HIV施策をめぐって(レジュメ)

 

0.はじめに:中前康友さんについての新聞記事(「ひと」朝日新聞2月2日朝刊)<資料1>

 ⇒ここから気付かなければならないこと

@守秘義務、ひいては人権感覚についての認識の甘さ

A感染症制御について大学・病院側がきわめて貧困な理解しか持っていないこと

 

1.感染症制御についての基本的方法論

古典的衛生学

現時点における感染症制御論

@18〜19世紀において展開された考え方

A顕性感染・急性感染症が主たる対象(患者であるか否か周囲の人間の目に明らか)

B感染者を隔離することで他の共同体構成員の安全を守るという基本姿勢

@エイズパニック以後急激に広まった考え方

A不顕性感染・慢性感染症も視野に入れる(感染者と健康者の境界が曖昧)

B接するあらゆる人間が感染者であるという可能性の上で安全性を確保する

1)自分及び目の前の人間が「感染者かもしれない」可能性を念頭に置くということは、具体的には病院の中で言えば使用する機材を使い捨てにするとか、救急治療の際に必ず手袋等を使用することなどを指す。

2)医療経済上、患者全員に抗体検査をするよりディスポーザブルを利用する方が安価であると分かっている。

3)抗体検査は安全を保障できない(ex.ウインドウピリオドの問題、現在スクリーニング法が開発されていない感染症の存在)。

4)強制的な検査は患者の自己決定権に対する重大な侵害にあたり、更に差別・偏見を助長する。

☆日本の病院における感染症対策は尚も古典的衛生学のパースペクティブで為されている(ex.手術前の強制的ウイルス抗体検査)。

 :「感染者を差別することで差別されていない自分に酔いしれたい」という欲求の存在?

 

2.日本におけるHIV施策の問題:古典的衛生学をモデルとした、ハイリスクグループという考え方

1)HIVについて古典的衛生学モデルを適用することの誤り

 :HIVは誰でも感染しうる。HIV感染者は目に見えない。自覚的に検査を受診するものだけを見ていても全体像は把握できない。

2)献血時問診票にある第14項目にみる誤解

 本来ハイリスクグループというのは「重点的に保護すべき対象」という意味。隔離・排除の対象という意味では全くない。

 ⇔日本においてはHIVハイリスクグループ(ゲイ・性的乱交者・麻薬中毒患者)は隔離・排除の対象でしかない。HIV感染者もまた排除の対象となる。

 ⇒偏見・差別を助長し、「感染者の潜在化」を招く。

☆従来からある道徳に合致するヘテロセクシュアルはフリーパスで献血できる。⇒安全対策の欠如

3)日本国籍男性の感染経路別HIV感染者数年次推移抜粋と発症者の割合<資料2〜4>

 ⇒ここから気付かなければならないこと

@HIVは感染しても長期間無症候であるため、本来発症者の割合は非常に小さいと推定される。

A感染者の数で見ると異性間性的接触の方が同性間性的接触より少ない(∵男性人口におけるゲイの割合は1割弱である)。

B感染者のうち発症者の割合は異性間性的接触では44.6%、同性間性的接触27.6%である。年次別に見るとこの割合は、同性間性的接触においては減少傾向だが異性間性的接触では未だに高値を維持。

C大多数の感染者が「潜在化」しており、しかもその内訳は異性間性的接触に多いと推測される。

D同性間性的接触において感染者数が増える一方で発症者の割合が減少している(特に1997年以降)のは、ゲイをターゲットとした啓発活動により検査受診率が上がったためか?

4)結論

 ハイリスクグループを排除するという、古典的衛生学に基づいたモデルではHIV施策として成功するとは思えない。厚生労働省は方向性を転換すべきである。

☆古典的衛生学モデルは、現在の日本に今尚強固に存在する道徳観と結びついているために力を失わずに済んでいる。HIV施策の転換は旧来の道徳観からの脱却と表裏一体の関係にある。

 

<資料1>「ひと」朝日新聞朝刊・2月2日

 ゲイである。随分偏見にさらされてきた。鹿児島大学歯学部の同級生に「大学をやめろ」と何度も電話をかけられたことがある。そこへ、エイズウィルス(HIV)感染。
 同大学の付属病院で感染が確認されたのは、在学中の1994年1月だった。感染した事実だけは歯学部の数人の教授に告げた。後で漏れて混乱を招くより、潔く知らせておこうと考えたのだ。病状については、必要があれば直接聞いてくると思っていた。が、知らないうちに教授の1人が病院に電話。病院は本人の承諾なく検査数値などカルテの中身を明かした。怒りを超えてあきれた。
 「ほかに危ないやつはいるか」。そんな質問をぶつけてくる教授もいた。学内にうわさが飛び交い、孤立から人間不信になった。96年6月に退学。翌年5月、病院の守秘義務違反により精神的被害を受けたとして、国を相手に損害賠償請求を起こした。
 東京地裁は「HIV感染に関する情報は非常に秘密性が高い」と認めた。が、病院の情報開示には二次感染を防ぐなどの正当な理由があったとして請求を退けた。高裁も控訴を棄却。そして昨年10月最高裁も棄却し、敗訴が確定した。
 裁判では、疲れた。情熱があっても、必ずしも思いは伝わらないと知った。
 あきらめたわけではない。エイズへの偏見には相変わらず辛らつだ。「だれでもかかる可能性があるのにね」。いまは肩の力を抜いて、エイズの電話相談に乗っている。
 和歌山県の出身。4年前、充実した治療を求めて上京した。糖尿病もあって体調が悪い日が多いが、不安を訴える感染者らにはあえて尋ねる。
 「何が問題なのかしら」
 感染者の中にも過剰な反応があると思うからだ。感染者だから言えること。理解してくれる人に、語りかけていこうと考えている。

<資料2>

日本国籍男性の感染経路別HIV感染者数年次推移抜粋

85

86

87

88

89

90

91

92

93

94

95

96

97

98

99

00

発症者

異性間

0

0

1

2

3

5

8

17

19

31

49

77

88

79

110

115

604

同性間

5

2

5

5

9

6

12

12

14

40

38

45

33

44

52

61

383

未発症者

異性間

0

0

11

5

11

6

27

56

42

51

74

67

93

91

116

99

749

同性間

0

0

20

8

22

16

21

36

41

71

60

90

111

122

182

207

1007

感染者数

異性間

0

0

12

7

14

11

35

73

61

82

123

144

181

170

226

214

1353

同性間

5

2

25

13

31

22

33

48

55

111

98

135

144

166

234

268

1390

<資料3>

発症者の割合・年次推移(%)

87

88

89

90

91

92

93

94

95

96

97

98

99

00

累計

異性間性的接触

8.3

29

21

45.5

23

23

31.1

38

40

53.5

48.6

46.5

48.7

53.7

44.6

同性間性的接触

20

38

29

27.3

36

25

25.5

36

39

33.3

22.9

26.5

22.2

22.8

27.6

<資料4>資料2〜3をグラフ化したもの