ブーサ・ザ・ポリシアン


 磨法使いブーサ。どれほど逞しい大男であろうと、ブーサの磨法を受ければあっという
間に昇天してしまう。熟練したブーサの磨法は、様々な道具や薬の力に頼らずして尚、歴
戦の勇士達をすら圧倒してしまうのだ。

 伝説がある。その町では当時、強大な力でもって町の男どもを震え上がらせていた、恐
ろしい荒くれ者がいた。男は『物干竿』と呼ばれる程長大な漆黒の獲物を振り回し、町の
腕自慢の男たちを蹂躪してまわっていた。誰も男の腕力と『物干竿』の長さに対抗する事
などできず、一度倒されると足腰が立たなくなるまで叩きのめされるのである。恐怖に支
配され、その恐怖を日常の刺激として受け入れてしまった退廃の町。そして、その荒くれ
者を倒したのが流れ者のブーサであった。
 町に流れ着いた他部族の男に、人々があえて好意的である理由は無い。恐らくは南方の
密林、原始的な部族の出身であろうと思われる男に人々は好奇と警戒の視線を注ぎ、そし
て流れ者の男、ブーサはその足で、宿屋を兼ねているさびれた一件の酒場に入った。それ
は時刻の仕業であるかもしれなかったのだが、かつては活況を呈していたであろう酒場は
静かで、靴裏に砂と埃が滑る感触が伝わってくる。木製のカウンター、安物のスツールに
座るブーサに、両脇に座っていた客達は何かを遠慮したかのように席を外す。近寄ってく
るのは無論、この酒場のバーテンダーだけだ。

(この店で一番キツイ奴を頼む)

 それは囁き声とも取る事ができる程度の音量であったが、明瞭で明晰な公用語の発音に
バーテンダーも他の客も驚いたに違いない。流れ者の客は明らかに旅慣れており、彼は町
々を訪れる度にこの手の酒場に足を踏み入れては、『一番キツイ奴』を注文しているのだ
ろう。だが、生憎ブーサの求めるものはこの酒場では手に入らなかった。この店には既に
先客がいたのである。
 閉鎖的で排他的な人間が実力を誇示する町。当然であるが、その町の最高の物は彼に独
占されている。酒場の奥から現れた男は、自分が愛しているメニューを指定した流れ者の
男に好意的ではいられない。男は生意気な原始人に攻撃的な視線を向けると、おもむろに
その懐から『物干竿』を取り出した。顎を動かし、酒場の外に出るようにブーサに合図す
る。無論ブーサにも異論のある筈は無かった。群れの「首領」を倒す事によって、よそ者
のブーサはこの町で生きていく事ができるのである。無責任な観衆が集い、戦いが始まっ
た。

 ブーサは部族のならわしであろうか、上半身を覆う上衣を脱ぐと、全身に油を塗りたく
って男に正対する。男はうなりをあげる『物干竿』を振り回して襲いかかるが、ブーサは
その巨体からは信じられない程軽やかな動きで男の攻めを防ぎ、相手に密着すると油でぬ
める身体を利用して、たやすく男の背後に回り込んだ。
 戦う男たちにとって背後を取られる事は死を意味する。そしてブーサは己の肉体こそが
武器とばかり、必殺の磨法を繰り出したのだ。そのあまりの効果に男が断末魔の悲鳴を上
げ、昇天するまでさほど長い時間はかからなかった。あれほど恐れられていた男との戦い
も、ブーサにとっては夕食の前の軽いおやつ程度にしかならなかったようである。ブーサ
は口元に満足気な笑みを浮かべると、酒場の中に戻っていく。その姿を追う観衆の視線は、
既にそれまでの好奇と警戒の目では無くなっていた…。

 磨法使いブーサ。その伝説の磨法を伝える者も今はもう知られていない。


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