VRS第九回大会-VIRTUAL STRIKE BACK IX-
 コクピット用のブースに座りながら、設置されたカメラは回っているしぼやき声すらもマイクに拾われて、撮影された様子がそのまま配信されることになっていた。塩追津みひろ(しおおいず・─)がその日、彼女が出演しているバラエティ番組の新しい企画だとして案内された特設スタジオの中央にはゲーム機の筐体じみたコクピット・ブースが据えられていた。電脳仮想空間LiNKを舞台にした人型汎用機による対戦格闘競技、VRSことバーチャル・ストライクバックに参加してみようというなかなか力技な企画である。

「あのー。私、車の運転免許も持ってないんですけど」

 ロボットどころかビデオデッキの配線を繋ぐのすら怪しい、みひろ自身は売り出し中のいちアイドルで、それが仮想世界とはいえパイロットになって、しかもプロデューサーとディレクターがそれぞれオペレータとメカニックに入るというのだから怒られないかしらと思わなくもない。とはいえ怒られても面白ければ勝ちというのが彼女たちの業界だから、最新の体感アトラクションにでも乗るつもりで操縦桿を握るしかないだろう。学校の制服めいて見える衣裳そのままでコクピットに座るのも番組の演出ならではである。

「機体と装備はサイコロを振って決めるからね。あとは任せた!」
「任せないでー!」

 無責任に無茶ぶりをしてくるスタッフへの抗議は丁重に聞き流されてしまう。徹夜で覚えたマニュアル通りにシステムを起動して、画面に表示される登録チーム名はHDYLWで、機体名には今回の企画を堂々と体現するDice-travelerの文字が浮かぶ。もちろん彼らの全員が素人だが、それでも何とかセッティングができてしまうからこその汎用機であり仮想空間での大会である。素人でも扱えることがメーカーにとっては売りになるから、大会主催者にとっては決して悪い話ではなかった。そして素人でも戦えるものかどうかは実際にやってみるしかない。


VIRTUAL STRIKE BACK IX Aブロック第一戦 バラクーダ vs Dice-traveler
 撮影される内容はLiveNetworKことLiNK内部で生配信、後で編集されて番組でも放映されることになっていたからHDYLWの対戦相手は番組内では共演者という扱いになるのだろう。大会の規定上、カメラが入ることができるのはDice-travelerサイドだけになるのをネス・フェザードはいっそ残念に思わなくもない。対戦相手のコクピットを撮影したらさすがにスカウティング行為になってしまうから、仕方のないところではあった。

「まあ、俺もこういうのは嫌いじゃないしな」
「ネスさーん、いいんですか?あなたは仮にも」

 大会優勝経験すらあるベテラン中のベテランなのに、というオペレータの声はネスの耳には入っていない。彼の気まぐれは今に始まったことではなく、本戦では屈指の優勝回数を持ちながら勝率は下位ランクで平然としているのがネス・フェザードという人物だった。彼の愛機バラクーダの、パイロットですら手に余るじゃじゃ馬ぶりが彼の好みを証明しているだろう。
 とはいえHDYLWは大会主催者と公式にスポンサー契約を結んでいたから、対戦そのものの中継は認められているしカメラとマイクが据えられているDice-travelerのコクピットの様子もそのまま配信されている。みひろが腰かけているシートも目の前にあるモニタや計器や操縦桿も、映し出される疑似映像も思った以上に本格的で、ゲーム機どころか軍用のシミュレータにしか見えなかった。とはいえ、一介のアイドルは軍用のシミュレータも最新のゲーム機も知らなかったからみひろにとってはどちらも違いはない。

「発進しまーす」
「違う!そこはみひろいきまーす!だ」

 ななこSOSを彼女が知っているかはともかく、電脳仮想空間とはいえ出撃した舞台は遮るものとてない宇宙空間である。基本的に相手を肉眼で捕捉することはできないから、各種レーダーに映し出されている位置情報を追いかけなければならないが、感覚的にはメインモニタに投影されている機影のほうが捕らえやすい。バラクーダの高速移動はそのレーダーやモニタすらも振り切ってしまうが、Dice-travelerはバスターフォースをばらまいて回避されながらも弾幕をかいくぐる相手の座標を捕まえようとする。
 素人向けのマニュアルにはどうやら素人向けの戦い方まで書かれているらしく、それは役に立つだろうなとネスは不謹慎な口笛をひとつ吹く。そのままバラクーダを加速して至近距離に入ると同時に、方向転換すると同時に、アクセルバイトで咬み裂いてDice-travelerの装甲を削る。機体名に相応しい一撃離脱の雷撃戦を、相対距離を無視して仕掛けてくるのがバラクーダの真骨頂だが接近と攻撃と離脱を同時に行うスタイルは機体制御がことのほか難しく暴れまわるじゃじゃ馬を押さえつけるのは並大抵の苦労ではなかった。

 ここまで開始5分、その後も互いに隙を窺いながら、相対距離を探り合う展開が続いて膠着する。18分過ぎにバラクーダが仕掛けると中距離と遠距離から一瞬で間合いを詰めてアクセルバイトを打ち込むが、Dice-travelerは絶妙なタイミングでこれをブロックしてみせた。パイロットの意外なセンスに感心した不治村プロデューサーが、どよめく観客の音声をすかさず差し込む。
 だが膠着状態での長期戦はバラクーダには望むところで、開始24分、至近距離でのアクセルバイトを命中させるとフォアマシンガンの弾幕を被弾しながら追撃を図る。接近して攻撃して離脱、このままでは逃げられると思ったみひろは思い切ってヤマを張ると当てずっぽうの一撃を撃ち放つ。

「ロケット・ブロー!」

 せっかくなので武器の名前を叫んでみたかった一撃が命中、残り3分でまさかの逆転劇を見せるとそのまま逃げ切ることに成功して、HDYLWが初戦にして記念すべき初勝利を手に入れた。決め手となった一撃そのものはラッキーヒットには違いなく、勝因はむしろ18分過ぎの連続ブロックに挙げられるだろうが、であれば尚のことパイロットの腕が勝因だったと言うしかないだろう。

「おー。信じられん」
「ちょっと、プロデューサーがそれ言うんですか!?」

短評)膠着した戦況で決め手になったのは、本文中にも書いたとおり塩追津みひろのガード特性で、これで何度か有効打を無効化している。裏を返せば決め手となる攻撃力に欠けていたということでもあり、これは今後の課題になるだろう。

Dice-traveler(30分判定)バラクーダ 30vs26


VIRTUAL STRIKE BACK IX Aブロック第二戦 名状しがたきボールのようなもの vs 迦陵頻伽
 電脳仮想空間で開催される大会は、基本的にはネットワークとそれを繋ぐ端末機さえあれば世界中のどこからでも参加できる。つまり実際の機体を製造する技術なりコストなりが不足していても、試験的に参加できることを思えば資金に限度がある自治体や組織からの参戦もこれまで以上に容易になり敷居が低くなっていた。例えば北九州漁協のインスマス支部が宣伝用に設計したボールで参戦することも可能であり、伝説の名誉会長クトゥルフさんの活きのいい呼び込み音声も搭載した機体は正面のつぶらな瞳がなかなかラブリーだった。ちなみにこの日ははサバとイワシが二割引きで、マグロの解体ショーも行われる予定である。インスマスで。

「このボールに死角はない、角度もない」

 丸いからティンダロスの猟犬に対しても無類の防御を誇る、名状しがたきボールのようなものの対戦相手はチーム・レギオンの三人娘であり、パイロットは常識人のバーバラ・R・オリヴォーとあっては彼女たちに今回のネタが通じるのかどうか疑わしい。

「フレンド・シャルロット?アーカムからインスマスへのバスは出ていたかしらね」
「えー?なんのこと?」

 通信回線の向こうで首を傾げているシャルロットに、さすがに通じないかと肩をすくめたバーバラがモニタに向き直る。今大会でのレギオンの機体は迦陵頻伽、極楽浄土の鳥乙女であれば、海底に封じられたいかがわしい神格を相手に心強いかもしれなかった。
 至近距離で両機が対峙すると、機先を制した迦陵頻伽がフレイムフォースの軌跡で名状しがたきボールのようなものを撫で上げる。熱線をボールの装甲に絡ませたまま追撃、これは弾かれるが螺旋の炎にまとわりつかれたボールは少しずつ装甲を焼かれていく。コクピットブースではこの日に合わせてインスマス面にしてきた神代進が超能力イルカのフリッパーにちょっとだけ引かれていた。

「いあ・る・りぇ・・・後は何だったかな」

 まとわりつくフレイムフォースを内側から断ち切るように、極彩色に輝く触手が振り上げられるとそのまま迦陵頻伽を直撃する。たった一撃でこれまでの戦況を覆してみせる、移動要塞を思わせる破壊力と堅牢さは北九州漁協ならではだろう。
 難攻不落の相手を切り崩すべく、後退して距離をとった迦陵頻伽は中間距離からバスターフォースをばらまいて弾幕を張ると、充分に離れたところでセーリングミサイルを射出する。バランス感覚に優れた攻撃と的確な距離誘導はバーバラとシャルロットのコンビならではだが、自ら積極的には動かず好奇心のままに近付く相手をルルイエに導くのが北九州漁協のスタイルだった。

「いあ・る・りぇ・くとぅるふ・ふたぐん・いあ・いあ!」
「よく覚えてるキュね」

 航行するミサイルの軌道を逆算したボールのようなものが、うごめく触手に覆われた口元をがぱあと開けるとクトゥルフの呼び声が轟いて迦陵頻伽を機体ごと振動させる。コクピット・ブースごと揺さぶられながら、バーバラには咄嗟に何が起きたのか分からないが、これを理解することは偉大なる旧き存在に近付くことだから正気ではいられなくなりかねない。
 損傷率で押されている迦陵頻伽はもう一度中間距離からバスターフォースの弾幕、これをブロックさせながら距離を離すと再びセーリングミサイルを発射する。押されているにも関わらずバーバラは戦術を変えず、むしろ同じルーティーンにすら見える攻撃を繰り返してみせた。こちらの行動が正しく、相手がそれ以上の反応を見せたなら、敢えて同じ行動を繰り返すことは相手に同じ反応を要求することになる。そしてそれは容易ではないというのがバーバラの結論で、航行するミサイルに名状しがたきボールのようなものは反撃行動をとることができず、装甲に弾頭が命中する。

 これで戦況を逆転した迦陵頻伽が近接格闘戦に移行、フレイムフォースにバスターフォースと攻勢をしかけるが名状しがたきボールのようなものは小揺るぎもせず、極彩色に輝く触手をもう一度一閃させると奈落の底から極楽の鳥を撫で上げた。更に深海に響く咆哮で追い撃ち、力ずくで戦況を引き戻す。
 振り出しに戻されたバーバラがここで選択したのは三たび距離をとってのセーリングミサイルとバスターフォースの弾幕で、これで相手の足を止めると近接格闘戦、フレイムフォースを命中させる。つまり三度とも攻撃の流れを変えず、だがすべてを正確に行ってみせて相手にもそれに対応することを三たび要求した。ボールは一度目の攻撃には的確に反撃して、二度目の攻撃は被弾した上で反撃に切り替えたが三度目の攻撃には対応も反撃もできなかった。フレイムフォースの熱線に捕らえられたところで残り5分、ゆっくりと装甲を焼かれていくと振り払うことができず最後の最後で損傷率の再逆転を許してしまう。ラスト2分の逆転劇をごく生真面目に達成してみせたバーバラが安堵の息をついて、チーム・レギオンが初戦を突破する。

短評)展開は互角で攻防も互角、破壊力でボールのようなものが上回っていたが、安定度では迦陵頻伽が勝り、最後も避けながらフレイムフォースで地味に削り続けた末の逆転。一撃のある相手を安定度で封じてみせるのはレギオンの面目躍如といったところ。

迦陵頻伽(30吻判定)名状しがたきボールのようなもの 5vs1


VIRTUAL STRIKE BACK IX Bブロック第一戦 帰ってきたマスターサーロイン vs オーガイザー
 近接格闘戦での殴り合いを得意にしている両者の対戦、チーム・さんくちゅありの帰ってきたマスターサーロインはパイロットである牛山信行の特性を活かした堅牢さが売りで、チーム龍波のオーガイザーはパイロットである無頼兄・龍波の性格そのままにタフネスと男らしさが売りだった。

「ビコーズ・アイ・アム・ザ・マン!」
「あほ」

 自己紹介のプロフィールにそんなことが書かれているのを見て溜め息をつくと、無頼兄の姉の紅刃はこっそりとオーガイザーの装備とオペレータAIの鬼刃に調整を加えている。実のところ無頼兄の勢いそのままのスタイルはあれはあれでいいのだが、だからこそサポートするオペレータや装備の存在が肝になっていることを無頼兄だけが理解していないように見えなくもない。姉としては頭が痛いところだがとりあえず弟を殴り合いに専念させるのが彼女たちの役割である。
 一方でさんくちゅありはどうかといえば、オーナー兼オペレータの天宮あてなの立場が強いことは強いのだが、それで彼女は無理を通す性格でもなく店子の人々は彼女に協力的でもあったから、けっこう仲のよい町内会という感じで適材適所を実現できていた。

「人生はギャンブル!はっぴばあすでぃ、ますた〜さ〜ろいん!!」
「テンションたけーな」

 その適材適所の一人である、仔羊徳兵衛は一見して若々しいが実際は還暦を過ぎた老人で、世の中にはたまにこういう白い悪魔的な人物が存在する。帰ってきたマスターサーロインの機体データを調整しながら、揺りかごから乳母車まで何でも用意すると豪語する徳兵衛には機体のセッティングにも抜かりはない。パイロットの牛島信行は安心して?殴り合いに専念すればよかった。
 拳を握りしめて、両者が対峙したのは至近からはやや離れた中間距離。格闘戦の前の挨拶がわりにフレイムカノンと飛燕鞭が交錯するが、互いに命中してそのまま接近、至近距離で足を止めての殴り合いに移行する。先手を切ったのはオーガイザーで、無頼兄曰く「ガイ・スゥオーード!」の一撃が叩き込まれるが当たりは浅くかすったのみ。続けての一撃も弾いてみせる、牛島のブロッキングとマスターサーロインの堅牢さは今さらである。勇んで対峙した両者だったが近接戦であれば互いに防御も万全で、そのまま膠着してしまうと15分が経過、しつこく斬りかかっていたオーガイザーの鋼剣の更に至近距離にマスターサーロインが飛び込んだ。

「細かく叩いて霜降りー!」
「お嬢、それはどういうアドバイスだ!?」

 マスターサーロインが零距離からアームドアームズの接近短打、更にしつこく距離を詰めて拳を打ち込むが、ここまですでに20分以上を経過しており、これまでの手数の分だけ損傷率ではオーガイザーがわずかに優位にある。牛島のブロッキングはオーガイザーの拳をことごとく弾いてみせるが決して完璧ではなく、一方でマスターサーロインの拳はオーガイザーの厚い装甲に遮られる。

「ガイ・スゥオーード!」

 終了間際の一撃に装甲を削られるが、やられたのは無頼兄のこの一撃にではなく最後まで膠着し続けた戦況をしのいだ装甲と機体バランスであり、それはメカニックの功績であったろう。反面、マスターサーロインに敗因があるとすれば牛島の操縦を活かす機体を用意してもらいながら、膠着した戦況を打開するに到らなかった彼自身の勝負どころでの判断ミスによる。

「いやいや牛くんそれは真面目に過ぎますよ。負けはチーム皆の負け、この悔しさは本戦で晴らしましょう」
「あー、そうだな。スマン」

短評)近接戦での防御力勝負となった対戦で、どちらの矛も相手の盾を貫くことができなかった一方で、装甲の厚さでコンスタントに耐えたオーガイザーとガード中心に弾くサーロインの差が判定の結果に出ている。ガードは三分の一の確率で相手の攻撃を無効化するが、失敗すれば通常のダメージを受けるので攻撃回数の少ない相手に安定しなかったか。

オーガイザー(30分判定)帰ってきたマスターサーロイン 28vs19


VIRTUAL STRIKE BACK IX Bブロック第二戦 聖人 vs アナザーバイソン2
 リーグ本戦で遂に優勝したメガロバイソンプロジェクト。賞金やスポンサーからの報奨金も手に入り、パイロットのゲルフは勝率でも戦績でもマックやダルガンに並ぶ三人目のエースとして評価されている。なのだがそれに納得していない者も実は存在して、ゲルフがエースだなんてとんでもないというのが彼女の主張だった。

「バイソンプロジェクトのエースは先生ですよ!私が証明してやります!」

 力強く宣言しているベル・グラノは後任のパイロット候補で、ゲルフと同級の若い娘だが彼女がいう「マック・ザクレス先生」の推薦と予算委員会の承認を得て今大会への参戦が決定されている。マック自身はオペレータとして彼女をサポートすると同時に彼自身のキャリアを広げるつもりでもいるらしかった。自分に対する尊敬はありがたくはあるが、まずは彼女自身のスタイルを確立させることだろう。

「機体はバイソン2ベース。今回はデータ収集のつもりで構わない、行動選択で迷わないようにね」
「はーい!」

 気負ってるのは級友のゲルフへの対抗心らしい。多弾頭精密射撃のゲルフ&メージコンビに対抗して、単発攻撃機のバイソン2を選んだのも彼女の希望だが、メインウエポンにはグリップのついた長槍めいた投擲式航行ミサイル、ピッチングミサイルを携えている。精度を上げて一打必中を狙うつもりだが、あとは対戦相手がいる中でどれだけ思い通りのことができるかだ。
 対戦相手となる、ザ・ピットの聖人は直結式AIと称してオペレータAIをパイロットに直接ダウンロードするシステムを備えた機体である。ダウンロード時に拒否反応が起こらないように、パイロットのパーソナル・データを元にしてAIの人格を構築するが、前任のパイロットであるフランツはAI=ヨハンに自己の理想像を投影した挙げ句ヨハンがフランツを否定して人格を崩壊させていた。彼らの「養父」たるウォルフガング卿にすれば愚かしい限りだが、今のところ後任のフランシスはAI=ヨハンナを意識コントロール下に置いている。

「余計なことはするな。定められた手順を実行する、それがお前の役割だ」
「畏まりました。MEISTER」

 コクピット・ブースに据えられているコネクタを接続すると、抑揚のない声でフランシスが応答する。フランツの失敗をふまえて直結式AIに適応できる人格を慎重に用意させたパイロットであり、貴重な人材だからこそ使い捨てにしては採算が合わぬこと甚だしい。今のところフランシスとシステムの相性は良好で、ウォルフガング卿にはまず満足できるパフォーマンスを示していた。
 アナザーバイソン2は試作兵器のピッチングミサイルを起動させるつもりでいるが、聖人は加速して格闘戦を挑むつもりでいる。攻撃主体のベルは距離の奪い合いには一歩を譲るから、マックに迎撃を指示されると即応してブレイドソードセイバー改を抜き放つ。聖人の救済と相打ち、ファースト・アタックの損害はほぼ互角。

「遠距離にはこだわらないで。中間距離を有効に使うぞ」
「はい!?了解です」

 一瞬の返答に、試作兵器へのこだわりが見えるが指示をするマックにすればSPT機を相手に序盤の攻防は確実に優位に立つ必要があることを知っている。離れると同時にレーザービームファイヤー改で狙撃するが反応が遅れて命中せず、高出力での精密射撃を狙うバイソン2には好ましい展開とはいえない。すぐに修正させると連続砲撃、今度は立て続けに命中させて聖人の装甲を一気に削ると緊急システムが起動、VM−AXを目の当たりにするベルにとってもここからが本番だろう。

「リミットブレイク確認、目の前で見るととんでもないわね」

 常軌を逸したエネルギー反応に思わずベルは息を呑む。圧倒的な破壊力と加速性能を目にして、正面に立つプレッシャーは尋常なものではないが、追い詰められているからこその緊急システムであり、このまま一気に押し切れば仕留めることはできる筈だ。急速接近する聖人をブレイドソードセイバー改で待ち構えるベルに、通信回線から厳しい警告の声が飛ぶ。

「すぐに離れて!向こうは相打ちを狙ってるんだ!」
「えー!?でも」

 マックの指示に一瞬躊躇した、その瞬間が命取りだった。みなまで応答する前にコクピット・ブースが激しく揺れると救済の一撃が装甲を吹き飛ばしてアナザーバイソン2を完全に沈黙させる。唐突にブラックアウトしたモニタの前で呆然とするベルだったが、充分に優位な戦況から一瞬で五割超の装甲を吹き飛ばされるなど考えてもいなかったろう。試作品のピッチングミサイルすら使う暇もなく、一撃必殺を相手に決められての逆転劇に今更のように悔しさがこみ上げてくるとコクピットに突っ伏すが、ブース内の映像が外に見られていないことだけが彼女にとっては救いだった。

短評)短期決戦に終わったせいもあるが、アナザーバイソン2にすれば遠距離に持ち込む前に聖人のVMーAXが起動して移動で不利になったところに交通事故といったところか。聖人は単純な攻撃力勝負に持ち込んで序盤は押され気味、VMーAM発動後に逆転というSPTらしい勝ち方。

聖人(8分機動停止)アナザーバイソン2 13vs-5


VIRTUAL STRIKE BACK IX Aブロック準決勝 Dice-traveler vs 迦陵頻伽
 一回戦をまさかのラッキーヒット(不治村プロデューサー・談)で勝ち抜いたDice-travelerは迦陵頻伽と対戦する。今大会は全8チーム参加のトーナメントだから、これに勝てば初出場で決勝戦に進出できるという冗談のような番組が放送できるかもしれない。もともと競技用のフレームは汎用機として相応のバランスを取った性能なのだから、運が良ければあり得ない話とは言えないだろう。

「でもそれって真面目に参戦してる人に悪いような?」

 などという常識的なみひろの指摘はせめて企画の段階でするべきである。この上はせめて彼女だけでも真面目に勝利を目指して関係者に失礼のないようにしないといけない、などと考える性格をしているからこそ彼女もこのような企画に抜擢されたには違いなかった。
 対するチーム・レギオンは初戦のNVフォースに続いて軍部を背景にしたチームであり、メンバーの中でも多少は冗談が通じそうな他の二人に比べると、いかにも堅物そうなバーバラが今回メインパイロットを務めていることを思えば、みひろたちの冗談のような企画をどこまで寛容に受け入れてくれるか分かったものではない。

「距離確保も積極的だし回避のセンスも悪くない。だが惜しいかな銃で人を撃つことには慣れていないようね」
「フレンド・バーバラ、正しい分析は誰もが喜ぶとは限らないのよ?」

 コクピット・ブースで真面目に相手を分析するバーバラをシャルロットがからかってみせる。とはいえ相手が誰であれ侮ってよい理由はなく、一回戦を勝ち抜いた実力を無視する理由もない。シャルロットが補佐するバーバラのスタイルは優位な距離を確保しながらの移動射撃にあるが、実戦での難易度は高くなる戦術だから移動と回避に優れるDice-travelerを相手にして楽に戦えるとは考えていなかった。
 まずは中間距離から、迦陵頻伽がバスターフォースで弾幕を張るとDice-travelerは多弾頭の砲火の数発を弾きながら後退、撃ち放ったロケット・ブローを遠間から命中させてみせる。先制に気をよくしてそのまま接近するが迦陵頻伽はフレイムフォースで迎撃、双方が得意距離で相手に罠を置かれる展開になる。

「フレイムフォース被弾しました!どうしますか!?」
「え?えーとフレイムフレイム・・・」

 オペレータ役の不治村プロデューサーがたどたどしく確認する。フレイムフォースは攻撃力こそ低いが、一度捕捉されると振りほどくまでダメージを受け続けてしまう装備である。逃れるには攻撃を命中させてセンサーを振り切らなければならないから、精度に不安があるDice-travelerでどうすべきか判断しなければならない。無茶ぶりで参加した挙げ句にパイロットまでやらされているんだから、オペレータにはオペレータの仕事をしてもらわないと困るのである。

「指示聞いてんでしょ!?あんたオペレータなんだから仕事しろー!」
「す、すんませーん!」

 この状況でパニックにならずにプロデューサーを怒鳴りつける、みひろがこの企画に選ばれた理由は彼女のこの正確による。頼りにならないプロデューサーを一喝すると、戦術の継続を決断したみひろは危険を承知で格闘戦を選択、フレイムフォースに焼かれながらフォアマシンガンを撃ち放つ。どうせ捕まったならこれ以上は捕まるまいと、キレてからの開き直りが彼女の売りなのだ。
 そのまま五分近くも火線にさらされるが、至近距離からフォアマシンガンを撃ち込むと装甲の薄い迦陵頻伽は削り合いを嫌って後退、みひろが待っていたパターンで遠距離に移行するタイミングに合わせてロケット・ブローを着弾させる。更に続けてもう一撃が命中、戦況を五分に引き戻してみせた。計算した上での優位を挽回されたバーバラがコクピット・ブースで冷静に相手を評してみせる。

「対戦相手の評価を修正。銃には慣れていなくてもロケット・ブローはさにあらず」
「誰にでも相性のいい武器ってあるらしいわね」

 やはり冗談めかして聞こえるやり取りだが、バーバラもシャルロットも状況を正確に分析した上で近接戦闘に切り替えた。得意のスナイピングを平然と捨ててフレイムフォースで攻撃、再び火線を巻き付けられると危機を察したDice-travelerが即応して急速離脱を図る。これで相手が喜んで狙撃間合いに入る瞬間に砲撃、セーリングミサイルを正確に命中させるとDice-travelerが機動停止。接戦から僅かな経験の差で振り切られるが、単なる無茶ぶり企画のはずが予想外の健闘を見せた塩追津みひろの思わぬ才能が発見されて、番組的にはおいしい結果になった。

「いえ!あたしアイドルですから!パイロットじゃないから!」

短評)一回戦では攻撃力が足りなかったDice-travelerだが、ロケット・ブローが使える遠距離の撃ち合いではたびたび優位に立っていた。逆に近距離ではフレイムフォースに削られる展開になったのは描写の通り。Dice-travelerは全距離に向いた装備があれば化けるかもしれないがつまりサイコロ運が。

迦陵頻伽(20分機動停止)Dice-traveler 5vs-1


VIRTUAL STRIKE BACK IX Bブロック準決勝 オーガイザー vs 聖人
 優勝決定戦進出への残る一枠を争うのはオーガイザーと聖人の両機。どちらも近接格闘戦を主にする機体だがオーガイザーは装甲を重視した正面からの殴り合いを、聖人はSPTの爆発力を活かした一撃必殺を狙う、筈なのだが対戦の直前、チーム龍波のメカニックである紅刃は弟に黙ってこっそりと機体の設定データに手を加えるとオペレータAIの鬼刃に指示を与えていた。弟が彼女をどれだけ恐れているかはともかく、彼女自身は良心的なメカニックとして勝つために必要な作戦を考えなければならない。

「むしろ弟は男とやらにこだわりすぎですわ」

 その気持ちは分からなくもないというよりもはっきりいって分からないが、勝ち負けすら度外視して堂々と戦うことが正しいとは彼女には思えない。勝ち負けを重視した上で堂々と戦えばそれでいい筈なのだが、いずれにせよ姉としてメカニックとして無頼兄を補佐するのは間違っていない筈である。緊急システムが起動したときのSPTの破壊力は常軌を逸していて、魂鋼に頼って真っ向勝負で受け切るなど正気の沙汰ではなかった。
 はたして両機が至近距離で対峙、オーガイザーのガイ・スゥオーードと聖人の救済が正面から斬り合うが、通常時でも高出力を維持している聖人の一撃は恐るべきことに緊急システムを起動させずともオーガイザーに匹敵する。このまま削り合いになれば最後には押し切られることは無頼兄にもすぐに理解できたが、ではどうするかといえば彼には正々堂々戦う以外の選択肢は存在しない。だがここで反応したオペレータAI・鬼刃が中間距離まで後退する行動曲線を無頼兄に提示すると、紅刃が搭載させていた飛燕鞭の使用を促した。相棒の意外な要求に無頼兄が問いかける。

「鬼刃!?俺にこれを使えと言うのか」
「戦いは男だが玉砕は男ではない、お前はどちらだ」

 鬼刃であれば無頼兄をいい感じに説得する言葉を選ぶことができる。紅刃が考えていた通り中間距離を選択したオーガイザーだが、実は一方的に攻撃できるこの距離を選択してようやく戦況を五分にできるのが正直なところだった。緊急システム起動後のSPTが厄介なのは爆発的な破壊力だけではなく、高出力により加速性能も上がるから中間距離を保つことも難しくなる。つまりそれまでにどれだけ優位に立てるかがオーガイザーの勝機なのだ。
 宙空を切って伸びる飛燕鞭は呼んで字のごとく、直線的に伸びた鞭の先端がまるで空を飛ぶツバメのように鋭角的に軌道を変えると聖人に襲いかかる。もともと機体性能のすべてを加速と格闘に費やしている聖人にはこれを防ぐ術がなく、接近戦を図る以外に選択肢はないがオーガイザーはそこをガイ・スゥオーードで待ち構えることができた。重い鋼剣の一撃が連続して命中し、これで聖人の緊急システムが起動するとコクピットのフランシスに直結式AIがダウンロードされる。

「悪くないわ、あとは期待に応えるのがあたしの仕事ね!」

 フランシスの瞳孔が開いて彼女の唇からヨハンナ=フランシスが現れる。同時に吊られた人形めいた機体が、全身を蒼い光に包まれたまま両腕から伸びるエネルギーの塊で斬りかかった。オーガイザーも受けながらガイ・スゥオーードで斬りつけると相打ち、これまでに蓄積した損害だけこの時点での損傷率はほぼ互角になる。聖人の破壊力とオーガイザーの装甲を考えれば、単純に次の一撃を命中させた者が勝利を手に入れるだろう。

「ガァイ・スゥオーード!」
「お生憎様!その剣ごとへし折ってやるわ」

 真正面からの斬り合いで救済を命中させた聖人が一撃勝負を制してオーガイザーを撃破。チーム・ピットがVRS大会では二度目となる優勝決定戦に駒を進める。

短評)ナビゲートによる中間距離での飛燕鞭で優位に立っていたオーガイザーだが、やはりVMーAX後の破壊力で聖人に逆転負け。それでも近距離での攻撃力か防御力があと一歩及べば結果は変わったかもしれず、戦術のバランスも悪く無かった印象。

聖人(10分機動停止)オーガイザー 10vs-3


VIRTUAL STRIKE BACK IX 決勝戦 迦陵頻伽vs聖人
photo photo  チーム・レギオン、迦陵頻伽は軽量機で装備を全距離に対応しつつ、優位な距離確保を図りながら移動射撃を命中させるコンセプトの機体である。難度の高い戦術をパイロットとオペレータの適正で補うのが彼女たちのスタイルで、その実力を充分に発揮してここまで駒を進めている。対するチーム・ピットはSPTの特性を最大限に活かした一撃必殺の機体であり、直結式AIを使用してパイロットを機体に合わせるのが彼らのコンセプトだった。

「ハイ、マイ・フレンズ・バーバラ・&・シャルロット。機体の調整は万全よ、そろそろ準備はいいかしら?」
「あら仮想空間でもセッティングは大変らしいわね、こちらの準備はとっくに万全ですもの」

 今回はメカニックに専念しているアンジェラに、シャルロットがどこか皮肉っぽい声を返している。戦績は上位で安定しているが、大会で優勝経験があるのはアンジェラだけであることを思えば対抗心のようなものはあるのかもしれない。
 SPTを相手にして理想的な展開は戦況を膠着させて時間を引き延ばしながら、緊急システムが起動したら短期決戦で仕留める。もちろんそう上手く行くものではないが、最悪は先制されて挽回するための削り合いに引きずり込まれることだった。だが開始早々、至近距離から急襲を図る聖人の救済を直撃されて迦陵頻伽が後手を踏まされる。チーム・ピットにすれば相手の思惑に乗る必要はなかった。

「フランシスは立場を弁えているようだな」

 モニタに映し出される戦況を見遣りながら、ウォルフガング卿が頷く。緊急システムの投入をコントロールできなかった前任のパイロットに比べて、フランシスは機械的に指示に従い不安定な要素が少ない。直結式AIは人間の潜在能力を具現化するシステムだと彼は考えているが、そのために人間的な情感を否定することに彼は疑問を抱いてはいなかった。
 先制された迦陵頻伽はバスターフォースの弾幕を張ると、セーリングミサイルを撃ち放つが聖人は受難で迎撃と反撃を同時に行ってみせる。再接近に弾幕を浴びせられて被弾するが、こと積極攻勢に限定すれば難度の高い戦術を実行してのける才能はフランシスのそれも対戦相手に劣っていない。再びセーリングミサイルと受難が相打ち、あろうことかここまで聖人が迦陵頻伽を圧倒する勢いで優位に立っている。

「この状況は想定通りと言えると思う?フレンド・シャルロット」
「想定した中ではルーレットの目は最悪ね、でも貴女が苦戦することも想定はしていたのよ」

 ここでも冗談に冗談が返されるが、多少やり取りが険悪に聞こえなくもない。悪態をつくべき相手がオペレータならばそれは後でいいと、冷静に中間距離を図ったバーバラはバスターフォースを発射、これを全弾命中させると受難の雨をかいくぐりながらセーリングミサイルを命中。これで一気に戦況を戻すが同時に聖人の緊急システムが起動してコクピット・ブースにヨハンナ=フランシスが姿を現した。

「待たせたかしら!フランシス、あとは任せなさいな!」

 機体が蒼い輝きに包まれると同時に時空跳躍、聖人が至近距離に現れるが迦陵頻伽はフレイムフォースを合わせて迎撃する。相手の得意距離に罠を置く戦術は準決勝で効果を実証済みで、火線を巻き付けたまま後退して弾幕を張るが聖人は構わず加速して接近、救済を直撃させて迦陵頻伽を追い詰める。あと一撃を受ければ確実に装甲を破壊される、ならばすべて避けてみせるしかミッション・コンプリートする方法はない。

 14分、接近する聖人にフレイムフォースを命中、火線を巻き付ける。
 15分、救済を回避してみせると火線で累積ダメージ。
 16分、再び回避行動を成功させて戦況を互角に戻す。
 17分、このタイミングで後退、弾幕を張って聖人の攻撃を遮断。
 18分、聖人が移動攻撃を試みるが命中せず。
 19分、救済の一撃を回避すると、火線が聖人の装甲を焼き切って遂に起動停止させる。

 芸術的なタイミングでの移動と弾幕の展開を併せて、聖人の攻撃をすべて封じてみせたバーバラが逆転に成功、チームでは三度目、彼女自身としては初めてになるVRSでの優勝を決めてみせた。

「Okay、ミッション・コンプリート」

迦陵頻伽(19分機動停止)聖人 4vs0 ※迦陵頻伽が優勝

−結果&総評−

 これまでパイロット・アンジェラでしか優勝していなかったレギオンがバーバラで優勝。とはいえ他のパイロットでも準優勝はしていたのですから安定した実力はさすがです。決勝戦でVMーAX起動後の聖人を相手に逆転してみせた展開は30%の回避行動が絶妙なタイミングで発生して、バランス型機体の妙を見せてくれました。個人的なベストバウトもこの決勝戦。
 リーグ本戦でも好成績を残した聖人がトーナメントでも力を発揮していましたが、弱点を承知で弱点を上回る破壊力は対戦相手には恐ろしいことこの上ないと思います。今回は新鋭ベル・グラノさんが交通事故の餌食になりましたが、攻撃型はSPTが相手でも真っ向勝負になりますから赤信号を渡った上での事故かもしれません。
 新規参戦、HDYLWはバランス機体にバランス装備でパイロットと機体の相性も悪くありませんでしたが、攻撃の精度に難があったので移動よりも攻撃にシフトするか、あるいは多弾頭攻撃で数撃って当ててみるのも手かもしれません。VRSは本戦のテスト用の側面もありますので、ぜひとも弱点を解消またはストロングポイントを強化しての参戦をお待ちしております。
ー順位ー機体名ーーーーーーーー機体ーパイロットーーーーーーーオペレーターーーーーーーメカニックーーーーーー
 優勝 迦陵頻伽       斑鳩 バーバラ・R・O    シャルロット・RO   アンジェラ・RO 
 2位 聖人         SP フランシス=ヨハンネ  ヨハンネ=フランシス  ウォルフガング卿 
 3位 オーガイザー     ドラ 無頼兄・龍波      AI・鬼刃       紅刃・龍波    
 3位 ダイス・トラベラー  ドラ 塩追津みひろ      不治村P        熟死野D     
 5位 アナザーバイソン2  イプ ベル・グラノ      マック・ザクレス    ザム・ドック   
 5位 帰マスターサーロイン セブ 牛山信行        天宮あてな       仔羊徳兵衛    
 5位 名状しがたきボールの イプ 神代進         超能力イルカフリッパー 伝説の船大工源さん
 5位 バラクーダ      斑鳩 ネス・フェザード    カーネル        ロブ       

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