-STRIKE SIRIES II-
発展の経緯を改めてたどることにしよう。近年の宇宙開発はハードウェアとソフトウェアの両分野において互いに密接に交わりながらめざましい進化を遂げていた。
ことの始まりは「シータ」と呼ばれる次世代プログラミング言語の出現である。大型構造物設計にすぐれた適用性を持つシータはもともと学生が個人の趣味で開発したという言語だったが、政治的あるいは経済的な事情と何よりも偶然が後押しして気が付けば洋上に浮かぶ宇宙開発都市の設計に採用されることになっていた。
プロジェクトの目玉はレールシャトル「ミラージュ」として今も太平洋上にそびえ立っており、磁力走査により射出される重力エレベータとでも呼ぶべき機構は、それまで不可能とされていた多量の物資や人員の衛星軌道上への打ち上げを可能としたのである。かくして宇宙開発時代が始まる。
洋上都市から宇宙ステーションへ、大規模な建造物の構築を助けるために人型汎用機械「フレーム」の性能は日々向上を強いられることになる。フレームの母体となった技術は幾つか存在するが、その中でも二十世紀末に登場した新世代環境対応型クリーン燃料やリサイクル式超電動リチウム電池といった製品群は宇宙活動における最大の課題であった燃料・バッテリー問題の解決に貢献した。
当初、軍需用として普及したフレームは米海軍で採用されている「ROBOTECH」やその後継機として日本でも導入された「PLD」、EU圏の主力装備であり後にドラグーンシリーズの母体となる「デストロイド」など各国各経済圏に配されている。そして中本重工業が開発、発表した「ワーカーズフレームWK01」を皮切りに民間への導入が進められると、人型汎用機械には「フレーム」の通称が与えられた。フレームは更に幾つかの呼び名が与えられることになるが、特に建築土木業界では今でも「ガッテン」の愛称で親しまれている。
フレームが民生化されるにおいて、最後の壁となったのが制御ソフトウェアの問題である。どれほど複雑でどれほど難しい機構であっても、軍人はそれを完璧に手懐けてみせたが民間人はそうもいかない。
それでもフレームが地上で作業に従事しているうちは重力環境下での姿勢制御機能さえ解決すればことは足りたが、宇宙空間となれば操縦者を助けて機体制動のすべてを統帥する機構が必要であった。歩けという命令を、バランスを取りながら右足と左足を交互に動かせと指示する訳にはいかないのだ。
かくして自律型言語「アルファ」が開発される。予め基礎因子と環境因子、人格因子の三つを設定すればあとは自ら行動原則を成形する人工知能AIである。これによって例えば宇宙空間でネジを締めろという時には、操縦者が行う簡単な操作を受けてフレームが手足のように反応するようになった。
この技術は後に小型化されて介護用ロボットや自動販売システムなど多くの分野に採用されることになり、フランスでは深刻な失業問題を後押しするとして批判の矢面に立たされたほどであった。
今では衛星軌道上を周回する宇宙ステーションには毎月数万人の人々が出入りを繰り返している。その目的が技術開発や調査、研究にとどまらず単なる娯楽や観光事業も含まれているという事実がめざましい発展ぶりを示していた。宇宙開発の時代は宇宙進出の時代に移り変わろうとしている、が人々の共通した認識であり野心であった。
「間に合いますかね?」
「さてね。同じメカニックとしては同情するがな」
機体の最終調整作業を続けながら、ノーティがメカニックのハイナー・ツィールベルクと言葉を交わしている。スクリーン上には現在低重力ブロックで行われている「フレームによるフレーム組み立て」の公開デモンストレーションが中継されており人々の耳目を集めていた。作業用のガッテンが手際よく部品を運んでは組み立てていく様が夏休みの工作を思わせて、地上では多くの子供向け番組でも取り上げられているという評判である。
デモンストレーションの主催はクスノテック社によるものだが、事情はいささか深刻であり先に日本を襲った震災の影響で特に一部資材が壊滅的に不足したことが原因であった。今大会でも日系企業を中核とする幾つかのチームは社会的経済的な事情よりも直接的な部品の不足に悩まされて、ことに燃料電池の調達にはツィールベルクも相当苦労したらしい。
「まあ女と機械には妥協したくないんでね」
韜晦しているがこの男の尽力がなければノーティらの調整に影響が出ただろうことは疑いない。
需要の増大と資材の不足は反比例の関係を示しており、スクリーン上で汗を流しているクスノテック社では月産三台のフレーム製造を五台のペースに増産していたが、中小企業の彼らにそれを実現する増員や投資が可能な筈もなく「俺は社長で女子高生」山本いそべを先頭に昼夜兼行の稼働が続けられていた。
とはいえ日々の努力が幸運まで招来するとは限らない。気がつけばすでに大会出発一週間前、彼女たちの元に入ってきたのは基礎フレームの納品が大会前日になるというメーカーからの連絡だったのである。
もうどうしようと、呆然とした視線の先にある倉庫や機体ハンガーに並んでいるのは取り外された部品の山と社内作業用の重機、それにオーバーホール待ちのガッテンが数機といった状態でありに競技用機体などどこにもない。ジェネレータや各駆動ユニットの部品こそ納入されていたものの、それらを組み付けるフレームがないことには大会に出場しようがない。
それでも彼らのアイデンティティとして参加を辞退しようという話にはならなかった。ひとつにはストライク・バックの参加は確かにカネがかかるとはいえ、この宇宙開発時代に多くのスポンサーによる出資が見込めるから参戦する限りにおいて融資が得やすくなること、好成績を収めることが叶えば賞金まで得られること、そして何より数月も休みなく働いてきてそろそろ遊びたいこと。ようは機体が出発に間に合わなくても試合に間に合えばいいのだ。
かくしてデモンストレーションという名目で主催者の許可を取り付け、作業用ガッテン二機と前日に納められたフレームや各種機器を満載したコンテナが「ミラージュ」から打ち上げられた。大会二日前の衛星軌道上、前代未聞の突貫工事が行われることになった次第である。
技術力には定評があるクスノテックによる公開作業とあって会場のあちこちでは黒服の男たちが必要以上に大規模な撮影機材を持ち込んでいる様子が見受けられる。だが呆れるべきはむしろ「見える部分ならどうでもいい」というクスノテックの豪放さだったろう。これまでも彼らに似たコンセプトで投入された機体は幾つか存在していたが、彼ら以上にそれを使いこなすことができた者は存在しないが故に猫たーぼセッティングと呼ばれていた。「フォーミュラ・マシンで宅配を行う」技量が求められるとはクスノテック機への一般評であり、「斑鳩って結局無敵だよね」と言い切る技量が求められるとは一般的なゲーマー評である。
「けっきょくはどんな機体も活かすのは人間だからな。少なくともうちは優秀なメカニックと優秀なオペレータを抱えている、だから三分の二は安心していい」
「では残る三分の一も努力させてもらいますよ」
苦笑しながらノーティが返す。万事に毒舌が過ぎるメカニックが、オペレータに対しては常々高い評価を惜しまないことがノーティには意外にも当然にも思えた。
ストライク・バックの競技中は最大三名によるチームが編成される。無論、競技前の段階ではより多くのメンバーが機体の構築や調整に当たることになるが、いざ大会に突入すれば彼らは割り当てられたブースと競技フィールド上の行き来しか許されず、試合中はパイロットとオペレータが、各試合の間はメカニックがすべての問題に対処せねばならない。ことにメカニックが一名で足りているのは装甲の換装が容易な競技用フレームならではの事情であり、同時に競技中の不正改造をほぼ不可能にするための措置ともなっていた。
メカニックの仕事は機体が100の力を持っているとすれば一瞬たりとも99に下げないことが求められる。その厳しさが彼らに特有の職業人らしさを育む土壌となっているが、オペレータの能力は時として機体やパイロットの力を100を超えて引き上げることができた。
ことにチームの特性と相性がよいオペレータの存在は貴重であり、ツィールベルクが見たところでは他と比べてもシータの適性は抜けている。彼女に並ぶ名手といえば「天才」の異名を欲しいままにするメガロバイソンプロジェクトのジアニ・メージくらいであろう。俺は女性に甘いからな、とは冗談に紛らわせた真意だった。
「それならメカニックからそう言ってくださいよ」
「そいつはお前さんに任せるさ。俺が女性を誉めるのは口説くときだけだ」
最終審査まであとは数分といったところである。気が付けばスクリーン上で行われていた作業は終わりに近づいており、日本の中小企業の技術力に苦笑まじりの賛辞を送りたい気分になる。メカニックと機体AIが分業して初期設定を起動することができるのは「アルファ」以来の技術向上の結果であり、一部の仕上げが間に合わなかったということでメインフレームの表面がマットな塗装ではなく光沢のある素材の色になっているのは彼らの完璧主義に画竜点睛を欠いたところであろう。
「大したものだが、こちらの準備は万全かね?」
「もちろんですよ。乞うご期待を」
生真面目なノーティがめずらしく冗談めかして言う。後は人事を尽くすのみであり、天命に介入する余地を与えないことである。ストライク・シリーズ第二回大会、今回は全十二チームが参戦する。
ストライク・シリーズ一日目 = Days 1st =
大会二日前からの突貫工事をなんとか間に合わせたクスノテック陣営、猫ろけっとRSだが制御プログラムだけは微妙に間に合わずパイロットは社長のいそべが自ら担当する。オペレータは登録上は妹の山本あんずだが、実際の運用は人工知能Mii3DSに委ねられていた。もちろんコクピットに据えられているコントローラも3DS仕様に合わせている。
対するはその光景をスクリーンから眺めていたコミューン陣営、ノーティが登場するテータ。もともと軍属のチームでありチーム名称すら未だ仮称であるのもその必要が認められていないからである。正式には技術部広報課第七番隊という文学的修辞のかけらもない名称があるだけで、ノーティたちも組織上は技術士官に過ぎなかった。
「最終調整に時間がかかっていたけど、何かあったのか?」
「すまない、少し話し込んでしまった」
通信回路を通じてオペレータのシータから声が届く。機体はドラグーン系、装備は標準という仕様が明らかに実戦配備を想定したデータ収集を目的としている。だがこの仕様は同時に機体性能に弱点が少ないことを示しており、逆に相手の弱点を突くことができれば充分優位に立つことができることを意味していた。
「座標指定を送るぞ。位置取りだけに専念しろ」
「了解、シータ」
カタパルトから射出、双方の相対座標が遠隔であることを確認するとコクピットの中でノーティは安堵の息をつく。ここだけは博打だが後は信頼するオペレータの指示に従うことができるかどうかだ。
遠距離からロングレンジカノンを放つと砲撃が空を切る。距離が離れ過ぎているし狙いも甘い。続けての射撃は正確に猫ろけっとを捕らえるが、超高機動機はこれをごく当然に回避してみせる。移動して砲撃、これで牽制して狙撃。
教本に乗るような丁寧な攻撃だが猫ろけっとは余裕をもって回避。ようやく中間距離に近づいたところで猫ろけっとがいわしバルカンを放つがこれは抜き撃ちもあって命中せず。反撃のガトリングガンも空を切った。
再び遠距離砲戦に移行、テータが放つロングレンジカノンの軌跡が正確な弧を描くが猫ろけっとはこれをきわどく回避してみせる。更に連続して砲撃、これも回避して続けて放たれる火線をかいくぐるようにして猫ろけっとが接近、いわしバルカンを放つとこれがわずかに命中してファースト・アタックを成功させた。
「うーん?うーん???」
神速の操作を続けながらも、コクピットのいそべが首を傾げる。ここまではクスノテックらしい超高機動機の特性を活かした攻防が続いており、確実に相手の攻勢を封じながら初撃も成功させている。わずかな優位さえあればすべての反撃を回避してみせる、それが彼女たちのスタイルだが何か妙なのだ。
開始10分が経過。再び遠距離砲戦に移るとテータからはロングレンジカノンの火線が放たれるが、狙いが甘く命中する様子はない。続けての砲撃も同様だが唐突にいそべは相手の目論見を理解した。
「こいつはやばいー!」
次の瞬間、ロングレンジカノンの砲火が猫ろけっとのフォース・フィールドを叩く。単純な戦法だが相手が反撃できない遠隔距離を保ちつつ砲撃を狙っていく。それだけなら猫ろけっとには単発の攻撃を回避してみせる自信があるが、テータの狙いは予め機体の行動パターンを決定した上でその軌跡を正確に移動することで反応速度をゼロにすることであった。
捕捉性能に劣る猫ろけっとには追撃は難しくパターンを解析するには時間が足りない。そして相手は制限時間30分のすべてをかけて、猫ろけっとの相対座標を捕らえて狙撃の機会を掴むことだけに専念するであろう。
反撃の手がない猫ろけっとを相手に、撃ち込まれる砲火の精度が少しずつ上がっていることがいそべには分かるがどうしようもない。17分過ぎ、遂にロングレンジカノンが直撃すると一か八かの接近戦を図った猫ろけっとだがガトリングガンの追撃を受けてほぼ万事休す。残り3分、ようやく近接戦に移行するが、これを承知していたテータに迎撃されてだめ押し。相手の弱点を確実についたテータが戦前評を覆す快勝を見せた。
(ダイジェスト)テータが猫ろけっとの攻め手をほぼ完封して白星発進に成功。女王ロストヴァ騎乗のクィーンオブシェバは得意の削り合いを制してトータス号を判定で振り切る。VRSからの参戦となるゲルフ・ドックはメガロバイソン5に騎乗、前大会優勝のネスを撃破して実力を発揮してみせた。
○どんきほーて 02 (18分停止23vs00)ノースカントリー 00×
○テータ 02 (30分判定37vs25)猫ろけっとRS 00×
○ケルビムMk7 02 (23分停止33vs00)サイデルプリズム 00×
○大リーグボール1号 02 (23分停止18vs00)GM−XIII 00×
○クィーンオブシェバ 02 (30分判定08vs05)トータス号死神の子守歌 00×
○どんきほーて 02 (18分停止14vs-3)オーガイザー 00×
○メガロバイソン5 02 (16分停止30vs-2)クイーン・コブラ 00×
ストライク・シリーズ二日目 = Days 2nd =
オーガイザーはパイロットとメカニックがコクピットに同乗するコ・パイロット方式を採用している機体である。この方式自体は決して珍しいものではなく、ルール上の制限としてパイロット意外のメンバーによる機体の直接操縦が禁止されているだけで、これは例えば一方が機体を操縦しながら一方が武器操作を行うといった方法を避けるためのものだ。
姉の紅刃が弟の背後に一段高いシートを据えて、ブーツのかかとで後頭部に指示を与えるという独自のスタイルをとっているが、もちろん足を伸ばせばそれが可能であるというだけで実際にそれを見た者がいる訳ではない。無頼兄・龍波本人に尋ねたとしても笑いながらそんなことがある訳ないだろうと返されるだけである。機体サイズに限界がある以上、コクピットが雛壇式なのもごく当然だった。
「光刃ならいいネーミングじゃないか?」
「そうですねえ、悪うありません」
珍しく主張があったらしい、光学式ガイ・ブレードの名称が決まったところでコクピットに乗り込む。姉弟としては趣味嗜好が異なるだけで、決して呼吸が合わない訳ではないのだ。相手はトータス号死神の子守歌、初日に引き続いてSPT機との対戦になる。
「光ッ刃!」
「いきますえ!」
開始早々、近接格闘戦に持ち込んだオーガイザーがガイ・ブレード・光刃を袈裟切りに振り下ろして先制する。トータス号も氷の死刑台で反撃するが男の装甲・魂鋼はこれを堂々と弾いてみせた。積極攻勢に出るオーガイザーは続けての光刃を避けられてしまうが一度距離を離してからエネルギー充填、胸の放熱板が赤く輝くとガイブレイザーの熱線が放たれてトータス号の装甲を焼く。
オーガイザーは見た目の印象よりもむしろバランスに優れた機体だが、近接戦を想定して出力と装甲が強化されている。削り合いになればトータス号よりも圧倒的に優位であり、このまま一気に押し切りたいところであろう。
再び接近して光刃、トータス号も反撃を図って中間距離に離れてからハチに刺されて4人目が砲を放つが無頼兄はこれをかわしてみせる。二撃目はしっかりと魂鋼で弾き返し、同時にガイブレイザーを照射して確実にトータス号を追い詰める。
「行くぜ!ガァイ・ブレイザー!」
命中した熱線でそのまま相手を捕らえ続けると、力強く拳を握るオーガイザーがそのまま胸をそらせるようにガイ・ブレイザーを連続照射。トータス号の装甲表面で高熱による小爆発が連続して発生した。競技フィールド上のモニターに熱線で急上昇する機体温度の数値が示されると、その激変ぶりに場内から歓声が上がる。
ここまで圧倒的なオーガイザーのペース。だが世紀末パワードトルーパーことSPTのここからが本番である。装甲負荷が五割に達した瞬間、緊急システムが起動するとコクピットに座すコルネリオにあの力が流れ込んだ。
「レイ!VM−AX起動!」
ブリキの戦車めいたと評されるトータス号だが、昭和の時代よりブリキとはBURIKIであり武力と記す。耐え難い蒼い輝きに包まれた、その輝きはオーバーロードしたジェネレータの出力がそのまま漏れだした光なのだ。
それは一瞬で最高速に達する加速であり、一撃で装甲を吹き飛ばす出力である。ハチに刺されて4人目が砲が放たれると魂鋼をすら薄い紙のように突き破って深々と光の棍棒が突き刺さる。続けての砲撃、これは男の装甲が意地でこらえてみせるが三撃目の4人目が砲で一気に戦況を覆されてしまった。
「いかんですえ!」
「だが!男は背中を向けねえ!」
それでも正面からガイ・ブレイザーを放つオーガイザーにトータス号は容赦のないハチに刺されて4人目が砲を突き刺して一気に押し切ると起動停止。圧倒的な不利をVM−AXで覆してみせる、SPTらしい展開に引きずり込まれたオーガイザーは手痛い連敗。
「同じ正面なら光刃狙いで良かったですえ?」
「・・・・・」
「火あぶり」
(ダイジェスト)北九州漁業協同組合のリーグ戦仕様ボール「大リーグボール1号」が初戦に殊勲を上げたテータを圧倒して二連勝。これに女王ロストヴァと剣天使シャルも快勝して三チームが好調な滑り出しを見せている。初戦を落としたクスノテックはメガロバイソンを相手にペースを支配するとほぼ完封に近い勝利。反撃の狼煙を上げる。
○トータス号死神の子守歌 02 (17分停止09vs-2)オーガイザー 00×
○GM−XIII 02 (30分判定15vs03)サイデルプリズム 00×
○ケルビムMk6 04 (30分判定11vs09)クイーン・コブラ 00×
○大リーグボール1号 04 (08分停止30vs00)テータ 02×
○クィーンオブシェバ 04 (30分判定40vs07)どんきほーて 02×
○猫ろけっとRS 02 (20分停止38vs00)メガロバイソン5 02×
ストライク・シリーズ三日目 = Days 3rd =
シャル・マクニコルに対する「剣天使」の異名は何も機体名だけの話ではなく、彼自身の敬虔さが理由となっている。競技に対する真摯さと信仰心は何も矛盾するところがなく、大いなる存在が人の探求心を認めるとは彼らの論理だった。人事を尽くして天命を待つとは神なるものの意志に頼るのではなく、人の試みを神々が認めて、祝福を授けたのであれば人はそれに感謝するという思想である。
「アマツカ。ケルビムの長期戦用設定は出来ているか?」
「ふん、言われた通りにしたさ」
パイロットの声に横柄な口調で応える、天使十真はごく最近になってから剣天使の陣営に加入したメカニックだった。彼らの後援組織からの派遣ではあるが、その経歴には不明なところが多い。
シャル自身は他人の出自に興味を持つような性格をしてはいなかったが、正直なところ行き過ぎて見える信仰心が気分のよい人物とは言えなかった。メカニックとしての腕は確かであるし、ことに天使設定とでも呼びたくなる反射フィードバック補正はケルビムがまるでシャルの肉体の一部であるかのような自然さを思わせる。相手はSPT、トータス号でありこの禁忌の相手に対して精密な機体制動は欠かすことができなかった。
「蒼い流星は素晴らしいな。だがアマツカの翼も人と同化することができるぞ」
中間距離から開始、マイン・オブ・パニッシュを撒布して戦場の設定を図るケルビムに対してトータス号はハチに刺されて4人目が砲を強引に射出、機雷源を奇襲気味に貫いた光条が天使の肩口を貫く。VM−AX発動前とはいえ、直撃した高出力兵器の一撃が機体を大きく弾き飛ばした。
「立て直す・・・パトスではなく、アパテイアを」
初撃に怯むことなく、平静に中間距離を保ったまま機雷源の設定を続ける堅実さはシャルならではだろう。高出力兵器の間合いが恐ろしくない筈がないが、それを理由にして自らの行動範囲を狭めればむしろ相手に戦場を設定されることになる。
ゆっくりと前進して接近、再び離れて多方向に機雷を撒布してから再び接近、距離をとっての機雷射出を繰り返す。仮想的に細分化した競技フィールドを機雷源で分割し、優位な位置関係を確保する戦法であり、これを活かすためにも機体の長期戦設定は欠かせなかった。
数発の機雷を被弾しながら強引な攻勢を図るトータス号は近接距離から氷の死刑台を展開してケルビムを捕らえる。死刑台に乗せられた天使は襲い掛かる刃に刻まれてここまで圧倒されているが、それでもシャルは平静さを崩さない。時間を追うごとに奇妙なほどに感覚が研ぎ済まされていく様子が分かり、どこか戸惑いながらも自分がケルビムと一体化したかのような錯覚に襲われる。損害率は五割、それこそSPT機であれば緊急システムが起動するタイミングである。
「裁きを!」
それはシャルの言葉ではなく天使の言葉であったかもしれない。開始14分、近接格闘戦からソード・オブ・パニッシュを振り抜いたケルビムがトータス号に強力極まる光の斬撃を打ち込んだ。深々と突き刺さった刃はわずか一撃で戦況を互角に引き戻すと、トータス号の緊急システムが起動される。
蒼い輝きに機体が包まれていく目の前で、まるでケルビムこそSPT機であるかのように高出力エネルギー放出を開始していた。天使に刃を向ける無頼の輩よ、思い上がるのもいい加減にするがよい。
撒布機雷による戦場の設定はすでに完了している。強引な接近で機雷源に追い込んだトータス号の装甲にしたたかに損害を与えると再びソード・オブ・パニッシュを一閃、これも直撃してわずか二刃で相手を起動停止寸前に追い込む。
蒼い流星も氷の死刑台からハチに刺されて4人目が砲を打ち込んでケルビムの装甲を派手に削るが天使は意に介した様子もない。最後は機体ごとぶつかるようにトータス号を機雷源の壁に押し込むと負荷限界に達した装甲が崩壊して機動停止。剣天使が勝利を勝ち取った。
奇妙な感覚が残ったまま頭を振るようにして、シャルは医療キットを借りるつもりで一足早くブースに戻る。ふと、机上にある「同化理論」と題されたレポートと天使十真の記名が目に入った。克明に記されている内容はメカニックが書いたとは思えない、人間の肉体と精神に対する記述であり読み進めるうちにシャルの顔色が青ざめていく。背後で扉が開き、振り向いた表情は怒りに変わっていた。
「アマツカ!この資料は何だ」
「何だ、それを見たのか。だからどうした?」
「こんなものは信仰ではない、狂信だ!」
「天使の信仰を認めぬ者よ。神は不心得者を呪うというぞ」
(ダイジェスト)メガロバイソン5がクィーンオブシェバを撃破。大リーグボール1号とケルビムMk6がそれぞれ勝利して全勝のチームはこれで二つとなり、SPT機を相手にしのぎきったテータ、黒星発進からGM−Xや猫ろけっとといった一敗の陣営が追撃する。ここまで勝ち星に恵まれていない三チームは初日が欲しい。
○ケルビムMk6 06 (22分停止05vs-1)トータス号死神の子守歌 02×
○大リーグボール1号 06 (11分停止24vs00)サイデルプリズム 00×
○GM−XIII 04 (30分判定32vs11)オーガイザー 00×
○メガロバイソン5 04 (24分停止20vs00)クィーンオブシェバ 04×
○テータ 04 (22分停止02vs00)どんきほーて 02×
○猫ろけっとRS 04 (30分判定40vs10)クイーン・コブラ 00×
ストライク・シリーズ四日目 = Days 4th =
「今日は狂鬼人間のどのあたりが狂鬼なのかをじっくりと説明しようと思う」
「いや、必要ないから」
「遠慮は認めない」
SRI白河重工。人によっては揶揄の意味を込めてSPT白河重工と呼ぶことすらある、豆腐屋を起源とする世紀末な企業チームである。オーナーたる狂わせ屋女史の存在も頼もしく今日も今日とてコルネリオにあの力が流れ込む。
大雑把に評価してみればストライク・バックにおいて、通常出力による攻撃は十回ほども命中させなければ相手を機動停止に追い込むには至らない。だがVM−AX発動中の高出力攻撃であれば相手が無傷の状態から三から四回の直撃で完全破壊が可能になる。緊急システムの起動条件が損害の五割であることを思えば、二度の命中でほぼ戦況を逆転することができる諸刃の剣そのものだ。ことに軽装甲高機動の機体は彼らのコンセプトから対極の位置に立っており、これと対峙するプレッシャーは尋常なものではないだろう。
「やれやれ、綱渡りは趣味じゃないんだがな」
対するはネス・フェザード騎乗のクイーン・コブラ。前大会優勝にも関わらず未だ勝ち星を上げることができていないが当人はどこ吹く風といった様子である。決して不真面目な訳でもないのだが、その気まぐれぶりは当人以外の人間にはたまったものではないだろう。搭乗する機体はクイーン・コブラ。毒蛇の名を冠しながら蝶のように舞い蜂のように刺す筈だと豪語するあたりもいかにもネスらしい。
まずは中間距離からトリックスターを射出、これで牽制して懐に飛び込み一撃を狙う。基本が近接格闘戦主体であるにも関わらず、攻撃よりもむしろ機動力を重視するスタイルが意外に珍しくネス独特の戦術として確立されている感がある。彼本人の気まぐれぶりがなければ遥かに注目されていただろう。
近接格闘戦を狙うクイーン・コブラにトータス号は氷の死刑台を展開して攻勢を未然に阻む。離れてトリックスターを被弾するが多少の損害はVM−AX発動に必須であり多少強引な攻めも必然的に許される。ハチに刺されて4人目が砲が撃ち込まれると、更に反撃を顧みない連続砲火でクイーン・コブラの装甲を削る。
ここまで展開としては互角だが手数で勝るクイーン・コブラに対してトータス号は一撃の出力で勝り、しかもVM−AXは未だ発動していない。軽量機故に超高出力に押し切られる恐れがあるネスとしては、本来であれば先制して戦況を優位に持ち込んでおきたいところだった。
開始13分、近接戦闘の隙をうかがっていたクイーン・コブラを逆に至近距離から捕捉したトータス号が氷の死刑台での捕獲に成功。激しく装甲を削られながら引き込まれるが、相打ち承知のティルファングがブリキの装甲に突き立てられた。ぎりぎりまで温存されていた一撃にSPTの緊急システムが起動すると狂わせ屋女史の歌声がコルネリオの脳裏に反響する。
「からすぅ、なぜ鳴くのぉ。からすは山にぃ」
競技用フィールドの中であれ、周囲は無窮の空間である。その中央に蒼く輝く人工的な恒星が生まれると耐え難い輝きと化して高速機動を開始する。ここからがトータス号、狂鬼人間の本領ではなく本性発揮というべきだがクイーン・コブラもこれを受けきってこそ勝機が、正気が見えてくる。
「可愛いななつの、子があるから、よっと!」
音節ごとに機体を細かく制動しながら、コクピット越しのネスの視線が蒼い流星の軌跡を追う。この状況下で効果的な一撃を狙うのではなく、射出するトリックスターを複数発被弾させてペースを握ろうとする精神的なタフネスはやはりただ者ではない。一撃の破壊力はごく微細でも、トータス号の装甲を確実に叩いて損害を蓄積させていく。中間距離で必殺を狙う、ハチに刺されて4人目が砲の光条はむなしく空を切るばかりで毒蛇の女王を捕らえる様子はない。
「懐が、お留守だよ!」
これこそ同僚のロストヴァをしてこの男の気まぐれぶりを嘆かせる原因である。それまでの完璧な機体制動を敢えて放棄して近接戦闘に持ち込んだ、その瞬間に先程と同じく氷の死刑台の顎にくわえこまれると軽装甲に深々と亀裂が入る。至近距離で捕獲されてとどめの一撃。
相手の主戦力である中間距離からの砲撃を完璧に封じておきながら、得意の近接戦闘で足を取られての逆転負けはいかにもネスらしい失策には違いないだろう。
「忘れてたな。まあ、仕方ないか」
(ダイジェスト)ケルビムMk6が星を落とし、大リーグボール1号が無傷の四連勝で単独首位に躍り出る。これを一敗の各チームが追っているが、一方で未だ勝ち星がないチームも三チーム存在しており、上位下位の点差が大きい状態となっている。上位陣に星を落としているチームが少ない展開になると、通常よりも失点の重みが大きくなるために通常は四から五点程度まで許される失点が今大会では厳しくなる可能性もあり、各チームとも北九州漁協チームにどこかでブレーキをかけたいところだろう。
○トータス号死神の子守歌 04 (24分停止08vs-5)クイーン・コブラ 00×
○クィーンオブシェバ 06 (30分判定34vs24)サイデルプリズム 00×
○メガロバイソン5 06 (24分停止26vs-2)ケルビムMk6 06×
○GM−XIII 06 (27分停止28vs00)テータ 04×
○大リーグボール1号 08 (09分停止28vs-6)どんきほーて 02×
○猫ろけっとRS 06 (30分判定40vs04)オーガイザー 00×
ストライク・シリーズ五日目 = Days 5th =
北九州漁協所属の神代進。地域参加チームの代表格であると同時にベテラン中のベテランであり、過去に優勝経験もあるが飛び抜けた戦績を誇るとは言いがたい。
今大会ではリーグ戦仕様として、同じ漁協内にある草野球チーム協賛で登場する。自らを魔球に擬する様を冗談として受け取るむ向きもあるかもしれないが、作業用ポッドであるボールをベースにして独自にカスタマイズされた機体は時として「要塞」に例えられることすらあった。
「攻撃は最大の防御というからな」
「じゃあ最大の攻撃は?」
「もちろん攻撃は最大の攻撃さ」
距離も状況も選ばず正面攻撃で相手を撃砕する圧倒攻勢を得意とする、言うは易しだが実現することは容易ではない。距離適性やスロットの制限がある中で、あらゆる距離であらゆる相手に攻撃をし続けて圧倒するなど至難の技だ。だがその至難を実現するからこそ「要塞」の名に値するし、今大会での無敵の快進撃を見ればその脅威を認めない訳にはいかない。
「攻撃は最大の攻撃と言いますね」
「じゃあ防御は捨てるんですか?」
「もちろん攻撃が最大の防御です!」
対戦相手はメガロバイソン5、パイロットは電脳仮想世界VRSへの参戦で実力と適性を見せたゲルフ・ドック。頑固一徹メカニックであるザムの孫を天才ジアニ・メージがサポートする。
攻勢機同士の激突はゲルフ得意の遠距離から開始。相対距離を合わせながら的確な砲撃を放つセンスに非凡なものを見せながらムラクモオロチ・改を一斉発射、迎撃するボールは直撃コースから機体を回転、位相反撃システムにターゲットすると報復の火線を放つ。燃え盛るノックを靴裏で弾くピッチャー返し返しの妙技である。
「位相反撃システムは必ず後手になります!遠慮せず殴られ合いましょう!」
「せ、せめて殴り合いと言ってください!」
弧線を描くムラクモオロチの軌跡が大リーグボールに吸い込まれて、これに反撃する魔球の砲弾が特異な軌道をたどりバイソン5の死角から襲い掛かる。もともと防御を放棄した攻勢機同士の激突であり、小規模な破壊が連続して巻き起こる様は豪快としか言いようがなくフィールドを囲う観客席から大きな歓声が沸き起こっていた。
双方が足を止めての撃ち合い。わずかに距離が詰まると両機砲戦から中間距離に移行、攻撃が切り替わる一瞬の時差を利用して先手をとる算段である。バイソン5は撒布機雷、グレネードマインボム・改を射出して制空権の確保を図る。
「構わないさ」
再び遠距離砲戦、ムラクモオロチとピッチャー返し返しの軌跡が交叉して双方の装甲を派手に叩き、損耗を重ねるがダメージとしては互いにほぼ互角の状況となっている。続けて連続砲撃が繰り返されると装甲を削り合って、開始わずか5分で互いの損傷率が50%を超える。
この状況でも膠着した戦況は変わらずに双方が互角のまま互いの装甲を削り合う展開。解き放たれるムラクモオロチの光条が連続着弾して装甲を叩くが、貫くにはいたらずメガクラッシュ現象の発現には至らない。反撃の魔球大リーグボールも適格に命中するがやはりバイソン5の装甲に阻まれて有効打とはいえず、だが互いの手数が確実に装甲を削っていく。開始8分を過ぎた一瞬、ごくわずかに均衡が崩れて大リーグボールの損耗率が八割を超過、メガロバイソンのそれは九割に達する。
「来ます!」
「攻撃は最大の攻撃っ!」
中間距離でグレネードマインボムを一斉撒布、そのすべてを確実に命中させるが大リーグボールはこの距離で温存していた灼熱魔球を射出、これを被弾させてわずかな累積ダメージの差でメガロバイソン5の機動停止に成功した。大リーグボールにとっては追撃する相手を直接対決で下しての貴重な勝利。
(ダイジェスト)全勝で快進撃を続ける大リーグボール1号を各チームが追いかける展開。その意味では今回接戦まで持ち込まれながらもメガロバイソン5を振り切った勝利は大きいだろう。クィーンオブシェバと猫ろけっとRSは大リーグボールとの直接対決が残っているが、全距離対応の超攻勢機を相手に勝ち目を狙うなら猫ロケットか。
○大リーグボール1号 10 (09分停止03vs-4)メガロバイソン5 06×
○トータス号死神の子守歌 06 (30分判定36vs15)サイデルプリズム 00×
○クィーンオブシェバ 08 (30分判定23vs14)ケルビムMk6 06×
○GM−XIII 08 (25分停止37vs00)クイーン・コブラ 00×
○猫ろけっとRS 08 (24分停止17vs-2)どんきほーて 02×
○テータ 06 (29分停止40vs-3)オーガイザー 00×
ストライク・シリーズ六日目 = Days 6th =
ストライク・シリーズ折り返しの中日となる試合。一発勝負のトーナメントとは異なり、好調も不調も立て続けの結果に影響するというリーグ戦ならではの厳しさがあるが、今大会ではそれが如実に現れていて未だ三チームが勝ち星を得られない状況が続いている。ことにイハラ技研の低迷には関係者の多くが意外さを禁じえないでいたが、彼らには彼らなりの深刻な悩みがあった。
前回エビにあたって休職していた事務アルバイト兼オペレータの登戸さんだが今回は花粉症でダウン。当人にとってダウンするほどの花粉症ともなれば尋常ではないのだが、メカニックの新人岩田くんがオペレータまで兼任するのは正直キツイと泣きが入っている。前大会では井原オーナーが自ら助っ人を申し入れてくれたが、このピンチに我らがホワイト・デーモン社長が白い手を差し伸べてくれた。コクピットにオペレータ用高性能AIチップ「手ごねハンバーグくん」を組み込んでくれたのだ。
(まあてきとうにがんばれや)
コクピット前面に伸びているやけにリアルな腕が、手振りだけで意思を伝えてくる。人工有機皮膚の技術を駆使して人肌の質感も体温も、爪やうぶ毛まで再現された無意味さがホワイト流だった。ためしに同梱されていた生のハンバーグ種を渡してみたら、しっかりとこねてくれたがもちろんこねるだけで焼いてはくれない。
(お前が焼けよ)
どうしてジェスチャーだけなのに完璧に意思疎通をしてきやがるのか、不思議で仕方ないのだがAIはAIである。猫の手よりはましと言いたいがこれと向かい合うテムウ・ガルナにすれば猫の手のほうがずっとマシだろう。機体はサイデルプリズム、ジェネレータ機構そのものにエネルギー集束プリズムを組み込んだ技術力が目を見張るが誰もそんなものに注目しちゃいない。対戦相手はラテン系元気が取り柄のベアトリスが騎乗するどんきほーてである。
「どんどんどん、どんきー」
それは確かにどんきほーてだが何かが違う。初弾からでっかいびーむを放つが砲戦はテムウの庭でありしっかりと回避してみせる。反撃のタップダンサーも確実に命中させて先制攻撃に成功。
中間距離の攻防から得意の遠距離戦に移行したいサイデルプリズムは砲撃で牽制してからすばやく後退、慣れた動きがこれでも砲戦の第一人者であることを証明している。どんきほーての射程外からバーストセイバーを突き立てて完璧に展開を支配してみせる。
無意味に陽気なベアトリスもこの状況が最悪であることは理解している。なんとか距離を詰めようとするが超高出力の砲撃を繰り返しながら強引な接近を図るのは難しくすぐに遠距離に離されてはバーストセイバーの餌食にされてしまう。ここまで圧倒的なサイデルプリズムのペース、だが戦法を変えようとはしないベアトリスに策があるのかと問えばたぶん当人は「別にないな」と答えるだろう。
開始12分、戦況は依然としてサイデルプリズム優位のままで突き立つバーストセイバーの一撃が確実に装甲を削る。どんきほーての基本フレームはSPTであり、追い詰められてのVM−AX起動を視野に入れていることは無論だったが反撃にも限度があるだろう。16分、乱射し続けていたでっかいびーむがようやく命中するが所詮はラッキー・ヒットでしかなく戦況が覆る様子はない。
(なに、ここで攻める気?毛ボコリのくせに?)
なんか妙にむかつくジェスチャーを受けてサイデルプリズムが連続攻撃、バーストセイバーを立て続けに命中させるがこれでどんきほーてもVM−AXが起動。魅せてあげよう、1ドットのエクスタシー。
「うひゃああああああっ!」
ご婦人にはあまりよろしくない蒼い加速がベアトリスの身体をシートに埋め込む。この暴走したエネルギーそのものが兵器出力にも流れ込むのだから尋常ではないが、サイデルプリズムもこれを紙一重でかわしながら攻勢をしのぎ続ける。既に競技時間は27分過ぎ、このまま逃げ切れば初勝利も堅いが問題は自家発電のために目の前でうねうねと動き続けているリアルな腕である。
次の瞬間、超大型で非常に勢力の強い衝撃がサイデルプリズムのコクピットを揺さぶり、続けての一撃が視界を上下左右に振動させた。わずか二撃、だがSPTが戦況を覆すには二撃で充分であり逆転劇を演出されたテムウは腹いせにさんざん手ごねハンバーグくんを足蹴にしたが、たぶん勝っていたとしても手ごねハンバーグくんを足蹴にしていたとは思う。
(ダイジェスト)初戦を落としたGM−Xと猫ろけっとがその後、連勝を続けてトップを猛追するが、大リーグボールも容易には星を譲ろうとしない。上位陣が拮抗してわずかな失点が厳しくなるこの状況で女王ロストヴァは手痛い敗戦。メガロバイソン、テータとともに優勝戦進出の可能性が残されてはいるが、後がない状況となっている。猫ろけっとは相性の悪いトータス号を相手に堅実な勝利。
○どんきほーて 04 (30分判定14vs10)サイデルプリズム 00×
○大リーグボール1号 12 (21分停止22vs-3)ケルビムMk6 06×
○GM−XIII 10 (30分判定17vs06)クィーンオブシェバ 08×
○猫ろけっとRS 10 (30分判定20vs01)トータス号死神の子守歌 06×
○メガロバイソン5 08 (16分停止26vs00)オーガイザー 00×
○テータ 08 (30分判定20vs-2)クイーン・コブラ 00×
ストライク・シリーズ七日目 = Days 7th =
大会も終盤戦に入り、依然として北九州漁協が独走を続けている中で前日に手痛い敗戦を喫した女王ロストヴァ。後がない状況での対戦相手は互いに鬼門となる猫ろけっとである。
「おばさん?」
「潰すわよ?」
ファースト・ヒットは両者らしからぬ派手な砲戦から開幕する。奇襲を狙った作戦か別の事情があったのかは不明だが、撃ち合いの砲火をかわしながらいわしバルカンを撃ち込んだ猫ろけっとが先制。この優位を保って後は逃げ切るだけ、というのが猫ろけっとの本領だがロストヴァはそれを許してくれる相手ではない。
「坊や、夏休みの宿題は終わったのかしら」
射程距離のぎりぎり外側を周遊するように相対距離を保持しながら、ゴールデングリッターを撃ち放つ。相変わらず猫ろけっとの機体制動は完璧に近いが完璧な訳ではなく、その一瞬を狙うのが女王の流儀である。その狙いどおり、5分過ぎにGGの光条を命中させて損害は互いに軽微のまま五分の状況。
ここから双方が膠着状態に入るが、集中力も緊張感もわずかであっても途切れればそれが穴となるだろう。ロストヴァの狙いは猫ろけっとの射程外からの単発砲撃であり、いそべの目論見は距離を詰めた一瞬に相手の隙を誘って一弾を撃ち込むことである。
砲撃、砲撃、砲撃。必ずしも命中させることを目的にしている訳ではなく、相対距離を詰められないための牽制がメインである。ジェネレータ出力のほとんどを高速機動に費やしている一方で推進力を犠牲にせざるを得ない猫ろけっとだけに、砲撃の回避は容易でもそこから前進して接近を図ることは容易ではなかった。無論、命中を目的にしない砲火の中に時折確実な狙撃を織りまぜてくるのだ。
「目尻のしわより年の功ってやつかー!」
「・・・!」
基本的に彼女たちの対戦は通信回路を開きっぱなしにして互いの声が届くようにしている。通信には複数の経路がありオペレータ用に閉じられた回線もあれば開かれたものもあるが、この場合目的は明確だったろう。戦況的にも精神的にも深刻な攻防が10分以上も続き、互いの敵愾心だけが蓄積されていく。
開始19分、再び中間距離の好機を得た猫ろけっとが撒布されるクイーンズクエスチョンをかいくぐっていわしバルカンを命中させる。完璧に狙い通りだが安心はできない。先程もこの状態から五分に引き戻されたのであり、更に追撃して優位を確実なものにしたいところである。
「オー・ビー・エー!」
急速後退を図るクィーンオブシェバに相対座標を合わせて前進、予測と計算と実践が完璧に連携して女王の機体から見えない紐で牽かれるかのように追いすがった猫ろけっとが追撃のいわしバルカンを命中させる。この時点で開始22分、相手は長期戦でわずかながら出力低下の傾向も見られておりここまでくればいそべも優位を確信できる。
ここまで完璧に作戦通りの展開で、それを成功させることができたからこそ優勢に奢り作戦を変えることはない。隙あらば更にとどめの一撃を狙うべきであり、遠慮や情けで勝利を掴むことはできない。遠距離戦から襲い掛かるゴールデングリッターの軌跡は正確に猫ろけっとを捕らえているが、いそべにはそれを回避してみせる技量がある。そして26分、再び中間距離を確保。この攻防で決める。
「あら坊や。私の呼び名を忘れたのかしら?」
中距離の女王の狙いはこの段階でこの距離を確保することにあった。本来いそべが対峙を望む筈もない、高出力兵器クイーンズクエスチョンはこの距離に配されており猫ろけっとは自ら撃ち合いを呼び込んだことになる。
一弾が直撃して互いに相対位置を失ったところでタイムアップ、双方にとって誤算があったとすればこの一撃で逆転を決めることができず、互いの被弾状況がまったくの互角であり今大会初の引き分けが宣告されたことであったろう。
(ダイジェスト)結果は引き分けだが女王ロストヴァには痛すぎる失点で、上位陣の状況を見れば優勝戦進出はほぼ絶望的。猫ろけっとは翌日に控えている大リーグボールとの直接対決を制することができれば光が見えてくるだろう。前日不幸な逆転負けを喫したサイデルプリズムはオーガイザーを相手にようやく白星を獲得。クイーン・コブラはどんきほーての超高出力攻撃により計測不能値の被弾を受けて撃墜。パイロットに怪我はない模様。
△猫ろけっとRS 11 (30分判定34vs34)クィーンオブシェバ 09△
○サイデルプリズム 02 (30分判定39vs17)オーガイザー 00×
○GM−XIII 12 (29分停止14vs00)ケルビムMk6 06×
○大リーグボール1号 14 (07分停止14vs-3)トータス号死神の子守歌 06×
○どんきほーて 06 (14分停止14vs**)クイーン・コブラ 00×
○メガロバイソン5 10 (15分停止31vs-1)テータ 08×
ストライク・シリーズ八日目 = Days 8th =
おそらく戦前評で北九州漁協がこれだけの快進撃を見せることを予測した者はいなかっただろう。だがこのチームが型にはまったときに常軌を逸した強さを見せることは過去の大会でも幾度か見られていた。それがトーナメントでの優勝を阻まれた理由はそのほとんどがクスノテックによるものだ。
「よーやくしあがったー!」
「試合が続くと直す手間も莫迦になりませんからねー」
大会直前入りから前代未聞の会場での機体組み立てという離れ業を演じてのけたクスノテックも、その後の連戦で機体調整を優先せざるを得ず細かい仕上げは結局大会中盤を過ぎて完成したという次第である。白に赤のワンポイントが入ったメインフレームの仕上がりは当初のままだったが、これを直すのはなんだか違うような気がして外観上は公開セッティングのときそのままにメタリックな猫ろけっとという風情である。
ここまで全勝の大リーグボール1号を止めるにはここで猫ろけっとが自ら星を奪わなければ、残り日程を見てもそのまま優勝戦進出を決められてしまうだろう。
両機至近距離から、草野球チーム協賛らしく豪快なちゃぶ台返しをしかける大リーグボールだが猫ろけっとにこれを受ける義理はなく軽くかわしてみせる。超攻勢機対超高機動機による激突、だが相手も展開も考えずにただ逃げ回っているだけでは猫たーぼセッティングで勝つことはできない。「攻撃を当てることが難しい」と評されるこのシステムで回避主体にしながらどうやって攻撃を決めるか、それが最大の鍵になるのだ。
「オーバーシールド!おばシールド展開ぃ!」
「それは先程の試合です。れでぃ」
人工知能Mii3DSから恐ろしい指摘を受けながら、フォースフィールド装甲を突撃用に展開した猫ろけっとが突貫して大リーグボールの脇を掠めるようなまぐろダイブでくぐり抜ける。展開したエネルギーそのものをぶつけるのではなく、集束エネルギーを展開して生まれる空間の歪みをぶつける零式爆走移動による攻撃理論であり、装甲を幾ら厚くしても防ぐことは不可能だ。
単なる重装甲機であれば超高機動機の突進を捕捉することは容易ではないが、大リーグボールは攻勢による前進制圧のみにすべてを費やした機体であり防衛すらも砲火によって試みられる。高速移動と接近を繰り返す猫ろけっとの運動軌跡を正確に予測してみせるとダイブに合わせた正確無比なピッチャー返し返しの狙いが定められた。
「爆走は出現位置に反撃を合わせるキュ?」
「もちろんさ」
超能力イルカフリッパーの指示も適格に、まぐろダイブの突貫に炸弾を合わせられると相対加速による衝突が猫ろけっとのフォースフィールド装甲を揺動させる。相手の行動曲線を予測しての位相反撃は電子頭脳による行動解析能力が向上して以来の戦法だが、完璧という訳にはいかず性質上相手の後手を踏まざるを得ないため意外に実戦投入が難しいシステムであるとされていた。猫ろけっとを相手にここまで反撃を成功させて展開を譲らない、神代の技量は感嘆に値する。
開始わずか5分、至近距離からの削り合いは早くも両機体の損害率を50パーセントにまで引き上げていた。
「弾幕避けなら任せろよー!」
開始7分、それまで至近距離で被弾させられていた大リーグボールの攻勢を紙一重でかわすことに成功した猫ろけっとがまぐろダイブで突進。命中精度の甘い突貫攻撃は直撃こそしないが装甲への負荷を確実に重ねていく。
開始10分で損害率は双方とも五割、大リーグボールは六割を超える状況。超高機動機にも関わらず相手の得意距離での攻防を受けることができる点がクスノテックの強みだが、至近距離で襲い掛かるちゃぶ台返しを避け続けながら好機を狙う。
「アップレーザー頂きぃ!」
一瞬相対距離が離れた瞬間にいわしバルカンで足止め、空間位相を利用した急加速によるまぐろダイブで突貫してこれが直撃すると難攻不落の「要塞」大リーグボールも遂に沈黙。猫ろけっとがリーグ突破を大きくたぐりよせる貴重な勝ち星を獲得した。
(ダイジェスト)「要塞」大リーグボール1号にようやく猫ろけっとが土をつける。初戦を落としてから連勝を続けていたGM−Xもここで遂に追い付き、猫ろけっとを含む3チームがトップ3に躍り出た。わずかの差でこれを追走するメガロバイソン5も優勝戦進出の可能性が残されているが、注目は翌日に控えている猫ろけっと対GM−Xの直接対決になるだろう。女王ロストヴァはテータの巧遅な試合展開に完封されてリーグ脱落が決定、クイーン・コブラとオーガイザーが双方勝ち星を上げて全敗のチームが消える。
○猫ろけっとRS 13 (16分停止05vs00)大リーグボール1号 14×
○クイーン・コブラ 02 (30分判定24vs22)サイデルプリズム 02×
○オーガイザー 02 (25分停止07vs-5)ケルビムMk6 06×
○GM−XIII 14 (18分停止23vs-6)どんきほーて 06×
○テータ 10 (17分停止27vs-2)クィーンオブシェバ 09×
○メガロバイソン5 12 (11分停止22vs-4)トータス号死神の子守歌 06×
ストライク・シリーズ九日目 = Days 9th =
大会が開催されれば関係者が立ち入ることを許されるエリアは特定されることになるが、特に競技中とその前後を除けば他チームのメンバーとの接触まで禁じられている訳ではない。不正を試みる余地をなくすために方々で行動がモニタリングされているのがいささか無粋ではあるが、知人とラウンジで杯を傾けられるのは有り難かった。
「随分不機嫌そうだな」
「あなたこそ少しは不機嫌になりなさい」
前大会で鬼気迫る快進撃を見せたロストヴァも今大会では安定した成績こそ残しているものの、この時点で優勝戦進出の可能性は閉ざされておりリーグ突破の争いに残れなかったことが不満でない筈はなかった。だが彼女の目の前で飄々とグラスを傾けている男はそれどころではなく、前大会で優勝をさらっておきながら今回は最下位を争っている体たらくなのである。
軍の同僚であったネスとロストヴァの付き合いは長く、気楽な関係なりにいい男ではあるのだが、惜しむらくはあまりに気分屋に過ぎるとは彼女が友人のために嘆くところであった。
「で、女王様。本日のご用件は如何に」
「うん?まあ、こないだの礼を言おうと思ってね」
「まさか。戦闘機乗りの本音はそんなところにあるまいよ」
おどけるようにグラスを傾けてみせるネスだが、その言葉に冗談のつもりはない。自分の幼稚さを見透かされたようにロストヴァには思えるが、この男が相手であればそれもいいかという気にはさせられる。
「じゃあこないだの仕返しをしたいんで、宣戦布告」
「ああ。その方がお前さんらしいな」
前日のやり取りを思い出しながら、クィーンオブシェバのコクピットで苦笑する。対戦相手はクイーン・コブラ。女王の名を冠する毒蛇とは何とも挑発的ではないか。
当人たちにとって大きな意味があるだろう対戦はロストヴァ得意の中間距離から、クイーンズクエスチョンが放たれると一発が着弾して損害軽微ながら先制攻撃に成功する。ネス得意の近接格闘戦への移行を許さず、撒布機雷の射出で確実にエリアを制しながら微細な損害を重ねていく。軽機動機であるクイーン・コブラの装甲が薄いことは今更であり、蓄積させれば充分に効果を期待することができるだろう。自分の得意距離を確保するのではなく、相手の苦手距離を確保してペースを破壊すること。それがロストヴァの真骨頂である。
その後戦況は膠着、クィーンオブシェバが少ない攻撃を堅実に命中させているのに対して、クイーン・コブラは散発した機雷が数発運良く命中した程度に過ぎずここまで圧倒的にロストヴァが優位。開始5分、10分と時が過ぎて行くが15分過ぎに突然戦況が変化、それまで動きのなかったクイーン・コブラが中間距離から撒布したトリックスターを立て続けに命中させると一気に接近し、深々と突き立てたティルファングの一撃で戦況を五分に戻してしまう。
「まったく、可愛げがない!」
舌打ちの音を立てたロストヴァのスタイルは対戦相手をほとんど選ばない一方で、圧倒することも少なく接戦になりがちなきらいはある。だがネスの動きはそれ以上に自分の性格を見透かされているように思えて正直気分がいいものではない。
戦闘機乗りとして苦手意識を持つ相手をつくる訳にはいかない、彼女の不機嫌はそこにある。それこそネスが言っていた通りであり、前大会の借りを返すことは彼女の誇りに賭けて為されるべきことであった。
「そうね。可愛げがないのは残念ながら私か」
状況に左右されず堅実で効果的な攻めを執拗に継続する。クイーンズクエスチョンは散発的にしか命中させることができず決定力には欠けているが、これでペースを掴んだところで接近した一瞬を狙いスパイスアンドジュエルで一撃。容赦のない攻勢で開始25分、クィーンオブシェバが優勢を確保するがその直後の27分、近接戦闘でクイーン・コブラのティルファングも直撃する。
攻防は終了直前まで続き、逃げ切ろうとするクィーンオブシェバだがトリックスターの機雷源に追い込まれて被弾したところでタイムアップ。こんな試合に限って最後まで効果的に攻め手を重ねてくる、ネスの技量に忌々しさを感じながらも僅差でクィーンオブシェバが接戦を制して雪辱に成功した。どこか呆れたように見える勝者の表情は果たして誰に向けてのものであったろうか。
「戦闘機を降りたら、少しだけ素直になるのもいいかもね」
「まったく、たいした女王様だよ」
(ダイジェスト)大リーグボールの勝利と猫ろけっとのGM−X撃破により、残り二日間の日程を残して追走するチームには自力で優勝戦に進出する可能性が断たれたことになる。残りすべてを全勝して、上位の失点を待つしかない状況だが最終日にメガロバイソンとGM−Xの直接対決による潰し合いが残されていることもあり状況は好ましくない。ケルビムは三連勝後のまさかの連敗から抜け出すことができず、チーム内のトラブルも噂されているが詳細は不明。
○クィーンオブシェバ 11 (30分判定12vs08)クイーン・コブラ 02×
○メガロバイソン5 14 (14分停止13vs-4)サイデルプリズム 02×
○どんきほーて 08 (12分停止09vs-5)ケルビムMk6 06×
○猫ろけっとRS 15 (30分判定35vs09)GM−XIII 14×
○大リーグボール1号 16 (18分停止15vs00)オーガイザー 02×
○テータ 12 (14分停止31vs-5)トータス号死神の子守歌 06×
ストライク・シリーズ十日目 = Days 10th =
VRSことバーチャル・ストライク・バック。電脳仮想都市で開催されている大会だがシミュレーションとしての再現度の高さは充分に保証されている。ゲルフはそのVRSで一度の優勝と二度の準優勝を果たしている俊英のパイロットであり、現時点で同率三位の戦績も実力を証明していたが当人も周囲のメンバーもそれで満足はしていないだろう。三位ではなく、二位でもなく、一位を狙うのでなければただの一勝すら望むべくもないのである。
「リーグ戦突破に必要なものが何か分かりますか?」
「?」
「もちろんリーグ突破できる可能性を残すことです!」
オペレータのメージの言葉はあまりに直感的で、同時に物事の本質を直感的に捕えている。彼女が天才と評される所以だが意訳すれば引き分けによる失点すら許されない状況なら、危険を顧みず積極的に勝ちを狙えという指示でもある。自力によるリーグ突破こそ不可能な状況だが上位チームが星を落とせば逆転の可能性は残されていた。
対戦相手はベアトリス・バレンシアとどんきほーて。通常ならば対SPT戦は前半の攻防で時間を稼ぎ、VM−AX発動時間を少しでも短くするのが基本とされている。それを承知で積極戦法をうたうメージの意図は相反するもう一つの方法、短期決戦による稼働時間そのものを短くすることにあった。
「毎日が歌と踊り、人生はー歌と踊りぃ」
陽気に元気にラテン系、この状況で鼻歌が流れるベアトリスの気楽さは真剣さが足りないと思われるかもしれないが、それは裏を返せば優勢劣勢問わず彼女が平常の実力を発揮しうることを意味している。ここまで戦績が振るっているとはいえないが勝ち星では充分に安定しており油断すれば足をすくわれることは充分にあるだろう。
前進、そして突進。開始と同時に危険を顧みない積極攻勢を狙ったのはベアトリスである。恐れ気もなくひかりのつるぎで切りかかるが、メガロバイソン5はこれを避けずに正面からハンディバルカンで応戦。いざとなれば近接戦にも対応できる適応力がある故の行動だが、ゲルフとしてはメージの指示に忠実に従うからこその選択でもある。
砲撃の反動により相対距離がわずかに離れるとすかさずグレネードマインボムを射出、どんきほーての装甲を叩くがベアトリスも怯まず反撃のでっかいびーむを放ち、やはり正面からバイソン5の装甲に打ち込まれる。
「アタシの奇襲を食らえーぃ!」
それは奇襲ではないだろうと突っ込む暇もなく、急速接近して襲い掛かるひかりのつるぎをバイソン5も紙一重でかわしながら反撃の体勢は崩していない。至近距離からハンディバルカンを発射するがこれに反応したベアトリスが回避に成功。だが攻勢が守勢に切り替わった瞬間をゲルフは逃さず、バイソン5の全砲門を解放する。攻勢の勢いで相手を足止めしてそのまま一気に決めようという算段だ。
「メージさん!座標指定お願いします」
「任せなさーい!」
グレネードマインボムとムラクモオロチの大量一斉射出、さすがのベアトリスも反射的に回避専念すると炸裂弾の煙や飽和したエネルギーが周囲を包み、センサー機能をマヒさせて相対位置すら見失ってしまう。常軌を逸した砲火に対して守勢に徹したベアトリスの判断は明らかに正しかったし、わずかに被弾した撒布機雷のダメージを受けてVM−AX起動条件の設定に成功すると君と響き合うRPG。
「し、しんふぉにあですかー!」
意味不明の叫びがコクピットに響き合うが、蒼いエネルギーが収束する瞬間を狙ってバイソン5のセンサー・マーカーが固定される。肉眼でもなくレーダーでもなく、オペレータから送られてくる座標情報に正確に合わせられたムラクモオロチの光条が、まさしく大蛇の首そのままにどんきほーてに突き刺さり蒼い流星に勝る輝きが浮かび上がった。
この一撃で事実上勝負あり。機体制動を失い接近するどんきほーてをグレネードマインボムとハンディバルカンで追撃して機動停止に成功した。
「まだ行けます!まだまだ行ってもらいますよ!」
「任せてくださーい!」
生真面目な孫が珍しく浮き立っている様子に、メカニックのザムが苦笑していたことはプロジェクトでも数人のメンバーしか知らないことである。
(ダイジェスト)最終日を前にして上位チームがすべて勝利。同率三位のメガロバイソンとGM−Xは自力によるリーグ突破が断たれている上に翌日の直接対決が控えており、勝利を前提としつついずれかの失点を待たねばならない。オーガイザーがクイーン・コブラを相手に勝利を得て二勝目、前大会優勝のネス・フェザードは一転して最下位というのもいかにもこのチームらしくはあるか。
○メガロバイソン5 16 (12分停止32vs-3)どんきほーて 08×
○テータ 14 (30分判定30vs06)サイデルプリズム 02×
○猫ろけっとRS 17 (17分停止40vs-1)ケルビムMk6 06×
○GM−XIII 16 (12分停止25vs-1)トータス号死神の子守歌 06×
○大リーグボール1号 18 (12分停止18vs00)クィーンオブシェバ 11×
○オーガイザー 04 (30分判定15vs03)クイーン・コブラ 02×
ストライク・シリーズ十一日目 = Days 11th =
いよいよストライク・シリーズ最終日である。ここまで首位はリーグ戦仕様ボール「要塞」大リーグボール1号が独走しておりこれを追って猫ろけっとRSが追撃、更にGM−XIIIとメガロバイソン5の2チームが半歩遅れて続いている。
この状況で最終戦では三位のGM−Xとメガロバイソンが直接対決して星を潰し合うことになるが、裏を返せば勝ったチームには逆転の可能性が残されるということでもある。大リーグボールと猫ろけっとのどちらかが星を落とせば彼らにもリーグ突破の道が開かれるだろう。
「勝てばいいし勝つしかない。分かりやすいね」
パイロット・スーツにヘルメットを固着しながらジムがうそぶいてみせる。この男もれっきとした軍人だが、戦歴や実年齢に比べると奇妙に幼げな外見が未だに訓練生のような印象を与えていた。こだわりのGMシリーズはその汎用性の高さから連邦軍でも正式配備されている機体であり、多くの特殊仕様機が開発されていたが今回はGM−Xの発展機としてGMソードを可変式ランスに改修した機体である。遠距離砲戦を得意とするメガロバイソン5に対してGM−XIIIは重装甲を活かした近接戦闘を主軸にしているが、両陣営とも得意距離を外れての攻防もできる柔軟さを備えていた。
タイプこそ異なるが、互いの戦力が拮抗していることを示すかのように相対距離は中間で開始する。ライフルモードで構えたGMランスから撃ち出された弾頭と、散布されたグレネードマインボムがともに相手を捕えるがここは手数でバイソン5が有利。多少、相手の装甲が厚くても多弾頭兵器の連続着弾で押し切るのがバイソン5得意の戦法であり、これに比べればGMの標準装備は出力で遠く及ばない。
「武器の性能は手数の差では決まらないんだよね」
グレネードマインボムの散布で設定されたエリアに踏み込むことを嫌い、距離を離したGM−Xはごく自然な動きでライフルモードから変形したGMビームライフルを構えて射撃、精度は甘いが一撃を着弾させてみせる。同時に射出されていたムラクモオロチが襲い掛かるが、GM−Xはシールドの影に身を隠すと光条を巧みに弾き返してしまった。
ここまで立ち上がりは互角だが攻防の流れの中でメガロバイソン5が遠距離砲戦の確保に成功、GMシールドに阻まれながらムラクモオロチの連続斉射で複数発を命中させる。
ここでGM−Xも無理な前進をせず砲戦に応じてGMビームライフルで正確な狙撃を確実に命中させる。互いに攻勢主体だが、シールドの影から狙撃するGMは被弾を抑えて手数の差を埋める。
「手数の差は手数の差です!」
「了解!このまま押し切ります」
メージの指示を受けたコクピットでゲルフが砲撃を強化、GMの狙撃は時折バイソン5の装甲の継ぎ目に正確に着弾して思わぬ損害を強要するが、これを防ぐのではなく砲撃で圧倒するのがこの場合は正しいだろう。双方の損害率を見ればごくわずかにバイソン5が優位だが、ゲルフ自身もこれで優勢に立っているとは思わず実際には互角以外の何物でもない。
開始8分。それまで足を止めての撃ち合いに応じていたGM−Xが突然守勢に転じると襲い掛かってくるムラクモオロチを全弾回避、前進して中距離戦を図るがゲルフにすれば距離以降のタイミングは狙撃の好機でもある。接近するGM−Xの正面からグレネードマインボム・改を叩き込むと、後退して遠距離砲戦への移行を図ると同時に警告するメージの声が響く。
「あー!あーっ!」
GM−Xが遠距離から中距離に移行する瞬間を狙われたのであれば、バイソン5が中距離から遠距離に移行する瞬間も狙撃の恰好の的であった。一瞬遅れてゲルフも戦術の失敗を悟るが次の瞬間にはビームライフルが着弾、直撃こそぎりぎりで避けるが手に入れかけたペースはこれで失って再び戦況は五分に戻されてしまう。
再び遠距離砲戦に移行、ここまで幾度かの接近を許しながらも距離の奪い合いではバイソン5が譲っていない。GMビームライフルとムラクモオロチが互いに命中、出力ではわずかにバイソン5が勝りこれを継続すれば互角の戦況から優位に移ることも可能だろう。
ゲルフの視界の隅に映るサブモニターには双方の損害比率が表示されており20対18、23対20、29対25と数字が移行すると蓄積するダメージがGM−Xを追い込んでいくが、それは同時にバイソン5の余裕が失われていることでもあり優勢に安心できる状況ではない。装甲よりも精神を削り合う展開は開始から既に15分を経過。ここまで耐えてきた膠着状態を打破するべく、思い切って動いたのはジムである。
「チャージ!」
被弾を覚悟の上でGMランスによる特攻、襲い掛かるグレネードマインボムに装甲の各所を叩かれながらもシールドの影に身を屈めて突進する。強引なチャージはわずかにかするだけで回避されてしまうと、再び展開された撒布機雷の海に追い込まれるがこれを巧みにかわしながら方向転換したGM−Xが二度目のチャージを敢行する。
強引な前進を阻むハンディバルカンの砲火を盾で弾き、GMランスの切っ先がバイソン5の装甲に深く突き刺さる。この一撃でまたも戦況が五分に戻るが、すでに双方の装甲とも負荷限界が近づいており後はわずかな駆け引きの差が勝敗に直結することになるだろう。
「ランスにはこういう使い方もある!」
中間距離で足を止めたGMはランスを握る上腕部駆動制御機構を解放、関節部への負荷を承知の上で槍先を連続で突き出させた。威力にこそ欠けるがスピードのある連続攻撃を捌ききることは難しく、危険を悟ったバイソン5が急速後退、起死回生のムラクモオロチを放つと同時にGMもライフルモードに可変させたビームライフルを抜き放った。
双方の火線が同時に命中し、互いの装甲が負荷限界に達すると一瞬の空白を経てシステムが停止する。両者譲らぬ結末に会場がどよめく中で損害率の計測が行われると、僅差によりGM−Xの優勢勝ちが宣告された。
◇ ◇ ◇
GM−Xの勝利によりリーグ戦突破の争いは上位3チームに絞られたことになるが、ここまでトップを独走してきた大リーグボール1号はクイーン・コブラと対戦、これを圧倒して堂々一位によるリーグ通過を確定させる。残るは失点3で総合二位の猫ろけっとRS、対戦相手は助っ人オペレータ「手ごねハンバーグくん」の奮闘もむなしく不振が続いているイハラ技研のサイデルプリズムである。
(こねたぞ。焼けよ)
べちゃりという音とともに顔面にハンバーグ種が叩きつけられる。あいかわらずゼスチャーだけで意思疎通をしてきやがるリアルな腕に、イハラ技研謎の不振などと一部で囁かれていたがテムウ自身はその理由を誰よりもよく知っていた。
どうして機体じゃなくてパイロットが武器を装備したらいけないのか深刻に悩みながら出撃。対戦相手は猫ろけっと、よりにもよって強豪中の強豪だがテムウのスタイルにとって決して攻略不可能な相手ではない。超高機動機を相手に優位な相対距離を維持しながら攻撃を命中させることを考えるのではなく、わずかな被弾すら避ける機動戦に持ち込んで必ず訪れるワンチャンスを狙う。タフな平常心が求められるがこの状態でタフな平常心なんて無理に決まってるだろコノヤロウ。
「みー・みー・みー・最後に気は抜けないよなー!」
「想定モード、メガドライバーズ・カスタム設定。れでぃ」
そんな事情を知る由もないいそべ社長はとても真面目に最終戦に突入すると、開始と同時にフォースフィールドを展開してまぐろダイブで突進。ファースト・アタックの仕掛けとしては完璧なタイミングであり、テムウがこれを避けたのは幸運か実力か判別しがたいが続けてのいわしバルカンは完璧に予測して回避、これは間違いなく毛ボコリ・ガルナの実力だ。
すかさず遠距離戦に移行、反撃の無い状態で一方的な攻勢に出るが解き放たれるバーストセイバーの軌跡が当然のように避けられてしまうのは相手が相手だけに仕方がない。命中を狙うのではなくこの距離を維持し続けること。その目的は攻撃するためではなく被弾する可能性を減らすためであること。
テムウの目論見はいそべも充分に承知しており、サイデルプリズムの連続攻撃を確実に避けながらも少しずつ相対距離を縮めてくる。これもまた守勢のためではなく攻勢の機会を得るための前進であり、究極的に回避行動に特化した機体であればこそ攻勢のセンスとタイミングが問われる、それを指して猫たーぼセッティングと評するのだ。
「えらくメーワクかけたようだなー!」
「兄さん!?」
知らない人には何のことだかさっぱり分からない掛け声にもMii3DSは律義に応えてくれる。確実に距離を詰めてくる猫ろけっとだがサイデルプリズムはそれを許そうとせず相対距離の奪い合いが続くが、戦況は決して膠着しておらず猫ろけっとは降りそそぐ弾幕を一枚ずつはがしていくかのように少しずつ距離を詰めては次の防御陣をくぐりにかかる。
開始8分、ようやく至近距離までたどりつくがこの距離でも猫ろけっとの高速機動は衰えず、弾が飛んで来れば避けるし飛んでこなければ相手に座標を捕捉されないために避けるのだ。
瞬間、守勢から攻勢に切り替わりフォースフィールドごと突進する猫ろけっとのまぐろダイブがサイデルプリズムの傍らを通り抜けた。歪められた空間の軌跡それ自体が極太の砲撃であるかのように火を吹くとサイデルプリズムの装甲を焼き、直撃とは言い難いが猫ろけっとが貴重な一撃を成功させる。
(こねるよ?ハンバーグならこねてやるよ?)
もう何の役にも立たないオペレータAIを全力で無視しながらサイデルプリズムが急速離脱、いわしバルカンの追撃を受けてわずかに被弾するがこれは承知の上である。テムウにすれば遠距離戦に戻して守勢を維持しながら、猫ろけっとがわずかに見せる隙を待つしかないのだ。機械であれ人間であれ完璧な機体制動はありえず必ず好機は巡ってくる。問題はそれを活かす戦況を構築できているかどうかである。
既に15分が経過、サイデルプリズムは砲撃による牽制を繰り返すが猫ろけっとはいわしバルカンで砲戦に応じながらも効果的なタイミングで接近を図る。この状況で圧倒されず、被弾を最小限に抑えて反撃の機会を窺っているのはテムウの熟練であろう。御用聞きの兄ちゃんにしか見えない彼はこれでも戦歴の長いパイロット兼御用聞きなのだ。
機体制御にごくわずかなタイムラグが発生する確率は期待値で十分間に二回、フレーム開発当初から内包されているこの数字こそがストライク・バックの生命線である。完璧な回避行動を展開する猫ろけっとの動きが切り替わる、わずかな空白時間を捕らえるとこれあるを待っていたサイデルプリズムのバーストセイバーが吸い込まれるように着弾した。
これで損害比は互角に戻り、残り10分間の攻防で決着をつけるべく猫ろけっとが前進する。いわしバルカンで牽制してからまぐろダイブで突入、命中こそしないがテムウ同様に相手の反撃を許さない距離で攻勢の機会を得るための距離確保が目的である。連続して突撃、距離が離れたところでいわしバルカンが命中したところで残り時間4分。
(ぷすっ)
いったいコクピットの中で何があったのか、後々までテムウは語ろうとしなかったが最後の一瞬で遠距離戦に移行した、その瞬間にバーストセイバーが直撃するとこれで逆転したサイデルプリズムが殊勲の逃げ切り。クスノテックは最終戦でまさかのリーグ脱落となった。
○GM−XIII 18 (23分判定00vs-1)メガロバイソン5 16×
○サイデルプリズム 04 (30分判定32vs23)猫ろけっとRS 17×
○ケルビムMk6 08 (21分停止09vs00)テータ 14×
○大リーグボール1号 20 (23分停止27vs00)クイーン・コブラ 02×
○クィーンオブシェバ 13 (30分判定40vs18)オーガイザー 04×
○どんきほーて 10 (05分判定-4vs-5)トータス号死神の子守歌 06×
STRIKE SIRIES II ストライク・シリーズ優勝決定戦 = The Final = 大リーグボール1号vsGM−XIII
おそらく今大会で北九州漁協とGM陣営の双方が決勝戦に臨むと考えた者はほとんどいなかったのではないだろうか。両陣営とも過去優勝経験がありその実力に対する評価も決して低くなかったが、ここ最近の大会で好成績を振るっていたとは言いがたかった。
トーナメントがリーグ形式になったことによる影響かはこの際検討しても意味がない。明白なことはリーグ戦仕様ボールとまで称して乗り込んできた神代進と大リーグボール1号が「要塞」の異名にふさわしい火力と堅牢さで圧倒的な強さを示してきたという事実である。
「ピッチャー返し返しの練習はしておくキュか?」
「今日はやめておこう」
太古の時代より打球の速度がピッチャーの投球速度にはるかに勝ることは常識だが、それをぶつけてノックアウトを図るハナガタ戦法に対抗するために多くの策が検討された。その中でも禁断と呼ばれる方法が、ガソリンで燃えるボールを裸で捕らせるという「お父様はキチガイよ」特訓の末に考案されたピッチャー返し返し、自動反撃システムだった。
もちろんうそである。
それはそれとして大リーグボール1号の火力に更に自動反撃システムによる砲火を加えた破壊力が今回のリーグ戦で猛威を振るっていた事実は曲げられない。自動反撃システムは決して完璧な精度を持つ機構ではなく、それを発動させるために熟練を必要としていたが神代自身も圧倒的な砲撃の中に効果的な反撃を織りまぜる特訓に余念がなかった。
対戦相手となるGM陣営はリーグ初戦でその北九州漁協に手痛い敗戦を喫してより、雪辱を期して勝ち上がってきた機体である。GM−XIIIは現在連邦軍でも正式配備されているGM−X(ジムクス)の後継機として開発された機体であり、軍用機らしい重装甲にビームライフルを内蔵した可変式ランスと大型シールドを装備した機甲兵スタイルの機体である。
もともと前大会に投入する予定のGM−XIIが最終調整に間に合わず、今回はフレーム設計の段階からナカモト重工業と調整して開発を進められていた。それはナカモト重工が連邦軍への開発納品ルートを持っていることを示しているが、ストライクバックのスポンサーに地方中小企業だけではなく軍需産業が入っていることは誰も声高に指摘しないだけで周知の事実である。格闘競技自体の野蛮性を非難する声はそれこそ剣闘士の時代から存在しており、それを容認する解釈も理論武装方法もさまざまだがいずれにせよ実際に盾を持ち槍を握るパイロットにすればどうでもいい話である。
「正面から殴り合いになるよなあ」
ヘルメットを外して、頭をかきながらジムが呟く。リーグ初戦でもそうであったが、対戦する神代のスタイルは距離を選ばない圧倒攻勢であり対峙したその距離で迎え撃つことを基本としていた。挑む側としては自由な選択肢を持つことができる一方で、奇襲奇策を用いる余地はむしろ激減してしまう。
出力でも攻撃力でも大リーグボールが勝っているが、GM−Xの優位は装甲とシールドによる堅牢さにある。リーグ初戦での展開を見ても戦前評でも彼ら自身の認識でも「不利とまではいえないが有利とはいえない」状況で、接近して削り合いながら相手の攻勢を捌くことができれば充分に勝機がある筈だ。
連邦軍の量産機GMと作業用ポッドとして配備されているボール機が対戦する状況に興味を向けている者も多く、軍では両機体の基本性能を見なおす動きもあるらしい。南米大陸にある連邦でも最大の基地施設には実際に多数のGMとボールが配備されており、それが決勝を争うというのだから注目度も高くなるというものだろう。量産機が作業用ポッドに挑むという戦前評に苦笑する向きはあったかもしれない。
洋上都市から打ち上げられたレールシャトルが衛星軌道を周遊する宇宙ステーションを往復する、さまざまな政治的および経済的な目論見がかえってこの空間を独立した中立地帯とすることを許していた。個々の企業やチームの背景に政治勢力が絡んでいる例は珍しくもないが、彼らとて公然と参加することはできない。所詮建て前でもそれがないよりはるかにましというものであり、そうでなければ北九州漁業協同組合がナンバーワンを争うことなどできないだろう。
「大リーグボース養成ギプスは外すキュか?」
「もともとしていないさ」
すでに両機を格納したカタパルトはフィールド上を周回している。タイムカウントが終わると同時に機体が射出されて競技が開始される方式は大会が宇宙戦仕様になって以来変更されていない。ファースト・アタック、開始直後の相対座標を自由に設定することができないこの方式が思った以上に勝敗に影響を与えることも多く、機体制動の立て直しに熟練を要すると言われていた。
機体を襲う加速圧に耐えていた両機がカタパルトから同時に放たれる。フィールド上の様子は各種レーダーやセンサーによって捕捉されると、それが映像化されて観戦用のモニターに映し出されている。宇宙空間を高速で行き交う機体を撮影などできる筈もないが、映像化された両機の姿は精密に現実を再現したものには違いない。だがたった一つ、コクピットを行き交う通信は実際に受信した音声がそのまま使用されていた。
「ビーンボールを食らいたまえ!」
開始と同時に大リーグボール1号から放たれた灼熱魔球がGM−Xを直撃して、高出力の熱塊が派手に炸裂した。同じく初撃を狙っていたGM−Xもライフルモードで構えていたGMランスで狙撃をしかけると着弾させていたが「要塞」を相手に正面からの撃ち合いは分が悪すぎる。
「しくった!」
相手の攻勢を捌く防御が鍵になると理解しながら撃ち合いに応じてしまった、舌打ちしながらもジムは動揺せず機体を前進させてランスモードで突きかかる。襲い掛かるちゃぶ台返しを確実にシールドで弾き返して再びライフルモードで狙撃。大リーグボールは怯む様子もなく魔球を撃ち込んでくるが、わずかに装甲をかすらせながらもGMビームライフルの狙撃を続けて劣勢の挽回を図る。
開始5分が経過、両機ともに削り合いに応じている状況を見れば短期決着が予想される展開。大リーグボールが放つ灼熱魔球を今度はシールドで弾き返し、ライフルモードで狙撃するがここで大リーグボールが機体をゆっくりとローリングさせた。
「きびしいな畜生!」
呪いの言葉を吐きながら、構えるGM−Xに向けて位相反撃による熱線が跳ね返ってくる。損害自体は大きくないが、削り合いの勝負でダメージが積み重なると後々になって響いてくるだろう。撃ち合いの影響で自然に距離が離れたところでビームライフル、戦況の不利に堅実な攻めを見せるジムの粘り強さは侮れない。
ここまで大リーグボールが優位、だが決して離されてはおらずGM−Xは損害を僅差に抑えて食らいついてる。長期戦になれば相手のジェネレータ出力の低下を期待できるが経過時間は未だ7分ほどであり、双方が撃ち合う中で短期決戦の流れは動かしようがないだろう。こうなるとわずかな攻撃のミス、あるいは防御の成功が勝敗を大きく左右する。
「つまりひたすら攻撃するということさ」
「ぶつけちゃうキュね?」
ここで再び灼熱魔球が炸裂、初弾ほどの直撃は避けられるが僅差で追いすがるGM−Xを突き放す一撃が命中。近接戦闘となり思いきりちゃぶ台が返されると、GMランスと相打ち気味に命中するが双方の損害が累積してくると相打ちはむしろ劣勢な側にとって不利になる。
起死回生を図るGM−Xは近接戦に活路を見出すべく、襲い掛かるちゃぶ台をかわしながらランスモードで突きかかるが再び展開されたちゃぶ台に捕らえられるとやはりGMランスと相打ち、双方が損害を受けるが余裕がなくなったGM−Xには後がない。至近距離に食らいつき、ちゃぶ台返しを避けながらかいくぐってGMランスを突き出すが、これが命中した瞬間に作動していた位相反撃システムから放たれた熱線が撃ち込まれて万事休す。圧倒的な強さを発揮した大リーグボール1号と神代進が北九州漁協にひさびさの栄冠をもたらした。
「ドングリーズの皆も喜んでくれるだろう」
「キュ」
○大リーグボール1号(13分停止16vs0)GM−XIII×
優勝 神代進 大リーグボール1号 12戦11勝 /通算25戦19勝
準優勝 ジム GM−XIII 12戦09勝 /通算12戦09勝
3位 山本いそべ 猫ろけっとRS 11戦08勝1分/通算24戦13勝2分
4位 ゲルフ・ドック メガロバイソン5 11戦08勝 /通算24戦16勝
5位 ノーティ テータ 11戦07勝 /通算24戦13勝
6位 ロストヴァ・トゥルビヨン クィーンオブシェバ 11戦06勝1分/通算24戦14勝2分
7位 ベアトリス・バレンシア どんきほーて 11戦05勝 /通算24戦07勝
8位 シャル・マクニコル ケルビムMk6 11戦04勝 /通算24戦07勝1分
9位 コルネリオ・スフォルツァ トータス号死神の子守歌 11戦03勝 /通算24戦10勝
10位 テムウ・ガルナ サイデルプリズム 11戦02勝 /通算24戦09勝1分
10位 無頼兄・龍波 オーガイザー 11戦02勝 /通算24戦08勝1分
12位 ネス・フェザード クイーン・コブラ 11戦01勝 /通算25戦11勝
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