クイジナートの機械剣【BLADE CUSINART'】


 遥か以前に滅亡して、今は地下深くに埋没した古代文明が存在する。数百年から数千年も以前に巨大な建造物の数々を打ち立てて、現在では想像もつかぬような技術を手にしていた人々の遺物は時による磨耗を経てもなお驚嘆すべき姿を目の前に見せつけてくれる。
 壮大にして精密な機構により実現されていた不可思議な道具や設備の数々は、今の時代であれば魔法使いが唱える呪文や司祭が神々に祈る奇跡にも匹敵するといわれる失われた超技術が用いられている。だが或いはその表現は控え目に過ぎるかもしれない。現在の魔法使いや司祭のほとんどが力を尽くしたとしてもなお、古代の遺物を超える品々を生み出すことが出来る者など数える程もいないのであるから。

 狂王の名を轟かせている、強力な君主トレボーは難攻不落の城塞都市を構えていることでも世に名前を知られていたが、同時にトレボーの城塞都市が大陸中の人々に広く知られている理由が彼を挑発する永劫の魔術師ワードナが城の地下に出現させた広大な地下迷宮の存在にあることも否定できない。
 武勇を誇り、叡智を携え、栄誉を求めようとする幾多の人々が挑み、深淵まで足を踏み入れた迷宮が魔法使いの強大な呪文によって生み出されたものか、或いは古代文明の遺物であるのか、または何らかの異界に至る扉が開かれたものであるかは判然とせず定説も存在していない。

 だが迷宮には様々な発掘品が見つけ出されていて、その中には確かに失われた古代文明の超技術が用いられているものもあり、少なくとも迷宮またはその一部が古代の遺跡を流用したものであることを裏付ける有力な傍証の一つとされている。そして賢人や研究者の中に迷宮の試練を攻略するよりも、こうした遺物の調査や発掘に心血を注ぐ者がいたことも無理のないことであったろう。

 そうした研究者の中に「ロバート・ウッドヘッドの手記」を調査している一団が存在する。古代の文献に散見されるウッドヘッドの名は同様に発見されるグリーンバーグと並び、迷宮にある古代遺跡部の構造に深く関わっている人物の名前として考えれており、特に八層と九層に彼らの名を現すRJWとACGの文字が示されていることは長く議論の対象とされていた。
 研究者の中にはウッドヘッドこそ迷宮上層部の建造に携わっていた人物であるという説すらもあるが、真偽の程は明らかになっていない。

 ウッドヘッドの手記の特徴は幾つかの興味深い、滑稽にすら思える記述が残されていることである。それは気まぐれな造物主が仕掛けた罪のない悪意に関する考察であり、迷宮に存在する一見して無意味なオブジェクトに秘められた冗談を推し量ろうと試みているものだった。
 知られているところでは猫の首にニワトリの身体を持つ異様な彫像に関する記述であり、幾つかの小部屋に置かれているこの不気味な化け物の正体は何のことはなくキャット&チキンでキッチンを意味しており、つまりこの場所が調理場であることを示す飾りでしかないというものだ。この例に限らず彼の手記はあまりに自然で肩肘が張っておらず、堅苦しい研究を好む人々の間では故意に無視されることも珍しくはなかった。同様の彫像の例であれば、着飾って踊るカエルの像も何ら警告的な意味も宗教的な意味もなく、当時流行した人形を置いた娯楽室の飾りだとされている。

 彼の手記とそれにまつわる考察がどこまで真実であるかは研究者の間ですら意見の分かれているところだが、興味がない者にとっては一見して他愛のない書き付けや日々の記述の中に重要な扉の鍵が隠されている例は決して珍しいものではない。そしてこうして発見されたものの中でも、多くの賢人が忌み嫌って触れようとさえしない話題が「クイジナートの機械剣」にまつわるエピソードである。

 ことの発端は三十年以上も前、トレボーの城塞都市近郊で発生した大規模な地震がきっかけであった。この地震は周辺の各地域に相応の被害をもたらしてことに深刻な場所では復興に一年を超える期間を費やす程のものであったが、この時にとある山麓で地滑りが起きて露出した地層から古代文明時代の遺跡が発見されている。早速賢人が集められて調査と発掘作業が行われることになったのだが、そこで発掘されたのが古代の工房と思われる施設であった。
 施設には失われた技術で作られている様々な道具や設備が埋もれていて研究者たちは発掘品の数々に歓喜したが、その中に幾つか混じっていた用途の分からない装置に彼らは首を傾げさせられる。半ば潰れた箱のような形状をしたそれは動力部と思われる本体に、回転する棒が一本ついていてその先には複雑な形状をした鋭利な刃が複数枚取り付けられていた。

 時を経てなお鋭利さを保つ刃の材質は伝説に知られるダマスカス鋼を思わせる、古代文明期に製造された品々に特有のものであり、驚くほど頑丈かつ軽量なこの金属をこれだけ複雑に加工することができる技術力に人々は舌を巻かざるを得ない。
 更に調べてみたところ、本体の隅に古代文字が刻まれており掠れて消えかけているそれを読み取ると【CUSINART'】と記されているように見えたがこれは他に発掘された保存の良い品から実際にはクイジナートという文字であったことが判明し、この奇妙な装置はクイジナートと呼ばれることになった。

 この装置の正体については当初、研究者の間でも諸説が分かれており用途が不明であっただけではなく、クイジナートという言葉自体が古代文字の体系に外れるものであったために不明とされていたのだが、かのウッドヘッドの手記に賢人たちが想像もしない手がかりが発見されたのは近年以降のことである。

 その記述によれば、クイジナートとは古代文字にある「料理と芸術」を意味する語を組み合わせて作られた造語であり、この奇妙な機械を製造した工房の名前でもある。そしてこの装置の正体は鋭い刃を高速で回転させて、獣でも魚でも細切れにしてしまう強力な調理用の加工器であるというのだ。そんな莫迦なことがあるかと否定する意見も出されはしたが、後に遺跡の研究が進みウッドヘッドの記述を裏付ける幾つもの証拠が現れると人々もこの滑稽な事実を認めざるを得なかった。
 この事実に失笑する研究者もいたには違いない。だがたかだか調理用の道具に現在では立ち向かうことすらできない高度な超技術が用いられている、その事実に驚愕し感嘆した研究者の数はより多かった。彼らはこの高度な機械の研究を更に進めていくことになるがそれが思わぬ結果を生むことになるとはこの時点では誰も考えていなかった。

 発掘された数台あるクイジナートはどれも破損の状態が著しく、そのまま復元することはできなかったが彼らとは別に遺跡や発掘品の調査を進めている研究者の一団もむろん存在していた。たいていの発掘品がひどく破損して同様に修復が不可能であった事情も変わらないが、ある時、小型の動力部に該当する機構が相当数、無事に稼働する状態で発見されるという驚くべき「事件」が起こったのだ。それは数百年以上を経過した時間の隔たりを思えば奇跡に近い出来事とされているが、賢人の間では今でも些かの皮肉を込めて奇跡の発掘と呼ばれている。

 ところがこの事件を契機として、多くの賢人を憤慨させて研究者を嘆かせる風潮が沸き起こった。【BATTERY】と呼ばれることになる、この古代の動力部を用いて実際に発掘品や機械を動かしてみようと主張する者が現れたのだ。それ自体は確かに研究心の現れであったし、この風潮以降にベルトコンベアなど簡単な機構を持つ機械が方々で製造されたり用いられるようになるきっかけを生み出したこともまた事実である。それが技術を発展させて現在の文明に革新をもたらしたことは賢人たちも否定しない。
 だが現在でも再現することができない素材や金属でつくられている、古代の装置を動かすにはそれらを容赦なく解体して組み直さなければならなかった。そして研究者を自称していた彼らの目的は決して失われた超技術の復元にはなく、それを用いて新たに生み出される道具や機械そのものにあったのだ。

 その彼らが注目したのがクイジナートの発掘機械である。半ば潰れていた本体から鋭利な刃がついた棒だけを取り外して別の動力部と接続する。高速で回転する、超技術で精製された金属製の刃に扱いやすい握りだけではなく護拳まで着けられたことからも彼らの目的は明らかであった。驚くほど頑丈かつ軽量で鋭利な刃を持つ、古代の超技術を用いた高速回転剣をつくり出そうというのである。
 それは魔人すら一刀で両断する伝説の【MURAMASA BLADE!】には及ばずとも、並みの魔法剣すらも凌ぐ強力な武器を製造しようとする試みであった。古代文明の超技術が野蛮な試みに用いられることに反発する賢人の声は少なくなかったが、多くの戦士どころか地方の君主たちまでもがこぞってクイジナートを機械仕掛けの武器として再生させる研究に賛意を示すようになると反対派も声を潜めざるを得なくなる。

 こうしてクイジナートの機械剣は完成した。それは護拳のある握りに小型の動力部が着けられている、複数の刃を持つ剣のように見えるが握りを持つ手に力を込めることによって剣先が高速回転して目標をみじんに切り刻むことができる。その性能に驚嘆した人々はこの機械仕掛けの武器を求め、以来発掘されたクイジナートの殆どがこの高速回転剣に作り替えられてしまった程である。

 失われた超技術を用いて装甲でも骨でも容易に砕くことができる、この恐ろしい武器には【CUSINART'】の誤記がそのまま用いられてブレード・カシナートの名が与えられることになるが、それはクイジナートが野蛮な目的に用いられることに反発した賢人や研究者のささやかな抵抗であると言われている。
 彼らはこの武器を決してクイジナートとは呼ばずに、カシナートの剣と称して今でもその話題に深く触れることを避けようとしているのだ。
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