クィアセオリーと他者の論理

第一回 ジャックデリダ『コギトと“狂気の歴史”』を導き手として

 

 クィアジャパン第三号に掲載されていた野口氏の論文『クィア理論とポスト構造主義――反形而上学の潮流として――』を今年になってから読んだのですが、その中でいくつか疑問が残りました。それは、大きく分けるとコンスタティブな側面とパフォーマティブな側面、即ちこの論文の学問的厳密性と政治的投機性という二つの側面に関連します。そしてこの二つの側面における問題は、彼の論文において分かちがたく関連している。

 結論から先に言えば野口氏の論文においては、それがいかにクィアセオリーやポスト構造主義を主題としたものであっても、他者性についての位相が完全に欠落しているのです。彼がデリダやフーコーについて誤解と呼ぶに相応しい程度の知識しか持っていないことや、クィアセオリーの理論的背景について信じがたく浅い理解しか持ち得ていないという点を抜きにしても、この論文は僕にとって極端に退屈なものであったし、おそらくは誰にとってもそのようなものでしかなかったに違いないのは、ここに原因があるように感じます。それゆえ取り立ててここで取り上げる必要性も感じないのですが、ただ彼の論文は日本においてクィアセオリーが陥り易い、いわゆる実践と理論との乖離が如実に現れているように感じたので、その一つの例としてここでは考察してみたいと思います。

 まず、彼の論文のコンスタティブな読みから始めたい。彼はデリダによるフッサール批判は不当であるとして次のように述べています(p.213)。

 デリダはフッサールの議論を<言葉>はその<起源としての意味>が再現されたものだという形にとって、そもそも<起源としての意味>とは<言葉>であるとしてこれを批判した。だがフッサールの言っていることはこれとは違う。フッサールはそもそも一般的な言語体系、つまり誰が使用しても同じように流通し、交換可能な形で意味を伝達する言葉のシステムが成立するのは何故かという問いを立て、それに対する解答を試みている。そして彼が言うのは、<意味>の交換可能な客観的な言葉の体系が存在するのは、例えば「のどが渇いた」と言表したときに、あたかも身体が感じるように、「のどが渇いた」という感覚(=起源としての意味)が主体のうちに生じていたという原事実が起こったからである、ということなのだ。<起源としての意味>は既に<言葉>であったというデリダの説明の仕方は、明らかに論点を先取ったやり方と言わねばならない。それは、A(=言語体系)を可能にしているのは何なのかという問いに対して、その解答はAであるという答え方に他ならない。つまりデリダの説明方法は、結論をあらかじめその理路の前提に繰り込んで結論を導くという構造になっているのである(竹田、1993)。

 そしてフッサールは<起源としての意味>=<現前>は<再現前>されて本当のものが表出されると言っているのではない。彼は、わたしたちが「これは本当だ」という形で言葉を使用することの内には、確かに本当のことを言っているという確信が成立する(=起源としての意味)という事実を含んでいると言っているのだ。このことはテクストを例にとると分かりやすい。いまテクストを<現実>、その読みを<言葉>の表出に対応させてみると、デリダにおいてテクスト(=現実)には<根源としての意味>(=真理)など存在せず、そこにあるのは「始めから終わりまで、ただ諸差異の諸差異、諸痕跡の諸痕跡」(デリダ、1972)だけということになる。デリダによれば、フッサールはテクスト(=現実)には<根源としての意味>(=意識に対して現れた<ありのまま>)が存在しており、それが表出された言葉と一致すると言っているが、<根源としての意味>など存在しないというのだ。だがこれはフッサールの言っていることと違っている。フッサールはただわたしたちがテクストを読んだときに、「これはこういうことをいっている」というぐあいに言葉を使用することの内には、「このテクストはこういうことをいっている」という確信(=根源としての意味)の成立という事実が存在すると言っているのだ。実際に著者の言おうとしたこと(=真理)は、わたしがそのテクストから読み取った事実(=起源としての意味)ではないかもしれない。だがそのことは問題ではない。わたしたちがテクストを読んだ時に<根源的な意味>が生じたという事実によって、このテクストはこういうことを言っているという一般的に流通する<意味>を持った言語体系の使用が可能になっているというのである。

 アイデンティティに対しても、このようなフッサールの考え方を当てはめてみると分かりやすい。アイデンティティとは、自身の内部に存在する<根源としての男>が再現前されたことから生じたものではない。アイデンティティの存在は、自分自身を内省した時に自分が<男>であるとか<女>であるとか<ゲイ>であるという確信が生じることをその最も基底の根拠としているのである。

 ここに彼の議論の持つ問題の核心があると考えられます。この箇所を読むだけで彼がデリダのディコンストラクションがフロイトに由来するものであるとか、後期ヴィトゲンシュタイン−クリプキという現代思想における、まして言語論領域においては極めて重要な思想家について全く知識が欠如しているとか、そういったことが推定できてしまうのですが今は触れないでおきます。重要なことは、彼がこのように理解しているその原因の方です。

 彼はある言葉に対してどのような<根源としての意味>が生じるかは個人によって異なるとしています。しかし、もしもその結論を彼が認めるなら、そもそも<ゲイ>なら<ゲイ>という集団は決して形成できない。なぜならその場合には、<ゲイ>という言葉はいかなる一般的な意味も持てないからです。それゆえ彼は「一般的に流通する<意味>を持った言語体系」というモデルを捨てるしかなくなる。これは単に論理的な帰結であります。実はこれに関する問題圏についてさえデリダは論じているのであり、彼がいかにデリダについて知識がないか分かってしまうのですが……。

 では逆に、にもかかわらず「一般的に流通する<意味>を持った言語体系」が可能だとするならばどうか。そうだとすれば、結局のところ<根源としての意味>はあらかじめ決定されていると言わねばならない。誰もが感じる<根源としての意味>が存在しなければならないことになる。ある言葉に触れるたび、いかなる人も同じ<根源としての意味>を体験する、ということになりましょう。これを「他者性の抹消」と呼ぶことができると思います。また、デリダはだからこそこれを批判したのです。

 このことについて実はデリダは、フーコー論の中で触れています。

 もろもろの理由が線的につながる領域をのがれ、理性一般の領域をのがれ、自然な光明によるもろもろの規定をさらにのがれていく、かくも移ろいやすく捉えがたい瞬間において、デカルトの「コギト」はある点までフッサールの「コギト」とそこに見出されるデカルト批判とによって繰り返されているのではないでしょうか?

 それは単なる一例に過ぎないでありましょう、というのは、デカルト的演繹論の批判や世界の全体性についてのフッサール的還元性の飛躍や狂気がそこに基づき、やがて失墜して語られるものとなるところの、教義的で歴史的に決定された領地――つまりわれわれの領地――がどのようなものかは、いつの日か必ず発見されることになるでしょうから。フーコーがデカルトに対してなしたことを、フーコーに対してやり直すこともできるでしょう。すなわち、事実の世界の中立化(中立化するということが、支配し還元することでもあり、狂人拘束衣を被せて自由にしてやることだという意味において)が、いかにして中立化即ち無意味の中立化となり、力による強制の最も巧妙な形式となるかを示すことができるでしょう。事実、フッサールは、しだいしだいに、正常性のテーマと超越的な還元のテーマとを結び付けていったのでした。現前の形而上学に基づいた超越的な現象学の構築、生きた現前するものというフッサールの主題は、彼の確信における意味というものの深い保証なのであります。

(ジャックデリダ『コギトと“狂気の歴史”』)

 フッサールにとって、「意味」とは「正常性」と密接に結びついた概念であった。フッサールがヨーロッパ主義者であったことは広く知られております。フッサールにとって、そもそも思考とはヨーロッパで生まれ、ヨーロッパでのみ可能なものであった。意味も規範もヨーロッパにしかないものである……。こうした自民族中心主義と呼べるであろう観念が、フッサールのあらゆるテクストに根をおろしている。デリダのこの指摘は深いものがあると思います。デリダは何よりも、他者性について思考し続ける思想家であり、それは彼の置かれた政治的立場が強いたものであるのかもしれません。

 フッサールが言う<根源としての意味>とは、こうしたものです。デリダはフッサールのテクストに込められた他者性の抹消をこそ問題としたのであり、野口はこうした最も重要な点を完全に無視している。それゆえ彼は自身の抱えている他者性の抹消という問題圏に気付くことが出来ないのです。それは例えば、<ゲイ>と軽々しく呼べる、という点から既に明らかでしょう。

 クィアセオリーとは、そもそもこの社会に流布した規範=「正常性」への異議申立てであったはずです。それはまた、ゲイリベレーションやフェミニズムも同じことでした。人種差別への異議申立ても、民族差別への異議申立ても、反精神医学も、同じ構造を持っていました。決してアイデンティティの問題から出て来たものではなかった。もしもクィアセオリーの切迫性が現時点で感じられないというのであれば、それはその思想家自身がこの社会に流布している規範への異議申立ての必要を感じていないというだけのことです。ごく当たり前なこの結論から始めなければならない。おそらく野口がこの論文中でセジウィックを取り上げることができなかったのは、彼自身クィアセオリーが呈示した問題を何ら消化できていなかったことの証しのように思えるのです。