リプレイ第1回 −追跡者たち(前編)−
正義と秩序の神ファリスを信奉する神官戦士クロマ。
魔術師にして野戦の専門家であるザイード。
旅の吟遊詩人であり精霊使いでもあるターナ。
戦槌を背負う頑健な大地の妖精族ファラ。
そして寡黙な半妖精の盗賊ミステル。
これは彼ら五人の冒険者たちによる物語である。
クロマ「やっぱり前衛が不安なんでチェインメイル装備した方がいいですかね?」
ファラ「良かったらお金貸しましょうか?でもちゃんと返して下さいね」
クロマ「もちろんです。返すまで貴女の従者としてこき使って下さい」
キャラクター作成時にハードレザー製の鎧を買っていたクロマですが、わざわざそれを下取り(買値の半額)に出してまで頑丈な鎖かたびらに買い換えました。ずいぶんもったいない話ですが、前衛役の防御力を上げること自体は賢明な判断と言えなくもありません。もっとも実際はパーティ内で金の貸し借りをすることで早々にキャラクター同士の関係を作ろうというのが目的なのでしょう。このやり取りによって、クロマとファラは冒険を始める前に主従関係であったという役割を演じることができる訳です(余談ですがこの日はターナのプレイヤーが欠席しており、初回から人数を欠いてのセッションとなっています)。
GM「それじゃあ始めようか。舞台はオランとブラードの間にある町、名前はトヘロース…いや、トゥヘロースにしておこう。君達は『巨大なハゲワシ亭』という店の一角にたむろしている。みんな知り合っている事にしておいてね」
酒場と宿場を兼ねたような店内は静かで平穏そのものといった様子であったが、そこに集まっている五人の男女の様子は平穏にむしろ不満げな様子すら窺わせている。危険を買うことが商売ともいえる冒険者にとって平穏は必ずしも歓迎すべき状態ではないが、だからこそ彼らが無頼漢として人々に敬遠される理由ともなっていた。大陸最大の都市と呼ばれているオランまで赴けば彼らが望む危難や騒乱の種は多く転がっているであろうが、中途の街道沿いにある町ともなればこうした安穏とした日常も珍しくはあるまい。
オランまでの道程は五日。もともと旅支度は整っているとはいえ、敢えて急ぐべき理由もなく時間を持て余していた流れ者たちの前に二枚の書き付けが差し出された。店の主人にしてみれば荒事に向いた客に仕事を案内することによって、仲介料を得ることができると考えているのだろう。好奇心を隠せない様子で、狩人の娘と若い神官がそれぞれ書き付けの一枚に手を伸ばす。
ザイード「『人を探して欲しい。高給保証、但し秘密は厳守の事』依頼人の名前はレイコフ」
クロマ「『オランまで物運びの護衛、食費経費別途支給』ですが報酬はちと安いですね。依頼人はノエルさん、と」
ファラ「人探しに秘密厳守ってなんか怪しいですね。護衛に一票入れます」
クロマ「御意。ご主人の意見に従います」
依頼人は四十歳を過ぎたくらい。長髭で人の好さそうな様子をした旅の商人で、手指にはめられた不自然に大きな指輪が印象に残る。一見穏やかに見えても冒険者たちを値踏みする目が決して甘いものではないのは、商人であれば不思議なことではないだろう。傍らにはグラックスと名乗る大柄な人物が控えており、こちらは厳しいというよりも険しい目つきで一行の様子を見回している。胡散臭げな連中が胡散臭げな視線で見られることには慣れているが、正直あまり気持ちが良いものではない。聞いた話では護衛を雇うように提案をしたのはこのグラックスという男らしく、街道の旅に警戒が過ぎるのではないかと思わなかったといえば嘘になるが、一行は護衛の依頼を受けることを了承する。
◇
依頼人が雇い人を吟味するのは当然ですが、雇われる側も素性の分からない依頼とあれば手をこまねいてしまうのも当然です。護衛の内容は二日後の朝に出発してオランまでの道程、道中の食費は支給しますが出発までの食費や宿代は無し、前金無しで特別報酬無しといういささか厳しい条件です。金額の多少よりもむしろ条件にケチくささを感じてしまう内容ですが、オランまでの小遣い稼ぎ程度のつもりで引き受けてやろうかというのが一行の本音でしょうか。前金無しという条件は依頼としては誠実さに欠けるように思えなくもありませんが、受ける側としてはキャンセルして断ることもしやすい訳です。
ちなみに出発までの二日の間、借金のあるクロマは皿洗いをして宿代を浮かせようとしています(幸い皿も割らずに済みました)。ザイードはもう一方の人探しの依頼を一緒に受けることを提案しますが、これは他のメンバーに却下されました。二日後に町を出発する予定を控えた身で、人探しをしようというのはさすがに忙しない話ですしもともと胡散臭さを嫌った依頼でもあります。
GM「それじゃあ依頼の当日になった。規模は乗用の馬車が一台に荷馬車が一台、中身は羊毛がメインということだ。で、いよいよ出発という直前になってノエルさんは二人ほど同行者が増えたことを君たちに言ってくるよ」
クロマ「はあ。ずいぶん唐突ですな」
紹介された二人組はどちらも二十代くらいの男女で、派手な容姿をした女性はシェリナと名乗り痩せ気味の男性はロイドと名乗るがどうやら訳ありの二人らしく、あまり多くを語ろうとはしない。雇い主が好意で同行させるとあって拒否をする訳にもいかず、一行は朝日を背にして馬車を歩かせるが天気ほどに陽気な旅にはなりそうにもなかった。街道を続く石畳に轍の音を響かせながら、小さな町の姿が背後で更に小さくなっていく。
街道を進む馬車の周囲を、五人の冒険者たちが囲うようにして一行はゆっくりとした歩みを進めている。馬車の速度は人の歩みと比べても速いものではなく、道中は一見して気楽なもので街道の往来には危難の素振りすら窺うことはできない。左手には海岸線が、右手には稜々たる山峰が横たわっているその風景だけは彼らの短い旅を楽しませてくれている。依頼主はほとんどを馬車の幌の中で過ごしているが、時折外に顔を出しては見栄えのしない景色をそれでも楽しんではいるようだ。ふと、商人があの無闇に大きな指輪を今は身に付けていないことに気が付く。どうやら人と会うときを除けば指輪をしまい込んでいるらしい。
◇
随員増が一行に歓迎されなかったことは仕方のないことでしょう。彼らにすれば護衛の対象が増える訳で、同じ報酬で余計な面倒ごとを喜ぶ理由はありません。もちろん、依頼自体の条件の厳しさや話の唐突さが敬遠される理由になっていることも無論です。気分が良いとは言えないが非難の声を上げるほどではない、実に微妙な感覚を伴う旅の一日目は何ごともなく過ぎましたが事件は二日目の夜に起きました。
GM「時間は宵の口、一直目だから見張りはミステルとターナだね(危険感知の判定を行う)。ミステルは何者かの襲撃に気が付いた。武装した五人ほどの連中が馬車に近付いてきているよ」
ザイード「ぐーぐー寝てます」
ミステル「ファラとクロマを起こす。もう一人はキセルで小突きます」
ザイード「痛ーい」
身を起こしたクロマは暗闇に向けて誰何の声を放つが、襲撃者たちは無言で迫り来ると武器を構えて突進してくる。戦士らしい三人の男が駆け足で近付きつつ、後方では魔法使いらしい女性が呪文の詠唱を始めており、もう一人の小柄な姿は闇の中に姿を消した。迎え討つ冒険者側は重い戦槌を構えたファラの横に槌矛と盾を構えたクロマが並んで前進し、ザイードとターナの二人が呪文の詠唱を始めている。ミステルの姿もいつの間にか闇に溶け込むように消えていた。
先手を取って呪文を完成させたのはターナである。左手に長槍を構え、右手が踊るように複雑な軌跡を描くと彼女の呼び掛けを聞いた地の精霊ノームが地面を隆起させて駆け寄る戦士の一人を転倒させる。ミステルは姿を消した男が荷馬車に向かうだろうと考えてそちらへ足を向けた。
ザイード「えーと。何すればいいですか?」
ミステル「相手の魔術師に『眠りの雲』。仲間が離れてるから眠れば起きてこない筈」
ザイードが呪文を唱えると白い煙めいた雲が立ち上り、魔法使いの女は眠りに誘われて崩れるように倒れてしまう。同時に唱えられていた呪文がザイードの周囲に同じ様な煙を立ち上らせるが、弓と杖を持つ娘はこれを堪えてみせた。戦士たちは互いに一対一で襲撃者を相手どるが、クロマが振り下ろした槌矛の一撃は空しくかわされてしまう。その傍らではファラが襲撃者の刃に傷を受けながら、怯む様子もなく豪快に振り上げた戦槌を突き立てて一撃で相手を半死半生に追い込んだ。更に馬車の周囲に視線を配っていたミステルは、夜陰にまぎれようとしていた小柄な男の姿を見付け出す。
密やかな接近を見破られた小柄な男は全速力で荷馬車に走るが、ミステルは躊躇せずに背中に向けて二本の短刀を投げつける。正確な投射が二本とも突き刺さって小男が身をよじらせると、ザイードが詠唱していた『魔法の矢』の呪文が放たれてこれも命中、瞬く間に瀕死に近い状態となる。不利を悟った襲撃者だが戦士の二人は仲間を助けるべく殴り掛かり、ファラとクロマに傷を負わせるが鎖かたびらが辛うじて致命傷を阻んだ。クロマは『癒し』の祈りに集中し、範囲を拡大して自分とドワーフ女の傷を同時に癒す。助けを得たファラが大振りに振り下ろした戦槌の一撃が再び深々と命中、体力に勝る筈の戦士をわずか二発で倒してしまった。
クロマ「さすがご主人様…(圧倒されている)」
ファラ「まぐれですよ」
ターナが更に『転倒』で戦士を地に転げさせると戦況はほぼ一方的になるが、襲撃のどさくさの中で荷馬車からロイドとシェリナの二人が飛び出すと街道を必死の様子で駆けていった。それを追うように小柄な姿も走ろうとするが傷のせいか足取りの重さは隠せない。ミステルは眠らせていた魔法使いに近寄ると、短刀を突きつけながら他の襲撃者に「フリーズ(動くな)」の警告を発する。その間に杖から持ち換えていたザイードの長弓が放たれると小男の背を射抜き息の根を止めてしまった。
こうなれば襲撃者に勝ち目はなく、降伏を申し入れるが唐突に逃げ出したロイドとシェリナの二人の行方は知れず、そのまま姿を消してしまっていた。
◇
捕まえた襲撃者を囲んだ一行は事情を聞きますが、彼らが言うには行方不明となっていた貴族の一子であるロイドを救出するために襲い掛かったということでした。『巨大なハゲワシ亭』のもう一つの依頼である、人探しの目的が逃げた二人であったようです。クロマやミステルが必要以上に誰何や降伏勧告を行った理由もおよその見当をつけていたからでしょうが、彼らの「怪しい依頼」の推測は見事に的中していた訳です。
これで護衛としては襲撃者を撃退した、ことになる筈ですが馬車の奧から騒ぐ声に一行は呼び出されました。逃げた二人がノエルの荷物から大事な指輪を盗み出した、ということで騒動になっているようです。依頼主は激昂してわめきたてていますが、盗まれた指輪の正体という話になると急に口をつぐんでしまい、貴重な魔法の指輪だと言うばかりで詳しいことを話そうとはしません。
GM「ノエルさんは君たちに指輪を取り戻して来いと言ってるけど」
クロマ「別報酬を頂けるなら考えますが」
GM「人間と荷物を守るのが護衛の役目だろう、と言ってるよ」
クロマ「ご冗談を。内部犯の所行まで我々の責任にされたのではたまりません」
ファリス神官としてはあまりに問題のある発言ですが、クロマとしても本気で盗みを放置するつもりはないでしょう(多分)。前金無しで報酬の当てが無い事情を思えば、タダ働きをしたくないというのが本音のようです。
ミステル「どうせオラン方面に逃げたんだし、朝を待って追うことにしますか。その間に降伏した連中を縛り上げて事情を聞いておきましょう」
クロマ「死んだ連中の埋葬を手伝います。次の人生ではファリスの教えを忘れないようにと祈りましょう」
冒険者はしょせんは無頼漢でしかない。荷馬車に襲いかかって撃退された挙げ句に仲間を埋葬するしかできない、気の毒な姿に哀れみを覚えるのは自分の姿を重ねたせいだろうか。埋葬を手伝いながらファリス神への祈りを捧げる若い神官の声や、精霊使いの女が奏でる鎮魂歌の調べもどこか白々しく感じられていた。
日が上るのを待って襲撃を受けた後始末を終えると、一行の馬車は街道を急ぐ。逃げた二人の行方をすれ違う旅人や商人に尋ねながら、ゆるやかな街道に轍の音が響いているが馬車の奧で依頼人の不機嫌な様子は消える素振りがなかった。消えた指輪がそれほど大切なものであったのか、冒険者に対する不信が消えないのか、あるいはその双方であったかもしれない。幸運と契約、公正な商売を司るチャ・ザの聖印が商人の胸に揺れている様子がことさら皮肉に見えなくもなかった。やがて行き違った旅人から、それらしい二人組が間道を森に入ったらしい話を聞く。確かにその場所には茂みを踏み分けるように続く細い道が延びていた。
野外に慣れているザイードとミステルが様子を探る間に、馬車は先に進んで野営をしておくことに決める。周囲に気を配りながら、二人が間道を奧まで踏み入れるとさほど行かない先に小さな屋敷程度の石造りの建物を見付ける。いったんザイードが見張りに残り、ミステルは荷馬車に合流すると様子を報告した。
クロマ「これは依頼人に決めてもらいましょう。まずは護衛を優先してオランに行くか、それとも指輪を取り返しに行くか」
ミステル「私らには指輪の価値が分からんのです。もともと依頼は馬車の護衛ですからな」
未だに前金も無く報酬の確約も無い状態では、これ以上の押し付けはそろそろ限界に近いでしょう。目的地のオランまではまだ数日以上の道のりがあり、護衛を優先すればいったん指輪は諦めざるを得ません。クロマの発言は無責任に聞こえなくもありませんが、彼らにすればオランに着いた後で改めて逃げた二人を追いかける、とした方がより安全だろうという訳です。ですが依頼人は頑として指輪を取り戻に行くことを譲りませんでした。
結局、結果の如何に関わらず朝までには戻るという条件で指輪の形状だけを聞き出すと、一行は問題の建物へと向かうことになりました。取り戻して来いと言いながらも外見を教えることすら渋っていた依頼人の様子にますます首を傾げますが、それでも日が落ちた森に一行は慎重に立ち入ります。夜目が効くファラやターナに先導をさせながら遅々とした歩みを進めますが、建物自体はそれほど奥まった場所にある訳ではありません。石造りの建物は三階建て程度の高さで、一見して正面と通用口の二つの入り口が設けられています。
ザイード「先に通用口に回って『施錠』の呪文をかけときます」
明かりは月明かり程度、細かい作業をするのでなければ辛うじて見えるということで一行は宵闇の中で動いています。逃げられる可能性を減らすために、少しでも気付かれるのは遅い方がいいという判断でしょう。
隠れるなら上の階にいるだろうと当たりをつけた一行は、襲撃の準備を整えると逃亡を防ぐために正面から早々と突入します。うっすらと埃の積もった廊下でようやく灯した明かりを手に、足跡を追うようにして一気に最上階まで駆け上がりました。足跡が消えている扉の向こうには確かに人の気配が感じられます。どうやら目指す二人を追い詰めたようですが扉には魔法で鍵がかけられており、ザイードが『解錠』の呪文を試みますが達成値が足りずに失敗します。
ファラ「おもむろにマトックで扉を壊し始めます」
クロマ「扉を殴りながら叫びましょう。『ロイドとシェリナだな!隠れているなら出てこい!』」
戦士二人が手にしている武器はちょうど扉を破るのに向いた戦槌と槌矛です。強行な様子に驚いた風で、扉の向こうから聞き覚えのある男女の声が返ってきました。『施錠』されている扉を見れば相手も魔法を使えるのでしょうが人数は所詮二人、魔法使いであれば防具は不充分に違いありませんからクロマとファラで集中攻撃をすれば倒せない相手とは思えません。もちろん可能であれば戦いを回避するに越したことはなく扉越しの交渉が始まります。
ザイード「私たちは指輪を返してもらえればそれでいいのよね?」
GM「彼らはどうしてもこの指輪が必要なんだと言ってるが」
クロマ「人の荷物を勝手に持ち出すのは邪悪な行為ですぞ」
とはいえ状況が立てこもった側に不利であることはロイドもシェリナも承知しています。ファラの渾身の一撃で扉に小さな穴が開くと、そこから指輪を差し出せば二人を捕まえはしないという条件で双方は妥協することになりました。『真実の指輪』と刻印されたそれは宝石細工の心得があるファラの目には大した価値があるようには見えませんでしたが、指輪の外見と、それが確かにノエルの持ち物であるらしい魔法の品であることを確認します。一行は約束した通りに扉を離れると建物を後にしました(犯罪者を見逃すことはクロマの教義からすると問題ではないか?)。
ザイード「二人の素性とか聞かなくて良かったんですか?」
ミステル「余計な詮索はせん方がいいでしょう。厄介事が増えるだけです」
夜明けにはまだ早い時間、街道に戻った一行の目に映ったのは中空に上る煙と火の手だった。もしやと駆け付けた先、先程まで野営が行われていた場所には数日の間見慣れていた馬車の残骸と物言わぬ複数の屍が横たわっているだった。依頼主のノエルとその従者、捕まえて縛り上げられていた襲撃者たちも区別無く切り刻まれている、無惨な骸は襲撃者の去った街道の彼方を指しているように見える。残念ながら、商人の胸に下げられている幸運の神の聖印は誰に恩恵をもたらすこともなかったようだ。
ミステル「やれやれ、厄介事が増えましたな」
クロマ「報酬の当てが無くなりましたか。まさか街道の旅で二度も弔いをすることになるとは…」
疲れたように首を振りながら、わずかに残る足跡を見るに襲撃者は数人いたらしく、襲撃を果たした後でオランの方角に去っていったようだ。平穏な筈の街道に再び神官の祈りと鎮魂歌の旋律が流れる中で、昇る日がちょうど彼らが夜を過ごした森の一角から現れる。
ザイード「この指輪持ってたくないなあ…ファラさん持ちませんか?」
ファラ「遠慮しておきます」
指輪の表面に掘られている『真実』の文字。はたして、それが如何なる真実を示すことになるのかまだ誰にも見えてはいない。
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