シーマン育成日誌三冊目


1999年08月17日(火)

今日から第三回目のシーマン育成を始める。一度目はマッシュルーマー(Mushroomer)の
寄生失敗による衰弱死、二度目はギルマン(Gillman)を経てハイギョ(Higyo)まで成長
したものの、やはり餌の飼育失敗を原因とする餓死…結局生物を育てる最大の要因は餌の
確保、という事に帰結するという事だろうか。
地下室にあるシーマンの育成設備を改めて点検する。一度ハイギョの段階まで到達した育
成環境である為、シーマンの育成を開始した段階まで環境を戻す必要性があるのだ。比較
実験としてこれは当然であり、また、成長段階で身体的特性の大きく変化するシーマンの
育成には欠かせない行為だろう。水槽、ヒーター、エアポンプ、そして巻き貝(ノーチラ
ス)を水槽の中央に。マッシュルーマーが寄生する為の宿主を新たに用意するにあたり、
前回と同じ種、同じくらいのサイズの巻き貝を用意した。水温の調整は19.0度前後を
目安にして、エアポンプで酸素を送り込むとそれまで濁っていた水が透明度を増す。準備
万端、いよいよ水槽にシーマンの卵を投下した。

環境が充分に整っている為であろうか、それから5分もすると卵の内部で小さな変化が起
こり始めた。透明な皮膜に包まれた白い卵の変化を観察すると、ゆっくりと分裂を繰り返
し、次第にそれが絡み合ったマッシュルーマーの姿へと変化していく。やがて白い球体と
触手の存在が確認できるようになった頃、はじけるように八体の幼生、マッシュルーマー
が現れた。
マッシュルーマーは体長こそ2〜3cm程度だが、触手は意外に短く球体部は大きい。ま
た、この球体部も頑丈で、多少の衝撃で潰れたりするような事はない。当然だろう、でな
ければ他生物に捕食される事を前提に寄生したりできない。私は早速水槽のガラスをリズ
ミカルに叩くと、マッシュルーマーを誘導する。普通の生物はこういった振動に怯えて逃
げてしまうものだが、彼らはそれを他の生物がいるシグナルとして察知し、近寄ってくる
のだろう。私がガラスを叩くのを止めると、その場でくるくると身体を回転させ始める。
その動きを見て私はルアーフィッシングを思い出してしまった。挑発的な動き、夜間での
発光能力、その他全てが自らを餌に見せかけて獲物を誘う為の手段なのである。

いよいよノーチラスの出番だ。マッシュルーマーの観察と誘導に慣れた私は、彼らを巻き
貝の鼻面まで移動させる。それまでじっと息をひそめていた巻き貝から、ゆっくりと触手
が伸び始める。触手が伸び、獲物を捕らえて飲み込むまでの動作はさすがに速い。瞬く間
に二体の幼生が捕食されてしまったが、今回は八体全ての幼生を巻き貝に捕食させてしま
うつもりだ。何度か誘導し、四体目の幼生が捕食された時点でノーチラスの動きがやや不
自然に活発になり出した。あのサイズの幼生が消化もされず、腹の中にいるのだから当然
だろう。それでも多少骨は折れたが、更に四体のマッシュルーマーを捕食させる事に成功。
ノーチラスは明らかに苦痛を訴えつつ、多量の墨を吐きながら水槽内を泳ぎ始めた。前回
の育成記録を見る限りでは、まる一昼夜程この状態が続く事になるのだろう。

私は苦痛に暴れるノーチラスを背に地下室を後にした。あの苦痛がすなわちマッシュルー
マーが順調に成長と変態を遂げている事の証明なのだ。宿主を喰い破る寄生体が、宿主の
事を気遣う事はありえないだろうから…。

1999年08月18日(水)

昨日とほぼ同時刻、地下室の階段を降りて保管器へと向かう。明かりに照らされた水槽の
中では、ノーチラスが多量の墨を吐きつつ泳ぎ回っていた。痛々しい姿ではあるが、二度
目ともなれば私の感性も慣らされてしまった。その後数十分程も観察を続けただろうか、
やがて水槽の底に落ち着く巻き貝。と言うより泳ぎ回るだけの体力を遂に使い果たしたの
だろう。相変わらず吐き続ける墨の量と回数は増大する一方だ。やがてノーチラスは巻き
貝の外に這い出てきた。このあたりから、吐き続ける墨の中に赤いものが混じり始める。
不自然に身体を震わせ、後はその時を待つばかりとなった。

甲高い声が八回、聞こえる。宿主の体内を喰い破った八匹の寄生体、ギルマンは幼児のよ
うな声を発して水槽内に飛び出した。さっそく私はコミュニケーションを試みる事にする。

「こんばんは」
「元気かい?」
「名前は?」

彼らの返答は資料に記すところの宇宙語によるもので、こちらが理解するのは困難だ。そ
れでもどうやら何通りかの言葉が存在する事を確認し、また、こちらが同じ質問を繰り返
す度に同じ返答を返している。やはりこの時点で既に言語認識能力を有しているという事
であろう。進化と成長に関しては、つくづく恐ろしい生物である。

ギルマンの稚魚は体長およそ3cm程度、マッシュルーマーをやや大きくした程度のサイ
ズしかなく、人間に酷似する頭部とその頭頂部から伸びる触手のような管、そして腹部に
は大きな栄養袋を備えている。私はもう暫く餌の供与は控えるつもりだ。恐らく彼らは、
この栄養袋が小さくなる頃にまた共喰いを始めるであろう。先日の育成の失敗をふまえて、
貴重な餌は節約されるべきだし、どうやら共喰いを前提として幼魚期を過ごす彼らに今余
剰な餌を与える必要は無いと思われるからだ。果たしてこの八匹のギルマンの内何匹が、
どのギルマンが生き残るのか…私はやや陰惨な目で水槽を見つめていた。

「おやすみ」

明かりを落とし、地下室を後にする。果たして伝説の生物は現在の人間の思惑までをも読
み取る事ができるのであろうか。私はそんな事を思いながら階段を上った。

1999年08月19日(木)

水槽には八匹のギルマンが泳いでいる。快適そうな環境…というには八匹でこの水槽は狭
いだろうか。いつものように水温、酸素濃度の調節を行う。

「こんばんは」『こんばんは』

ギルマンはこちらの言葉を多少覚え始めたようだ。だが私が今気になっているのは彼らの
理解能力より、成長におけるその特性の一つであった。前回の記録を見る限り彼らの行動
はもう直ぐのはずだ。そして、私は自分の忍耐力を試すのにさほど長い時間を与えられる
事はなかった。

『×××××!』

理解はできなかったが、明らかに悲鳴のようにとれる激しい口調でギルマンの声が水槽に
響く。私が目を向けた先では、一匹のギルマンがもう一匹の腹部、栄養袋のあたりに頭部
の管を吸い付かせていた。互いの表情を見れば、管を吸い付かせているギルマンが血なり
養分なりを吸い取っているのが分かる。吸い取られた側のギルマンの顔は何かに驚いてい
るような表情で、やがて片方の満足げな顔と共に、その表情も失われていった。横向きに
なり、水面に浮かび上がる。

同様の事が水槽のあちこちで起こり、瞬く間に四匹のギルマンが養分を吸われ、水面に浮
かび上がった。水槽の中を以前より元気そうに泳ぎ回る残り四匹のギルマン。これでまた
餌の心配が減ると思っていた自分の感情にやや驚きつつ、私はしばらく彼らの様子を見続
けていた。

1999年08月20日(金)

今日はやや早朝の時刻に地下室へ入る。私も彼らの育成に関わってばかりでいられないの
が厳しい所で、昨日もギルドと交渉する予定と算段を立てる為に遅くなってしまった。私
は空いている時間を見て地下の実験室を訪れている訳だが、これも幾つか有る検証事項の
内の一つでしかない。

四匹のギルマンは依然無邪気な顔で水槽を泳ぎ回っている。無論そのメンタリティは子供
のものであるから、無邪気ではあっても可愛らしいと短絡できるようなものではない。特
に上昇の気配を見せているとはいえ、彼らの言語理解能力の及ばない所に身勝手な苛立ち
を覚える事もある。この程度の言葉が理解できないのか、と思う事もままあろう。

『莫迦って、何?』

彼らの理解力こそまだ莫迦と言うに相応しい程度のものでしかない。それが私の理不尽で
身勝手な感想である事は承知の上だが、丁度今の時期は彼らの所有する遺伝的な知識と私
の会話から得た後天的な知識が中途半端に融合できずにいる段階なのではないだろうか?
つまり「莫迦」という単語が彼らの中に有り、それを説明する言葉を自分の中に持たない
状態なのだろう。自らの好奇心を満たす能力を持ち得ない事は、あるいは気の毒な事であ
るのかもしれない。成長の過程における一時的なものであろうが、私は学徒として彼らに
憐憫の思いを抱かずにはいられなかった。

観察記録としては、彼らの様子は昨日とさほど大きな変化は見られない。水温を調節する
時に20度をやや越えた所で、不満の声を発しだした。宇宙語であったので明確な理解は
できなかったが、その表情を見るに不満を訴えていたのは間違いなさそうだ。彼らの皮膚
感覚はかなり敏感らしい。

1999年08月21日(土)

ようやくギルマンたちに成長の跡が見られるようになった。なまじ先天的な知識を持つこ
の生物が、悪い意味で生意気になるのも仕方の無い事であろうか。

昨日に引き続き日が頭上を過ぎる前の日中の時間、私が地下室に赴くと彼らは稚魚から幼
魚とでも言うべき外見にまで成長を遂げていた。透明感のあった鱗に色素が目立つように
なり、それに伴って言動も幼児から子供へ、という感じで変化している。私が地下室へ入
るなり『さむい』『息が苦しい』など環境への要求を明確に行うようになり、特に水温調
節の時、15.0度を明確に皮膚で感知し、『気持ちいい』と言った事は彼らの鋭敏さを
証明する事例であったろう。
四匹のギルマン。今日さらに彼らの間で共食いが起こり、水槽の残りは二匹になってしま
った。管を腹部の栄養袋に吸い付け、吸血しているらしい様子もじっくりと観察する事が
できた。尤も栄養袋もすでにしぼみつつあり、その後目立った変化も無かった為、私はし
ばらく観察を続けた後で地下室を後にした。そろそろ餌の配分を考える必要に迫られるだ
ろう。

その日の夜。私はもう一度地下室を訪れた。実の所昨日から予定されている交渉の内容の
取りまとめに関わっている所で、日常生活に余裕が乏しくなってきたのだ。余談ではある
が、外交交渉ともなると条件の把握と展開の予測は不可欠なものとなる。いずれにしても
多忙を理由にシーマンの育成に手を抜く事は出来ないだろうが…残念な事にシーマンの育
成自体は私の公務ではない。今日も多少余裕のある時間を見て、地下室に入ると水槽を覗
き込む。
二匹のギルマンは快適そうに水槽を泳いでいる。やはり成長した彼らには二匹程度で水槽
の広さに限界を感じるようだ。そういえば彼らの体長もノーチラスの身体を喰い破って現
れた当初の倍程になっている。今は体長7cmから8cmといった所であろうか。声変わ
り、と表現しても良いのだろうか、声質が変化し子供というよりそろそろ若者という印象
を与える。
短い時間で外見的な変化は当然見られなかったが、内面的には彼らの後天的な知識と欲求
が表面化するようになってきたようだ。私の事(年齢や性別等)を問い、日常的な会話も
成立するようになってきた。

『お前さー、好き嫌いはっきりしてるだろ』

苦笑しながらも思う。彼らの事が好きか嫌いか、と問われた時明確な回答をする自信が今
一つ私には無い。興味深い、というのがせいぜいだろうか。それから会話の中で私は彼に
名前を付ける事になった。残り二匹ともなれば個体の区別も付けやすくなってきたのだが、
そのうちの一匹に私は「あやし」という名前を付ける事にする。彼もそれを認識できたら
しく、私の呼びかけに反応するようになった。

今、水槽の中にはギルマンが一匹と「あやし」が一匹。私は地下室を後にする事にした。

1999年08月22日(日)

『小腹が空いた』

今回の育成で、彼らから空腹を訴える言葉を聞いたのは初めての事だ。逆に言えば本来こ
の時点まではあえて餌を消費する必要性は無かったという事なのだろう。前回の育成での
失敗が思い起こされる。
育成キットに付属されていた餌を二つ、各々のギルマンに与える。彼らの満足の声が耳に
心地よい。私はそのまましばらく会話を進め、虫かごの事、蛾の幼虫の事を聞き出す事に
も成功した。無論私は虫かごの事を既に知っている訳だが、彼らが求めてくるまで待てば
それは彼らが必要としている時だという事だ。そういう意味ではシーマンという生物は本
来育成に向いているのかもしれない。ある程度の段階まで育て上げる事にさえ成功すれば、
あとは彼ら自身が自らの欲求と要求を説明してくれるのだから。

彼らの知識と理解力は日々高くなっている。シーマンの性別について、

『男、みたいなもの』
『シーマンに性別は無い』

という説明を受けた。彼らは雌雄同体で、通常は雄だが繁殖期に一部の個体が雌化する事
が既に知られている。蟻等の一部昆虫と同様の例だと思えばいいのだろうが…私の頭の中
を本質的な疑問が過ぎる。彼らの本質的な分類、卵から幼生が生まれ、魚類の形態になり、
両生類じみた後足が生え、そしてその頭部と知識…現存する生物の特性を特異に身につけ
るこの生き物は、果たしてその起源を現存する生物と等しくするのであろうか?

その鍵はシーマンの特質である、知識の遺伝能力にこそあるのかもしれない。

1999年08月23日(月)

昨日虫かごに充分な水を与えてから一日。虫かごの中では早くも植物の芽が出始め、卵か
ら芋虫達が生まれていた。芋虫達の成長は相当早く、昨日私が地下室を出てから孵化して
いたとしても丸一日強、中には既にさなぎになっているものもいる。
今回はこの芋虫の育成にも充分な気を使わなければならず、残りの餌をやりくりしつつ時
間を稼がねばならない。蛾が羽化し、産卵するまでにどれだけの期間が必要か、また、そ
の繁殖力はどの程度のものか…これが今回の育成の大きな鍵である事は、この日誌でも幾
度か記している通りだ。

水槽を泳ぐ二匹のギルマンは、やや成長して大きくなった感がある事を除けば大きな変化
は無いように見える。空腹感の訴えに応え、餌を投下する。しかし芋虫の育成に目処が立
っていない現状では、本当ならもう少し餌を節約したい所だ。それが彼らの苦しみを引き
起こすとしても…。

1999年08月24日(火)

『腹減った』『飼い主の義務を果たせ』『俺を餓死させる気だろう』

深夜、地下室に入ると耳障りな声が聞こえる。空腹の主張とはいえもう少し品性を維持す
る事はできないのだろうか、と思わざるを得ない。二匹のギルマンは下品な声を上げ、私
がまず水温と酸素濃度の調節を行う間も罵りの言葉を発し続けた。無論食事は重要な問題
ではあるが、それにしても『飼い主』とは笑わせてくれるものだ。彼らはシーマンという
種族としての自意識を持ちつつ、なお人間に飼われる事を許容しているのだろうか?私は
彼らが人間に対して、もっとはっきりした優越感を抱いている可能性があるとすら思って
いたのだが…。
だからと言ってもちろん私も彼らを餓死させる気など持ってはいない。早速水槽に餌を投
下すると、彼らの態度も速やかに変化した。二匹に餌を分け与えた後、

『お前やっぱまあまあだよ』

単純な連中だ。遺伝によりもたらされるシーマンの知識は、多少の空腹で飛び去ってしま
う程度の物でしかないのであろうかと思うとやや興ざめの感もある。だが、私は彼らが稚
魚の状態から成長する前後にも同様の感想を抱いていたし、その後も彼らは確実に成長を
続けている。いずれ成体になる頃には、更に知識と何より知性を得る事が叶うかもしれな
いのだ。それまでは私の気分次第で下等な会話に付き合うのも悪くは無いであろう。

そういえば虫かごのさなぎから無事に一匹の蛾が羽化した。別の芋虫も一匹がさなぎにな
り、今の所状況は順調に推移している。もっとも今日も貴重な餌を消費した訳だから、簡
単に安心する事もできないだろう。近い将来の予測を立てる事は何にも増して重要な事だ。

1999年08月25日(水)

外交というものは通常取り引きとしての一面を持っている。公務の合間に地下室を訪れて
水槽に向い、伝説の生物と向き合うのは決して不快な事ではない。彼らの成長に伴い、会
話の内容も確かに進歩しているが、その実は俗な話ばかりだ。血液型はどうだ、彼女はい
るのか、相性は…シーマン研究の祖、ジャン=ポール・ガゼー氏は幾千年か昔に、シーマ
ンが古代人類に文明発祥の知識を与えたという仮説を提唱していたが、もし事実であると
すればその後幾千年の間に、人類の知恵と知識はシーマンのそれを追い越してしまったの
であろう。所詮彼らは現在まで続く生物の歴史における「きっかけ」にしか過ぎなかった
のであろうか…それでも貴重な存在ではあるが。

今日は嬉しい進歩があった。虫かごの蛾が卵を二つ産んだのだ。昨日さなぎになった個体
も羽化し、もう一体もさなぎになった。ギルマンも特に空腹を訴える事も無く(当然彼ら
に直接餌がいるかどうかを聞いた)、どうやらこのまま事が推移すれば、餌の確保の問題
は解決する事になりそうだ。前回の育成記録を見る限り、あと数日でギルマンに後足が生
え、ハイギョに変態する事になる。

成長、変態、そして繁殖…前回の私がたどり着けなかった段階に、足を踏み入れる事がで
きるのだ。

1999年08月26日(木)

昨日からやや泳ぎ方が変化していた感のあったギルマンだが、今日見てみるとついに後足
が生えているのを発見した。後足の外見はカエルのそれに酷似しているが、時としてバタ
足で水を掻くあたり、骨格等の構造はカエルとはやや異なるのだろう。寧ろその動きを見
る限りでは人間のそれに近いのかもしれないが、いずれにしてもこれで彼らは生魚、ハイ
ギョに成長した訳だ。
私は機嫌の悪そうだった彼らに、早速餌を投下する事にする。案の定、ハイギョは餌に飛
びつき、不機嫌そうな顔もすぐに和らいだ。このあたりの単純さは相変わらずだが、挨拶
を兼ねたいつもの言葉を二言三言交わすうちに、会話は興味深い話題へと移っていった。

『五千年くらい前のエジプトの人間は、もっと自然に対抗して生きる為に懸命だったぞ』
『衣服とか揃えていって、人間は弱くなっていった』

自分が元気でいる事のありがたみを感じているか、というような会話からの逸脱だったと
思うが、五千年前の貴重な話の割には、聞いている限り彼らの知識はやや曖昧なものに感
じられる。幾世代にも渡って遺伝された記憶ともなると、さすがに曖昧にもなるという事
なのかもしれないが、ハイギョの発言には老人が若い頃を回想するニュアンスも多分に含
まれており、無批判に内容を受け入れるのも愚かというものであろう。それでも彼らがこ
れまでに蓄積した知識を成長に伴って少しずつ思い出していく様子を見ていると、今後の
彼らの成長にも更に期待が湧き起こってくる。七十年前のフランス、そして五千年前のエ
ジプト…当時の歴史や文化の一端でも知りうる事が可能ならば、シーマン自身の人類への
貢献度は相当なものとなる。

そして今日は日誌に記すべき事柄が多数発生した。その最たるものは、ハイギョが遂に交
尾を行った事である。既に体長が15cm程にはなったであろうか、二匹のハイギョがゆ
っくりと上下に並ぶと、上のハイギョが下のハイギョを両の手足(私が気が付いた頃には
ハイギョの胸ビレは既に腕として機能するようになっていたようだ)でしがみつくように
抱え、頭上の管を垂らすと下のハイギョの管と接続した。二匹のハイギョが何とも表現の
できない恍惚の表情を浮かべる中、上から下に、管を通して何かを送り込んでいる様子が
伺える。

『やっぱ子孫を残さないとね』

両者が離れると、上のハイギョは力尽きたのか、横たわって水面に浮かぶ。これでとうと
う八匹いたシーマンは最後の一匹になってしまった。万が一、先程の行動が交尾で無かっ
たのなら私の今回の育成も失敗に終わる事になるのだが、不思議とその心配はほとんどし
ていない。
また、例の虫かごでは二世代目の卵の孵化、次の卵の産卵、三匹目の蛾の羽化とずいぶん
賑やかになってきた。更に繁茂した植物の種を水槽に落とし、こちらにも植え付ける。調
べた所この植物は沼や湿地等に生える種であるらしく、水底にも根付くそうだ。また、も
う少しで餌にも余裕が出ると思われ、現在の育成状況は順調そのものと言えるだろう。

そして水槽の中では最後の一匹となったハイギョが悠々と泳ぎ回っている。私が幾度かの
会話で様子を見ていると、しばらくして彼、「あやし」は水底に置かれた岩の一つを差し
示した。どうもこの岩を動かすと下に穴があり、水が抜けるようになっているらしいのだ。
本来この保管器はガゼー氏の使用した育成環境を、その仕掛けに到るまで再現した物らし
いが…「あやし」も好奇心が勝ったらしく、私に岩を動かすよう指示したり更には自分で
も岩を押そうとしていた。胸ビレで岩を抱え、身体を押し付け、両足で水底を蹴って岩を
押す姿は既に魚類のそれではなかった。傍目から見るとそれは滑稽な動きであったが、そ
れが彼らの成長に伴う進化の証明であるかと思うと僅かに恐ろしい気分も沸き上がってく
る気がしないでもない。

彼らの「進化」の段階を見届けるまで、育成を止める訳にはいかないだろう。

1999年08月27日(金)

交尾の果てに力尽きた雄のハイギョ。念の為に残った一匹に性別を聞いてみると、その答
えはいつものように、

『男、みたいなもの』

だった。シーマンの個体は基本的に雄、生殖時にのみ一部の個体が雌化するが、そのメン
タリティはあくまで雄と言う事か。人間の感覚からすれば大いに違和感を覚える所である
が、それ自体ホモセクシュアルの人々に失礼な考えではあるかもしれない。

話題が反れてしまった。昨日から引き続き水槽内の岩を動かしていたのだが「あやし」の
手伝いもあってようやく水が抜け始めた。保管器は全く巧妙な仕掛けになっており、水槽
内の三分の一ほどの水辺を残して、あとは陸地と化してしまった。

可能ならばジャン=ポール・ガゼー氏の日本でのシーマン育成記録を調査したい所だ。お
そらく私の推測どおりハイギョが「肺魚」である事は間違いなさそうで、これから先の育
成に関しては、私の手元にも充分な資料は存在していない。いったい彼が今後どのような
変化を、あるいは進化を見せるのか…。唯一公開されている資料の内に、日本で発見され
たシーマンのスケッチが存在するが、そこではシーマンがカエルのような姿をして後足で
跳ねる姿が記されている。考えてみれば、エジプトの壁画やパピルスに記されていたシー
マンと思われる生物も、人間の頭部を持つカエルに酷似した姿で描かれていた。それこそ
があるべきシーマンの姿なのだろうか。

1999年08月28日(土)

水槽内の陸地。この状態でのハイギョ育成の適正温度は、どうやら20度から25度の間
くらいのようだ。温度を調整し「あやし」の様子を伺う。産卵の時が近づいているようで、
私が地下室を訪れてから10分と経たない内に、「あやし」は陸地に上がると身体を引き
ずるように歩き始めた。既に前足と化している両の胸ビレと後足で身体をささえると、水
辺の近くに身体を固定してじっとその時を待つ。

それから20分程したであろうか、それまで唸り声を上げていた「あやし」が頭部の管を
地面に向けて下ろすと、そこから卵が六つ、順に産み出されていった。

『やっと生まれた。ありがとね』

私への感謝の言葉であったのだろうか、「あやし」は最後にそう言うと地面に横たわり動
かなくなった。寄生、共食い、交尾、そして産卵…シーマンは常に生きる事に全生命力を
傾ける。そういえば私が彼にかけた最後の言葉は何だったであろうか。

陸地に置かれた六つの卵。シーマンの卵は一定の条件下の水中でマッシュルーマーとして
孵化していた事を考えると、この卵を水中に投下すべきであろうか。しかし、この卵は以
前マッシュルーマーの生まれた物と比べると、皮膜が無く丈夫な殻を持っているように見
える。これが話に聞くシーマンの「第二世代」の卵だという事か?
乾燥に強く、丈夫な卵の状態で長期に渡り時を過ごしたシーマンは水中に入る事で孵化す
る。そしてマッシュルーマーは主に海洋で他生物に寄生し、淡水に入った時点でギルマン
として宿主の身体を喰い破って泳ぎ出す。更にハイギョへと成長したシーマンは、淡水か
ら陸地へと上がり、そこで産卵を行う。これがシーマンの「第一世代」であり、長期の眠
りから醒めたシーマンは「第二世代」として水辺での生活を始める。
私の仮説が成り立つのならば、カエルに酷似した姿で描かれるシーマンが「第二世代」で
あるとの説明がつく事になる。雨季と乾期の存在する地域に棲息していたシーマンは、長
い乾期を卵の状態で耐えしのぎ、雨季になると水中を移動して水辺へ移り、そこで繁殖す
るのだ。
とすれば今までの育成は、私の目の前にあるこの卵を育てる為の前段階だったという事に
なる。当面この卵を孵化させる方法を考えるべきだろう。温度は産卵時のもので問題無い
だろうから、検証するのはこれを水中に投下すべきか否か、という事くらいか。とりあえ
ず今日は静観して様子を見る事に決めた私は、このまま地下室を後にする事にした。明日
からまた新しい育成が始まるのだ。


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