悪霊の洞窟(社会思想社)

 ルーク・シャープ著 佐脇洋平訳
ff30  舞台はクール大陸南西部にあるゴラク王国。かつて暗黒の洞窟を探索した「偉大なるタンクレッド」がその入り口に建てた国で今は摂政ライダーマーク卿が治めていますが、最近になって突然姿を現した怪物たちが人々を襲うという異変が頻発していました。卿に呼び出された大魔法使いアストラガルはゴラク年代記の古い文献を紐解き、「真の盾」にまつわる記述を見つけると慌てて城の地下へと向かいます。魔法使いの悪い予感は当たり、ゴラク城の地下にあった封印は破壊されて盾は何者かによって奪い去られていました。地下室には深い割れ目が口を開けており、それがオルガズの悪霊とその僕である七人のクッダムの仕業であることは明らかです。
 オルガズは兄のタンクレッドと共に暗黒の洞窟を探索し、邪悪の手に堕ちた者です。解き放たれた彼はいずれ真の盾を破壊してしまい、そうなれば七人のクッダムの力は掛け合わされて七が四九に、四九が二四○一に、五七六四八○一にと増大していくでしょう。そうなればこれを止める手立ては最早なく、ゴラクは永遠にオルガズの手に落ちてしまいます。

 オルガズを倒して真の盾を取り戻すことができる者は「偉大なるタンクレッド」の末裔しかいません。王系はすでに絶えていると嘆く卿にアストラガルは水晶玉を覗き込むと、映し出されたのはウサギ皮剥ぎ職人第三見習いとして厨房で働いている貴方の姿でした。この人物こそ失われたと思われていたタンクレッドの末裔なのです。

 皮剥ぎの最中に突然連れ出された貴方はアストラガルに「光輝く剣」を渡されます。貴方の使命はゴラク王国を救うために、クッダムとオルガズを倒して真の盾を取り戻すこと。城の地下に広がる暗黒の洞窟、地下世界に彼らは勢力を築こうとしています。地下にはかの地の住人であるガッドン人らが暮らしており、オルガズの勢力に対抗するために力を貸してもらえるかもしれません。
 割れ目へと足を踏み入れようとする貴方に、アストラガルは一匹のメス猫を手渡しました。それは「自慢たらたらのタバシャ」という猫神の子孫であり、限られた力とはいえ九回まで貴方を助けてくれるでしょう。そしてもう一つ、重要なことをアストラガルは伝えました。封印を破壊して真の盾を奪い取った人物はゴラク城の裏切り者に違いない筈で、彼の存在をも貴方は突き止めなければならないのです!

 かの「スターストライダー」に続くルーク・シャープの作品はタイタン世界、暗黒大陸クールを舞台としたファンタジーもので、見事な筆致で描かれている地下世界の描写が魅力です。細かい設定やルールが多いのもこの作者らしく、特に「自慢たらたらのタバシャ」の存在が今作品の特徴となっているでしょうか。要所で貴方を助けてくれたり、技術点や運点まで回復してくれますが「ソーサリー!」の女神リーブラのように何でもできる存在ではない一方で、身近な場面で役に立つのが魅力です。
 ゴラク王国の広大な地下世界は洞窟というよりも都市といって差し支えがない生活が営まれていて、街道や建物があるのにマグマの川や峻険な岸壁もあるという独特の舞台になっています。盲目の種族ガットン人や彼らが得意とする感覚戦闘の技術など、それらの活かし方も面白いところですがルール面ではファイティング・ファンタジーの基本ルールを踏襲しながらも先ほどのタバシャの存在や、燃料の使用で食料の効果を上げるなどちょっとした工夫が見られますし、暗号解読やいくつかの独自ルールも見られます。ですが、残念なことにこの作品ではその独自ルールが最大の難点になっているのも事実でしょう。

 まずどうしても槍玉に挙げずにいられないのが一撃戦闘のルール。狭い崖や一本橋の上といった特異な場面での戦闘で、技術点や体力点に関係なくお互いにサイコロを振り合って勝てば勝利、負けたら敗北というもの。ようするにサイコロを振って二分の一でゲームオーバーになってしまうので、オークを相手に一撃戦闘をして、これを後二回繰り返せなどと言われた日には八分の一の確率でしか生き残ることができません。
 もう一つは様々な危険に出会った際に一度サイコロを振り、もう一度サイコロを振って同じ目が出るとそれが直撃して貴方は死ぬという判定で、これも頻繁に登場するにも関わらず技術点や運点に関係なく即死となってしまいます。失敗すれば即死となる運だめしの機会も多く、タバシャの助けが九回得られたところで正直なところ何のなぐさめにもなりません。

 そして極めつけが最後の舞台となるオルガズの塔ですが、とにかく一歩間違えただけで即デッドエンドになる選択肢と失敗すれば即デッドエンドになる判定が目白押しという、ゲームとしては完全に破綻した作りになってしまっています。「真の道」を辿れば能力値が低くてもクリアができるというのがゲームブックの魅力ですが、この作品では真の道を辿っても真の盾を見ることなく死ぬのですからたまりません。
 とはいえ設定や描写の見事さはルーク・シャープならではで、オルガズの僕である七人のクッダムはそれぞれが強敵揃いですがこれらを倒さなければ最後のオルガズ戦、残っているクッダムの数だけオルガズが蘇ってしまいます。ところが「心の炎」で光輝く剣を鍛えておくとオルガズを蘇らせずに倒すことができるために、実際にはクッダムに出会わないように進むことがこの作品の「真の道」となっています。クッダムを倒せと言いながら、その手段が盲目的に戦うことでないのは面白い工夫でしょう。

 とにかく即死する選択肢と即死する判定の多さに辟易してしまう作品ですが、描写の見事さと多彩なルール、仕掛けの数々には感心させられます。面白かったのが十二人の隊列の中で三、六、九、十二番目のいずれかに立っていたら殺されるので、貴方がどこにいたかをサイコロ一つまたはサイコロ二つのどちらかを振って決めなさいという判定。前者は二分の一、後者は三分の一で殺されるのが分かりますでしょうか?
 おそらく邦訳されたファイティング・ファンタジー作品の中でも最もクリアが難しい作品ではないかと思いますが、それが試練の厳しさだと思えば冒険が失敗した際の描写を含めて楽しむことはできるでしょう。惜しむらくはやはり一撃戦闘に代表されるサイコロ判定の厳しさで、技術点や運点が最大値で真の道を通ったとしても、おそらく数百分の一以下の確率でしか生き残ることができない点は改善して欲しかったところでしょうか。むしろこれらの判定をすべて運だめしに変えてしまえば、タバシャの存在と合わせて意外に楽しめるのではないかと思います。

 ルーク・シャープらしい設定や描写が実に魅力的なだけに、ルーク・シャープらしいシステム面の甘さが実に残念に思える作品です。
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