** Call of Cthulhu! Scenario#1:The Haunting **
ヘンリー・マグワイアは知人のキャサリン・ブルックに呼び出されると、深刻ぶった表情で「頼みごとがあるのだけれど」と相談された。
キャサリンはカナダ生まれで、若い頃はあちらの高校で教師をしていたが大学で学びなおすと議員秘書として世界中を飛び回っていたと評判の才女である。ここ数年は遠縁の伯父を手伝いこのウィスコンシンで暮らしていて、今年四十歳になったばかりだがこれまで結婚も離婚もしたことがなかった。ヘンリーはこの町の出身だが、十五年ほど出奔して故郷に帰ってきたのもここ最近のことである。「無気力の会代表」と称して働きもせず、三十四歳にもなって自宅の警備と町の巡回を怠らない日々を過ごしていたが、後代彼のような人物を指してNEETという呼び名が与えられるらしくいわば彼は先駆者というわけだ。
「どうせ暇なのでしょう?」
「失敬な。俺はたいへん忙しい」
TRPG自体が久しぶりな上に、KP(キーパー:ゲームマスター)は更に久しぶりなのでまずは一対一でテストプレイを行うことにする。クトゥルフ神話TRPGといえば正気度判定SANチェックが有名だが、システムそのものがシンプルで汎用性が高く遊びやすいのが魅力だ。シナリオはルールブックにある「悪霊の家」を使用、ただしこのまま適用したらたぶん犠牲者が出るので以下のように改変している。なにしろ探索者一人では技能判定に失敗しても替わりがない上に、気絶や一時的狂気に陥ったらほぼ詰んでしまうのだ。
1.物理ダメージを伴うイベントを大幅に削減。
2.ボスの能力に制限をかける。
3.サポート&案内役にNPCを同行させる。
ちなみにNPCのキャサリンは愛車フォードモデルAにキャンプ用具一式と工具一式、医療用品一式を置いている。これで車に戻ることさえできればそれなりの道具をいつでも使えるという寸法だ。正気度が低いのでうっかりすると足手まといになりかねないが、そこは正気度90!もあるヘンリーがきっとなんとかしてくれるだろう(本末転倒)。
キャサリンにそもそもの頼みごとをしたのは彼女の伯父である町の大地主、プリングル氏だった。彼はとある屋敷を人に貸していたが、なんでもその屋敷で幽霊騒ぎがあって借りていた一家が入院した挙句に出ていくことになったらしい。妙な噂でも立てられたら次の借り手を探すのも難しくなってしまうからと、姪のキャサリンに調べてくれないか話を持ちかけたそうである。キャサリン曰く、いまどき幽霊なんてばかばかしいが女一人ではさすがに不安だから手伝ってくれないかとのことで、実は彼女は怪奇小説の類が好きでヘンリーともその縁で知り合ったが、そのくせ彼女がかなり怖がりなこともヘンリーは知っていた。
ヘンリーはキャサリンに連れられると、プリングル氏の屋敷で事情を聞くことにする。立派な絨毯が敷かれた立派な居間に案内されて、現れた氏は恰幅のいい体躯に趣味の悪い服が印象的だったが顔つきは柔和で服と指輪の趣味以外は悪い人間には見えない、という人物評価を賢明なヘンリーは胸の奥にそっとしまい込んだ。
氏に聞かせてもらった話によると、問題の屋敷を買い取ったのは三年前でもとはウォルター・コービット老人が所有していたが彼は十年も前に亡くなって、競売に出された物件を手に入れている。プリングル氏から屋敷を借りたカニング一家は一年ほど暮らしていたが、夫が大怪我、妻は精神を病んで入院してしまうと赤い目がどうとか幽霊がこうとかしきりに口走っていたらしい。夫妻の子供は親族に預けられて、屋敷も手放されることになったが幽霊屋敷なんて噂でも立てられたら次の借り手も見つからなくなってしまう。何も問題がないか調べてくれないだろうかというのが氏の依頼で、もちろんそれなりの報酬も出してもらえるとのことである。
ここまで聞いてヘンリーはふと疑問に思う。プリングル氏が三年前に屋敷を買って、カニング一家が一年暮らしたならあと二年はどうしたのか。当然の質問だが氏はいったん言葉を濁すと、観念したように口を開く。実は氏は屋敷を三度貸していて、最初に屋敷を借りたアービン氏は半年ほどで事故死、二人目のベーカー氏も一年足らずで自殺している。カニング一家は三人目の住人だったというわけだ。決して隠そうとしていたわけではないが、正直言いにくかったのだとプリングル氏は薄くなりかけた頭をひらに下げている。
「何も問題がないか調べてほしい」
「いや、問題はあるだろう」
結局、彼らが「こころよく」依頼を引き受けることにした理由は報酬にひかれたからではなく、氏の人格を認めたわけでもなく、このような事件を見過ごせば怪奇小説が好きな身としては一生の後悔にもなりかねないという極めて個人的な動機からであった。好奇心は猫を殺すという言葉が頭に浮かぶ。
ヘンリーはキャサリンの車に同乗して、役所や警察で屋敷のことや以前の持ち主であるコービット老人のことを調べることにする。警察はカニング一家の騒動のことも知っていて、事情を説明すると資料庫に案内してもらうことができた。プリングル氏は町の有力者だし、姪のキャサリンがいたこともあって彼らは協力的だった。関連する資料を貸してもらい、小一時間ほども調べるとおおよそのことが分かる。屋敷を最初に借りたアービン氏は窓から転落死、二人目のベーカー氏は自殺、そしてカニング一家は夫が大怪我、妻はノイローゼで入院すると子供は親戚に預けられて今は三人とも町を離れているらしい。会いに行くのはちょっと難しそうだが、少なくともプリングル氏は嘘は言っていなかったようだ。
屋敷の以前の持ち主であったコービット老人についても、いくつかの記録が残っていた。氏が亡くなったのは十年前で、当時すでに九十歳を越えていたらしい。氏は生前に二度裁判沙汰を起こしていて、一度は怪しい宗教を信じて怪しい暮らしをしていたので、気味が悪いからと市から退去を促されている。二度目は彼自身の遺言状で、自宅の地下に埋葬してほしいと訴えたがこれは却下されていた。結局彼がその後どこに埋葬されたのかは見つけることができなかった。
「怪しいというと犯罪まがいのことでもしてたのか?」
「それだと退去を促されるだけじゃ済まないのじゃないかしら」
翌日、明るいうちから車で屋敷に行くと近所の人にも訪ねてみるが、事件を気味悪がっている人はいても特に新しい噂もなく、まして十年前に暮らしていた老人のことを知っている人もいなかった。この辺りは閑静で家も少なく、まばらにある建物もここ十年内に建てられたものがほとんどらしい。塀に囲まれた敷地はそれなりに広いが、奥まったところにある屋敷は二階建てのごく普通のもので、敷地の外からは様子すらほとんど分からない。門や玄関の鍵は預かっていたから、そのまま敷地に入るとてきとうなところに車を止める。
手入れされた様子がない庭は荒れていたが、奇妙なのはそもそも手のかかりそうな植木やあずまやの類が一切なく、まるで河原のように殺風景なことだった。この屋敷の主は庭というものによほど興味がなかったか、あるいは元来面倒くさがりでよほど手入れをしたくなかったようにも見える。建物をぐるりと回ってみるが、外からは中の様子はほとんど分からない。窓はすべて釘で打ち付けられて開かないようになっていて、これでは空気が篭って仕方がないのではないかと思う。
「まあ、別にここに住もうって訳じゃないからな」
間取りはプリングル氏から聞いていたので、玄関の鍵を開けると扉と勝手口を確認するが、どちらの扉も内側から鍵がかかっていて、しかも差し錠が四つもかけられていてかなり厳重になっていた。錠は古いのも新しいのもあるがそれにしても厳重に過ぎるだろう。ふと、ヘンリーは二階からギシッという音が聞こえたことに気付くと薄気味の悪い気分になる。キャサリンは何も気付かなかったらしく、ヘンリーの様子にきょとんとしているが空耳だったとは思えない。
「おい、何か聞こえなかったか」
「ちょっと、やめてよ」
*CORBITT:MP18->17(後述)
屋敷の中に誰か隠れているとも思えないが、念のため階段を上がると二階から先に調べることにする。いちおうキャサリンが廊下に立って、ヘンリーが部屋の中を調べている間に誰か現れないか注意をすることにした。階段に一番近いところにある、浴室にはまだタオルがかかっていたりその他の物が置かれたままで、当時のままの様子になっている。蛇口がゆるくなって水が少しずつ漏れていたのか、浴槽は黒っぽい水で満たされていたが大掃除をするならプリングル氏に任せるべきだろう。
隣の部屋はもとは寝室だったらしいが、明らかに何年も使われていた様子がなく、壊れかけたベッドや古いぼろぼろの棚やテーブル、椅子といった家具が置かれている。少し前まで人が暮らしていた屋敷の部屋にはとても見えないが、ヘンリーが部屋の真ん中あたりまで来ると棚の方からがたがたという音がして、振り向いた目の前に花瓶が飛んできた。避けそこなった額に花瓶が命中すると、割れてばらばらになった破片が音を立てて床に散らばる。
*CORBITT:MP17->16
*HENRY:HP12->10
「どうしたの!?ヘンリー」
がしゃんという音に驚いたキャサリンが部屋に駆けこんで来ようとするが、ヘンリーは額から血を流しながら大丈夫だと言って廊下に出ると、車から医療品のケースを持ってきてもらうように頼む。傷はたいしたことはなかったが、自分で自分の頭に包帯を巻くのは慣れておらずどうにもうまくいかない。たまりかねたキャサリンが替わってくれるが、彼女がヘンリー以上に不器用なことを証明しただけだった。
「傷口を摩るんじゃない」
「ご、ごめんなさい」
不格好な包帯も好意の表れではあるかと、改めて部屋に入ったヘンリーだが、破片になって床に散らばっている花瓶はどう考えても落ちてきたのではなく飛んできたようにしか思えない。だが棚のまわりや後ろを見ても誰も隠れている様子もなく、振り向いた背後で騒ぐように今度は窓枠ががたがたと鳴りだした。剛胆もしくは不感症なヘンリーもさすがに気味が悪くなる。
*CORBITT:MP16->15
*HENRY:SAN90->89
窓に近付いたヘンリーだがもちろん窓の外に誰かいる筈もなく、下で見たときと同じようにここの窓枠も釘が打ちつけられて開かないようになっていた。もう少し右や左が見えないかと、窓に顔を近付けるがやはり窓の向こうには誰もいない。息をついてからくるりと窓に背を向けると、部屋に戻ろうとしたが窓の脇にかかっていたぼろぼろのカーテンがひとりでに動いてヘンリーの背後から頭をすっぽりと包み込んでしまう。突然のことに息をする暇もなく、声を上げようとするがカーテンはまるで蛇のように首に絡み付くと恐ろしい力で絞めつけた。意識が真っ暗になりぐったりとした身体がぶら下がったところに、遠くからキャサリンの声が聞こえてくる。
「ヘンリー?・・・ヘンリー!」
奇妙な音と声に気が付いたキャサリンが部屋の中を見ると、首をくくられた友人が吊られている姿に一瞬血の気を失うが、すぐに気を取り直すと慌ててカーテンを引き剥がした。幸いカーテンはすぐに解けて、さほど時間もおかずにヘンリーも目を覚ます。自分に何が起きたのか、理解したヘンリーは心配そうな顔をしている友人におどけたふうを装ってから、倒れたときにもう一度打ったらしい頭に改めて包帯を巻きなおす。これを偶然だと済ませることはとてもできそうになく、ポルターガイストと呼ばれる存在を彼らは怪奇小説の世界でさんざん知っていた筈だったが、それが命に関わるおぞましい恐怖であることはこれまで知りもしなかったのだ。
*CORBITT:MP15->14
*HENRY:HP10->4(SHOCK)
*HENRY:HP4->7
*CATHERINE:SAN40->39
この部屋はコービット老人のかつての寝室で、彼はこの場所に様々な力を及ぼすことができるが、その都度彼は魔力を消費しなければならない。彼は場合によっては余所者を殺してでも追い払おうとしているが、特に窓の近くでベッドをぶつけた場合は突然窓を開いて犠牲者を転落死させようとする。ちなみに耐久力が2以下になると意識不明、0になるともちろんしぬ。
1.カーテンで首を絞められる:窒息
2.ズシンズシンいう音がする:SAN0/1d2
3.花瓶が飛んでくる :1d4ダメージ
4.天井から赤黒い液体が滴る:SAN0/1d3
5.窓ががたがた鳴る :SAN0/1d2
6.ベッドがぶつかってくる :1d6ダメージor転落
相変わらず心配そうなキャサリンに、ヘンリーはもう一度笑ってみせるが正直怖かったことは否定できず、がくがく震えそうな膝を必死に宥めている。
「ねえ、本当に大丈夫?」
次の部屋は私が見ましょうかという提案に、ちょっと情けない気はしたが素直に従うことにした。だがキャサリンは怪奇小説は好きでもミステリはあまり得意ではなく、この手の調べものや探しものは苦手だったからまずはキャサリンが部屋の様子を見て、危険がなさそうならその後でヘンリーも調べるということにする。やはり言葉にするとちょっと情けない。
「だが頼もう」
「はいはい」
少しだけ怯えながら、キャサリンが開けてみた隣りは子供用の寝室で、こちらはごく最近まで普通に使われていたように見える。幸い、この部屋には何の危険も事件も起こる様子はなくヘンリーも一緒に見て回るが、すぐに気が付いたのは部屋中に十字架やらロザリオやら聖母像が置かれていることだった。信心深いというより何かに怖がっているようにしか見えない。
更にその隣り、一番奥が夫妻の寝室で、子供部屋と同じく十字架その他がところ狭しと置かれている。夫妻は病院に担ぎ込まれていたから部屋は使われたそのままの状態で、やや乱雑に物が置かれていてテーブルの上には彼らが集めたらしい新聞や雑誌記事の切り抜きが置いてある。記事には警察で見たのと同じ、コービット老人の二度の裁判の記事が貼られていてどうやら彼らも屋敷の以前の持ち主について調べようとしたらしい。記事には老人が入信していた「黙想の祭壇」と呼ばれる教団に関するものもあり、読んでみるとこの教団は十年前に信徒への監禁暴行の容疑で摘発されていた。派手な大捕り物の挙句、教祖は逮捕されたが寺院は火をかけられると焼失してかなりの怪我人も出たようだ。
「どうも相当胡散臭い爺さんだったらしいな」
二階を一通り見てヘンリーとキャサリンは下に降りることにするが、階段を踏み外さないようにことさら気を付けて歩かなければならなかった。一階の玄関前で、さてどうしようかと顔を見合わせるとその他の部屋も覗いてまわることにする。
玄関脇にある物置は壊れた家具など薪にするしかないがらくたが積まれているだけで、気になる物もなかったが、その隣りの物置を探ってみると一番奥に隠されるように置かれた小さな戸棚があって、打ち付けた板で塞がれていた。車から工具を持ってきたヘンリーが丁寧に剥がしてみると、中には古びたアタッシェケースがあってぼろぼろになった本が一冊入っている。
「これは何十年・・・何百年前の代物だ?」
本はたいそう古く、皮で装丁された二つ折り版の表紙には不気味な模様と、ラテン語で「エイボンの書」と書いてあるのがキャサリンには読める。あちこち傷んでいて文字も掠れるか虫に食われているが、かろうじて読める箇所もあるようだった。そっと手に取ってみると、奇妙な肌触りにおやと思うがヘンリーとキャサリンの二人はほぼ同時に、その表紙が人の皮でできていることに気付いてしまう。
「ひっ!」
思わず本を取り落しかけたキャサリンに、ヘンリーは落ち着かせようとするが彼の唇も青くなって血の気が失われていた。
*HENRY:SAN89->88
とりあえずこの気味の悪い本を持って、向かいにある扉を開けるとそこは居間になっていて、見たところ何かある素振りもないのでラテン語の読めるキャサリンが本を広げるとざっと読んでみることにする。後ろから覗き込むヘンリーには何が書いてあるか分からないが、何故だかそこには見てはいけないもの、読んではいけないものが書かれているような気がしてならない。本を開いたキャサリンの目には彼女がこれまで聞いたこともない神格のことやそれを崇拝する教団、禍々しい儀式の有り様が映し出されて、くらくらと目眩がすると目の奥が真っ赤に染まるような気分になってくる。本はあまりぼろぼろでほとんどの記述は断片的にしか読み解けそうにないが、時間をかければ一部の儀式くらいは分かるかもしれなかった。
*CATHERINE:SAN39->37
明らかに様子がおかしいキャサリンの手を無理矢理止めさせると、ヘンリーは本をアタッシェケースに戻して他の工具や医療ケースと一緒に車のトランクに放り込んでしまう。他の部屋も調べておこうと促すが、友人を心配した彼の配慮は必ずしも好ましい方向に達成されたとは言い難い。居間の隣は食堂になっていて、そこも取り立てて奇妙なものはなかったが食器や食事がそのまま放置されており、皿には腐ったライススープが満たされていて気分転換にはほど遠い異臭を発していた。
「そろそろ午後のお茶にするか?」
「お気持ちだけありがたく頂戴しておきましょう」
食堂の向こう、一階の最後に残された一画はキッチンになっていて、缶詰やワインの瓶など食べられそうなものも多少散らばっているが、ほとんどはネズミに齧られたらしくそこらに足跡が残っている。更にその奥には地下の階段室の扉があって、ここも差し錠が三つもかけられて厳重に閉ざされていた。
「そういえば地下に埋葬して云々という話があったな」
ヘンリーがげんなりしたように呟くが、まさかここまで来て調べない訳にもいかないだろう。三本の差し錠をもったいぶるように一つずつ開けると、ゆっくりと階段室の扉を開く。まさかとは思いつつ、開けた瞬間に何か出てはたまらないと身構えたが地下に続く階段は真っ暗で何の気配も物音もしない。懐中電灯を手にしたキャサリンが、ぐらぐらした階段を下りていくが途中で足を踏み外すと小さな悲鳴とともに転げ落ちてしまう。幸い懐中電灯は壊れても消えてもおらず、転がった明かりに照らされている姿が階段室の上からも見えた。
「キャシー!大丈夫か、待ってろ!」
声をかけたヘンリーは急いで回れ右をして車からロープを持ってくると、ほどけないよう近くの柱にしっかりと結わえてから開いた扉をしっかり固定して、ロープを手繰りながら一歩一歩慎重に下りてくる。二階で散々な目に遭ったことを思えば彼の対応は正しいものには違いないが、地下で置き去りにされていたキャサリンが手を引いて立たせてくれた王子様に対して、何故か不機嫌に見える理由にヘンリーは気が付いたふうもなかった。
*CATHERINE:HP10->8
個人的には本プレイで一番ほのぼのした場面。二階での出来事を思えば地下にキャサリンが落ちて、怖いのはヘンリーが慌てて駆けよったところを階段から落とされることで、怪我をしたところで頭上の扉を閉められでもしたら一巻の終わりである。とはいえ40歳独身女を助ける34歳無職王子様の振る舞いとしてはちとロマンチシズムには欠けているかもしれない。
懐中電灯を拾ったキャサリンが真っ暗な地下を照らしてみると、壁にスイッチがあるのを見つけて吊るされている裸電球の頼りない明かりを灯すことができた。そこは物置で道具類や鉛管、釘やねじなど雑多な物が積まれていて、壁は三面が煉瓦造りだが階段から見て奥の一面は木の板を貼った間に合わせの仕切りになっていた。
「いかにも何かありますという感じだな」
「開けてみる?」
板壁を剥がす前にヘンリーは一階の物置から薪木を探してたいまつを作ると、左手に火を掲げて右手には武器がわりの鉛管を握る。キャサリンは懐中電灯を左手に持ち替えると、ポーチにしのばせているリボルバーを確かめた。護身用に携えている代物で、練習場以外で撃ったことなどないがここまで来て何も出ないとは最早思えない。先程の奇妙な本を読んでから彼女の感覚は少しずつ現実から離れているのかもしれず、自分たちが怪奇小説の登場人物になったようにも思えてくる。
「『悪霊の家』の主人公とヒロインを思い出すわね」
その小説はヘンリーも読んだことがあったが、好もしい結末ではなかったことを思い出して首を振る。鉛管を脇に立て掛けて、持ち替えたバールを木板の隙き間に差し込むと、めきめきと音がして人が一人通れるくらいの隙き間をこじ開けることができた。改めて鉛管を握り、たいまつの明かりをかざしてみると木壁の向こうは狭い空間になっていて、その向こうにもう一枚同じような木壁がある。これも剥がすのは難しくなさそうだが、背後に吊るされている物置の明かりは壁の向こうまでは届きそうにない。意を決して、もう一枚の木板も同じように剥がすと奥からは鼻をつく異臭を伴った生温い空気が流れてきた。たいまつと懐中電灯の二つの明かりが掲げられる。
奥は広々とした空間で、地面にはすべて土が敷かれていて中央には寝藁の上に横たわっている人間めいた姿が見える。それは木でできたみたいに乾いて節くれ立った全裸の人間のようだが、頭髪は一本もなく、鼻はワシ鼻で、むき出しの歯茎が後退して歯が長く見えており、そして赤い目が爛々と光っていた!横たわったまま天井を見上げていた眼差しがヘンリーとキャサリンの二人を見ると、首だけがぐるりとこちらを向いて歪んだ口が大きく開かれる。二人は赤い視線に心臓を掴まれたような気分になった。
*HENRY:SAN88->87
*CATHERINE:SAN37->33
どうやらこれがコービットらしく、あまり怖気を感じたキャサリンが思わず銃を構えるがヘンリーが呼びかける声に一瞬我に返る。だがコービットは首を激しく揺らしながらけたたましい笑い声を上げると、傍らに落ちていた錆びたナイフが宙に浮かび、生き物のように飛んで来るとキャサリンの脇腹を深々と切り裂いた。地下の天井に悲鳴が響く。
「きゃあああああっ!」
「キャシー!」
*CORBITT_CAST_Dancing Sword:MP14->13
*CATHERINE:HP8->4
恐怖と痛みをかろうじて堪えたキャサリンが銃を構えると、乾いた音がして地面に横たわっているコービットに弾丸が命中する。すかさずヘンリーが燃えるたいまつを投げると寝藁に火がついた。乾いた藁束にみるみる火が移っていくが、コービットはむき出した歯茎をもごもごと動かして奇妙な文言を唱えると、にぶく光る霧のような幕に包まれる。燃える火の舌が霧を避けるように遮られて、コービットの身体を守っているように見えた。
「この・・・!」
恐慌寸前の心中を全力で押しとどめながら、キャサリンが続けて引き金を引くが32口径の銃弾は霧に吸い込まれてしまう。三発目の銃弾も吸い込まれて弾はあと三発、だがヘンリーは知らなかったが、キャサリンは普段から銃が暴発しないように一発目の弾倉には弾をこめないようにしていたからシリンダーにはあと二発しか銃弾が残っていなかった。
*CORBITT:HP17->10
*CORBITT:HP10->5
*CORBITT_CAST_Flesh Ward:MP13->10
*CORBITT:HP5->5+15
*CORBITT:HP5+15->5+7
*CORBITT:HP5+7->5+5
「キャシー!早く逃げろ!」
それは女性を先に逃がそうとする勇敢な言葉だったのかもしれないし、俺も逃げたいから早く逃げようという臆病な言葉だったのかもしれない。キャサリンもその言葉にはまったく同感だが、ナイフで切られた傷からはかなりの血が流れてスカートを赤黒く染めている。背中を向けて逃げたとして、もう一度切られたら立っていられる自信はなかった。
もう一発、祈るように引き金を引いた銃弾が当たるとコービットを包んでいた霧がかき消える。キャサリンをかばうようにヘンリーが前に立つと、踊るナイフが襲い掛かるが、俊敏とは言い難いヘンリーが寸でのところでかわしてみせた。
「キャシー!」
正真正銘の最後の一発、シリンダーが回ると打ち出された銃弾がコービットの脇腹から心臓に深く深く打ち込まれて、空気の漏れる音と同時に浮かんでいたナイフが糸が切れたように地面に落ちた。
*CORBITT:HP5+5->5
*CORBITT_CAST_Dancing Sword:MP10->9
*CORBITT:HP5->0
コービットは魔法で不死の肉体を手に入れた不完全なバンパイアである。人間の血は必要なく、肉体が崩壊しない限り永遠に生き続けるがあらゆる行動に魔力が必要なので、地下に身を隠して限定された力しか使うことができない。彼の取りうる行動は以下の通り。
1.肉体の保護の呪文で耐久力を付与する。消費MP3
2.踊るナイフで襲い掛かる。消費MP1
3.起き上がって鉤爪で襲い掛かる。消費MP2
ちなみにキャサリンの銃の命中率は60%で、仮に五発中三発が命中してもコービットを倒すことはできず、弾が尽きて逃げるという想定だった。まさか地下に化け物がいたなどと警察に届ける訳にもいかず、屋敷は買い手がつかないまま放棄されるが少なくともこれ以上の犠牲は防ぐことができるだろうというのが予定されていたTRUE ENDである。もしもコービットを見つけられず調査を諦めた場合は、プリングル氏が自ら屋敷に泊まって踊るナイフにころされてしまう。屋敷は買い手がつかないまま数十年はそのままになっていただろう・・・。
最後の銃弾が打ち込まれると地下にすさまじい絶叫が響く。たいまつの火が寝藁から燃え移ってコービットの全身を包み、燃えさかる化け物が慌てて起き上がろうとしたがそのまま砂のように灰のように崩れていくと寝藁ごと燃え尽きるまでしばらく火が燃え続ける。老人が十年ぶりの火葬に見舞われたことに、少なくとも老人以外の誰もが祈りを捧げてくれるだろう。
キャサリンは全身の力が抜けるとその場にへたり込むが、空になっていたリボルバーの銃身は手から離れずにそのまま正面を向いている。ヘンリーはゆっくりと彼女の手から銃を離すが、ナイフで切られた跡が痛々しく急いで止血をすると彼女を抱えるようにして地上まで連れ出した。消毒の痛みで気を失ったキャサリンを無理に起こして、地下から連れ出さなければならなかったが残念ながら非力な王子様に彼女を抱き上げる芸当はできそうにない。
「悪いな」
「悪い、わよ」
命からがら、それでも命があることをあらゆる神様に感謝しながら車に乗ると、慣れない運転でまっすぐ病院に駆け込んでから、半日ほどが過ぎてようやく落ち着いたところでプリングル氏に連絡する。慌てて駆けつけた氏に事の経緯を説明すると、治療費は彼が賄ってくれたが姪に大怪我をさせてしまった伯父としては当然のことだろう。騒ぎの原因は突き止めて、幽霊が現れることも最早ないがまさかコービット老人の化け物がいたなどと公にはできないし、そもそもキャサリンの話と怪我がなければこの荒唐無稽な話をプリングル氏が信じてくれたかどうかも疑わしい。問題の地下室は埋めてしまうことになるが、放置したり建て直すよりは余程ましだろう。
キャサリンの怪我は出血こそひどかったが応急手当の甲斐があったのか深刻なものにはならず、三日もすれば退院することができた。ヘンリーは友人を出迎えるためにフォードモデルAで病院に乗り付けるが、もちろん屋敷から借りっ放しでいた彼女の愛車である。
「やれやれ。しばらく怪奇小説は読みたくないな」
「え、ええ。そうね」
まだ服の下には包帯を巻いていて、傷の痛みが消えた訳でもなく、いまいち頼りない王子様に手を引いてもらいながらキャサリンは少しだけ目をそらす。車のトランクには屋敷から持ってきた本がアタッシェケースに入ったままになっていて、あの時の、目の奥が真っ赤になるような感覚はまだ彼女の中から消えた訳ではなかった。
(Scenario0:TRUE END)
ヘンリー・マグワイヤ 34歳男・無気力の会代表
STR10 CON12 SIZ13 DEX07 APP08
INT14 POW18/SAN90 EDU17
主な技能(%)
オカルト35・隠れる40・聞き耳90・水泳35・投擲75・値切り25・博物学50・目星95
応急手当70・機械修理40・信用35・説得25・天文学11・薬学21・歴史40
回避14・英語85
キャサリン・ブルック(NPC) 40歳女・もと教師
STR08 CON07 SIZ11 DEX05 APP12
INT14 POW08/SAN40 EDU20
主な技能(%)
信用85・心理学10・説得50・図書館85・値切り10・法律85・ラテン語81・歴史85
運転25・オカルト25・芸術/ピアノ演奏20・フランス語61・拳銃60
回避10・英語99
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