ニフルハイムのユリ(東京創元社)

 林友彦著
gb  リンゴの樹が盗まれた事件から一年後。英雄アーサーが眠るという妖精の国ネバーランド、ガラスが丘に暮らしている猫妖精ティルトのもとに一羽のワタリガラスがやってきます。カラスが携えていた手紙はコッドリープの市長ハリー・ヴーからのもので、極北の地ニフルハイムを訪れていたハリー・ヴーと娘のエスメレーはこの地の宝である魔法のユリが盗まれてしまったことを知らされていました。ユリを盗み出したゴブリンの王メレアガントや、夜毎に徘徊する吸血生物グールーたちにハリー・ヴーやニフルハイムの妖精たちではとても太刀打ちができません。手紙はリンゴを取り戻した英雄ティルトに助けを求めるものであり、一年ぶりの冒険にティルトは愛用の武器を手に取ります。

 総パラグラフ数1,000を誇る大作ネバーランドのリンゴの続編で、メルヘン調の世界観と丁寧な語り口が魅力の作品です。舞台はネバーランドから海を越えた向こうにある極北の地ニフルハイム。魔術師マーリンがアーサー王の剣をしまいこんだという地で、年じゅう濃い霧と降りしきる雪に包まれた世界ですがコーンウォールから持ち込まれた魔法のユリのおかげで妖精たちが暮らしていける暖かさが保たれていると言われています。サクソン人の手はこのニフルハイムにも伸びて、そそのかされたゴブリンの王に盗まれたユリを奪還することがティルトの使命となります。
 前作同様に双方向性を持つ構成になっていて、地図を描きながらニフルハイムの各地を行ったり来たりすることができるようになっているのが特徴。ティルトが三機用意されていたり、キーナンバーを使って進行状況を管理するシステムも健在で、しかも前作で覚えた魔法はそのまま今作品でも使用できるようになっています。もちろん今作品だけでも問題なくゲームブックとして成立しているので、最初から始めても何も問題はありません。

 冒険全体の構成は前回に似てニフルハイムの地表を探索する前半部と、メレアガントの迷宮に挑む後半部に分かれています。ハリー・ヴーの手紙を受け取って冒険に出発、小さなヌーをふところに入れてさらわれたエスメレーを助け出し、魔法の剣カレードウルフを手にメレアガントの部下を倒す手がかりを見つけていくという流れは前作の焼き直しのように見えて、だからこそネバーランドのリンゴらしさを印象づけてもくれています。舞台が変わっているからといってティルト以外を全員新しい登場人物にしてしまうのも寂しいですし、このあたりは作者の工夫と苦労が見えるところでしょうか。
 続編として改善を試みた箇所も方々に見られ、特にメレアガントの地下迷宮が前作の蜃気楼城のように分かれ道だけの膨大な選択肢の山でなくなっているのはありがたいところでしょう。迷宮を抜けるヒントも作中に隠されていますが、根気よく地図を描いていけば充分にクリアが可能です。

 盗まれた魔法のユリを取り戻す方法ですが、山椒魚に教えてもらえる通りオイデ草に匂いをかぎつけられない、ヒドラの冷気で凍えない、キメラの吠え声を聞かないという三つの「ない」を揃えなければなりません。そのためのヒントは魔法使いのヤガー婆さん、さらわれたエスメレー、フヴェルゲルミルの泉などに隠されていますが他にもグールーに受けた傷を癒すことができる聖水や緋色の絹布といった重要なアイテムや、今回新しく手に入る魔法など探さなければいけないものや解かなければいけない謎が数多く存在しています。特に序盤は戦闘の難易度も高く、苦労することになるかもしれません。一方で武器や仲間を手に入れることによって戦いがかなり楽になり、充分な装備を揃えておけば竜はもちろんメレアガントなども簡単に倒すことができるでしょう。戦闘ルールがシンプルなだけにこちらが強くなれば負ける要素はほとんどなくなります(プルーグに鉄槌を持たせた人も多いのではないでしょうか)。
 ちなみにメレアガントの手下やグールーに襲われても、返り討ちにした方が手がかりやアイテムが手に入る場合が多く自分が魔法のユリを探していることを隠さないほうがいいというのも、それはそれで冒険者としては正直すぎるような気もします。

 他にはミニゲーム的な暗号やパズルがあちこちに用意されているのも前作と同様ですが、これが今作品の最大の不満点にもなっていて、いくつかの謎は本の内容をコピーして実際に並べたり組み合わせないと解きにくいものがあるのは残念なところ。本とサイコロとアドベンチャーシートに筆記用具、これ以外に必要なものが増えればそれだけゲームが手軽ではなくなりますし、でなければゲームを始める前に用意するものとして厚紙や方眼紙があった方が望ましいと書いて欲しかったところでしょうか。何より最後のユリの絵の謎は本だけで解くことは不可能に近く、巻末の解法を見て納得できなかった人も多いのではないかと思います。ゲームブックの中にパズルを入れること自体はアクセントになって楽しいだけに、ゲームブックに合ったパズルを選ぶ配慮はして欲しかったところでしょう。
 それでい気になる箇所があるとはいえ、ネバーランドのリンゴの続編にして前作の不満点を改善した大作の名にふさわしい作品です。双方向性のある構成だけに、その場面でどの同行者がいるか判別しづらいので彼らの描写はけっして多くありませんが、前作にも増して誘拐されやすい体質(?)になっているエスメレーの出番が増えているのは嬉しいところでしょうか。

 メレアガントの部屋の前で立ち聞きをする場面など、当初はシリーズの続編も考えられていたようですがもしも製作されるのなら今でも楽しみにしてしまいます。
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