海賊船バンシー号(社会思想社)

 アンドリュー・チャップマン著 鎌田三平訳
ff16  暗黒大陸クールの悪の巣窟といわれている港町タク。そこを根城にする二人の海賊、海賊船ヘイベルダール号の殺し屋アブダルと海賊船バンシー号の船長である貴方たちは凶悪な部下を率いて内海を暴れまわる、情け容赦のない人物として恐れられていました。商船や集落を荒らしまわり、財宝を持ち帰ってはすべてを賭博で使い果たす日々を送っていた彼らは互いに競争心を燃やし、相手を出し抜いて「海賊の王」と呼ばれるべく、ついに腕くらべをしてどちらが本当に偉大な海賊であるかを決めることになったのです。

 ファイティング・ファンタジー作品の中でも暗黒大陸クールを舞台にした作品はリビングストンとジャクソン以外の作者が手がけることが多いようですが、そのクール南方にあるインナーシー、内海を舞台にした海洋冒険はこれまで二作のSFアドベンチャーを送り出したチャップマンによる作品となります。主人公である貴方は海賊船の船長、それも義賊的な人物ではなく極悪非道の大海賊で、海賊船バンシー号と船員たちを率いて沿岸各地を荒らしまわり、財宝や奴隷をかきあつめて南にあるニプール島まで50日以内にたどりついて「獲物」の量を殺し屋アブダルと競い合います。
 定番のヒロイック・ファンタジーとは異なる、悪党としての冒険がシリーズ中でも新鮮で、様々な事件や危難と出会うことになります。遊覧船や商隊を襲い、軍船に追いかけられ、港町ではギャンブルに参加したり捕まえた奴隷を売り飛ばして金に替えることもできますし、海賊を嫌う町や集落から問答無用に襲われることもあるでしょう。借金を踏み倒して暴れるといった、これまでの作品ではまず許されないような蛮行を積極的に楽しめるのが本作品の魅力です。遭遇する危険についてもファイティング・ファンタジーらしく、様々な怪物や魔法使いといった連中が登場して巨大なロック鳥やヒドラが船員たちをさらっていったり、妖術使いや魔女が現れたりする中で、船乗りらしく嵐や悪天候とも戦わなければなりません。

 ゲームブックとしての完成度はこれまでのチャップマンの二作品に比べても格段によくなっていて、警告なしの一発死がいくつか見られるのは相変わらずですが、特に攻略するための自由度の高さではシリーズ全作品中でもトップクラスでしょう。普通の戦闘とは別に集団による大規模戦闘ルールを用意しているのもチャップマンらしいですが、技術点的に使われている襲撃点と船員の数を示す戦力点の存在がポイントで、船員が減ると船の速度が落ちて航海に余計な日数がかかりやすくなってしまいます。その上、貴方の体力点もこれまでのシリーズのように食料などで回復できず、日数を使って休息するしかないので、厳しい戦闘が少ないにも関わらず50日間と限られたレースが思わぬ難易度と緊張感を生み出しています。
 制限日数以内にゴールであるニプールにたどり着くだけではなく、そこで待っているアブダルよりも多くの財宝を稼がなければなりませんが、これがなかなか大変でたいていは金貨が足りずに負けてしまうのではないでしょうか。カラー港でのギャンブルにどこまで挑むか、船員の補給にどこまで金を使うことができるかは悩ましいところですが、正直ギャンブル抜きでアブダルに勝つのは難しいかもしれません(もしかしたら無理かも)。

 最後の一つ目巨人戦は展開としては蛇足に思えますが、選択肢を使った独特の戦闘には注目したいところです。リビングストン、ジャクソン以外の作品でもなかなか意欲的でおすすめできる作品です。
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