ある探検家の記録と記憶 太陽の神殿を求めて(MSX版)
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鬱蒼とした森林の中に開けた土地、石造りの建造物跡。そして私の手には伴奏膏が一枚とライターが一つ。古代アステカ文明の遺産、名高い「太陽の神殿」を求めて私はこれから困難な遺跡調査に挑む事になる。単なる遺跡調査が何故それ程までに困難なものであるか。ビコーズ、これまで何人もの高名な探検家や冒険者と称する連中がこの遺跡に挑み、そして二度と祖国の土を踏む事が叶わなかったからだ。私の兄もかつてこの遺跡に挑み、そして帰ってこなかった。兄の残した手記と私の持っている知性と理性とが、私を真実へ繋がる唯一の道へと導いてくれるだろう。
古代の建造物群を前に、まずは周囲の散策と調査を始める。無分別にあたりをうろつくようでは野蛮な原始人と何ら変わらない。遺跡群の位置を把握し、二つの泉を見つけ、散在する崩れた壁を目にする。私は兄の残した記録がずいぶん現実の配置と異なっている事に気付いた。行動派だが粗忽者だった兄らしい単純なミステイクに私は苦笑を浮かべるが、私の手元に一切の情報が無い場合に比べれば、兄の手記には千金の価値がある。過去の資料から真と偽とを判別し、正しい情報を導き出す事は科学的思考のセオリーだ。
まず最初に目につくのは、やはりその威容を誇る尼僧院の遺跡だろう。中に入ると三体の像が立っているが、これなどは美術品としても相当な価値がある物と思われる。中央の老人の像の胸にはめ込まれている、不思議な紋様の入った円盤。中央に大きな宝石がはめ込まれているが、時間に侵食された宝石は砂と埃に覆われており、その輝きを失っている。だが薄汚れた外見に惑わされて物事の本質を見誤ってはならない。磨き上げれば恐らくは本来の輝きを取り戻すであろう円盤を片手に、私は尼僧院を後にした。
そういえばこの円盤を手にする時、力をこめたせいか縁の所を壊してしまった。美術的な価値を考えれば、これは私らしくもない小さなミステイクを犯したと言えるかもしれない。だが私は探検家であり、冒険者である。小さな事に目くじらを立てるのはまだまだ視野の狭いスクールボーイに任せておこう。
尼僧院の北にある高僧の墓。この入り口に巧妙に隠されている隠し扉を称して、私の兄は自動ドアにも等しいと記していた。成る程この程度の仕掛けならば兄の豪語も肯ける。簡単に玄室に入った私を出迎えたのは、石造りの棺だった。奇妙な形のタイル、石棺に納められた白骨、不気味な片目の仮面。まるで死体を暴くかのような行為に対して自分でも躊躇しない訳ではなかったが、崇高な調査と野蛮な盗掘の区別については兄の手記でも語られている通りである。
高僧の墓の近くにはカラコルと呼ばれる奇妙な場所がある。円形の部屋の中央に台座が一つ、壁には小さな小窓が空いただけの部屋だ。小窓の先には遠く千住の間を臨み、恐らくは何かの儀式に使われていたであろう事は疑い無い。その謎を完璧に解くまで、ここには幾度も訪れる事になるだろう。おや?この台座は…。
千住の間に行く途中、カスティーリョと呼ばれる場所を訪れた。ここの入り口もやはり通路の奥が行き止まりとなり、閉ざされているが鍵さえ持っていれば簡単に入る事が出来る。何?まだ私は鍵なんて手にしていないだろうって?ヘイ、これだからヤングスクールボーイは困る。ボーイはママに教えてもらったと思うが、鍵ってのは扉を開ける道具の事を指して鍵って言うのさ。さあ今から家に帰ってもう一度ママに教えてもらうんだ。きっと君のママは暖かいスープを用意して待っているよ。
扉を開け、カスティーリョの奥。首の無い古びた彫像や埃を被った壷、汚れた鏡などが無造作に並べられている。その中には銀の香炉や金の台座、美しい宝石など、一財産が築けそうな宝物も多数紛れている。もし私が盗掘を目的に来た野蛮人であったなら、狂喜してこれらの財宝をかき集めると既にふかふかのベッドの感触を思い出して帰り支度を始めているだろう。この部屋に罠の一つでも仕掛けてあれば、歓喜のうちにそれに襲われていたに違いない。だが私は探検家であり、冒険者だ。目的を達成する事、即ち「太陽の神殿」を見つけるまでは、これらの財宝も路傍に転がる石と何ら変わらない。無論これらの財宝の数々は既に私のザックに窮屈そうに詰め込まれている。これらの品が真実へ到る一本の道を示す可能性もある訳だから、敢えて無視して放置しておく事は無意味のみならず愚劣な行いにもなり兼ねない。香の入った皮袋、先端に砂鉄のついた棒、奇妙な瓶などちょっと変わった物については特にチェックを怠らない事だ。
兄の残した記録の内、最も事実との相違が見受けられたのは二つの泉の配置だ。生け贄の泉と南の泉。南北に並んだ二つの泉の配置は絵心の無い兄の残した地図とは大分異なっている。北の生け贄の泉は水が濁り、不気味な静けさを体現していた。記録によるとこの泉には本当に生け贄を投げ入れる習慣があったらしく、底には未だ不幸な人々が沈んでいるという事だ。また、透き通った水を湛え、眩しい程に太陽光を反射している南の泉は私の身体と精神の疲れを癒すには格好の場所だった。ここには壊れた金の笛が沈んでおり、それを手にした私に古代のメロディーを想起させる。
たまには休息も良いだろう。だが、休息と気を抜く事が別であるのは無論の事で、例えばここに金の笛が沈んでいたという事はここには何か金の笛が沈んでいただけの理由があると言う事だ。兄の残した、手元にある記録。私はその後を辿って兄が逃れた過ちを私も回避すると共に、兄が侵してしまった過ちをも回避しなければならないのだ。ちょっとした注意力の有無が私の極間近に潜んでいる運命に影響を及ぼすのだから。
幾つかの寄り道の後で、私はようやく千住の間に到着した。ここは遺跡群の中でも最も奇観を誇る場所であり、その名の如く模様の入った幾本もの柱が広場を埋め尽くしているのだ。カラコルの小窓から見えた景色、そして謎を解く為の古代の儀式の存在。そう、私の到着が遅れた理由もそれを解明する為に寄り道をしていたからに他ならない。輝ける一本の道が私にこの遺跡の真の姿を示している。寄り道一つを取っても、私のような人間はそれを無為に行う事はしないのだ。明確な目的を持ち、それを達成する為の効果的な手段としての行動。未熟なヤングボーイと経験抱負なオールドタイマーとの違いはそこにある。例えば二つのカラコル、というものにボーイは心当たりがあるかい?
古代の儀式と言えば、千住の間の謎を解く為の儀式ともう一つ、ここ戦士の神殿で行うそれがある。たった一つの謎を解いただけで満足してしまうようでは小食なガールズと何ら変わらない。私のようにハングリーな人間の探求心は飽く事を知らないものだ。戦士の神殿にある三体の像。女性の像、ジャガーの像、そして盾を抱えた戦士の像。ジャガー像の額にある青い宝石と、隠された鉄の小鍵を手に入れる為にはもう一つの儀式を為す必要があるのだ。それが分からない者はいっそジャガーの像に襲われて食われてしまえば良いだろう。
It's a joke.
古代の球技場。遺跡を探検する者は当時の文化と文明に思いを馳せ、それを追い求める。機械仕掛けの石の歯車。首の無い戦士の像。儀式を達成した私に次に求められるのは、これらの仕掛けを克服する事である。この歯車を止めている石の歯止めを外すには、それによって何が起こるかを予見してからでなくてはならない。無論それを予見している私はこの歯止めを外した…OK、思った通りだ。ボーイが私の真似をするのは一向に構わないが、一つだけ確認しておこう。君は何の為にこの歯止めを外したんだい?この遺跡にある全ての仕掛けを把握してからでも、私は遅くないと思うよ。
地下通路の奥に隠された、剥き出しの岩壁の部屋。中央の台座には恭しいと称したくなる程丁重に銀の鍵が置かれている。これが「太陽の神殿」を求める為に必要な貴重な鍵である事は間違い無い。ヘイ、ボーイ。だからと言って不用意にこいつを手にするんじゃないぜ。ちゃんと準備は出来たのかい?これが映画ならボーイは転がる大岩の下敷きになっている所さ。
古代の儀式を再現し、古代の仕掛けを克服した私を出迎える一つの扉。扉の左右には二つの像。そう、兄の手記にも記されていた仕掛けだ。この内一方が「当たり」で一方が「外れ」なのである。兄の手記にはどちらが正しいかは記されていないが、そこには無言のメッセージが秘められていた。私のように知恵と勇気、知性と理性によってここまで到達する人間は幾人か存在する。だがこの扉を開けるにはそれらを越える能力−即ち運というものが必要になる。二分の一の幸運すら掴む事の出来ない人間には、所詮「太陽の神殿」を求める資格などありはしないのだ。そして私は私自身の幸運を掴む為に、呼吸を整えて決断を下す。ゴゴゴゴ…と音を立てて開く扉。フゥー、おやおや当時の兄も今の私と同じような安堵の表情を浮かべていたのだろうか、ならば私も敢えて兄の手記から引用させてもらおう。
「どうやらまだ運命の女神は私に素敵な笑顔を見せてくれているようだ」
兄も辿り着いた「本当の」高僧の墓。幻想的な程に美しい光を受けて横たわる棺と、完全な仮面をはめた、腐敗していない遺体。古代の叡智を一身に受け、「太陽の神殿」への最後の道を示す導き手に出会えた事を私は神に感謝する。神が私に与えた知性と理性、そして幸運に対して。
薄暗い地下通路を歩く。導き手に示された、真実へ到る最後の道。そこにはついに姿を現した太陽の神殿と、祭壇に置かれた伝説の「太陽の鍵」がある。兄の眠るこの遺跡で、私はとうとう真実に辿り着く事に成功した。残された最後の謎を解き、最後の障壁を乗り越えてこれを手にする事で、私は兄を越える事が出来るのだ。
目の前に閉ざされた壁を見て、今、私は一人感慨に耽っている。私の手の中にある「太陽の鍵」。古代アステカ文明の謎を解明する鍵を手に、私はその場に座り込んでいた。太陽の鍵を手にした私の周りを囲んでいるのは学会を訪れた聴衆ではなく、カメラを手にしたマスコミでも無く、出口を閉ざした石の壁だった。
広い空間だ、簡単に酸素が尽きる事は無いだろう。私の身体が空腹に耐えられなくなるか、私の精神が暗闇に耐えられなくなるか…それまでの間、私は自分の為した偉業を称え、伝説の鍵を手に私だけの栄光を一人占めしている事にしよう。
私は、兄を、越えたのだ。
(訳者註.彼の手記もここで終わっている)
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