仮面の破壊者(社会思想社)
ロビン・ウォーターフィールド著 坂井星之訳
貴方は暗黒大陸クールにあるアリオンを治める領主です。ある日、魔術師アイフォー・ティーニンは貴方を呼び出すと恐るべき陰謀の存在を告げました。北部山脈にあるクリル・ガーナッシュの五つの峰に住んでいる残忍な魔女モルガーナは石でできた十二体の不死身の怪人ゴーレムをつくり出すと、あらゆる者を支配するという十二種類の魔法の印をつけた仮面をそれに被せて世界を征服すべく企んでいます。すでに十一種類の仮面は完成しており、最後の印をモルガーナが手に入れれば万物は十二体の「仮面の支配者」を率いるモルガーナに従うことになるでしょう。
モルガーナの企てを阻止できるのはアリオンの領主だけであるとして、アリオンに代々伝わる兜を被り剣を手に取った貴方は一人の剣士としてクリル・ガーナッシュへと向かいます。北の境界にある死の湖を越えて枯葉の谷の領主ヘヴァーの助力を請う貴方ですが、アリオンでは忠実な武具師ケヴィンが殺され、枯葉の谷でも貴方の滞在を知った邪なピグミー・オークが兜を盗み出すといった事件が起こります。貴方の旅はモルガーナの監視の目と、背後に浮かぶ裏切りの影の双方に見張られていました。
快作「電脳破壊作戦」続くロビン・ウォーターフィールドの作品はタイタン世界、暗黒大陸クールを舞台にして、アリオンの領主である貴方が伝統の兜を被り城門を後にする場面から始まります。ファイティング・ファンタジーシリーズのシリーズでも背景から物語まで描写に長けている著者の作品ですが、ゲームブックとしての内容や構成はオーソドックスで幾つかの分岐が要所で合流するといったリビングストン的な作風を思わせます。恐ろしい怪物が徘徊する死の湖を越えて枯葉の谷の領主ヘヴァーに会い、角笛を手に入れたらいよいよ魔女モルガーナが待ち構える北の大地へと歩みを進めることになりますが、「仮面の破壊者」の謎と魔女の企みを知るには更なる助力を探す必要があるでしょう。
間違えると即死亡となる選択肢がかなり多い点には辟易とさせられますが、選択肢に対するヒントはそれなりに散りばめられていますし、不自然な行動を取ることによって状況が打開される例もないので単純な選択そのものに対する難易度の高さはそれほどでもありません。幾つかの隠されている謎についても、必要な手がかりさえ見落とさなければ複雑なものはないかと思います。
即死罠こそ多いものの構成はオーソドックス、引き込まれる描写は見事という作品ですがどうしても気になるのがサイコロの偶然性が求められる場面で、戦闘や運試しではなくサイコロの目次第でクリアが不可能になる場面が存在する点だけは頂けません。象徴的なのが矛槍草の大平原を襲う野火の炎で、ここでは正しい選択をしてもサイコロ次第で死んでしまうことがあるのです。更に攻略に必要な宝珠を手に入れるにはなんと六分の一のサイコロ運が必要で、正直この二箇所はサイコロを無視して攻略を薦めても構わないかと思います。
ゲームブックとしては看過できない欠点ですが、それさえ除けばなかなかの良作でドラガーやブラックハート族、墓鬼といったタイタン世界を感じさせてくれる怪物の数々、モルディダやチオンといった初めて耳にする怪物まで多くの戦闘が味わえるのが魅力です。こうした怪物の描写もよく考えられていて、邪悪なものを怯ませるヘヴァーの角笛がただ食欲に支配されているだけの相手には通用しないといったように、戦闘や怪物の個性に結びついている点は見事でしょう。
イエティの突然変異で生まれた氷巨人、どこが変わったかといえばイエティの小さな脳が氷巨人では消えてしまっている!という下りは実に楽しい一方で、そのまま氷巨人との戦いに影響するようになっているのは描写の妙を感じます。それだけにこうした怪物の数々よりも、平原を走る野火の方により大きな恐怖を感じさせるのは残念なところでしょうか。
やや偶然性が強いルールとはいえサーベルタイガー狩りのミニゲームが入っていたり、十二体のゴーレムが被る仮面の十二種類の印の説明など随所で楽しいイベントや説明も多く、野火と宝珠の場面だけはサイコロの出目を選択可能にして遊ぶことをおすすめします。SF系は敬遠されがちなファイティング・ファンタジー中で充分に読ませる作品を描いた作者の、タイタン世界を描いた作品だけあって描写の楽しさは保証できます。
余談ですが食料ルールや裏切り者の正体など、随所にスティーブ・ジャクソンやイアン・リビングストンの影響をうかがわせる手法には笑みを浮かべたくなりますね。
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