バスキア攻略案(機密)


以下は第八期から第九期行動案として検討されていた、バスキア攻略と制圧に関する概案の資料である。バスキアの情報と技術力がトラッドノアに流出する事の阻止、また、バスキアをクオス管理下に置く事で民衆の避難計画への強権発動の可能性を考慮して作成された物であるが、当案自体は実施される事無く終わっている。通常、破棄されている大量の文書の中の貴重な生き残りとして重視されており、軍略家としてのウイリアム・ルスカの思考の一端を見る事が出来る。

1.政略における課題と確認事項。相手の政治的正当性を否定し、自分の正当性を主張する事。バスキアがクオスとの同盟を破棄し、外交官を襲撃、その経緯を秘匿し、更に帝国と不戦条約を結んだ事実を最大限に主張する。この時重要なのは、全ての主張を事実に基づいて行う事で、虚構によって自らの正当性を貶める危険は避けるように注意。帝国と手を結んだバスキア首脳部から民衆を救う事を大義名分にし、今回の作戦を実行する事。

2.戦略目標の確認。現バスキアの重要拠点は三箇所。バスキア首脳部(警備員50人以下)、バスキア商工ギルド(警備員10人前後)、そして自警団本部(自警団員100〜200人)。この三箇所を制圧目標とする。内情、特に各拠点の位置と地理条件については、これまでウイリアム・ルスカが長期に渡って当地に滞在していた経緯があるので、細密な地図を作成し、攻略に関する綿密な作戦を立てる事が出来る。特に自警団が治安部隊と軍隊の双方を兼ねている為、制圧目標が少なくて済む点は制圧に極めて有利に働く。また、捕縛の対象者としてはウォズニ、ノイマン、ハンコックのバスキア三大首脳、エルス、リンの自警団代表、現バスキア商工ギルド長マシーナリーとする。

3.作戦の事前活動。バスキア−ネオバスキア間の往来に現在制限を設けていない点を利用し、ネオバスキアから交易の為に戻って来た商人のキャラバンという名目で兵士をバスキアに潜入させる。この時荷物の中に武器を潜ませる事とするが、本物の商品の中に部品の状態で隠す事とする。具体的には鉱山開発機器の補修用部材、燃料、容器等の工業製品として搬入する事。今回使用する仕掛けは極単純な物であるから、部品としての解体及び組立は容易である。また、現在市民の流出に悩んでいるバスキアがネオバスキアから入ってくる者に対して厳しいチェックをする事は有り得ない。無論、潜入が知られない事に慎重を期す事は今回の作戦の大前提とする。特にバスキア商工ギルドに情報が漏れないように留意。速戦によるゲリラ戦術での要所制圧を作戦行動の基本とする為、計画及び情報の漏洩の可能性には特に警戒を怠らない事。万が一情報の秘匿に失敗した場合に備えては、項目10を参照。また、ウイリアム・ルスカ自身は前線砦において統括指揮を行う。今回の作戦に関しては部隊編制と襲撃目標、行動スケジュールの事前指示の徹底が最も重要な点である為、部下には充分に作戦を浸透させる。加えてバスキア市民及び民間施設への暴行や破壊行為を厳禁とする。本作戦では極めて政治的な目的により、市民の信頼を可能な限り維持する事が重要である為、特に留意する事。

4.兵力動員と部隊編制。潜入する兵については、以前コーア砦から帰参した800人のクオス兵を中心とする。彼等は常に前線砦にいた為にバスキア人に容姿が知られていない事、バスキア人で無い為に襲撃計画を外部に漏洩する可能性が極少である事、古くから前線及びルスカ指揮下で経験を積んでいて信頼できる実力を有している事、以上三点の理由が挙げられる。今回の作戦は実行部隊以外には他の味方にも漏洩しないように注意する。具体的な襲撃部隊の編成については兵種を以下の三種に分け、それぞれを運用する。

a近接武器による直接戦闘を目的とした軽歩兵隊。味方の護衛を主体としつつ相手を混戦に誘う目的を有する。
bボウガンによる間接攻撃を目的とした遊撃部隊。敵を確実に仕留める事を目的とする。
c特殊兵器部隊。バスキアのガンナー、及び特定の優秀な戦士個人に対処する為の特務部隊である。

特殊兵器部隊については、片手持ちのスタッフスリング(カップ状の椀が付いた短い棒で石等を投げる武器)を携帯し、これで強酸性の液体が入った瓶を投げ付ける。射程距離が短く、命中精度に劣るが近接武器の間合いの外から攻撃出来る事、混戦状態でも味方の頭越しに使用出来る事、特に軽装備の者には防御が不可能な事、致死に到らず、かつ甚大な負傷を負わせ得る事から、特に建物内等の狭い場所でバスキア人と戦闘する場合において最も効果を発揮する武器である。これらの武器は項目3の荷物の中に潜ませて搬入させる。

5.作戦実施における現状の分析と目標の確認。バスキアの軍事力における特徴の内、長所については銃兵が存在する事と魔法耐性が存在する事の二点、短所については自警団しか存在せずに実戦経験が少ない事と、兵力の絶対数が少ない事、魔法耐性が治癒魔法を遮る要因となる事の三点である。相手の長所と短所を最大限に利用する事で、攻略は極めて容易になる。戦闘においては電撃的に急襲し、市民の殆どが状況を把握できない内に三箇所の拠点全てを制圧し、要人の身柄を押さえ、統治者のすげ替えを行う。戦略目的にある人物が制圧目標に出勤している時間帯を狙い、襲撃は日中帯(特に午前中)を狙って可及的かつ速やかに行う必要がある。

6.具体的な作戦行動。上記の項目にある課題を全て達成した時点でバスキア攻略はほぼ達成される事になるが、襲撃に完全を期す為に戦術上の対応を行う。戦力配分の比率については、

a軽歩兵隊 bボウガン部隊 c特殊部隊

対自警団要員500名:部隊a及び部隊bを中心に編成し、部隊cを加える。急襲→混戦の直接戦闘が主体となる。襲撃はbによって行い、隠密行動によって相手が状況を把握するまでに充分な被害を与えてからaが突入して混戦に持ち込むという策をとる。

対商工ギルド100名:部隊a及び部隊cを中心に編成し部隊bが援護。現ギルド長及び周辺人物の捕縛を目的とする。部隊aで攻囲後突入し、制圧と要人の捕縛を目的としつつ部隊cを常に待機させて、不測の敵(特殊な護衛兵)の存在に備える。

対首脳部200名:部隊aを中心に編成し、部隊b及び部隊cが援護。占拠と要人の捕縛を目的とする。部隊bによる襲撃で建物外の警備員を倒した後で部隊aにより包囲、逃亡者を出さないように出口を押さえつつ突入して内部を制圧、投降を迫る。

とする。バスキア兵の欠点として、混戦になると戦場経験の少なさと銃兵が味方を巻き込む懸念によって充分に活動出来なくなる事が挙げられることは、これまでの指揮によって把握済みである。また、戦闘は相手を殺さずに負傷させて行動不能にする事を最大の目的とする点に注意。相手に足手まといを作って部隊行動力を鈍らせる事はゲリラ戦術の基本であり、魔法で負傷を癒す事の出来ないバスキア人にとっては最も効果がある戦法と言える。特に個人戦闘能力が高いと思われるバスキア首脳部の一部要人には部隊aによる包囲と降伏勧告、エルス&リンの両名には部隊bと部隊cによる無力化と捕縛を図る。更に現商工ギルド長マシーナリーの周辺には不明な点が多い為、警戒を怠らないよう注意し部隊cを活用する。

7.事後処理1−制圧完了後のバスキア市民への対応について。制圧が完了した時点で各部隊をバスキア市内の各処に配備し、混乱に乗じた破壊活動、暴動、テロを監視し抑制する。クオス兵の仕業に見せかけた破壊活動の防止、一部要人を捕縛出来なかった場合の検問が目的。尚、この時クオス兵がバスキア市民に対して略奪、暴行を働かないように監督を徹底する。また、市内に布告を発し、項目1で前述したバスキア政府が帝国と手を結んだ事実、及びクオス要人の暗殺事件に関する事実秘匿の件、更にはバスキア地下の混乱に対する対応の現状を公表し、以後バスキアをクオス領バスキアシティとして管理下に置く事を布告する。同時にこれによって、バスキア政府下で一時停止していたクオス本国からの援助が再開される事を通告、及び現在の経済産業にクオスが必要以上に干渉する事がない事を明言して人心の安定を図る。

8.事後処理2−バスキア兵、及び要人への対応について。敵の負傷者は速やかに捕らえて砦に後送し、治療に当てた後で拘束する。バスキアの外であれば相応の治療が可能である事、敵対勢力をバスキア当地に置かない事が目的である。また、可能であればバーネル・ガルフ氏の身柄を確保する。他の要人については、現商工ギルド長はバスキア内部にて一時拘留、その部下をギルド運営に当てる。自警団員は前線砦にて拘留、バスキア首脳部及び自警団団長エルス及び補佐役のリンのうち捕縛に成功した人間は全員クオス本国に後送する。帝国と手を結んだ首謀者として幾人かは処罰されるかもしれないが、混乱が収束した後に彼等をバスキア本国に帰らせれば良い。或いは強硬な対応を謝罪し、バスキア地下問題の解決後にバスキア本国に戻すという手もある。※通常なら首脳部から一人、自警団から一人がスケープゴートとして処刑されるパターンか?ここまで達成した時点で改めてバスキア内のクオス協力者(ギ・ド・メイ氏ら)に連絡し、事の経緯と目的を説明する。地下民衆を含めて「クオスの命令で」バスキアからネオバスキアへの一時避難が可能になった点、地下の脅威への公然とした対応、協力が可能になった点を説明する。強引な方法である事は承知の上であり、今後の統治の実績によって彼等の不満を解消するべく図る。無論ウイリアム・ルスカ自身はネオバスキア〜前線砦にいる為に、書状による連絡になる。

9.事後処理3−政治外交的な対応について。バスキア政府の消滅により帝国とバスキアとの不戦同盟も消滅する為、前線砦の軍事力を強化する。大陸の北方がクオス−ネオバスキア−バスキアによって統一される為、大規模な勢力拡大が可能となる。更に三都市の結節点に当たるネオバスキアシティは、今後クオスの重要拠点としての急速な発展が期待出来、存命であれば改めてバーネル・ガルフ氏の自治領主就任を宣告する。

10.補足。大前提として項目3の潜入が失敗した場合、急襲では無く強襲に戦術が切り替わる事になる。その場合も制圧目標等他の項目に変更が発生する事は無いが、市民にある程度の混乱を招く可能性がある事、戦闘規模が拡大する為に兵士の犠牲が増える事が懸念される。但し、戦闘が表立った場合でも不戦条約を結んでいるだけの帝国が介入する可能性は極少なく、また、その暇を与えずに短期間で作戦を完遂する必要がある。いずれにせよ人口5万人のバスキアの所有する兵力など知れており、三箇所の拠点を合わせても500人に達する事はないであろう。孤立した弱小勢力が全体陸制圧を宣言した帝国と不戦条約を結んだ、その結末が予測出来なかったのならば彼等の無知は罪悪としか評しようが無い。

クオス神聖王国軍情報部大佐ウイリアム・ルスカ記

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