魔法使いの丘(東京創元社)
スティーブ・ジャクソン著 安藤由紀子訳
フェンフリィ同盟を象徴する「王たちの冠」。それは所有者に絶大な統率力と指導力とを与え、繁栄を約束する宝であり冠の恩恵を受けたアナランドは平穏な日々を送っていました。忌まわしきブラック・ムーンの夜に高地ザメンはザンズム連邦に居を構える大魔王が、鳥男をつかわして冠を奪い去ったことで事態は急変します。辺境に追いやられていた無秩序の勢力が大魔王の下に集い、面目を失ったアナランドの国境でも騒乱が聞かれるようになりますが、高地ザメンにつながる広大なカクハバード地方に軍隊を差し向ければ、それが大規模な戦乱に発展することは目に見えています。残された手段は一つ、信頼できる力量と幸運を併せ持った人間、すなわち貴方の手によって冠を奪還すること。貴方は剣を振るい、あるいは魔法を操る勇士として混沌と無秩序の渦巻くカクハバードへと足を踏み入れます。
ソーサリー!シリーズ四部作の第一作であり、恐ろしげなカクハバードの世界を見事に描いているジョン・ブランチの挿絵や、スティーブ・ジャクソンの構築した呪文システムと時に凄惨なまでの文章が衝撃的で、ファイティング・ファンタジーと並びタイタン世界を代表する作品となっています。
探索の旅はサイトマスターの衛兵に見送られてアナランドの塁壁をくぐるところからはじまりますが、ひとたび国境を守る壁を越えれば貴方を守るものは何もありません。カクハバードを渡って大魔王の居城マンパンに至るにはジャバジ河を渡る唯一のルートである、城塞都市カーレに入るためにシャムタンティの丘を越えることになります。カクハバードの無秩序もジャバジ河のこちらにはさほど及んでいないのか、いくつかの危険さえ避ける賢明さがあれば平穏に丘を越えることもできるでしょう。
シリーズ最初の作品だけあって、難易度も低く導入的な内容になっています。まずはソーサリー!の特徴である呪文に慣れることで、巻末(原版では別冊)に用意されている魔法の呪文の書を熟読し、それを暗記した上で旅に出なければなりません。呪文はアルファベット三文字で記されていますが、国外不出の書を持ち歩くことはできないので、一度アナランドを離れたら二度と呪文の書を開いてはいけないというのが本書のルールになっています。読者である貴方自身が呪文を覚えることで貴方の魔法使いとしての力量が上がることと、その呪文の驚くほどの多彩さが魅力で、全四十八種類の呪文の中で直接的な攻撃のための呪文が二つしかないことを見ても、単純なパワーゲームでは解決できないだろう旅の困難さを感じさせてくれます。また、シリーズを通じて貴方を守護してくれる女神リーブラに祈ることで、一冊の旅で一度だけ助けを得ることができます。
シャムタンティを越える旅では、いくつかの警告が見られる危険をきちんと避けていればたいていは無事にカーレにたどり着くことができると思います。シリーズ全編を通して失った体力を取り戻す手段が少なく、呪文の失敗がそのまま体力の無駄遣いにつながる点にさえ注意すればおそらく大きな困難はありません。ただし、この作品ではカーレ以降の難易度が格段に上がるので、丘を越える間に可能な限り旅の助けとなる装備や人を見つける必要があります。特にグランドレイガーの酒場で得られる人脈は、カーレで安全を得るためには大いに助けとなるでしょう。
カクハバードには多くの珍しい生き物や種族、動物が見られますがシャムタンティの近隣ではエルヴィンと呼ばれる小柄な妖精が知られています。いたずらが好きで宙に浮いたり姿を消すことが得意な彼らの集落がある森と、ゴブリンが暮らしている坑道の二つが丘を越える主なルートになります。他にもスカンク熊のような大型の獣や悪名高いブラックロータスの花、小ざかしいミニマイトといったカクハバードならではの存在も珍しくはありません。この花畑と、縄張り意識の強い首狩り族の集落にはうっかり近づけば手ひどい目に遭うと言われています。また、最近はこの周辺で悪質な伝染病が流行っているという話も聞こえています。
魔法使いの丘と呼ばれるシャムタンティには、アリアンナとガザ・ムーンという二人の気難しい魔女が暮らしています。彼女たちの助けを得ることができれば大いなる幸運となりますが、本来気まぐれな魔女と関わるには充分に気をつけなければいけません。貴方がどれほど呪文に長けていたとしても、余計な危難を呼び起こすことはないでしょう。
アナランドを離れて危険なカクハバードへ、そのおそろしくも魅力的な世界に足を踏み入れてみてください。女神リーブラのご加護を携えて。
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