スターストライダー(社会思想社)

 ルーク・シャープ著 坂井星之訳
ff27  グロム人が第一銀河連邦政府のゼリン大統領を誘拐し、地球という辺境の惑星に隠れてしまった。悪漢追跡人、ローグトレーサーの中でも特に優れた人物として、スターストライダー(星を股にかける男)と呼ばれている貴方は「追跡ビーム機構」からの依頼を受けて大統領を助け出さなければなりません。地球に潜り込ませているスパイ・アンドロイドの協力を得て、狡猾なグロム人の罠や彼らが扱うアンドロイドたちの監視の目を潜り抜けなければ任務は完遂できないでしょう。貴方に与えられた時間はわずか48重力時間、それを過ぎればグロム人は大統領の脳に取り付けた装置から防衛用の重大な記憶を読み取ってしまい、その情報は敵国の手に渡ってしまうのです。

 新鋭ルーク・シャープによるファイティング・ファンタジー作品は、未来世界の地球を舞台にしたSF風スパイヒーローもの。基本的なシステムはこれまでのシリーズを踏襲する技術点と体力点、運点を用いるようになっていますが方々で独自のルールを導入しているのが特徴です。まず開始して早々に気づかされるのは体力点がゲーム開始時の原体力点を越えられることで、この体力点を使った判定がたびたび登場するところでしょうか。例えばある場所を登るために現在の体力点以下のサイコロの目を出すといった判定が登場し、怪我や疲労が酷くなっているとこうした場面でピンチに陥ることになります。
 他にも重要な数値として大統領救出までの制限時間となる時間点や酸素パックの残量を示す酸素点、グロム人の能力である幻影に耐えるための恐怖点など細かい設定が盛りだくさん。戦闘でも基本ルールは変わりませんが対アンドロイド戦に限定して相手を一撃で倒すルールや、車両戦闘などこれでもかというくらいに多彩な試みが行われています。それでいて様々なルールが都度、パラグラフ内で説明されているので読んでいて迷うことのない親切さは好感が持てるでしょう。

 一方でこうしたルールが充分に活かされていないのが残念なところで、例えば恐怖点と恐怖だめしは既存のルールでは技術点で行っていた判定に恐怖点を使っているだけに過ぎず、結果として戦闘以外で技術点を使う機会を奪うことにしかなっていません。恐怖だめしや運だめしに失敗すると体力点を失い、体力点判定が厳しくなるという考え方自体は面白いだけに残念に思います。酸素点についても使用する場面が一箇所しかなく、何らかのトラブルで酸素パックを失ったり逆に酸素パックを補充するようなこともないので、キャラクターシートの持ち物欄に残り酸素いくつと書いてあれば済む程度のものではないでしょうか。あるいは定番の手法であれば、酸素パックを爆発物に使うなど別の用途を設ける手もあったのではないかと思います。
 とはいえこのゲームの肝になる時間点の存在は秀逸で、決して厳しい制限ではないにも関わらずこれが探索に焦りや緊張感を与えてくれるようになっています。バッドエンドの中には時間点の残りをすべて無くすこと、といった表記が存在するものもあって、単純な死ではない、任務失敗の危険を感じさせる演出は見事かと。戦闘を含めた基本的な判定は技術点と運点で行い、失敗すると体力点または時間点を減らされるといったシステムがもう少し確立できれば、より緊張感のある展開が期待できたのではないかと思います。他には気になったルールとして、例えばサイコロを一回振って出た目を記録して次に振ったサイコロで同じ目が出たら死にますという判定をする箇所が方々にありますが、こうした能力値の存在が無視されているのは微妙なところです。それこそこういう場面では運だめしをさせるべきではないでしょうか。

 探索はマドリッドからローマ、パリを抜けてロンドンまで進み銀河大統領が捕まっている場所の情報を探し出していくことになります。敵地に単身、潜入する身の貴方ですが辺境惑星である地球は多くのならず者が潜伏する場所になっているため、貴方のようなローグトレーサーが潜入しても不思議に思われることはありません。そのため任務さえ露見しなければグロム人や彼らのアンドロイドがいきなり襲い掛かってくる心配はありませんが、大統領の居場所を探そうとするなら充分な慎重さが必要です。もちろん貴方がローグトレーサーであるからこそ襲われる危険はあるかもしれません。
 優れた科学力を持つグロム人は肉体的には弱いところがあるため、戦いになれば貴方の敵ではありませんが、彼らは幻覚を操ることができる上に直接的な活動は様々なアンドロイドに任せています。特に高性能アンドロイドはまともに戦えば勝つことは難しく、彼らを避ける知恵や判断が重要になるでしょう。また、グロム人にはあらゆる情報をきちんと記録しなければ気が済まないという奇妙なクセがあるため、貴方が求める情報への手がかりは様々な場面で見つけることができます。味方となるスパイ・アンドロイドやグロム人に逆転させられた二重スパイ、潜伏している悪漢やならず者、同業者のローグトレーサーや地球の原住民などがいる中で味方と敵とを見分けながら手がかりを探していきましょう。

 銀河大統領を見つけるための手がかりには都市名、シンボルとなるマーク、二つの識別番号を合わせた四つの情報が存在しますが、実のところこれらをすべて知らなくても大統領の救出は可能になっています。しかもこれらの情報があちこちの場所で見つかるようになっているので、よく言えば自由度が高くなっていますが都市名はともかく、できれば他の情報は知らないとクリアできないようにして欲しかったところです。
 識別番号についてはこれを知らないと最後のメトロ迷路で迷いかねませんが、文中には解法のヒントがなく挿絵でだけ分かるようになっているので、人によっては識別番号の意味が分からないままクリアしてしまう人もいるのではないでしょうか。逆に番号を知っていても最短距離で向かうと一発死のワナにぶつかってしまうので、回り込まなければいけない点なども不親切かと思います。この迷路に限らず、ノーヒントによる一発死が多いのは不条理さにつながるのでゲームとしてはいただけません。

 意欲的でありながら批判する余地が多いところにゲームとしての作り込みの甘さを感じさせる作品ですが、小説としての描写はなかなか見事でSF風味の細かい設定と独特の雰囲気を味わうことができるでしょう。ごく当然に車やバスが空を飛び、銀河風オムレツとか宇宙鎧といった単語が飛び交う世界が好きな人にはたまりません。未来の地球らしくマドリッドにはロボット牛の闘牛が、ローマには塩のベルトコンベアーがあってフランスにはエスカルゴが登場するといった細かい遊びも楽しいです。むしろファイティング・ファンタジーに慣れていない人の方が、この世界と任務を純粋に楽しむことができるのではないでしょうか。これだけの未来世界でも、アメリカン・エクスプレスだけはそのままの名前で登場するのは妙に感心させられます。
 指摘事項として、原文と翻訳どちらの問題かは分かりませんがメトロ迷路内で方角とパラグラフ番号が入れ替わって記載されている箇所があることと、ジョセフ90の名前が間違えていると思われることは勿体ないですね。どちらもゲームクリアに必須となる箇所ではありませんが、ゲームブックとしてはこういうミスは致命的になることがあるので注意をしてもらいたいところです。
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