最後の戦士(社会思想社)

 マーク・ガスコイン著 坂井星之訳
ff31  アランシア南方にあるヴィモーナの都市がトカゲ兵の帝国に包囲されてより、すでに6年の歳月が経っています。ヴィモーナの王アレキサンドロス2世が邪悪な刃に倒れ、女王ペリエルが長い戦いの中で勇気を示してトカゲ兵に抗していましたがもはや陥落は時間の問題と思われました。トカゲ兵たちは一歩進むごとに100体の犠牲を払わねばなりませんでしたが、犠牲を超える兵力を投入する彼らに対してヴィモーナには援軍もなく昼夜を問わない戦いに食料も尽きかけており、それ以上に睡眠不足が深刻な状態となっていました。
 王の息子であり今では戦士として女王とともにヴィモーナを守っている貴方は、その夜も燃え盛る南塔の火を消し止めるとマントを羽織ったまま、空いた場所に腰を下ろして目を閉じます。ふと気が付いた貴方は周囲に何者の気配もないことに驚くと、神を呼ぶ言葉を発しますが応えたのはその勇気と剣の神テラクでした。神々の王宮が邪悪に襲われており、それを退けるには地上の邪悪もまた退けられる必要がある。テラクの山であるデュルケラキンに赴き、神の武器を見つければトカゲ兵の帝国は退けられて神々の王宮も救われるだろうというのがテラクの言葉でした。テラクは最後にラスカルという男を捜せと告げると、貴方こそが最後の戦士「ラスト・ウォリアー」だと言い放ちます。

 かの「タイタン」の編者であるマーク・ガスコインの作品となる本書はトカゲ兵の帝国に包囲されているヴィモーナを突破して、テラク神の武器を探し出すことが目的の冒険となります。ルールはこれまでのファイティング・ファンタジーに準じていますが、特徴的なのが様々に設けられた選択肢やルートの多彩さとゲームとしての難易度の低さでしょう。最初に三つある父の遺品から二つの品を選ぶことになりますが、どれを選んでも攻略は可能ですし途中で手に入る品物も少なく、しかもほとんどは攻略に必要なものではありません。最初のヴィモーナ脱出のルートも三つが用意されていますがどれを選んでも突破が可能です。
 そのため、難易度を最も左右するのが選択肢よりもサイコロによる判定になっていますが全体的に戦闘と技術点による判定が多く、一方で運だめしはかなり限られているので相応の技術点さえあれば最初の冒険でテラクの武器を手に入れることも充分に可能でしょう。リビングストンや他の作者の作品であればたった一つの選択肢を逃しただけで命を落とすことにもなりかねませんが、この作品では立ちはだかる怪物から当然のように逃げまくったほうがより簡単な攻略が可能になっています。おそらくファイティング・ファンタジー全作品中でも最も難易度が低い一つに挙げられるでしょう。

 ですが、だからといってこの作品がつまらないかといえばそんなことはなく、タイタン世界の豊富で芯の通った設定や多彩な選択肢による自由さでは他作品の追随を許しません。例えば先のヴィモーナ脱出では戦士を率いての強行突破、夜明け直前の脱出、ボートを盗んでの脱出とあって二番目のルートはトカゲ兵の陣営地、三番目はヴィモーン川を舞台にした冒険となりますが勇気と能力値に自信があれば一番目のルートを選ぶことも可能です。
 戦闘に自信さえあればこの強行突破のルートがなかなか勇壮で、次々に敵が現れますが相手を倒すか二度連続で勝利すれば次の敵が現れて、二度連続で負けるとその場で殺されるという緊張感がたまりません。これを突破すると四本腕に身の丈3メートルはある巨大なトカゲ兵の戦士が現れてこれと一騎打ちを行うことができますが、なんとここでの選択肢でも戦いは仲間に任せて囲いを突破するというものがあり、これを選べば味方を危地に残したまま安全に脱出することが可能なのです。

 他にも城壁を狙う弩弓を見つける場面でもこれを破壊して城への攻撃を和らげることができる一方で、何もせずに一刻を争う脱出行を急いでもまったく問題はありません。つまりどちらも正解のルートであり自分の勇気や能力値に応じた選択を選ぶことが可能となっていて、これがゲームブックとしては異例の自由度の高さに繋がっています。貴方が勇猛な人物であれば正面突破でトカゲ兵どもをなぎ倒すかもしれませんし、あるいは仲間の献身的な守りの中で必ず戻るからと戦線を突破するかもしれず、あるいは技能と幸運に賭けて身を潜めながらの脱出を図るかもしれません。これが既存のゲームブックであれば身を潜めての脱出以外の選択肢はほとんど登場しないのではないでしょうか。
 モンスターの能力値や設定でも徹底していて、雑魚にしか思えない相手から技術点でも体力点でも貴方並みのものまで登場し、それでいて難易度まで調整されているのでファイティング・ファンタジー本来のサイコロ戦闘の楽しさを思えばむやみに敵が強すぎるリビングストンの作品よりも断然こちらが上でしょう。トカゲ兵が騎乗する様々な動物や怪物、オークの葬式や悪名高いグアーシュ酒、トカゲ兵以上に恐ろしいカアスの登場などヴィモーナ周辺の情勢やモンスターの風習まで多彩な設定はガスコインの本領発揮といったところです。冒険家のレカルテや伝令の女性カチヤなど、ごく短い登場にも関わらず強い印象を残す人々の存在も魅力で、カチヤを連れてカアスに見つかる場面などは不条理さを思いながらもそこに容赦のない冒険の厳しさを思わせてくれるでしょう。

 重厚なトカゲ兵の陣地を進み、ヴィモーナを脱出して平原や川、密林を抜けてライオン高地にある神の山デュルケラキンを目指し、謎の老人ラスカルに会うことができればあとは戦士王の街カーネクでテラク神の腕に神の目と呼ばれる品を見つけ出すだけです。このカーネクでの探索も一見すると正統派の迷宮探索ものになっていますが、実際には複数に分かれたルートがどれも同じ道へと繋がるようになっていて、探索の目的であるテラクの腕すら見つけられずとも攻略できる救済策があったりと、よほどのミスや不運が無ければ神の武器を手に入れることができるでしょう。
 歯ごたえのあるパズルを解く楽しみを求めるのであれば、とてもこの作品を評価することはできませんが見事に構築された自由度の高い選択肢に南方アランシアの多彩な設定や世界観に多く接しようというのであればこれ以上の作品は多くありません。パズルというよりも、ゲームマスターやディレクターに導かれながら自由な冒険を楽しむテーブルトークロールプレイングゲームのような作品であり、それこそジャクソン的でもリビングストン的でもない、ルールどおりに進めてしかも何度も遊ぶことができるという点で稀有なゲームブックではないかと思います。

 エンディングの展開には意見が分かれるようですが、あえてアランシアの情勢に決着をつけないことによって自由に遊ぶ余地を残しているという点でもむしろマーク・ガスコインらしい終わり方ではないでしょうか。
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