リプレイ第2回 −追跡者たち(後編)−
前回の冒険で得た経験点で、一行はそれぞれ技能を上昇させました。ファラは戦士、ターナは精霊使い、クロマは神官を、そしてミステルは盗賊の技能をそれぞれ上げていますがザイードは魔法使いの技能を上げるために今回は経験点を温存しています。使い勝手のよい精霊魔法が増えたターナの戦力増が大きい一方で、直接戦闘力の不足を思えばクロマは戦士技能を上げた方が得策だったかもしれません。
クロマ「不幸な亡骸を埋葬したことで神官としての経験を積んだ訳です」
ファリスの神官を自認するならもう少し微妙な言動は慎んだ方がいいと思うぞ。
◇
気がつけば陽光は頭上高くから差し込んでいる。かつては馬車であった残骸からわずかにくすぶっていた、細い煙の筋も今はもう見ることができない。残骸よりもむしろ不本意な記憶を背に残しつつ、一行はオランの都に向かう街道を歩いていた。幾度かの日が巡る旅は平穏そのものだが、街道で荷馬車が襲われたという噂はすでに彼らの足を追い越して目指す都にも伝わっているらしい。どこか、行き交う人の姿にごくわずかな不安めいた様子が見えるのは気のせいであったろうか。
視線の先にようやくオランを囲う長い塁壁が見えて、たどり着いた入り口で門衛に呼び止められる。形式的な言葉のやり取りを交わすが彼らが街道の襲撃に合った当事者であるという事情は相手も心得ているようだ。すでに調査に人が向けられてもいるらしい。
ミステル「襲撃の話は正直に伝えておきます。何か情報が入るかもしれませんからな」
GM「衛視は君たちの泊まる宿を聞いてくるよ」
特に決めてはいないとミステルが言うと、衛視はそれならばと冒険者の店を兼ねた宿を案内する。聞かされていた通りを歩いていくと様々な商店や酒場が賑やかに立ち並んでいる一角に目指す場所を見つけ出した。下げられている看板には『偉大なハゲタカ亭』という文字が刻まれている。
ファラ「どこかで聞いた名前ですね」
ちなみに一行が先日訪れている『巨大なハゲワシ亭』は姉妹店で、双子の兄弟が運営していますが今回のシナリオには何の関係もありません。一行は店の主人を捕まえると早速、手っ取り早く金を稼げる方法はないだろうかと持ちかけます。先の依頼ではけっきょく銀貨一枚の報酬すら得ておらず、当座の生活費だけでも工面しようと考えるのは当然でしょう。吟遊詩人の技能を持っているターナは路上に出て竪琴を鳴らし、少しでも宿代を浮かそうと試みています。
ターナ「鎮魂歌奏でるよりは辛気臭くないでしょう」
ターナの歌がそれなりに人を集めている間、仕事を探していた一行に店の主人は一人の雑貨商を紹介します。ホウと名乗る商人が言うには最近死亡した父親の遺品を調べているうちに、とある屋敷の鍵と権利書を見付けたということでした。それほど報酬が払える訳ではないが、一応何があるかも分からないから同行してくれるとありがたいとの話です。法律や契約ごとがどこまで拘束力を持つか、怪しい世界であれば放置されていた屋敷に何が住み着いていないとも限らないでしょう。
クロマ「では必要経費込みで危険手当は別でどうですか?お安くしておきますよ」
正義の神よりも商売の神を思わせるやり取りの末、依頼を受けた一行はオランから一日も離れていない、建物が点在する地域へと足を運ぶ。件の屋敷はそれなりに大きいが豪壮というほどではなく、数年以上放置されていた程度には寂れているが充分に使えそうな様子をしていた。幸い、依頼人が心配していたように見知らぬ者が住み着いたり中を荒らしたりしているような素振りもなく、部屋を一つずつ丹念に回っていく。古びた鍵穴はきしんだ音を立てるものも多く、あそことここは直す必要があるなどと話しながら何の問題もなく屋敷の探索を終えた。奥まった書庫に古代王国期の文献が見付かったこともあり、遺品としては思わぬ掘り出し物であったろう。満足した依頼人が当初の予定よりも多い報酬を用意したほどである。
GM「そんな訳でここまでが今回の導入になる訳だが、君たちがオランに来てから2、3日が過ぎている。当座の生活費も手に入ってゆっくり休んでいた翌朝『偉大なハゲタカ亭』の外で騒ぎ声が聞こえてきた。そうだな、ちょうどみんな起き出して一階で食事をしていた頃だね。何だろうと思った君たちの前に店の入り口を開けてオランの官憲たちが数人飛び込んでくる」
ミステル「ふむ、成る程(だいたい予想がついている)」
GM「官憲は『ロイド氏の件で話を聞きたい』と言っている。どうも断れそうな雰囲気ではないね」
一行が連れられて行った先、詰め所にいたのは凛とした雰囲気をした妙齢の女性だった。胸に下げている聖印がクロマが身に付けているものと同じ図案をしていることに気付く。充分に美人と呼べる容姿をしてはいるが、剣呑な表情を見るにどうやら快い話をするために呼んだ訳ではなさそうだ。案内された部屋も周囲を厚そうな壁に囲われた窓の無い一室で、一つしかない入り口の左右には衛視が立っている。どう見ても任意同行ではなく連行だ。
話によれば一行が先の街道の旅で出会ったロイドという男には、妻であるリリーナから捜索の依頼が出ていたらしい。彼らが一緒にいたことは街道で目撃されているし証言もある、しかも馬車は襲撃によって壊滅し、他に関係者がいないこともあって官憲としては彼らがロイドを連れ出して逃がした挙げ句に荷馬車の人々を殺したのだ、ということにしてしまいたいようだ。無論、そこまで露骨に言明はしないが言葉の端々には冒険者たちに責任をなすりつけたい様子が見える。
ザイード「だめじゃん(さすがに怒っている)」
クロマ「無実の罪で人を裁くのは邪悪だと思わんのですか?」
GM「オラン内部のもめ事を解決するのは官憲の正義だと思わないかい?」
ファラ「事無かれ主義なんですね」
譲歩の様子をまったく見せる様子がない女神官と官憲の態度に、このまま話してもらちが開かないと判断した一行は当のリリーナを呼んでもらおうと試みます。もちろん彼ら自身は犯人ではないのですから、自信のある態度は分かりますが相手に道理が通じない以上はこのまま押し問答を続けても不毛なやり取りにしかなりません。とはいえ、本音のところではリリーナと直接交渉をすることによってロイドを捜索する依頼として報酬の当てを得ようというのが正直なところだったようです(ちなみに余談ですが女神官とオラン官憲の捜査能力は神○川県警程度、というのはGM談による証言です)。
官憲は相当渋りましたが、強引に押し切った冒険者の前に数時間ほどして姿を現したのはそれなりの気品と気の強さを窺わせる女性と穏やかそうな初老の男性の二人でした。女性はロイドの妻であるリリーナであり初老の男性は執事であるレイコフ、先の人探しを依頼していた者の名前です。新興ながらオランでも有数の豪商であるというリリーナは官憲よりもよほど柔軟な思考を持っているらしく、交渉も早々に進み一行はロイドの捜索を彼女からの依頼として取り付けることに成功しました。
クロマ「『偉大なハゲワシ亭』を仲介してもらえば官憲に踏み込まれた店へのお詫びになりますかな」
一度は別れた青年の後を追うために、一行は荷物をまとめると宿を出るが現状では何しろ情報が少ないだろう。官憲の情報が当てにならないことは充分に理解したばかりであり、彼らは依頼人からロイドの話を聞くがロイド自身は娘婿でしかなく妻に頭が上がらないこと、シェリナはロイドが商会の用で訪れた旅先の酒場で出会った娘らしいことを教えられる。数人がリリーナとレイコフから事情を聞いている間にミステルは路地裏に足を運ぶと盗賊ギルドの建物を訪れていた。日の当たらない世界に暮らしている人間であれば、彼らならではの情報を持っているかもしれない。
ミステル「先日の馬車襲撃事件と逃げた二人の情報。いい話があれば買いますぞ」
詳しい人間に連絡を取ると聞いて、しばらく町中を回っていると日が沈む頃に情報屋を名乗る男が姿を現した。こうした『商品』が時に高く売れることを知っている者たちは襲撃事件が起きた時点で可能な限りの情報を集めているのだろう。場末の酒場に呼び出された一行はいかにも胡散臭げな小男とテーブルを囲む。ロイドは貿易商ギルドの有力な商人であるリリーナの家に嫁いだ娘婿、シェリナはそれなりに後ろ暗い生活をしているがごくありきたりな女で、どこかの組織や活動とつながりがある様子もないらしい。
馬車の襲撃については大した情報は得られなかったが、死んだノエルは方々で指輪の自慢をしていたそうだ。駆け落ちした挙げ句に路銀の乏しくなった二人が深くも考えずに指輪を盗み出そうとしたのではないか、という想像は成り立たなくもない。もう一つ、シェリナがオランの先、ブラードに近い小さな村の出身であり、そこに向かう間道が先に彼らが立てこもっていた建物のある森から伸びているという。これは調べてみる価値があるだろうかと、クロマは数枚の銀貨を皮袋ごと小男の手に握らせた。
クロマ「こちらが持っているロイドの情報も彼に教えてあげましょう。協力的な方が後の印象もいいですからね」
ザイード「でもなんでファリス神官がこんな交渉やってるの?」
クロマ「これでも傭兵出身ですから(あまり回答になってない)」
オランからブラードの方面に抜ける街道は東門を出て少し進んだ後で大きく右に湾曲し、海岸線を右手に臨むようにして長く伸びている。整備された道は大都市オランから続く石畳が敷かれていて文明の所産を感じさせた。徒歩、あるいは馬車で行き交う人の姿も珍しいものではなく道程はいたって平穏なものになるだろうと思わせていたが、一日を過ぎて二日目の日が落ちた頃、その日は野営をするつもりで準備をしていた一行の耳にどさり、どさりと音が聞こえて二匹の大蛇が姿を現す。
GM「それじゃあこの辺で戦闘にするかな」
ファラ「その『この辺で』ってのは何ですか?」
賢者の技能を持つミステルとザイードが知識判定に成功すると、現れた蛇の正体がバイパー(毒蛇)であることが分かります。気が立っているのか問答無用とばかりに近寄ってくる蛇に向けてまずはターナが『光の精霊』を呼び出すとこれをぶつけました。ザイードも『眠りの雲』の呪文を唱えますがこれは効果が薄く、蛇はどちらも眠りません。魔法使いよりも狩人でありたいという、野性的な彼女は武器を杖から弓に持ち換えます。
ようやく接近して戦士二人の出番とばかり、クロマの槌矛とファラの戦槌が振り下ろされますがこれはどちらも外れ。バイパーはそれぞれかみつきますが鎖かたびらのおかげか、二人ともかすり傷で毒の影響も受けません。ターナは再び『光の精霊』を、今度は二体同時に呼び出してバイパーに深手を負わせます。
クロマ「実は戦闘だとターナが活躍するんですよね」
ターナ「その戦闘自体が少ないです」
ミステルは自分が出るまでもないだろうと静観、ターナはロングスピアを手に戦士たちの加勢に移りますが特に苦労も苦戦もする様子はなくそれから2ラウンドでバイパーは二匹とも倒されてしまいました。一行は戦士二人がかすり傷を負った程度で、特に毒の被害も受けてはいません。戦闘が終わって静かになったところで、一行は唐突に知力で判定をするように告げられます。
GM「じゃあミステルはどこかで誰かに見られているような気がしたけど、それ以上は何も分からなかった」
ミステル「ほお、成る程(何やら予想がついたらしい)」
奇妙な襲撃の後は特に何事もなく、一行は目的の村に到着する。小さな村だけあって聞き込みも難しいものではなく、以前村に暮らしていたシェリナという女性が男を連れて帰ってきた、という話は大抵の村人に聞いて知ることができた。彼らが住んでいる家はそれまで元冒険者をしていた弟が住んでいたもので、今は三人で暮らしているらしい。
◇
一行が押しかけると扉を開いて出てきたのはシェリナの弟であるというアイルが一人。追手が来たことを知った二人は旅支度を揃ると一歩早く逃げ出していた後であり、行く先を教えることをアイルは渋りますが冒険者たちもこれで引き下がる訳にはいきません。駆け落ちの事情とロイドが妻帯者であることを正直に告げるとアイルも同行するという条件で、二人が街道を更に南に逃げたことを伝えます。
レンジャーの心得があるザイードが一足早く先行して街道を急ぎ、他のメンバーが追いかけるという方法で後を追いますが一日ほどしたところでロイドとシェリナの姿を見つけることができました。とはいえ、周囲は遮るものがない街道の一本道であり相手も追手の姿に気が付きます。足を速めたり、人の多い宿場に飛び込んだりとなんとか引き離そうとする二人ですがザイードも見失わないように追跡を続けるとようやく後ろの仲間たちも追い付きました。こうなればこの人数を相手にして逃げ切ることも無理だろうと、ロイドとシェリナは街道沿いの酒場に入り、一行との話し合いに応じることを承知します。
クロマ「基本的にことを荒立てたくはないので…リリーナさんからの言付けで貴方を連れ戻しに来ました、と正直に言いましょう」
GM「『あの女の元にはもう帰りたくないんだ。誰に迷惑をかけるでも無いし、僕たちの勝手じゃないか』とロイドさんは言うよ」
クロマ「少なくとも我々には充分迷惑がかかっています」
GM「『君たちはあの女の事を知らないからそんな事が言えるんだ』」
ファラ「ドロドロの人間関係ですね」
いつものように交渉役を買って出たクロマは、成り行きに辟易しているらしい弟のアイルを懐柔するととにかく一度オランに連れ戻して夫婦を対決させようと試みます。立場なのか性格なのか、奥さんに会えば次は逃げられないだろうと恐れているロイドは頑なに抵抗を続けますが、すでに選択肢がないことも間違いありません。業を煮やしたザイードが優柔不断な男に殴り掛かろうとして、止めに入ったシェリナと女同士の乱闘になる場面もありましたがようやくロイドもオランに帰ることを承知しました。おそらく、最も賢かったのは最後まで静観を決め込んでいたターナとミステルの二人だったでしょう。
ミステル「愚かな…」
こうしてロイドとシェリナ、それにアイルの三人を連れて無事に一行はオランまで戻りました。後は当然、依頼人であるリリーナに彼を引き合わせる必要がありますが、クロマはロイドを連れ帰ったことを官憲に報告する必要があるだろうと言うとアイルを連れて姿を消してしまいました(ファラ「逃げましたね」)。屋敷では一行の到着を聞いていたリリーナが執事を従えて待っており、戻ってきた一行に謝礼を述べて報酬を約束すると、背後で縮こまっているロイドに向けてことさらゆっくりと向きなおります。
GM「リリーナさんはにっこり笑って『お帰りなさい』と言う。ロイドさんはおずおずと別れ話を切り出そうとするけれど、彼女はしばらく無言のままで聞いてから『婿養子の貴方がそういう事を言うのですか?』。ちなみにリリーナさんは笑みを崩そうとはしない。それからシェリナさんを視界に入れようともしないで、ロイドさんにだけ話しをしている」
ターナ「これは怖い…」
結局、一行は早々に退散すると一晩が開けてから「夫婦でよく話し合った末に夫は無事に家に戻ることになりました」という話を聞くことになりました。シェリナとアイルはいかにも礼儀的なあいさつだけを残してオランを去っていきますが、この夫婦が相手であれば駆け落ちが失敗して良かったのではないかという結論で自分を納得させることにします。
GM「で、報酬の受け渡しも兼ねて君たちはリリーナさんの家で食事に招待される」
クロマ「はいはい」
GM「すると執事のレイコフが血相を変えて降りてくる。『お嬢様、大変です!』」
老執事に案内されて、女主人に従う一行が二階に上がると失意の書き置きを残した男が物言わぬ姿で首を吊っていた。天井からぶら下がっている身体がゆっくりと左右に揺れる様子を見て、執事は恐縮するばかりで女主人はしばらく押し黙ったまま口を開こうとしない。
ザイード「ちょっと、またこんな後味の悪いラストな訳ぇ?」
無言のまま残された書き置きを一読する女主人。一行が驚いたことに彼女はさほど動揺した素振りを見せることもなく、振り向いて従順な執事に言葉をかける際にも笑顔を絶やしていなかった。
『…レイコフ?』
『はい、お嬢様』
『急ぎ司祭を呼んで、彼を蘇生させなさい』
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