** Call of Cthulhu! Scenario#5:Seven Erics!!! **


1.奇妙な彫像


 大胆な描写と突拍子もない怪奇譚で知られている作家エドワード・B・ヘイズは過日、巷間を賑わせたフルート演者失踪事件に絡んで重傷を負うと、しばらく聖メアリ医学部付属病院で入院加療をしていたがようやく退院することができた。事件の容疑者と思しき人物はその後行方が知れず、完全に足跡が絶えており現代のミステリとして囁かれる存在になっている。

「その節はご心配をおかけしました。まったく面目もありません」

 退院後しばらくルイストン・ハウス・ホテルに滞在したエドワードは、伝統的な英国風の調度品で飾られているロビーで友人たちに頭を下げていた。彼の目の前で友人の謝罪に寛容な態度を見せている、ヘンリー・マグワイヤを半ば崇拝しているエドワードはかの事件もヘンリーの手で悪人が退治されたのだと信じて疑わず、それは妄想だが事実無根でもないらしい。
 とはいえ当のヘンリーとしては英雄よりも見世物小屋の動物の気分で、話題を替えるが過日キャンベル邸に招かれたパーティの話になると、今度はエドワードの婚約者がどれほどチャーミングであるかについて延々と熱弁を聞かされる羽目になる。いつか僕たちの新居で彼女の手料理をご馳走しますとエドワードが目を輝かせると、彼の提案にエレンも大いに賛成して薬学の本を読んだり包丁やライフルの手入れをしていたらしい。ヘンリーの脳裏に浮かんだのはたいそう威厳のある婚約者よりも彼女が連れていた忠犬リンカーンが頭をくしゃくしゃにかきまわされて、ちぎれそうな勢いで尻尾を振っている姿だった。

「まあ変わっていないようで何よりだ」
「そういえば入院している間に不思議な夢を見たんです!これが本当に奇妙だったんですよ」

 途切れる様子のないエドワードの勢いに圧倒される。他人の夢の話など面白いものではないというがエドワードの話は確かに奇妙なもので、その夢で彼は日本人になると危険で劇的な冒険の数々を繰り広げていたそうだ。それまで彼らの知識にある日本人といえばカラテやジツを使うチョンマゲの人々という程度でしかなかったが、あまり臨場感のある夢が記憶から消えず退院するとすぐにタイプライターを叩いて一冊の冒険譚を書き上げた。「帝都魚妖譚」は秘密警察から怪物まで登場する荒唐無稽な活劇だが、作者が知る筈もない日本の地域や文化の仔細がきわめて正確に描写されており資料的価値の高い作品としてエドワード・ヘイズの代表作の一つになる。

 久しぶりにエドワードが復帰。しばらく特高こと特別高等警察の青年として大正時代日本のセッションを体験していたとのことで、今回、技能上昇の機会を得て歴史(日本)の知識を手に入れているが、ジャズエイジのアメリカでこれがどこまで役に立つかはあまり気にしても仕方がない。ちなみに精緻な描写の怪奇譚といえばラヴクラフトの代表作「インスマウスの影」が思い出されることだろう。

 新作の原稿を入れた封筒を抱えて機嫌をよくしているエドワードだが、ヘンリーの傍らに座っているキャサリン・ブルックの視線に気づくとわざとらしく咳払いをしてあまり喋りすぎたことを謝罪する。もともと彼らが再会した理由はエドワードの退院祝いのためではなく、キャサリンを介して彼らに宛てられた仕事の話を聞くためだった。すっかり冷めた珈琲をひと息に飲み干しているエドワードにキャサリンはトーマス・トンプソンという依頼人の名前を告げる。

「覚えているかしら?」
「確かセンチュリー・フィールドで会った刑事さんでしたね。えーと、あの、猟犬の事件で」

 言いながら言葉を詰まらせたのは記憶が曖昧だからではなく思い出したくないからである。彼らは以前、インディアンの青い石と猟犬にまつわる事件で少なからぬトラウマを抱えると療養を強いられた記憶がある。エドワードはその後も犬嫌いを克服できず、キャサリンは閉所にいると今でも平静を失ってしまうが心底の恐怖をかんたんに追い払うことはできるものではなかった。

 以前のシナリオでティンダロスの猟犬に遭遇した際に不定の狂気になったエドワードは犬恐怖症に、キャサリンは閉所恐怖症になっている。恐怖症の効果については「遭遇する都度SANチェックが発生する」ことにしたが、正気度喪失の程度は0/1d2を基本にして、より恐ろしい状況(よだれを垂らした1ダースの犬に追われるとか)ならもっと厳しくなる。ルール上は治療することもできるが、これもCoCらしい探索者の「成長」だろう。

 詳しい話を聞くために、キャサリンはいつものA型フォードにヘンリーとエドワードを積み込むとマサチューセッツ南東部にあるケープタウンの先、センチュリー・フィールドまで車を走らせる。以前に訪ねたときは建設中だった工場やオフィスがいくつも出来上がっていて警察署も大通り沿いの立派な建物に移っていた。
 まだ新しい応接室に案内されて、客人を待たせずにトンプソン警部補が現れると早々に先の事件での協力に礼を言って頭を下げてくる。その後、件の連続変死事件は他殺の線がないとしてそのまま処理されていたが、保護区での青い石の盗掘についてはインディアンと和解するためにも事件が公けにされていた。更に警察は石を着服したガリクソン警部の身辺調査も続けており、故人の部屋に不審な木箱が届けられているのを発見するとどうやらマサチューセッツ、それもアーカムから送られたものらしいが伝票もなく差出人も分からない。

「伝票がないのにアーカムから送られたことは分かったんですか?」

 エドワードの言葉にトンプソンは少し感心した顔をするとそのまま説明を続ける。木箱の中には彫像が入っていて、特徴的な外見だったので追跡したところどうやらミスカトニック大学の人類学部に保管されていたものであることが判明する。だが芸術品というよりも民芸品に近いもので、どうしてこんなものが持ち出されたのか皆目見当もついていないとのことだった。
 いずれにせよこれが盗品なら返却すべきだということになり、問い合わせると先方で応対してくれたのが人類学部のシンプソン教授という人物だった。猟犬事件でセンチュリー・フィールドを訪れたことがある教授はトンプソンとの会話で共通の知人であるヘンリーやエドワードのことを知ると、彫像が持ち出された経緯について彼らに調べてもらうのがよいのではないかということになる。高名なマグワイヤ氏がいれば大いに助けになるだろう。

 トンプソン警部補の能力は以下の通り。一見して手を抜いて設定したのがよくわかるが、他の探索者が持っていない技能もあって思いのほか便利に動いてくれることになった。

 トーマス・トンプソン警部補 31歳男・刑事
 STR11 CON11 SIZ11 DEX11 APP11
 INT11 POW11/SAN55 EDU11
 主な技能(%)
 言いくるめ50、運転50、聞き耳50、心理学50、説得50、目星50、銃50

 アーカムを出立して、日を置かずにアーカムまで戻るとミスカトニック大学を訪れる。出迎えたシンプソン教授は挨拶に続いてエドワードの退院を歓迎するが、なにかと忙しい身であるらしくさっそく研究棟にある倉庫へと皆を案内した。倉庫の中は一見してがらくたのような品々が押し込まれていて、貴重な品があるようにも見えず警備はおろかここから何かが持ち出されて気がつかないのも無理はない。だが盗難は盗難であり、大学から改めて目録を整理するように言われた教授が忙しくしているのもそれが原因だった。同行していたトンプソン警部補が木箱を運んでくると、倉庫の一隅にあるテーブルの上に彫像を乗せる。

「これがお話した彫像です」
「ふむ、これは確かにおもしろいものだ。だけどこんなものを持ち出していったいどうするつもりだったのかねえ」

 像の実物は高さが50cm程もある大きなもので、表面が独特の光沢をしており一見すると石でできたトーテムポールのように見えるが正直なところ貴重なものにも価値があるものにも思えなかった。多少なりとも美術品に造詣があるエドワードの目には像はがらくたにしか見えず、ヘンリーは家の庭に飾るのがせいぜいだろうと考える。人類学の専門家であるシンプソン博士はこれが国境近くで信仰されているマイナーな精霊を象った像であることやいわゆる鬼瓦やガーゴイルのような魔除けに使われていること、ふつうは木彫りだが石でできているのは近くで切り出したものを彫ったのだろうと教えてくれた。
 ひととおり調べてから、研究室の目録を渡されると彫像のスケッチと説明も載っていてどうやら研究室から持ち出された品であることは間違いないようだ。返却の手続きには時間がかかるかもしれないが、このまま像は置いて行って書類に後を追いかけさせればいいだろうということになる。

 彫像は複数の技能で調べることができて、判定に成功した結果に応じて情報が得られるようになっている。人類学の判定では像が精霊を象った魔除けであること、芸術の判定ではさして価値のない代物であること、地質学では像が国境近くで稀に見つかる石塊を削っていることが知れる。また、これらの技能の代わりにオカルトや目星の判定で限定的な情報をもらうこともできる。また、目録の調査は図書館技能を使用して、成功すれば彫像の記録があってこの研究室から持ち出されたことが分かる。

 けっきょく像が持ち出された経緯そのものは分からないが、とりあえず目的の一つを終えたトンプソンが電話を借りて警察署に連絡するとあちらの調査にも動きがあったことを知らされる。死んだガリクソンの自宅に宛てて荷物を督促する手紙が来たらしく、差出人のエリック・エリクソンなる人物を調べてみると過去にも故人との間にやり取りがあったらしい。手紙はバーモント州のはずれにある小さな村から送られているとのことだった。

 ここはシナリオを進めるスイッチで、彫像について必要な情報が揃ったところでトンプソンが警察署からの新しい情報を得ることになっている。ご都合的ではあるがポートピア連続殺人事件で捜査が進展すると新しい事件が起きるのと同じ仕組みなので、例えばせんたくやからの情報を聞かずにあみだがみねに行ってもなにも起こらない。
 ちなみにここまで時間の経過はあまり気にしていないがアーカムを出立した翌日にトンプソンと会い、その日のうちにアーカムに戻ってミスカトニック大学を訪れたというつもりでいる。彫像や目録の確認でも時間を使っているからたぶんこの日はアーカムに泊まったことだろう。


2.犬と幽霊の村


 マサチューセッツからバーモント州まではそれほど長い時間車を走らせる必要はなく、まだ明るいうちに村に到着するとニューイングランドに古くからある入植当時の伝統的な建物たちに迎えられる。ユーゴという小さな村は栄えているとは言い難いが、家の庭や敷地は広くて比較的富裕な人々が暮らしている様子がうかがえた。村の入り口近くで車を降りて、大きくのびをすると肺の中の空気を入れ替えたヘンリーは友人の様子が奇妙なことに気づく。

「どうした、エド?」
「いえ。気のせいか、い、犬を飼っている家が多いように思いまして。気のせいですよね」

 残念ながらエドワードの気のせいとは言えそうになく、並んでいるどの家の敷地にも犬が放されているかあるいは繋がれているらしい。決して奇妙な話ではないし、あれらはただの犬であってインディアンの伝承で猟犬と呼ばれる化け物ではないことも分かるのだがそれで彼の背を流れ落ちる汗の量が減るものでもなかった。

 今回のシナリオはエドワードを主役にしたものなので、犬恐怖症の彼のためにどの家にも犬を飼っているという村を用意した。この犬好きにはすばらしい村との出会いにエドワードだけが正気度を減らしている。

 とにかく目的の人物を探そうと、責任感と恐怖心に駆られたエドワードは近くを歩いていた中年の男性を捕まえるがもしも彼が愛犬の散歩中であればエドワードは別の村人を探したに違いない。先方はこの小さな村に珍しい客人を見に来たらしかったが、彼らが来訪した目的を聞くと一転して怪訝そうな顔になる。

「エリック・エリクソンだって?あんたら、あいつと知り合いなのかい」

 警戒するような男性の声はエドワードの振る舞いが不審だからではなく、明らかにエリクソンなる人物が村で歓迎されていない様子を窺わせるものだ。トンプソンが同行していることもあり、立場を明かそうかとも考えたが男性の態度が急変したのはしどろもどろのエドワードが怪しいものではありませんと自分のフルネームをわざわざ名乗ったことが原因だった。

「エドワード・ブラック・ヘイズ!?もしかして【青水晶の猟犬】の著者の方ですか!」

 男性は目の前にいる人物が彼の愛読書の執筆者であることを知り、感激して握りしめた両手を上下に振りながら知っている限りのことを話してくれた。エリックはもともと数年前から村に住み着くようになった余所者で、以前から人付き合いが悪かったが幽霊騒ぎから後、特に挙動が不審になって村でも気味悪がられているということである。幽霊騒ぎというのは村で一年ほど前から起きている不気味な出来事で、そこらで奇妙な足跡が見つかったり夜中に恐ろしげな声が聞こえてくるというものだが、なぜか犬がいる家には幽霊がよりつかないという噂が立つとたいていの家で犬を飼うようになったらしい。

 村人はエリックのことを不審に思っていて、彼のことを訊ねるには信用判定が必要だがエドワードが技能なしにも関わらずきわめてよい値で成功したのでこのような反応になっている。警察の名前を出せば判定にボーナスを与えることもできたが、ここでは男性がエドワードの握手とサインを受け取ることができる展開を優先した。

 エリック・エリクソンの家は村の更にはずれにあるが、他の家からもそう離れているわけではなく正面は表通りに面していて裏手は隣家の庭と林に接している。敷地は石垣でできた柵に囲われていて、それほど背の高いものではなく閉ざされているというほどでもないが、庭が広いこともあって外から家の中の様子はほとんどわからない。正門をくぐり、飛び石の敷かれた庭を歩いた向こうにある家は伝統的な二段階勾配の建物で、すぐに気がついたのは二階の窓が閉ざされて雨戸まで閉められていることだった。

「単に一階だけで暮らしているのかもしれんがなあ」
「ええ、村の人には悪いですが、この家は犬がいないようで安心しますね」

 どうやらエドワードはそのことだけを気にしているらしい。先方にもこちらが近づいてくる姿は見えていたのだろう、玄関を一度、ノックするとすぐに扉が開けられて年のころが四十から五十くらいの男が現れる。意外に若いようにも年をとっているようにも見えるのは貼りついた仮面のような表情のせいでどこか人形めいた印象が強い。男がエリックであることを確認すると、警察の捜査であることを告げるが相手は動揺するどころか感情を窺わせるそぶりすら見せようとはしなかった。

「警察のかたが、どのようなご用件でしょうか」

 丁寧だが抑揚のない話し方がますます人形めいて見える。質問に答えるエリックの回答はどれも模範的で不審なところはなく、彼がいろいろな品を扱う商売をしていてガリクソンには商品の手配を頼んでいたこと、彫像は彼自身が興味があって個人的に欲しいと思っていたこと、彫像が盗品であることは知らなかったことなどを説明してくれた。幽霊騒ぎについては噂を信じるのもそれで犬を飼うのもばかばかしいと思っているらしい。

「そもそも犬は苦手なのです。村人には悪いと考えていますが」
「ええ!ええ、そのお気持ちはよく分かりますとも」

 エドワードはこの家に犬がいないことを知ってすっかり安心しているらしい。心中で苦笑しながら、ヘンリーは同行していたトンプソンに視線を向けるが彼はヘンリーと同じくエリックのことを胡散臭く考えているようだ。確かにここまでの彼の会話で言行がおかしいところはまるでないのだが、あまりにも正しい回答を用意し過ぎているように思えるといえば疑いが過ぎるだろうか。

「そういえば、二階が閉まっているのは何かあるんですか?」
「上は倉庫です。一階だけで暮らしています」

 その回答にヘンリーは改めて違和感を覚える。単なる偶然かもしれないが、先ほど家の前でヘンリーが呟いた言葉をエリックが聞いていてそのまま答えたのではないか。無理がある考えなのは百も承知だし、家の外で呟いただけの言葉に聞き耳を立てることができるなら尋常な聴覚とは言い難いがそれでも目の前の男がいっそう不気味に思えてくる。

 エリック・エリクソンは二階に人を立ち入らせることと、彼自身の正体を知られることを恐れている。彼はまさしく尋常ではない聴覚と技術を持っていてヘンリーたちの会話もすべて聞いていたので、客人が望む回答をしながらこの場をやり過ごそうと考えている。彫像については欲しいが無理に手に入れようとは考えておらず、自分が村人に気味悪がられていることは承知の上だった。
 更にここではトンプソンが心理学の判定に成功して、エリックが二階の話題を嫌っていることに気付いている。それでヘンリーが二階について訊ねたことで、エリックは当たり障りのない回答をしながらいざとなれば逃げるという考えに思考を切り替えた。つまりシナリオ上はここでの会話は情報を得ることが目的ではなく、彼が行動を起こすためのスイッチを入れることが目的というわけである。


3.彼女が撃たれて死んだ


 エリック・エリクソンの家を引き上げて、村の入り口に戻るころには日は傾いて周囲は薄暮に包まれていた。エリックの態度は決して不審ではなく、まるで模範解答のようにできすぎた返答がどうしても怪しく思えてしまうが怪しいからという理由ではこれ以上追及できる筈もない。

「さてどうしたものかな」

 ヘンリーが呟くが、トンプソンに聞くと彼自身はこのまま村に滞在するつもりでいるらしい。すでに日も暮れているし今後の捜査は朝になってから確認する、今夜は家の裏手にこっそり隠れて張り込みをするつもりだというトンプソンにエドワードが付き合い、ヘンリーとキャサリンはホテルに部屋を借りてから多少の聞き込みをすることになる。刑事が来たことでエリックが動きを見せれば幸いというものだろう。

 先述の通りエリックは夜を待って逃げようとしている。ここでは全員がトンプソンの張り込みに付き合うと思っていたのでヘンリーには後で合流できるか判定をしてもらうことにする。NPCのキャサリンは自発的には動かないのでここはヘンリーについていくのが自然だろうが、実は耐久力の少ない彼女にこの後の展開は危険なので後から合流するのも安全かもしれないなどとこのときは考えていた。

 小さな村のホテルには来訪者も宿泊客も他になく、ヘンリーとキャサリンが話を聞くことができたのもフロントにいる初老の夫婦に対してだけだった。恰幅のよい旦那も料理のうまい奥方も訪客を歓迎しながら村の外の話題を聞きたがったので、料理を堪能することはできたがさして情報を得ることはできず聞き出した内容もエドワードが村人に聞いた以上のものではない。四年前に村に来たときからエリックは人付き合いが悪かったが一年前からは更に様子が怪しくなったらしく、それはそれで張り込みに残ったトンプソンとエドワードが心配になってくる。

「怪しい、かあ」
「エドたちの様子を見に行っておく?」

 そのころには日はとうに暮れて通りには人影も車の姿もなくなっている。ときおり不穏にうなる犬の声がどこからか聞こえてくるが、エドワードには幸いなことにそれほど近くでもないようだ。彼らはエリックの家の裏手にある塀と木立の陰に隠れると声だけは出さないよう気をつけながら、退屈な数時間が過ぎたところで視界の向こうに明かりがひとつ揺れているのを見つける。左手にランタンを下げたエリックが月明かりの下に人形めいた姿を現していて、どうやら敷地の向こうにある林のほうに向かっているらしい。

「どちらへお越しですか」

 そういって呼び止めたのはいかにも刑事のトンプソンらしいが、驚いて振り向いたエリックはそれでも人形めいた表情を崩すそぶりもなく左手にはランタンを、右手には奇妙な卵のような道具を握っていた。卵のまわりを青白い光が走っているのにエドワードは気づくとトンプソンを引き止めようとするが間に合わず、逃げると見せて突き出されたエリックの腕から青白い稲光が走るとそのまま胸板を貫いた。くぐもったうめき声を立てたトンプソンがうずくまってそのまま倒れてしまい、ぞっとしたエドワードの耳に慌てて駆けよってくるヘンリーたちの声が聞こえてくる。

 エリックが持っている電撃銃は耐久力に1d10のダメージを与える上に、命中した相手にショックによる追加効果も与えるというとんでもない武器だが自分も同じだけの傷を負ってしまうという致命的な欠陥を持っている。トンプソンはしばらく痺れて動くことができなくなるが、ショック判定には成功して一命をとりとめている。
 ここでエドワードは人間が目の前で撃たれる様に正気度判定をすると成功。その間、ヘンリーとキャサリンは幸運判定に成功して彼らのことが心配になると敷地の裏手に向かい、張り込みをしている二人の姿を見つけることができずにいたが目星判定を行いこちらも成功すると騒動に気がついて走り出した。

「エド!」
「ヘンリーさん!」

 様子を見るつもりで駆けつけたヘンリーとキャサリンの視界に入ったのは逃げるエリックを追いかけているエドワードの姿だった。エドワードはヘンリーに気づくと表情を明るくするが、突然隣家から飛び出してきた勇敢な猟犬、マンチェスター・テリアが吠えたてる声を聞くと硬直して足を止めてしまう。だが逃げるエリックはそれだけでは済まず、興奮した犬に飛びかかられると信じがたいことにそれまで人間だったものが皮膚も衣服も崩れるようにどろりと落ちていく。
 崩れた皮膚の下から現れた、それは異様な姿をして背丈は人間とほとんど変わらないが、肉感のある薄いピンク色をした甲殻類のような胴体には何枚もの羽のような薄い板状のものが生えている。節くれだった足が身体を支えており、本来なら頭があるところには渦巻きめいた楕円形のかたまりが乗っていて多数のヒゲか触手のようなものがまるでアンテナのようにうごめいているのが見えた。思わず上げたキャサリンの悲鳴がエドワードとヘンリーの耳に届く。

 彼の正体は冥王星ユゴスから来た恒星間種族ミ=ゴである。エリックはもともとガリクソンが着服した盗品をひそかに売りさばく商売をしていたが、このような後ろ暗い人間はミ=ゴにはとても利用しやすく一年前にすり替わると本物のエリックは脳を抜かれて二階の部屋に保存されていた。ミ=ゴは地球に産する特殊な鉱石を探していて、彫像がきわめて純度の高い石でできていたので欲しがったのが事件の発端である。

 エリック・ミ=ゴ
 STR11 CON11 SIZ11 DEX14 INT13 POW13 HP11
 攻撃方法 電気銃100% 1d10・痙攣・死

 人間に正体を知られた化け物は腕の一つに持ったままの丸い道具を突きつけるとそこから青い放電をばちばちと散らせている。頭にある触手をざわざわと動かすと空気を震わせて音を出しているのだろう、ウゴクナ・ウゴケバ・ウツと呼びかけて少しずつ後ずさろうとする。先ほどのマンチェスター・テリアも吠えるばかりでさすがに襲いかかろうとはせず、エドワードは犬の様子を気にしながら口を開く。

「銃を、しまえ。望みは、なんだ?」

 問答無用でトンプソンが撃たれた状況で、ここでエドワードがミ=ゴに会話を試みたのは正直意外だった。エリック・ミ=ゴは基本的に交渉には応じず可能なら逃げようとするし、それが無理なら人間を殺すことも厭わない。神話生物の中でもミ=ゴは比較的話が通じる上に、人間がなんとかできる相手として思われがちだがもちろんそれは人(?)によるだろう。

 化け物は突き出したままの腕を下ろさないが、その腕が焦げている様子を見たヘンリーはどうやら化け物自身も傷ついているらしいことに気づく。エドワードの寛容な態度がなければ手ごろな石でもひろって投げつけていたかもしれないが、それでヘンリーが躊躇したところに化け物の腕から小さな稲光が走った。稲光はそのままエドワードを捕らえるが、幸いなことに大した衝撃ではなかったらしく痺れた友人の足が止まったところで化け物が林の方に向かって逃げて行くとあわてて追いかけるヘンリーにキャサリンもついてきた。

 ミ=ゴの電撃銃は威力はもちろんだが追加効果が強力で、一時的に行動不能になる上に抵抗判定に失敗するとそれでショック死してしまう。幸いこのときエドワードが受けたダメージは最低値の1だけで、抵抗判定にも成功したがその分ミ=ゴの耐久力もほとんど減らなかった。

 やはり電撃を放った腕が焦げていて、化け物は明らかにこれを使うのをためらっているのが分かる。そうでなければヘンリーたちもとうに撃たれていた筈だし、化け物もいちいち逃げようとする筈がない。逃げるならいっそ逃がしてもよいのではないか、ヘンリーはそうも考えるが友人に銃を向ける化け物を放置してよいとも思えなかった。
 逃げる化け物を追いかけるが、残念なことにヘンリーやキャサリンよりも相手の足が速いらしく少しずつ引き離されてしまう。二人で追えば挟み撃ちにできるかもしれないが、また電撃を撃たれるかもしれないと思えば無理は避けるべきだろう、もしも化け物が彼と同じことを考えていたら一人を撃って後はひたすら逃げればよいのだから。

 そう考えて総毛立つ。また電撃を撃たれるかもしれない、そうだ、こんな奴はいっそ逃がしても構わない。ついてくるなと言おうとして振り向いたヘンリーの傍らを巨大な稲光が突き抜けるとキャサリンの胸を貫いた。

「・・・キャシー!?」

 キャサリンの華奢な身体がびくんと痙攣したように弾かれると地面に落ちて、そのまま壊れた人形のように動かなくなる。ヘンリーは彼らしくもなく動揺して、返事をしなくなった彼女に駆け寄ると焦げ臭いにおいが鼻をついた。
 目の前にひざまずくが、世話焼きでおせっかいなキャサリンがこんなことでいなくなるわけがない。駄目です、もう死んでいます。あろうことか、エドワードがそのようなことを言ったようにヘンリーには聞こえたが縁起でもないことを言うな。キャサリンは髪も服も焼け焦げて顔からは血の気が失せていたが、ほんのわずかだけれど鼓動が動いているではないか。動いている・・・鼓動が!

「生きてるぞ!キャシー!キャシー!」

 それで意識のない彼女が返事をする筈もなく、呼吸もすでに止まっていたがヘンリーは彼が覚えている限り最善の方法で蘇生と人工呼吸を繰り返すと長い長い数秒が過ぎてから咳き込むようにキャサリンの呼吸が戻る。幸いそのときのヘンリーの表情を見ることができたのはぼんやりと意識を取り戻したキャサリンだけで、彼女はそれを後々まで思い出すことはなかったから彼が弱みを握られるようなことにはならずに済んだものである。
 キャサリンを抱き起こして、近づいてくるエドワードについ不機嫌な視線を向けてしまうが先方は気がついた様子もない。だがそのエドワードが繰り返した台詞にヘンリーは大いに気分を害し、かつ呆れさせられることになった。

「駄目です。もう死んでます・・・エリックが」
「は?」

 もともとエリック・ミ=ゴは電撃銃を二回は撃てる算段でいて、最初はおそらくトンプソンを狙うから最悪もう一発を男性陣のどちらかが受けるだろうと思っていた。だがエドワードへの電撃が思いのほか効かず、その分耐久力が残っていたミ=ゴは追い詰められると思い切って三発目の電撃を放ちキャサリンに8ものダメージを与えてしまう。彼女の耐久力が8だと思っていたKPはここで顔を青くするが、幸い彼女の耐久力は9なのでそのまま意識不明になるだけで済んだ。だがエリック・ミ=ゴはこの一撃で耐久力がマイナスになると誰に応急手当をしてもらえる筈もなくそのまま息絶えてしまったのである。

 蘇生したとはいえキャサリンはひどくぼろぼろですぐには動かせそうもない。視線を上げて、倒れている化け物を見ると腕から胴体にかけて黒こげになっていてこれはもう駄目だろうと思う。憎んでいいものか不憫に思うべきか、さしものヘンリーも悩んだところで林の向こうから数人の人影が現れた。だがありがたいと思ったのは一瞬だけで、医者を頼もうとしたヘンリーは開いた口を閉じられなくなってしまう。
 なんとも趣味の悪いことに、そこには服装も背丈も姿もまったく同じ半ダースのエリック・エリクソンが並んでいた。仮面のように貼り付いた笑顔が横に一列、六人並んでいる姿はそれだけで彼らがまともな人間ではありえないことを声高に教えてくれている。彼らは一様に同じ姿をして同じ表情をしているだけではなく、言葉まで同時に語り出すと抑揚のない声が一斉に鼓膜に響いてきた。

「他に・人の姿を・知らない・ので・この姿で・失礼する」

 よほどショックだったのだろう、ヘンリーに抱えられていたキャサリンは自分が死にかけていたことも分からないまま、ありえないものに遭遇すると焦点を失った目を見開いたまま祈るような言葉をぶつぶつと呟いている。ヘンリーの抱いている腕に少しく力が入るのを見て、半ダースのエリックたちは御婦人を驚かせたことに謝罪しながら彼らの事情を説明した。

 ここで正気度判定に失敗したキャサリンは一時的狂気に陥ると多弁症を発症。今回はミ=ゴを登場させるにあたって人を殺せる力を持たせることと、充分に狂気に陥るだけの演出を行うことを考慮したがどちらも彼女が犠牲になったのは気の毒なところだろう。また彼女はこのとき不定の狂気にも陥っているので新しい恐怖症を手に入れてしまう予定。ちなみに彼女やトンプソンは探索者の代わりに犠牲になる可能性があるNPCなので、彼らが死ぬか永久的狂気になった場合はTRUE ENDではなくなってしまうので注意。あとは余談だが、エリック・ミ=ゴに吠えていたマンチェスター・テリアは犬が嫌いなミ=ゴたちが「動物に命令する」呪文を使って追い払ってしまっている。

 彼らはミ=ゴと名乗り、人間はその存在を知らないが彼ら自身は人間が樹から下りて地面を歩くよりも以前からこの星を訪れていたと主張する。この星には彼らが住むユゴス、冥王星にはないきわめて貴重な鉱石が採掘されて彼らはそれを手に入れるためにたびたび星々の間を飛んでいる。エリック・ミ=ゴが求めていた彫像はその鉱石でできていたらしい。
 エリックは人間の世界のはぐれものだが、彼と入れ替わったミ=ゴもミ=ゴの世界でははぐれものだった。彼らは人と敵対するつもりはなく、それ以上に彼らの存在を人に知られることを望まないがエリック・ミ=ゴは性急で彼らの存在を知られてしまうことになった。それを彼らは残念に思っている。

「彼は・人に多くのことを・知らせすぎた。君たちが・ミ=ゴを人に語らないなら・ミ=ゴは引き下がるしかない」

 実は今回、エドワードを主役にしたメインの理由がこの問いかけをするためだった。毎回、彼自身の体験談を奇譚にして書き上げているエドワードがこの質問に何と答えるかで二通りの結末を用意したのである。

 ミ=ゴと名乗る生き物たちの懇請は、エドワード・ヘイズにすれば作家としての彼のモラルへの呼びかけに他ならない。実のところ、このような劇的な体験を彼がタイプライターで綴るとすれば題名は「七人のエリック」になるだろうかという考えまですでに頭をよぎっていたのだ。
 だがエドワードにはモラルがない訳ではない。出版社に渡す作品には「帝都魚妖譚」をすでに書き上げており、人ならぬものからの頼みであっても望まれない話を書くべきではないだろう。そしてエドワードの返答にそろってうなずいた半ダースのエリックは、倒れている仲間の身体を担ぐと林の中に姿を消して二度と現れることはなかった。以来、小さなユーゴの村に幽霊騒ぎが起こることもなくなると、そこは犬好きの村としてささやかに人に知られることになる。

 今回のシナリオ達成条件は二つあり、一つはエリック・ミ=ゴが彫像を手に入れないことと、もう一つはトンプソンが生きていることである。事故的にトンプソンが殺される可能性を除けばさして難しくない条件なのは、戦闘による死亡やロストが起こりうる難易度にしていたのであえてこちらの条件を緩くしたからだ。
 ちなみにミ=ゴからの質問に対して発表の如何に関わらずエドワードが今回の体験を執筆することにした場合、後に彼が暮らしている部屋の近くで夜になるとしきりに犬が吠え立てる声が聞こえたり、翌朝には窓の外で奇妙な足跡が見つかるようになる。いずれ彼自身が冥王星に連れ去られると過去の作品に勝る体験をすることになる「かもしれない」結末が待っていて、選択次第で一発ロストの可能性があったことは内緒である。

 翌朝、警察からその後の捜査の結果が届くとエリック・エリクソンが四年ほど昔からガリクソンの盗品を捌く手伝いをしていたことが判明して正式に逮捕状が出されることになる。電撃銃で撃たれたトンプソンも目を覚ましているが記憶が曖昧なままで、ともあれエリックの家に向かうと二階で呆然としている本人が発見された。逮捕されたエリックはわけのわからないことを供述するばかりで、化け物に襲われると脳みそを機械に押し込まれていたなどと荒唐無稽な話をしては刑事たちを呆れさせているらしい。
 とにかくトンプソンは事件が解決したことに礼を言うと、彫像もミスカトニック大学に戻されて後日センチュリー・フィールドの警察から報酬と感謝状の双方が贈られた。キャサリンは大怪我をしてすぐに病院に運ばれていたし、ヘンリーもそちらに付き添っていたから感謝状はエドワードに宛てて届けられている。

 その日、作家エドワード・ヘイズは彼が借りている部屋の近所にある郵便局に赴くと二通の封書を受け取った。一つにはトンプソン警部補から感謝状と報酬を受け取るための手続きを書いた書類が同封されていて、もう一つは差出人にE・Eと書かれている手紙で封を開けた中には便箋が収められている。
 手紙にはエドワードが優れた執筆家であることを知った「エリック・エリクソン」から念を押して警告する内容が書かれていた。もしもヘイズ氏が、彼自身が約束した宣言を破るようなことがあれば、彼は彼が執筆した内容に勝る体験をすることになるだろう・・・。

「地球・米国人・エドワード・ヘイズ氏へ

 貴殿が高名で優れた執筆家であることを知り、
 私と私たちは貴殿との出会いを光栄に驚いた事実です。

 私と私たちはユ・ゴの村で貴殿と約束をいたしましたね。
 貴殿は約束を守る、人であることを私と私たちは知っている。
 貴殿は約束を守る、人でなかった場合は、私と私たちは貴殿をご招待しますことでしょう。

 The Fire and Collapse にも Hounds of Blue Crystal にも勝る体験を貴殿に与えます。
 ユゴスの黒い天蓋をお楽しみ下さることが貴殿になきよう。
 GOOD DAYS.E.E」


(Scenario5:TRUE END)

絵 エドワード・B・ヘイズ 26歳男・ごく一部で売れている小説家
 STR04 CON11 SIZ09 DEX13 APP08
 INT12 POW12/SAN60 EDU13
 主な技能(%)
  オカルト62・心理学60・説得45・図書館65・ラテン語65・目星80・歴史50・歴史/日本20
  精神分析51・天文学37・美術品/骨董品知識36・乗馬25
  回避26・英語80・クトゥルフ神話10


絵 ヘンリー・マグワイヤ 34歳男・無気力の会代表
 STR10 CON12 SIZ13 DEX07 APP08
 INT14 POW18/SAN90 EDU17
 主な技能(%)
  オカルト41・隠れる40・聞き耳90・水泳35・投擲83・跳躍41・博物学50・目星95
  応急手当70・機械修理40・信用39・説得25・天文学12・薬学21・歴史40
  回避14・英語85・クトゥルフ神話5


絵 キャサリン・ブルック(NPC) 40歳女・もと教師
 STR08 CON07 SIZ11 DEX05 APP12
 INT14 POW08/SAN40 EDU20
 主な技能(%)
  信用85・説得50・図書館85・法律85・ラテン語81・フランス語61・歴史85
  運転25・オカルト25・芸術/ピアノ演奏30・拳銃60
  回避10・英語99・クトゥルフ神話14


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