真夜中の盗賊(社会思想社)

 グレアム・デイヴィス著 多摩豊訳
ff29  悪名高い盗賊都市ポートブラックサンド。見習い盗賊として日々修行を続けていた貴方は、その夜ついに盗賊ギルドのメンバーになるべく最終試験に挑むことになりました。ギルドの長ラニックが説明する試験の内容は、ブラスという商人が手に入れたという宝石「バジリスクの瞳」を手に入れること。貴方に与えられた時間は夜が明けるまでのわずかなもので、それまでにブラスが宝石を隠した場所を見つけ出し、数多のワナを潜り抜けて「バジリスクの瞳」を奪取しなければならないのです。

 著者はグレアム・デイヴィス。舞台はタイタン世界でも最も混沌と魅力にあふれる町として知られているポートブラックサンドで、これまでも「盗賊都市」や「恐怖の神殿」などでも訪れた場所ですが今作品では盗賊ギルド見習いとして、つまりこの町の住民の一人として冒険に挑むことになります。盗賊ギルド見習いの貴方はひと揃えの装備のほかに、盗賊としての三つの技能を選んで「バジリスクの瞳」を探すことになります。用意されている技能は錠破り、すり、壁登り、忍び足、姿隠し、感知、目利きの七つあって、一部の技能は冒険中に手に入る道具で代用が可能だったり、技能がなくても他の行動や判定で解決できるようになっています。
 このバランスが本作品のメインとなっていて、ファイティング・ファンタジーの常のシリーズとは異なりバックパックに荷物を六つまでしか持つことができないので、技能を補ってくれる道具を持てば荷物の制限が厳しくなりますし、技能がない場合は攻略が不可能ではなくてもたいていはかなり厳しい判定をしなければなりません。技術点や運点がよほど高くない限り、最初に選ぶ技能がけっこう難易度に影響するので気をつけましょう。道具の代用が利かず、わりと万能に使える感知あたりは無難に持ちたいところですが、目利きのようにちょっとした場面で要求される技能も捨て切れないところです。

 探索はポート・ブラックサンドの町中を走り回って宝石の隠し場所を探す前半部と、ワナだらけの洞窟を抜けて宝石を手に入れるまでの後半部による二本立ての構成となっています。前半部は商人ギルドやブラスの家といった方々を回りながら、ブラスが「バジリスクの瞳」を隠した場所につながる三つの手がかりを見つけなければいけませんが、それぞれの地区にそれぞれの手がかりがあるのでそれほど難しくはないでしょう。ただし、ここでは技能を補うことができるいくつかの道具を手に入れることができるので色々試してみたいところです。
 後半の探索は隠し通路からつながっている洞窟を抜けて宝石を目指すことになりますが、通路自体はほぼ一本道で順番に用意されている関門を一つずつ突破しなければなりません。そのほとんどが技能か、またはその他の判定や運だめしが必要で失敗すれば容赦なく試験は失敗になってしまいます。とはいえ即死級のワナも用意されているにも関わらず、危険にはたいてい前兆があって技能や行動によって回避ができるのでそれほど不親切には感じません。シリーズでも最も不条理な「悪霊の洞窟」に比べてシリーズでも最も納得しやすい攻略が用意されている作品の一つでしょう。

 構成としては前半と後半で探索の様相を一変させるという「火吹き山の魔法使い」以来の伝統を踏襲しつつ、飽きさせないよう考えられている点に感心させられます。前半部は後半のための準備としながらも泥棒らしい場面を見せてくれる一方で、後半部はむしろ冒険者としての盗賊技能の活かし方を見せてくれるようになっています。すりの技能が前半では気づかれないように物を掠め取るため、後半ではワナに触れないように物を取るためといった使い方になることなどはその一例でしょうか。
 他にはポート・ブラックサンドを舞台にしていることもあって、アズール卿の屋敷やニコデマスの家に行くことができるようになっているのも楽しいところです。実のところ、試験をクリアするためにはこれらの場所を訪れてはいけないにも関わらずわざわざゲスト出演的にこうした場面や人々が用意されているのは、ゲームブックならではの楽しみだと思います。

 前述の通り難易度はそれなりに押さえられていますが、特に技術点や運点が低い場合には技能選びが重要になるのと、技能を補うことができる道具を手に入れる必要があります。一箇所だけ、すりと感知だけはどちらか一方を持っていないと攻略が不可能になるかもしれません。戦闘ではジブ・ジブや結晶戦士といったタイタン世界らしいモンスターが用意されている一方で、大グモが意外な恐ろしい怪物として配置されていたりと効果的に使われていると思います。持っている筈のない魔法の武器を使おうとすると怒られるといったパラグラフが用意されていたりと、お遊びが用意されているのも面白いところでしょう。  一方で気になる点としては、ポート・ブラックサンドを舞台にしながらも町自体の恐ろしさをいまひとつ感じられない点があるでしょうか。これはこの作品に限ったことではありませんが、ブラックサンドはアズール卿の統治のせいか意外に秩序だった側面があり、翌朝気が付いたら鍋の具にされたり無造作に道でアンデッドに襲われるといった「城砦都市カーレ」のような危険にはどこか欠けている印象があります。実際には本作品でもグールに襲われたり、盗賊は捕まれば朝には処刑されるといった場面もありますがアズール卿と彼の衛兵に比べて存在感に劣るのが原因でしょうか。前半後半と分けているゲームブックの構成としては見事というしかありませんが、好みとしては洞窟探検よりもブラックサンドの探索をもっとメインにして欲しかったところです。

 構成でも難易度でも攻略する楽しさでも、タイタン世界に親しんでいる人へのファンサービスでもよくできた作品の一つで、コンピューターゲームでは体感しづらいワナや仕掛けに挑む盗賊の活躍を楽しめる作品ですが、誰もが思うだろう疑問として盗賊ギルドのメンバーを選ぶ試験にしては数々のワナや仕掛けがあまりに大仰に過ぎないだろうかという点でしょう。一介の見習い盗賊を相手に驚くほどのモンスターまで配備されている洞窟の様子には、サカムビット公の迷宮探検競技すら髣髴とさせてくれます。あるいは私見ですが盗賊ギルドのメンバーを選ぶというこの試験、メンバーというのは町に数人もいないギルドの幹部のことを指しているのかもしれません。この試験を攻略すればすばらしい魔法の剣まで手に入るのですから。

 それにしてもブラスの娘さんの挿し絵があまりにショッキングです。
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