恐怖の幻影(社会思想社)

 ロビン・ウォーターフィールド著 安田均・深田宏訳
ff28  舞台は暗黒大陸クールにあるアフェン森。森に暮らすエルフである貴方は突然目を覚ますと、夢の中で仲間たちに別れを告げている貴方自身の姿と、邪悪な魔王子イシュトラを倒す決意を知らされます。エルフにとって夢は特別なものであり、父から受け継いだ戦士の血と母から受け継いだシャーマンの血を持つ貴方はそれが神々の意思であることを知っていました。この世のどんな種族のいかなる武器でも殺されることがないという魔王子ですが、夢をコントロールして現実と重なる世界を行き来するエルフであれば、現実の世界で倒すことができぬイシュトラを夢の世界の魔力で倒すことができるかもしれません。貴方は故郷の森に別れを告げると、愛剣テレッサを手に魔王子の地下要塞を目指します。

 実力派ウォーターフィールドによる作品はあの魔界の王イシュトラを打倒するという、タイタン世界でも最も困難を想起させる冒険です。主人公は人間ではなく、夢の世界を支配する神秘の力を持つ森エルフ。夢とは現実と重なるもう一つの世界の姿であり、貴方は夢の世界であれば現実の世界から見つけられることも攻撃されることもありません。すでに軍勢を用意しているイシュトラの影響によって森の中央は枯れた木々と混沌の力に埋まりつつありますが、夢を支配する貴方であれば現実の世界では倒せない魔王子を追放することができるかもしれず、イシュトラさえ倒されれば彼らは分裂して互いに争い、タイタンは救われるでしょう。
 目的が目的だけあってシリーズでも難易度の高い作品で、舞台は森を進む前半部とイシュトラの要塞に潜入する後半部に分かれていますが、相当な危難を乗り越えなければ使命の成功などそれこそ夢物語に終わってしまいます。イシュトラや彼の番人である恐るべきモルフェウス、蛇魔人シスのペットであるアンガロックといった怪物に対抗するには高い魔力が必要になりますが、一方で魔法を用いたり夢の世界の戦いに敗れれば魔力は失われてしまいます。イシュトラを追放するには充分な魔力を集めて夢の世界で魔王子を打倒する方法と、現実の世界で邪悪な存在に対抗できる方法を見つける二つの手がありますが、どちらも容易に果たせることではありません。

 イアンとスティーブに捧ぐ、と記すほどにリビングストンとジャクソン両者への傾倒が見えるウォーターフィールドですが、随所にファイティング・ファンタジー旧作とのかかわりやちょっとした描写が見られるのは面白いところです。貴方が見る夢の中で「迷宮探検競技」のブラッド・アイランド島での様子が描かれていたり、ヤズトロモと思しき人物が登場する場面などにやりとさせられることでしょう。スカンクベアやヘドロ蛸といった両氏の作品に登場する怪物の名も現れたりしますが、それでも本作の魅力はウォーターフィールドならではの描写の見事さと独自に構築されたシステムではないかと思います。
 中でもイシュトラの要塞内での現実と夢の世界によるデュアルダンジョンは後半のメインとなっており、これが攻略の自由度を与えているだけではなく現実と夢を互いに重ねたり、あるいはまるで異なる展開を用意している描写は脱帽もの。単調な筈の地下要塞でも夢の世界であれば屋外の冒険に出会うことが可能で、地下の川が夢の世界では炎の世界に変わるなど多彩な情景を見せてくれます。夢の世界でイシュトラを倒すつもりであれば夢の世界を、有効な道具を探すのであれば現実の世界を探索することになりますが、要所要所で双方を行き来することで自由な攻略が可能になるでしょう。

 ウォーターフィールドの前作である「仮面の破壊者」でも多彩な怪物が登場していましたが、今回はより以上に怪物の種類や配置の妙が見られています。先述したリビングストンやジャクソンの世界から登場するものだけではなく、アフェン森ではクール大陸ならではの珍しい生き物、地下要塞では混沌に汚染された変種のオークや実験で作られた怪物が登場します。それでいてイシュトラの兵士は闇エルフやトロールにオーガー、ゴブリンといったなじみのある怪物で構成されており、場面や相手を遭遇する怪物の姿によって知ることができるのは絶妙。また貴方がどれほど英雄的な戦士でも十数匹のゴブリンに囲まれたら戦いにもならずデッドエンドが待ち構えているため、単なる雑魚としか思われないゴブリンでさえも数を頼るおぞましい怪物になるのです。
 他にもピクシーの謎かけや幽霊たちの審判、ゾロ目で開く扉といった変わった謎解きを試みている作品であり、イアン・ミラーの美しくもすさまじいイラストも秀逸で、描写でもシステムでも難易度でもリビングストンやジャクソンに並び評されるにふさわしい作品でしょう。難をいえば一冊に多くの要素を詰め込みすぎている感もない訳ではなく、例えば貴方が用いるエルフの魔法は攻略する上でほとんど意味がありません。夢の世界での戦いもサイコロ運を便りの削り合いになるので、こちらももう少し工夫が欲しかったところです。細かいところでは完全にサイコロ頼みとなるゾロ目扉に六分の一の確率でバッドエンドが隠されていることや、かゆみ粉草の胞子を洗い落とす描写では、あらかじめ水浴びをすれば胞子を洗えるかもしれないと言及して欲しかったなど細かい点はあります。

 よりまっとうな攻略を試みるのであれば現実世界でイシュトラを倒すための六つの道具を探すことになりますが、一方で夢の世界で戦うつもりならとにかく魔力を増やすためのルートを探す必要があるでしょう。様々な道具は現実世界でしか手に入らず、魔力はたいてい夢の世界でのできごとによって増えるためにそれぞれの方法によって攻略ルートが変わることになると思います。ある意味ではゲームブックの売りでもある、凄惨なバッドエンドもウォーターフィールドの描写力を見せてくれるところで、狂人エリックに笑いながら腕を落とされる場面などはゲームブックでもなければまずお目にかかれない展開でしょう。
 描写に優れるウォーターフィールドがシステムでも見せてくれる逸品であり、ファイティング・ファンタジーのシリーズ中でも五指に入るといわれる評価にも納得できる作品です。個人的には魔王子イシュトラの御姿が載っているのも、資料としては大変に貴重ですね。
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