迷宮探険競技(社会思想社)

 イアン・リビングストン著 喜多元子訳
ff21  死のワナの地下迷宮で知られているファングの領主サカムビット公、そのサカムビットにはカーナスという邪悪な兄がいました。かつて弟の名声を妬み暗殺を企てたとして、ファングから追放された邪悪な弟は今ではブラッド・アイランドと呼ばれる島に居を構えており、弟への復讐を果たす機会を狙っていたのです。
 有名なファングの地下迷宮を一年前に突破され、面目を失っていたサカムビットは徹底的に迷宮をつくりなおすと、今度こそ誰もが突破することはできないと豪語してアランシア中の戦士を募ります。これに目をつけたカーナスは自分の名代として優秀な人物を送り込み、これを切り抜けてみせることでサカムビットに大恥をかかせることを思いつきました。ある日、ポート・ブラックサンドから小舟に乗って南のオイスターベイを目指していた貴方は唐突に一隻のガレー船に遭遇すると逃げる間もなく舟ごと沈められて、船倉につながれた奴隷の一人に加えられてしまいます。船の行き先はブラッド・アイランド、死の闘技場でカーナス卿の残忍なゲームに勝ち進まなければならず、最後の一人に生き残ることができたとしても今度はそのカーナス卿の名代として、迷宮探検競技に挑まなければならないのです。

 イアン・リビングストンの作品としては「恐怖の神殿」以来となるタイタン世界の冒険で、かの「死のワナの地下迷宮」の続編に当たる作品です。貴方はカーナス卿の死の闘技場とサカムビット公の迷宮探検競技という二つの試練に挑むことになりますが、残酷なサカムビットと邪悪なカーナスの兄弟喧嘩に巻き込まれる不条理さにタイタンとアランシアの無秩序を感じさせなくもありません。自分の名代を選ぶために各地から人をさらい、命を賭けて戦わせるというカーナスの短絡も、迷宮探検競技自体の残酷な莫迦莫迦しさもアランシアの王侯ならではということでしょうか。
 序盤となるブラッド・アイランドの試練では脱落するとすかさず処断されての死が待っています。背に岩を担がされてのランニングや回転する刃を避ける試練、表紙にある目隠しをしての戦いなど多彩なものですが、いくつかの選択肢さえ誤ることがなければ試練の克服は決して困難ではないと思います。それはおそらくこの試練自体が、短絡的なカーナスが自分も楽しむための娯楽という程度にしか考えていないということでもあるのでしょう。

 シリーズでも難易度の高さで群を抜く、「死のワナの地下迷宮」を突破するには相応以上の技術点が必要とされていましたが、今作では一見優しくなったように見えて食料や回復薬を所持することができないこともあって、いっそう難解な冒険が用意されています。地獄犬の炎や咬みついてくる吸血コウモリといった技術点によらずダメージを受ける能力を持った怪物がいたり、戦闘回数に制限のある戦い、特異な状況で技術点を減らされての戦いといった例が多くこれらが意外に侮れません。体力回復が限られた状況では、わずかな傷がかんたんに死につながるだけにプレッシャーも相当なもので、最後の火炎魔人との戦闘でも「運命の森」ではさほどの恐ろしさを感じなかった魔人がこのルールで活かされています。
 もちろん迷宮探検競技らしい、容赦のない罠の数々も健在で選択を誤れば即死するような謎解きはもちろん、今回のキーアイテムとなる金の指輪集めがとにかく厳しくなっています。指輪を集めるには危険に挑まねばならず、常軌を逸して厳しい敵からも逃げることはできず、正しい選択とダイス運の双方が必要になるので容易に攻略はできません。特に苦痛の手袋で技術点を大幅に減らされた状態で死霊の女王と戦う場面などは、さすがに判定が厳しすぎるのではないかとも思います。

 「死のワナの地下迷宮」ではドワーフとノームの競技監督が置かれていましたが、今回も熟練の棒術を扱う盲目のノイと魔法使いのレクサスが配されています。もちろん競技の目的はこの残酷な迷宮を突破する者を出さないことにあり、彼らもまた公正を装いながらどこか信頼ができないところを見せるのも仕方のないところでしょう。とはいえ迷宮の難易度を思えば気にするまでもなく、入り口から出口近くまで仕掛けられている罠の数々に、迷宮を突破する手段は与えたが誰も突破はできないというサカムビット公の意思を感じさせます。

 難易度であれば前作にも勝る上に、減り続ける体力点の緊張感にも挑まなければならない本作ですが、一方で前作ほどのインパクトや印象がないのは事実です。難しくはあっても凄惨さや恐怖に欠けているため、前作では迷宮を同行するスロムがいずれ倒さなければならない相手として描かれていたり、最後の罠にかかるイグバットの姿に競技監督すら迷宮に閉じ込められている様子を窺わせますが、今作ではそうした恐怖にどこか欠けているのです。
 ライバルとなるカオスの王者や東方の武将、ドワーフの貴族にエルフの王子たちも一見して豪華な顔ぶれに見えながらそれ以上のものではなく、ライバルすら理不尽な犠牲となっていく迷宮の恐ろしさがないのでとにかく印象が弱くなっています。おそらくは彼ら迷宮探検競技のライバルよりも、ブラッド・アイランドの競技場で倒れたドワーフや東洋人、南方人の姿の方が強く印象に残るのではないでしょうか。体力点の減少と強力な怪物への恐怖であれば他の作品でも味わうことができますが、ファングの地下迷宮の魅力は用意された理不尽な罠の存在にあるのですから。

 皮肉にも「死のワナの地下迷宮」の完成度の高さを感じさせることになる本作ですが、リビングストンならではの描写の妙さはもちろん健在で、特に奴隷として捕らわれて闘技場の見世物にされた貴方がカーナス卿に意趣返しをする場面では互いの立場と場面を対比する構成に見事と思わせます。衆目の中で貴族と奴隷が打ち合う、それはブラッド・アイランドで流れた血のためであってここでも迷宮探検競技よりもカーナスの試練が展開としては勝っている点には肩をすくめるしかありませんが、難易度を増し、シナリオにも勝る本作の魅力があることもまた否定はできないでしょう。

 ところで「小さなヒューマノイド」の挿絵には版権など問題はないのだろうかと考えてしまいます。
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