サムライの剣(社会思想社)

 ジェミー・トムソン&マーク・スミス著 松坂健訳
ff20  クール大陸東方にあるシオズイイ山脈によって隔絶された国、八幡国の都である今市(こんいち)を治める将軍長谷川喜平に呼び出された貴方は、桜が美しく咲きほこるこの国が今、深刻な危機にあることを告げられました。将軍家の威光を支える宝刀「鍔鳴りの太刀」が闇将軍イキルに奪われてしまい、刀が失われたことによって八幡の大名たちが謀反を企てはじめたというのです。
 若き将軍指南役として長谷川喜平に仕えていた貴方は、主君と八幡国を救うために闇将軍イキルを探して宝刀を取り戻すべく、イキルの居城である鬼軽城(おにかるじょう)に向かうことになりました。

 今作の著者は「死神の首飾り」以来となるジェミー・トムソンとマーク・スミスの両者。ファイティング・ファンタジーの主要舞台となっているタイタン世界の中でも特に異質な文化、というよりも西洋人の考えるサムライ世界そのままの八幡国を舞台にした作品です。さすがに原文を読んだことはありませんが、漢字を当てることを含めてこの内容をよくぞ和訳できたという訳者の技量にも感服してしまう一方で、オニカルやキヘイといった、西洋人にとって異文化を感じさせる発音とはこういうものかという面も感じさせてくれます。

 サムライとして刀と脇差しを手に、よろいかぶとを着た貴方はすぐれた剣の技を扱うことができますが、その他にも四つある特技のうち一つを選ぶことが可能で、様々な種類の矢を射ることができる弓術、戦闘で最初のラウンドに自動的勝利をおさめることができる居合術、高く跳躍できるようになる猿飛の術、戦闘中に時折追加ダメージを与えることができる二刀流が用意されています。どの特技を選んでももちろんクリアは可能ですが、一方であまり展開にも影響がないのは残念なところでしょうか。
 そして今作品でのポイントとなっているのが名誉点の存在で、義理と名誉を重んじるサムライらしく冒険中の行動で増えたり減ったりします。「サイボーグを倒せ」の英雄点にも似ていますが、サムライに相応しくない振る舞いによってこれを失ってしまうとたちまち切腹して果てなければなりません。この世に別れを告げる切腹の儀式によって、貴方はサムライの面目を保つことができるのです。

 展開では八幡の地を旅する前半部と、大鬼と戦うために処水山にある時空の中心で仲間を集める後半部に分かれています。それまでの冒険で手に入れた物によって連れて行ける仲間と数が変わるので、大鬼やその手下を倒すことができればいよいよ鬼軽城の悪魔の穴にあるイキルとの対決が待っています。「鍔鳴りの太刀」の秘密を見つけ出して、いまだその力をわがものとしていないイキルに先んじて刀を手にするのです。

 いくつか気になる箇所をあげてしまうと、まずはせっかくの名誉点システムが充分に活かされているとは言いづらく、増減する箇所も決して多くないので切腹の恐怖がほとんどないことでしょうか。将軍指南役のサムライがそうそう名誉を失う行為はしないのかもしれませんが、この点ではファイティング・ファンタジーとは別のシリーズですが、ギリシア神話アドベンチャーゲームの方がはるかに完成度が高いと思います。また、八幡の世界を味わうことができる前半に比べて、異世界を巡る後半ではせっかくのサムライ世界から離れることになってしまうのがやはりもったいなく感じるところでしょうか。
 それから大鬼の手下たちとの対決で仲間の選択をまちがえるとあっさり退場してしまって後の戦いに必要でも使えなくなってしまうのも厳しいところです。例えば「剣歯虎か竜を連れているか?」として連れていなかったら別のパラグラフに行くようにするだけで解決できたのではないかと思います。あとはクライマックスでの戦いですが、イキルの持つ妖刀の力があまりに強力なのでここだけはかなりの技術点や運点がないと厳しいかもしれません(この点でも鍔鳴りの太刀は貴重な武器ですが)。

 ですが、こうしたいくつかの点さえ除けば内容や展開がなかなかよくできていて、前半のルート次第で連れて行く仲間を変えることができる点など自由度が高くなっています。そして何よりも挿絵まで含めた八幡のセンスが魅力的で、西洋風にかたよったオリエンタルファンタジーの人々や生き物たちの姿に出会うだけでもこの作品を楽しむ価値があるのではないでしょうか。
 まげを結ったり奇妙な飾りのあるかぶとをした武者や大名、亜人もオークやトロールではなく鬼女として登場し、寸の短い竜やスフィンクスにも似たキリン、半魚人じみた河童などどれもたまらない存在となっています。一見して奇妙に見えながらもどこか気品のあるキリンの姿など、あるいはこれが本物のキリンであるかもしれないなどと考えなくもありません。表紙にもありますが亡霊戦士の旗に書かれた「悪死」の文字や、ごく当然のように現れる「地獄のお地蔵様」など、魅力的にすぎる八幡の世界を感じてほしい作品です。
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