ネバーランドのリンゴ(東京創元社)

 林友彦著
gb  時は紀元五世紀を過ぎた時代のこと。舞台はブリテンの西にあるというリンゴの島アバロンにある妖精の国ネバーランド。英雄アーサーが眠るというこの島にもサクソン人の手が伸びてきて、ある時、異境の魔道士バンパーがネバーランドにやってくるとガラスが丘のリンゴの樹を盗み出してしまいました。若返りの果実を実らせ、妖精たちに永遠の若さを与えるリンゴの樹が失われればネバーランドは早晩滅びてしまうでしょう。
 主人公である猫妖精ブーカの勇者、ティルトの家に一通の手紙が届きました。差出人は西の都コッドリープの市長ハリー・ヴー。運命と占いの神の末裔エルクの妖精であるハリー・ヴーの手紙にはリンゴの樹がバンパーに盗まれてしまったことと、コッドリープの町が何者かに襲われてしまい、彼の娘エスメレーもさらわれてしまったことが書かれていました。ティルトはバンパーを倒し、リンゴの樹を取り戻すために旅に出ます。

 総パラグラフ数1,000を誇る大作として発表されたゲームブックで、どこかメルヘン調の世界観が独特の雰囲気を見せている作品です。テーブルトークRPGを基にしている海外のゲームブックとは異なり、パソコンのアドベンチャーゲームを意識して作られているのがちょっとした特徴に影響していて、例えば各パラグラフが双方向性を持っていて同じ場所を何度でも行ったりきたりできる点や、主人公のティルトが三人用意されていて、二回までは死んでしまってもゲームオーバーにならない点などが挙げられます。また、キーナンバーという数値を用意してそれぞれの事件や所持品によってこれらの数字を変えることで、いわゆる「フラグを立てる」システムを実現しているのは面白いところ。

 特にこの主人公が三機いるというルールは奇妙に思えるかもしれませんが、ネバーランドの世界観のおかげで多少の奇妙さが許せてしまう上に、このシステムのおかげでゲームブックのもう一つの魅力である、失敗して主人公が死んでしまう描写を楽しみやすくなっている点は見逃せません。例えば戦いで負けたとか道をまちがえて底なし沼に落ちるといった失敗はもちろん、エルクの娘カミーリアの虜になってしまったとか長い眠りについて当分目を覚まさないという変わった失敗、魔法をまちがえて踏み潰されてしまうといった失敗を多々見ることができます。
 例えばふつうのゲームブックでは、ノーヒントで選択を間違えるとすぐに死ぬような構成には不条理さを感じさせることが多いですが、この作品では次のティルトで挑戦できるのでそうした不満をあまり感じさせません。もちろん終盤でクリアが不可能になる場面など、ティルトの残りの数に関わらずゲームオーバーになる箇所も存在しています。

 内容は二部構成になっていて、バンパーがいる蜃気楼城を探して侵入するまでと城に入ってから魔道士を倒すまでに分かれています。パラグラフ数を無理やり1,000にしようとしたせいで、特に第二部では単調な分かれ道だけを書いている項目が多い点や、第一部でも一本道のパラグラフをわざわざ用意しているきらいがあって、面倒さを感じさせなくもありません。ただし、この面倒さのおかげで地図を描きながらネバーランドを歩き回る楽しみや、蜃気楼城でも正しい道順を知らないと相当苦労することになるのはシステムの妙でしょう。実際、第二部は道順さえ知っていればあっという間にクリアすることが可能です。

 バンパーを倒してリンゴの樹を取り返すには、誘拐されたエスメレーを助け出して蜃気楼上に入る方法を見つけ出し、バンパーの三人の部下である千里眼のトレムに地獄耳のクリスト、恐ろしいフウムーンの力を防ぐ方法を手に入れることが必要です。戦闘の難易度がけっこう厳しいので、カレードウルフかクリスタルの剣も持っておきたいところでしょう。
 ちょっと面白いのは、蜃気楼城に入る方法として塔の上から侵入する本来の方法だけではなく、地下の坑道から偶然?乗り込む方法も用意されていることでしょうか。壁を壊す魔法のクワと合わせて、サイコロ運にもよりますがエスメレーを救出せずにトレムやクリストも無視してクリアすることもたぶんできるのではないかと思います。経験ポイントを稼いで攻撃力を上げておけば、フウムーンも自力で倒してバンパーに挑めるかもしれません。

 一般に目につくファンタジー世界とは趣の異なる妖精たちが暮らすネバーランドの魅力と、失敗をさほど気にせずに島中を歩き回ることができるシステム、ドルイドの魔法や伝説の剣といった分かりやすい要素まで備えている親しみやすさが楽しい作品です。妙にティルトがシチューの実にされることが多いような気がすることと、妙にエスメレーが誘拐されやすい体質?をしていることが気にならなくもないでしょうか。
>他のを見る