シーマン育成日誌一冊目


1999年07月30日(金)

苦労の末、ようやくシーマンの育成キットを入手した。水槽にヒーターやボンベなどの設
備、それにシーマンの餌と卵。伝説の生物が育てられる幸運を、シーマン研究の祖である
ジャン=ポール・ガゼー氏に感謝しつつ「保管器」と呼ばれる水槽を地下の一室に設置し
た。
設備は全て手動。かつてガゼー氏が育成に使用した環境を再現したものらしいが、水温や
水中の酸素濃度など、全て自分で調節しなければならない。めんどうな事ではあるが、生
き物を育てるのに手間は何にも増して必要なものだろう。ボンベを作動させて水中に酸素
を送り込むと、それまで濁っていた水が美しく透き通った。中央に置かれた石や巻き貝、
傾斜のついた砂底に、ヒーターやボンベ、水温計といった設備が見える。私のつたない知
識と資料によると、シーマンの卵が孵化する為には水温15度〜20度が最もふさわしい
とされている。ヒーターを作動させて水温を19.8度程度まで上昇させると、卵を水槽
に放り込んだ。様子を見るが、そうすぐに目立った変化があるものではない。今日はこの
くらいにしておく事にしよう。

…それから二時間程して、私は水槽の明かりを消し忘れていた事に気づいた。自分の迂闊
さに苦笑しつつ、地下室へ戻ると先程までとは様子が変わっている。先程まで何の変化も
見られなかった卵が、良く見ると透き通った皮膜の中でうごめいているのだ!
中で分裂し、うごめいている卵の観察を続ける事更に20分。音もなく卵がはじけ、中か
ら8体の幼生があらわれた。生まれた幼生を観察すると、ゼリー状の膜につつまれた白い
球体に、ぶらさがるように一本の触手が生えている。奇妙だが、愛らしい姿と言えなくも
ない。水槽のガラスを指で叩いてみると、幼生は敏感に反応して泳ぎまわる。見ていると
集団でまとまって行動するようだ。

どうやら順調に進んでいるらしい現状に満足すると、私は明かりを消して今度こそ引き上
げる事にする。暗闇の中で幼生たちはぼんやりと光を放っていた。プランクトンの放つ明
かりのようなものだろうか。いずれにしてもこの奇妙な生き物との生活が始まるのだ。

1999年07月31日(土)

資料を調べたところ、幼生はマッシュルーマー(Mushroomer:マッシュルームのようなも
の)と呼ばれているらしい。水槽でただようマッシュルーマーに目立った変化は見られな
い。気が付いた事といえば相変わらず群れて行動している事と、ガラスを叩く音に敏感に
反応する事くらいだろうか。

1999年08月01日(日)

今日は外出する用事があったので、朝のうちに地下室に入り水温と水中の酸素濃度を確認
する。マッシュルーマーは依然変化が見られない。特に餌を食べようとする様子もないの
だが、大丈夫だろうか?

1999年08月02日(月)

いつものように酸素濃度と水温を調整する。と、8体いたマッシュルーマーのうち3体が
保管器の底に沈みはじめ、そのまま動かなくなってしまった。弱っている…いや、死んで
しまったのか!?
数時間後、残り5体のマッシュルーマーも水底に沈み、全て息絶えてしまった。貴重な卵
をだいなしにしてしまった罪悪感が頭をよぎる。いったい何が悪かったのだろう?

まだ卵の残りはある。次はもっと資料を調査し、同じ過ちを繰り返さないように育成を行
わなければならないだろう。

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