ゲームセンターあやし


第1話 伝説

 場末のゲームセンターに一人の青年が入る。からからと音を立てる扉。流行にやや遅れ
たゲーム機が置いてある中、一番奥のゲーム台に男達が座っていた。投入されたコインも
虚しく、お手上げとばかりに立ち上がる男達。代わって椅子に座る青年。

「兄ちゃんやめた方がいい。金を無駄にするだけだよ」

 男の好意の言葉に、青年は笑みを浮かべ目の前の機械、脱衣麻雀のゲーム機に向うと伝
説と言われた一秒間16連射の技を炸裂させた!狭い店内にどよめきが走る。青年の後ろ
でその様子を見ていた老人が呟いた。「お主、ただ者ではないな。良ければこの老いぼれ
に名前を聞かせてもらえるかな?」老人の言葉に振り向くと、青年は言った。

「名乗るほどの者じゃありませんが、あやしとだけ言っておきますよ」

 そう言うと立ち去る青年。今、伝説が始まった。


第2話 コイン

 天王山学園(仮称)。一見平穏に見えるこの学園は、ゲーム同好会によって完全に支配
されていた。校門をくぐるあやし。ここには気の知れた友人が多いが、あやしはゲーム同
好会には加入していない。

「助けてー、あやしくーん!」

 友人の村上ハジメ(仮名)が駆け寄ってきた。同好会の連中にカモにされ、大金を巻き
上げられたというのだ。何て連中だ。正義感に燃えるあやしは、ハジメ(仮名)から金を
巻き上げたという連中に会いにいった。ゲーム同好会第一部室。あやしが扉を開けると、
部屋の中央にポツンと対戦台が置いてあった。そのまわりを取り囲んでいる同好会の三年
生達。話によると、ハジメ(仮名)は対戦でアツクなり、コインをつぎ込んではボロ負け
したという。

 そうか、それじゃあ仕方ないな。もうお昼だし、購買のカツサンドを買いにいくために、
あやしは帰る事にした。急がないとカツサンドはすぐ売り切れてしまうのだ。


第3話 カツサンド

 昼食のカツサンドを買う為に購買へ急ぐあやし。飢えた獣達を押しのけ、ようやく売店
にたどりつく。

「売り切れだよ」

 おばちゃんの声が残酷に響く。なんて事だ。これというのもハジメ(仮名)に乗せられ
て道草を食ってしまったせいだ。あやしはハジメ(仮名)をこらしめてやることにした。
こうなったら対戦ゲームで決着だ!

 購買横に置いてあるゲーム台に向うあやし。嫌がるハジメ(仮名)を無理矢理椅子に座
らせると、彼の財布から2枚、コインを抜き取ってゲーム機に入れる。ラウンド1のかけ
声とともに対戦が始まった。が、相手は所詮ゲーム同好会にカモにされるような奴だ。あ
やしの敵ではない。
 パーフェクト・ゲームでハジメ(仮名)を葬り去ると、負けた罰としてコンビニまでカ
ツサンドを買いに行かせてやった。ちゃんとコーヒー牛乳も一緒に頼んである。もちろん
敗者のおごりだ。敗者に情けは無用なのだ。

 ハジメ(仮名)に勝負の厳しさを教えたあやし。しかし彼の戦いはまだ始まったばかり
なのだ。


第4話 心眼打法

 ある日の放課後。商店街を歩いているあやし。その隣にはハジメ(仮名)がついてきて
いる。友達のいないハジメ(仮名)は何故かあやしになついているようだ。あやしはそん
なハジメ(仮名)に自分の鞄を持たせてやっていた。友人の為に役に立つ喜びを教えてや
ろうというのだ。あやしはなんて寛大な男なのだろう。
 そんなあやしの前に一人の男が現れた。頭をそり上げた眉毛の太い男は、自分はゲーム
同好会の人間だと名乗った。先日の対戦を見て、あやしの実力に感動したと言う。
 つまりは同好会への勧誘だが、既に帰宅部に所属しているあやしは男の申し出を断った。
あやしはそんなに暇な男ではない。

「そうですか、それは残念です。ではせっかくお会いしたのですから、同好会とは別に
 ちょっとだけ遊んで行きませんか?」

 そういう事なら断る理由はない。あやしは男についていくと、家電屋の前に置いてある
対戦台へと案内された。まずは先日来特訓を重ねたと言うハジメ(仮名)が男の相手をす
る。椅子にすわると、それまで穏やかな顔をしていた男の顔が一変した。

「行くぞ!心眼打法!」

 そう叫ぶと、ハジメ(仮名)の座っている対戦台の向こうから不気味な声が聞こえてき
た。「ふふふ見える見えるぞお」「お前の技などお見通しだあ」「どうした?次は必殺技
を出すんだろおおお」本当に見えているのかどうかは分からないが、かなり不気味だ。心
眼打法の前にすっかり萎縮し、うろたえるハジメ(仮名)。既に勝負は決まっていた。
 簡単に勝利する男に熱くなったハジメ(仮名)は再戦を申し込もうとする。この様子で
はまたハジメ(仮名)が金を巻き上げられるのは必至だろう。そんな事になったら今日の
おやつ代はいったい誰が出せばいいのだ。

 あやしはハジメ(仮名)に代わって男と勝負する事にした。


第5話 必殺技

 代打ちとして心眼打法を操る男と対戦する事になったあやし。熱くなって既に次のコイ
ンを投入しているハジメ(仮名)を押しのけ、ゲーム機の前に座る。あやしが椅子に座る
のを見て、男の眼が獣のそれに変わった。いよいよ戦いの開始だ!ゲーム開始早々、さっ
そく男の心眼打法が炸裂する。

「みみ見える見えるぞお」
「むむ虫が虫がいっぱあああい」
「お前うまそうだな喰ってみろよおおおおおおっ」

 確かに男には何かが見えているようだ。心眼打法の前に集中を乱されるあやし。更に男
は不気味な声を発しながらもゲームの実力はなかなかのもので、さすがのあやしもこのま
までは勝ち目が無い。どうするあやし。どうすればいいあやし。
 早々と三本勝負の一本目を取られてしまい、あせりを感じるあやし。ふとあたりを見回
したその目に、隣の家電屋のテレビに映っている体操競技の中継が飛び込んできた。閃く
あやし。これだ!

「必殺!ムーンサルト!」

 突然椅子から飛び上がり、宙返りをするあやし。驚く男の頭上から、ゲーム機を飛び越
えてあやしの肉体が降ってきた。

「ぐあああああああっ!」

 さすがの心眼打法も、あやしの肉体には通用しない。倒れた男を相手に残り二本の勝負
を取り返すなど造作もない事だった。手強い敵だったが、幼い頃から勝負の世界で生きて
きたあやしをこの程度の技で倒せる筈が無い。あやしはゆっくりと椅子から立ち上がり、
両手をポケットに入れると歩き出した。

 代打ちのお礼にハジメ(仮名)に珈琲をおごってもらうのだ。


第6話 ヒーロー

 激戦の末、心眼打法を操る男を倒したあやし。頭をそり上げた眉毛の太い外見ではあや
しには通用しない。ヒーローは格好良くなければいけないのだ。

 道路の中央でひざまずくあやし。かたわらに顔面からぶっ倒れている悪漢。肩で息をす
るあやし。人々が集まり、ストリートに活気が戻る。あやしがつぶやく。「終わった…」
路上に転がった悪漢の腕。あやしが向こうに去ってゆく。彼を見つめながらハジメ(仮名)
が叫ぶ。「あやしくん!あいつにやられちゃうかと思ったよ」

 あやしが言う。「自分の力を信じることさ」

 ハジメ(仮名)が言う。「もう1度戦っても勝てる?」

 悪漢の手がピクリと動くのが見える。太った婦人が声を失う。

 あやしが言う。「なぜそんなことを聞く?」

 ハジメ(仮名)が言う。「だって、あやしくんの後ろにいるんだもん…」

 突然、悪漢が立ち上がって、あやしが乗っていたバイクをつかみ、彼をビルに投げつける。

つづく!


第7話 宣戦布告

 大柄なエイリアン風の悪漢の放ったムチで首を締め付けられてよろめくあやし。彼はベ
ルトから取り出したナイフでムチを切り、自由になる。あやしの怒りがこみ上げてくる。
彼は、お約束の怒りあらわな無敵のファイターとなる。殺意に満ちた目で悪漢をにらみつ
けるあやし。

 あやしを殺せなかった悪漢は、空いた手で重いガンを取り出し、小型ミサイルを4発同
時に発射。ミサイルがあやしめがけて飛んでゆく。あやしはミサイル着弾点から、軽業師
のように空中に跳び上がる。

 あやしはくるりと向きを変え、悪漢に向かって跳びかかりながら、ブラスター(宇宙銃)
を両手でしっかりつかみ、悪漢に向かって発射。悪漢の位置はあやしより奥に。あやしの
緊張した顔。コマいっぱいに大爆発シーン。吹き飛ばされる悪漢。武器が手から離れる。
この攻撃で悪漢は倒される。

 こうして正義のヒーローあやしとゲーム同好会との熾烈な戦いは幕を開けたのだ。


第8話 ゴミ手

 天王山学園ゲーム同好会の一室。ゲーム機を囲んで、四人の男が話をしていた。副長で
ある長髪の男を除き、窓からの光で他の三人の顔は判別し難い。「…俺が見た所、あの転
校生・あやしのゲーム力は並々ならぬものがある。はたして次の対戦相手を誰にするか…」
ゲーム機を囲む男の一人が発言した。

「あなたはこう言いたいんですね。我々幹部四天王が自ら当たるしかないと」

 …その日の放課後。ハジメ(仮名)を連れて歩いているあやし。「あやしくーん。ママ
がキミを家に招待して、家庭料理をごちそうしたいって言ってるんだよ」他愛のない会話
をするあやしたちの前に、ゲーム同好会の副長が立っていた。

「今度の相手はゲーム同好会幹部四天王の一人だ。
 お前は今日、敗北の屈辱を味わうことになる!!」

 そう言うと副長はあやしを校舎裏にあるゲーム機まで案内した。そこには奇妙に陽気な
三人組の男たちが待っていたのだ。

「なに突っ立ってんの、ほら、ここだよ」
「へェ〜彼がうわさの、あやしかいな」
「あ〜っもう待ちくたびれた、早くやろうぜ!」

 ニコニコと陽気に手を振る男たち。しかしこの三人の中に間違いなく四天王の一人がい
る!そしてその男がどんな技を使ってくるか…あやしは緊張を隠せないまま、眼鏡の男の
向いの対戦台に座った。


第9話 アシスト

 ゲーム同好会四天王と戦う事になったあやしの前に現れた三人の男。この内の一人が四
天王であるのは間違いない。しかし、とりあえずあやしと対戦する事になった眼鏡の男を
含め、一見して陽気な彼らにそんなそぶりは見られない。あやしの両脇に立った男の片方
がマスターに注文を取っている。

「俺アイスコーヒー」「俺アイスレモンティー」「俺ビール」
「なに言ってんだまだ高校生だろう?」「ちえっ、わかったよコーラ」

 こいつらふざけているが…この三人の中に間違いなく四天王の一人がいる!警戒するあ
やし。勝負は二本先取の三本勝負と決まったが、一本目から眼鏡の男はわいわいと仲間と
話しつつ、あまり真面目に勝負を仕掛ける様子がない。有利に対戦を進めるあやし。
 こいつらが仕掛けてこないのならこっちからいくか。あやしが早々に勝負を決めようと
したその瞬間、眼鏡の男の表情が変わった。眼鏡を外し、おしぼりで顔を拭く男。それを
合図に、あやしの両脇の二人が動いた。

 ガシッ!

 突然両脇の二人に両腕を押さえつけられるあやし。身動きの取れないあやしを相手に猛
攻に出る眼鏡の男。難なく一本目の勝負を先取した。

 そうか!こいつの技はほかの二人をアシストに使ったチームプレー!

 二本勝負の一本目を先取されてしまったあやし。もう後がない。組織力を武器にあやし
に降参を迫る眼鏡の男を相手に、あやしはどう立ち向かうのか!?

つづく!


第10話 サインプレー

 ついに正体を現した眼鏡の男。見事なまでのチームプレーで攻めたてる男を相手にあや
しの勝機はあるのか?
 早々と二本目の勝負が始まるが、左右にいる男たちはあやしの横から動く様子がない。
いざとなればまた両腕をがっちり捕まれて、身動きが取れなくなってしまうだろう。勝ち
誇る眼鏡の男に、ハジメ(仮名)が声を上げる。

「ダ…ダメだ。こんなのインチキだ!」

 インチキだろうが何だろうが、勝負の世界は非情なのだ。負け犬がいくら吠えた所で説
得力は何もない。このままではあやしもその負け犬になってしまうのだ。だがあやしは負
ける訳にはいかない。頑張れあやし。子供たちの期待にこたえるのだゲームセンターあや
し!

 仕方ない、できればこの技はつかいたくなかったが…観念したかのように下を向くあや
し。そのままうつむくと、ゲーム機の下にもぞもぞと手を入れた。

「必殺!エレクトリックサンダー!」

 そう叫ぶとゲーム機の電源を抜くあやし。一瞬にして消える画面。驚く男たちを前に、
あやしは更に手にした電源コードを男たちの持っていた飲み物の中に放り込んだ!

「ぐああああああああああああっ!」

 飛び散る液体と弾ける火花。あやしの両脇にいた男たちは、この意外な攻撃に倒されて
しまった。あとはコーラを手に震えている眼鏡の男一人だ。勝負の前に飲み物を頼んでい
た事が、彼らの唯一の誤算だった。敵のミスを見逃すほど、あやしは甘い男ではない。

「ぐああああああああああああっ!」

 倒れる眼鏡の男。あやしはあらためてゲーム機の電源を入れると、残り二本の勝負を連
勝した。あやしの勝利だ。友達の家に夕食をごちそうになるために立ち去るあやし。後に
残された三人の屍。屍の一つ、眼鏡の男がつぶやいた。

 我、あやしの敵にあらず −以上!


第11話 風向き

 天王山学園学園長室に呼び出される、ゲーム同好会副長。同好会幹部四天王の一人があ
やしに敗れ去った事に、上層部が危惧を抱いているようだ。上納金を巻き上げるだけで、
嫌みと皮肉を言うしか能のない学園長や教頭に反感を抱きながらも、副長は部屋を後にし
た。
 廊下の隅に置かれたゲーム機の影からその姿を見つめている女生徒。彼女こそがゲーム
同好会四天王の二人目にして、あやしの次の対戦相手なのだ。

「必ずあやしを倒してみせます。副長…あなたのために…!」

 勝負の為、ゲーム同好会部室を訪れるあやしとハジメ(仮名)。風邪でもひいたのかや
や体調の悪いあやしを気遣うハジメ(仮名)に、あやしは力強い笑みを見せる。美しい友
情だ。
 そんな二人を待ち受けていたのは、凛とした美しい女生徒だった。一見してゲーマーに
見えない女生徒に、あんたなんで同好会なんかに入ってるんだ?と問いかけるあやし。女
生徒は微笑むと、窓際に歩み寄り、からからと窓を開けてつぶやいた。

「私は野に置かれた花…風が吹けばそれに乗って種を飛ばし別の場所に移る」

 宙を見つめる視線。いきなりの先制攻撃にあやしもハジメ(仮名)もひるみの色を隠せ
ない。風を入れ替え、窓を閉めると女生徒は無言で対戦用ゲーム機に向かった。対戦は三
本勝負、気合いを入れるあやしの後ろで、扉の開く音。おそらく様子を見る為だろう、同
好会副長が現れると、やはり無言で空いている椅子に腰を下ろした。

つづく!


第12話 珈琲

 いよいよゲーム同好会四天王の女生徒との対戦が始まった。彼女は確かにいい腕を持っ
ているが、それでもあやしの敵という程ではない。何故この程度の実力で…違和感を感じ
るあやし。
 守り一辺倒に追いやられる女生徒。時間こそかかったものの、あやしは簡単に一本目を
先取した。不快感にも似た違和感を感じるあやし。何か変だ。何かが変なのだ。

「ハジメ(仮名)、コーヒーでも買ってきてくれ。お前の金で」

 そう言ってふりむいたあやしは戦慄を覚える。ハジメ(仮名)がぐったりと床に横たわ
ったまま動かないのだ!慌ててまわりを見回すあやし。見れば副長も、他の同好会会員も
白目を剥いて椅子から落ちている。

「あやしさん。どうやら風向きが変わったみたいね」

 不敵な笑みを浮かべる女生徒。その時ようやくあやしは違和感の原因に気づいた。風邪
気味で鼻がつまっていた為気づくのが遅れたが、部室の中に殺人的な悪臭が立ちこめてい
るのだ!
 口から泡を吹いているハジメ(仮名)。既に痙攣も始まっている。あやしに与えられた
時間は残りわずかだった。


第13話 カンドラ

 ゲーム同好会四天王の一人である女生徒。彼女の武器は殺人的なまでの悪臭攻撃だった!
すでにまわりで観戦していたハジメ(仮名)や同好会副長たちはあっちの世界に旅立つ準
備を始めている。
 風邪気味で鼻のつまっていたあやしはこの攻撃を何とかしのいでいるが、それも長くは
続かないだろう。何しろ鼻がつまっている為、口から肺に悪臭が直で入ってくるのだ!

 ケハケハと息をするあやし。こんな状態では集中力が途切れてゲームどころではない。
女生徒のゲーム力は決してたいしたものではないが、今のあやしでは子供にも勝てないだ
ろう。二本目の勝負を取り返され、次の一本で勝敗が決まる。

「よし!この続きは明日にしよう」

 突然宣言するあやし。あっけに取られている女生徒を後に、あやしは家に帰ってお風呂
に入るとぐっすり寝てしまった。翌日目を覚ますあやし。うーん、やっぱり一日10時間
寝ると気分がいいなあ。

 その日の放課後、あやしが掃除当番をサボってゲーム同好会の部室へ行くと昨日の女生
徒が勝ち誇った顔で待っていた。

「ふふ…あやしさん、昨日は試合放棄で私の勝ちね」
「何で?だって誰もそんなの見てないじゃん」

 そのとおりだ。昨日の勝負を最後まで無事見届けた者は一人もいない。副長はもとより、
ハジメ(仮名)などはいまだ集中治療室から出れないでいる有り様なのだ。あやしは陸上
部からガメてきた携帯用酸素ボンベを口に当てると、昨日の対戦の続きを迫った。

「さあこいっ!」

 と言っても既に勝負はついたようなものだ。悪臭攻撃さえ封じれば彼女はあやしの敵で
はない。でもせっかくだからパーフェクト・ゲームで四天王の女生徒を沈めると、あやし
は敗北にうなだれる彼女に優しく声をかけた。あやしは紳士なのだ。あんたはこんな所に
いるよりやる事があるだろうとあやしが言うと、女生徒は副長を見舞いに部室を去ってい
った。これでゲーム同好会四天王の二人を倒したあやし。今日はこれから一人で珈琲でも
飲みに行くことにしよう。

 昨日倒れているハジメ(仮名)の財布から珈琲代をもらっているのだ。


第14話 雨の夜

 ゲーム同好会幹部四天王の二人を撃破したあやし。雨の降るある日の休日、あやしは寮
を出るとどこかへ出かけていく。その後を友人である村上ハジメ(仮名)が尾けていた。
あやしが何故あんなにゲームが強いのか、何故勝負にこだわるのか、その一端なりともつ
かみたいと思ったのだ。

 電車を乗り継ぎ、場末のゲームセンターに入るあやし。店内に入ってくる青年の姿を見
て、一人の老人が表情を変えた。

「おや、あの青年は!?」

 老人の目に映ったのは、以前見かけた青年の姿だった。伝説と言われた一秒間16連射
の技で脱衣麻雀を攻略していた、あの青年だ。対戦台に座るあやしの向かいに、巨体を揺
るがせて髭面の男が腰掛けると店内にざわめきが起こった。確証は無いが何かイカサマを
使うという噂の、廃業した元相撲取りだ。

「心配は無用じゃ、あの学生ならな」

 周囲の心配をよそに、キセルの煙を吐いてにこやかに笑う老人。ご隠居と呼ばれる老人
の言葉の正しさは、これからすぐに証明される事になる。


第15話 取り引き

 イカサマを使うという噂の元相撲取りの男。ゲームセンターの対戦台を挟んでその向か
いに座っているあやしは、懐からコインを取り出すとゲーム機に挿入する。

「ゲームも相撲も勝負事だ。その厳しさを教えてやるぜ」

 いきり立つ大男。いよいよ戦いが始まる。操作レバーを握ろうとして、あやしは違和感
に気づいた。なんとレバーの先に付いている筈の球体が取られてなくなっているのだ!

「これが大人のゲームってやつだ。だがお楽しみはまだこれからだぜ」

 どうやら大男がレバーをあらかじめ外して、左手に隠し持っているらしい。チンケなイ
カサマだ。あやしは不敵な笑みを浮かべると、ポケットからピンク色の球体を取り出して、
くるくるとレバーの先に取り付けた。

「さあこいっ!」

 大男は自分の手元のレバーの球体も外されているのに気づいたらしい。このままではネ
ジ式のレバーの金属で手が切れてしまうだろう。だが大男は自分の左手に握られている球
体を使う訳にはいかなかった。対戦台の向かいのレバーはピンクと緑で色が違うので、そ
んな事をすればイカサマをしている事がすぐにばれてしまうのだ。
 大男のレバーに付いていた緑色の球体はもちろんあやしが持っている。あらかじめ他の
台から両方の色をガメておくあたり、あやしと大男では勝負に賭ける執念が違うのだ。

 何があっても勝負を捨てない 一歩も退かない…
 ゲームに対するキミの思い 少しはわかった気がするよ byハジメ(仮名)


第16話 マジック

 天王山学園ゲーム同好会幹部四天王。すでにその二人までがあやしの手によって倒され
ている。心眼打法の男、チームプレーを使う三人組、そして香りを操る女性…勝負の為に
は手段を厭わない彼らに、四天王の三人目がどんな相手であるのか、油断はできないでい
た。

 とある場末のゲームセンターで、サラリーマン風の男たちをカモにしている学生がいた。
巨大なアフロヘアーの学生は両手を頭の後ろに組んだまま、余裕を示して笑っている。そ
の隣では組んだ手に顎を乗せて、痩せ気味の眼鏡の男が立っていた。不気味なほどに静ま
り返ったまま。

「おーらまた来た!」

 熱くなっているサラリーマン風の男たちに対し、次々とパーフェクトゲームで勝利を決
めるアフロの学生。その間も、眼鏡の男はただ立って様子を見ているだけだった。散々打
ち負かされた男たちは、帰りの路地でふと、違和感の正体に気づく。

「ていうか…そうだ!あいつ後ろ手を組んだままで操作してねえんだ!」
「まさか何かイカサマを…?」

 閉店後の店内。俺のマジックにかかればあんなサラリーマンは相手じゃないと談笑する
学生二人。アフロの学生はおもむろに頭に手を当てると、かつらを外してやっぱムレるわ
と息をついた。

「中に34種類の基盤を仕込んだんだからな。重さも大きさもでっかくなるわ」

 アフロのカツラから、ばらばらとゲーム機の基盤がこぼれおちる。もう一人の学生は、
眼鏡を外すとニヤリと笑った。

「そうだね…兄さん!!」


第17話 白い幻影(イリュージョン)

 いよいよゲーム同好会四天王の三人目との対戦が始まる。あやしの前に現れたのは二人
の兄弟で、いったいこの二人のうちどちらが四天王の一人だろうかと疑うハジメ(仮名)。
ルールはどちらかがまいったするまでという地獄のエンドレス・サバイバル・ルール。ま
ずあやしの相手になったのは、兄の方だった。

「ケケケ悪いなァ、この勝負どうやらオレの独走だぜ」

 兄の威勢は口だけではない。あのあやしを相手に次々とパーフェクト・ゲームを決めて
いく。対するあやしは何故かいつもの動きの切れが無く、まるで時間を止められでもした
かのように、まったく動く事ができずにいるのだ。その間も兄はあやしを相手に調子良く
勝利を重ねていく。そして弟は組んだ手に顎を乗せたまま、不気味なほど静かに後ろで立
っているだけで動く気配すら無い。

(キミも気づいているよね…同好会四天王の3人目はこいつだよ!!)

 確信するハジメ(仮名)。相手の勢いにすっかり押されているが、だがあやしはという
と圧倒的に不利な状況にありながらも、その表情からは笑みが消えない。余裕からなのか、
あるいはそういう趣味があるのか…ハジメ(仮名)があやしに問い掛けようとしたその時、

「いいかげんにしてもらおうか」

 おもむろに座席を立ちあがると、対戦ゲーム台の反対側に回って兄の腕を絞り上げるあ
やし。ゲームで勝てないからといって実力行使に出るあやしに、当然抗議の声を上げる兄。
あやしは相手の声に聞く耳を持たず、ハジメ(仮名)を呼び付けた。

「最初からおかしいとは思っていたんだ。これがイカサマの動かぬ証拠だ!!」

 そう言うとゲーム画面に手を伸ばすあやし。あやしの手元で画面がはがれると、ぱらり
と地面に落ちた。思わず叫び声を上げるハジメ(仮名)。

「…!?シ…シールっ!!」

 なんとあやしの座っているゲーム画面には、巨大なシールが貼り付けてあった。これま
で時間を止められたかのようにあやしの画面が動かなかったのも、このシールが原因だっ
たのだ。だが所詮この程度のマジックではあやしには通用しない。ごめんちゃいする兄だ
が、どうせこいつは四天王じゃない。あやしの視線が、兄の後ろで静かに立っている、も
う一人の男に向けられた。寡黙に立っていただけの弟は、顔を上げると挑発的に眼鏡を直
す仕種を見せる。

「戦いの準備はととのった。あやしさん、今からあなたを倒してみせます…ご覚悟を!!」


第18話 パーフェクト

 ついに正体を現したゲーム同好会四天王三人目の男。マジックであやしを翻弄しようと
した兄に代って、それまで後ろで無言で立っていただけの弟が、対戦ゲーム機のあやしの
向かいの席に腰を下ろした。だが気になるのは先程奴の言っていた「戦いの準備はととの
った」という言葉だ。あれにはいったいどのような意味があるのか、容易には判断し難い。
あやしは警戒の目を向けながら、ハジメ(仮名)の財布から抜き取ったコインをゲーム機
に投入した。
 ルールは先程と同じ、どちらかがまいったするまでのエンドレス・サバイバル・ルール。
このルールではゲーム力以上に、相手に強烈な敗北感を植え付けるだけの強さが要求され
る。そして対戦台に座る弟の後ろで、余裕の表情を見せながら兄が立っていた。

「こいつの技はパーフェクトだ。心眼打法、チームプレー、香り使い…そんな連中の遠く
及ばない所に、弟の技の神髄がある!!」

 兄は思い出していた。音楽家を目指し、海外留学の為の試験を病気で受けられずに失意
にあった弟。単なる落ちこぼれの学生であった兄は、落ち込んだ弟の気分転換になるかと
思い、ゲーム同好会へと誘ったのだが…そこで、思いも因らなかった弟の才能が開花した
のだ。
 対戦が始まる。おそらく数々の大舞台に立ってきたであろう弟は、強靭な精神力で勝負
に徹する事ができる。あやしにとっては神経を削られるような相手だが、あやしのゲーム
力と精神力もあなどる事はできない。常人では正気でいられない程の修羅場を無数にくぐ
りぬけてきたからこそ、今のあやしがあるのだ。

 一進一退の攻防を続ける両者。明かりの無い迷宮を手探りで歩むかのような戦いに、さ
すがのあやしの顔にも疲労と緊張の色が隠せない。おもむろに弟が自分の席を立ちあがる
と、つかつかとあやしの横に歩いてきた。身をかがめるように、あやしの耳元に顔を近づ
ける。

「あぁああぁああああぁぁあああぁあああああっ!」

 突然あやしの耳元で叫び始める弟。音楽家を目指した彼の声量はホンモノだ。あやしの
耳奥で耐え難い大声が響き渡る。拷問のような状況でもゲームをやめないあやしに、もち
ろんゲーム機を離れた弟は対応できないがこれはエンドレス・サバイバル・ルールだ。相
手が「まいった」と言わないかぎり、勝利にはならないのだ。

「ぁあああああぁあああっ!」
「あぁあああぁああああっ!」

 これはたまらない。さすがにゲーム機から手がはなれるあやしに、弟は不適な表情で眼
鏡を直すと宣言した。

「…おごらず手を抜かず、確実にあやしくんを倒してみせるよ」

つづく!


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