサイラスは貴方の住む惑星に放射性同位元素とウイルスをばらまき、おそろしい生物学的実験を行うと全世界に通告を放ちます。彼の悪行にけりをつけるべく、惑星暗殺者ギルドに選ばれた貴方は最新最強の武器を携え、特殊な装甲宇宙服に身を包み、人類も含めた二十七の種族の格闘技を身につけて単身、<ヴァンダーベッケン>に乗り込みます。探索の旅の末に辺境の星系に姿を隠していた<ヴァンダーベッケン>を遂に見つけだした貴方は補給艇に忍び込むと、巨大宇宙船への潜入を試みます。冷酷無比なロボットや、改造されたミュータントたちを従えているサイラスを捕らえ、彼の野望を阻止することができなければ、貴方の星はサイラスの支配下に置かれてしまうでしょう。

 ファイティング・ファンタジーのシリーズでは久々となる、SFものの作品です。舞台は貴方が宇宙船に単身潜入を果たしてからの探索、つまり巨大宇宙船<ヴァンダーベッケン>内でのできごとになりますが、展開が単調になることを避けようとしたのか宇宙船内がかなり何でもありのつくりになっているのが特徴。様々な姿をしたロボット看守や警備ロボット、不気味な軟体動物や異星人が登場する場面はSFらしさを感じさせる一方で、船内に広がる謎の大陸がいきなり登場するといった、正直わけのわからない展開まで用意されています。これだったらいっそ<ヴァンダーベッケン>を宇宙船ではなく、どこかの惑星にある秘密基地か何かにしても良かったのではないでしょうか。
 ゲームのシステムとしては装備する武器によって戦闘の効果が異なることと、その装備を選ぶために最初に決める購入点の存在があることがおもしろいところでしょうか。電撃銃であれば二点、熱線銃であればサイコロ一個を振った数のダメージを与えることができますし、手榴弾であれば使用可の記述のある戦闘で使うことによって、現れたすべての敵にサイコロ一個分のダメージを負わせることが可能です。敵の攻撃は銃撃戦であればほとんどが熱線銃を使われてしまう一方で、貴方には装甲宇宙服による防御が期待できるのも面白いところで、ダメージを防ぐことができる一方で銃撃を受けるたびに装甲点が減っていくので注意が必要です。その他にも通常の格闘戦や、サブイベント的に導入されている市街戦ウォーゲームなど、特に戦闘システムに力が入れられた印象の強い作品。

 ただし、展開としてはとにかく通路や扉で分岐を選ばなければならない場面が多く、ヒントが少ないので迷路を歩くストレスが多いのは残念なところでしょうか。SFヒーローものっぽい展開もあちこちに用意されており、謎解きや仕掛けも極端に難しいものはないのでもう少し、選択に対するヒントが随所にちりばめられていれば良かったのにと思います。他にも能力値さえ高ければ特殊な道具や情報を見つけていなくても運だめしなどの判定だけで何とかなってしまう場面が多いので、実は可能なかぎり寄り道をせずにサイラスの部屋にたどりついてしまった方が装甲点などの損耗を考えても楽に攻略できるかもしれません。
 シリーズ中でもかなり難易度が低い作品となっていますが、一方で道をまちがえるとかんたんに死んでしまう場面も多いのでとにかく推理しながら解いていくという、ゲームブック本来の魅力に欠けるところが多いのは残念なところです。

 おそらくはサイラスによってさらわれるか生み出されたのであろう、凶暴な異生物やロボットたちがとにかく多く登場する作品ですが、おそろしげな軟体動物や知性を持つ大グモ、謎の黒い玉に様々な警備ロボットたち、さらにはサイラスに捕らえられた改造途中の人間にいたるまで、マッド・サイエンティストだからという理由で何でもありになっているところが、ある意味本作一番の問題でしょうか。「ちょっと歩くと、流れの速い川に出くわした。川は君の行く手をさえぎっている。君は急流を泳いで北へわたるか」などという場面はどう見てもSFヒーローものっぽくありません。タルン・ドッペルゲンガーのようにSFというよりも魔法っぽい変身能力をそなえた怪物の存在などもちょっとどうかと思います。
 一方で細かいところですが異星人やロボットの不可解な思考が、ゲームとして許されるぎりぎりの範囲で作られている点は面白く、自分たちが賢いことを示すのが好きなザルク人や八体の怪物像との不可思議な問答、あとは清掃係が侵入者である貴方に襲いかかってくるときの台詞「やっつけろ!」「冒険だ!」「突撃!」というのは何ともいえないかけ声ですね。

 攻略するポイントはほとんどありませんが、改造実験の犠牲になっている男にくらいは会っておくといいかもしれません。あとは謎の大陸には下りないでもクリアができること、異次元転送機は基本的に使わないことくらいでしょうか。<ヴァンダーベッケン>の操縦室を抜けて、サイラスの私室で彼を追いつめ、強化スーツに身を包んだ彼を倒してこれを捕らえれば任務達成となりますが、捕らえた、おめでとうというかなりあっけないエンディングもちょっとどうかと思います。サイラス自身も一見して小悪党にしか見えない人物のために、ようやく捕らえたという苦労を得るのであればいっそ序盤からサイラスが登場して船内を逃げまわるとかしてくれたほうが良かったのではないでしょうか。
 わりと序盤に<ヴァンダーベッケン>の自爆装置を作動させて脱出するゲームオーバーというのが設けられているんですが、どの星からも離れた場所に潜んでいたという巨大宇宙船なのでいっそこの結末のほうが派手で面白いと考えさせてしまうのはつらいところです。ひたすら戦う、工夫された戦闘システムの魅力ではシリーズ中でも屈指の作品ですが、ゲームブックとしては粗が目立つという微妙な作品。

 ちなみにOTTFFSSEの次は9ですね。

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