おいしい生活(9)


エッグベネディクトはなぜ流行ったのか

2026年1月22日
 

 十数年前(2013年)、YouTubeに動画を載せる方法を調べていたとき、練習を兼ねて一本だけ動画をアップしました。  
タイトルは「ミルフィーユの切り方」です。  

  先日、久しぶりにその動画を見てみたところ、再生回数が4万回を超えていて驚きました。
 ミルフィーユの食べ方で苦労している方が、それだけ多いということでしょうか。

  ミルフィーユに限らず、スイーツや料理の中には、意外なほど食べにくいものがあります。
  知ってしまえばどうということはないのですが、知らないと苦戦したり、つい気になったりするものです。

 たとえば卵料理の定番、「目玉焼き」。
 目玉焼きなんて簡単だ、と思われるかもしれませんが、ホテルの朝食となると、家で食べるようにはいかず、妙に気を使ってしまいます。  

 知人は、まず周囲の白身から食べ、目玉の部分だけを残しておき、最後にフォークで黄身全体をすくって一口で食べていました。
 しかし、これはどうにもいただけません。  

 多くの人は、適当に切り分け、途中で黄身が流れ出してもあまり気にせずに食べるでしょう。
 ただ、それだと食べ終わったあと、プレートの上に黄身が溶けた跡が残り、見た目が気になります。

 よくある方法は、黄身に少し切れ目を入れておき、白身を小さく切り、それを黄身につけて食べるやり方です。
 それでも多少はプレートに残りますが、その程度ならパンでぬぐえばよいでしょう。  

 さて、今回書きたかったのは目玉焼きの話ではなく、別の卵料理――「エッグベネディクト」です。  

 

           

 

エッグベネディクトは、2008年頃から突然日本で流行し始め、さまざまな店で提供されるようになりました。
それまでホテルの朝食メニューにはほとんど見かけなかったのに、この頃から一気に広まった印象があります。

 何か明確なきっかけがあったのではないかと思い、少し調べてみました。

 最大のきっかけは、2008年、オーストラリアの人気レストラン「bills」が、神奈川県・七里ヶ浜に日本1号店をオープンしたことです。
 オーナーであるビル・グレンジャー氏が手がける朝食メニューは「世界一の卵料理」と称され、大きな話題になりました。

 関西では少し遅れ、2017年にJR大阪駅直結のLUCUA1100(ルクアイーレ)7階にオープンしています。

 実際には、エッグベネディクトより先に、billsの「リコッタパンケーキ」が爆発的な人気を集めました。  
それと並ぶ「もう一つの看板メニュー」として紹介されたのが、エッグベネディクトでした。  

この頃から、日本に「おしゃれな朝食(ブレックファスト)」という概念が浸透し始めます。  当時、七里ヶ浜ではこれを目当てに、朝から行列ができていたそうです。

 七里ヶ浜は、鎌倉市の相模湾に面し、江ノ島や富士山を望める湘南屈指の景勝地です。  なにもかもが「ばえる」場所で、おしゃれな雰囲気にあふれています。

 billsが火をつけた朝食ブームを決定的なものにしたのが、2012年の「サラベス(Sarabeth’s)」の日本上陸でした。
 サラベスは「ニューヨークの朝食の女王」と呼ばれ、その代名詞がクラシック・エッグベネディクトです。

 新宿に1号店がオープンした際には数時間待ちの行列ができ、メディアが「とろけ出す卵とオランデーズソース」を映像で繰り返し紹介したことで、一般層への認知度が一気に高まりました。

 こうした専門店の大流行を受け、日本の高級ホテルも動きます。
 それまで朝食の定番だったオムレツに代わり、「あのオシャレな卵料理はないのか」という声が増え、差別化のためにエッグベネディクトを導入するホテルが急増しました。

 ちょうどこの時期、iPhoneをはじめとするスマートフォンが普及し始め、
ポーチドエッグにナイフを入れ、黄身が流れ出る瞬間――いわゆる「シズル感」が、SNS(初期のInstagramやブログ)で非常に映えたことも、大きな後押しとなりました。

 エッグベネディクトの流行は、「海外の有名店の進出」という意識的なプロデュースを火種に、
それが「SNS映え」や「おしゃれな朝食文化」という時代のニーズと結びつき、自然発生的な大ブームへと発展したものだったのです。

 今ではコンビニやファミリーレストランでも見かけるようになりましたが、
もともとは七里ヶ浜や新宿の行列から始まった流行だったのですね。

 ただし、この料理は当たり外れの大きい料理でもあります。
当たれば最高、外れれば最悪――それがエッグベネディクトです。

 熱いうちに食べなければおいしさは半減しますし、特に残念なのは、ポーチドエッグが固ゆで状態になっている場合です。
切った瞬間に黄身がとろりと流れ出るのが醍醐味なのに、固まっていては台無しです。

 料理が地方ごとにアレンジされるのはよくあることですが、似て非なるものも生まれます。
1972年にマクドナルドが発売し、今も人気の「エッグマフィン」がその代表でしょう。

 エッグベネディクト自体はbillsの創作ではなく、以前からアメリカで親しまれていた料理です。
 本家のレシピはコストがかかるため、オランデーズソースをスライスチーズに替えれば、調理は簡単になり、味も似て、価格も抑えられる――その発想から生まれたのがエッグマフィンだそうです。

 話を戻すと、エッグベネディクトのおいしさは、
とろりとした黄身とオランデーズソース、そして土台となるイングリッシュマフィンの食感が混ざり合うところにあります。
しかし、この「とろり」が災いして、きれいに食べるのはなかなか難しい料理でもあります。

 この料理に関しては、あまりきれいに食べようとせず、
卵、ソース、マフィンが渾然一体となった状態を楽しむのが一番でしょう。

 どうしてもお皿の汚れが気になるなら、
イングリッシュマフィンを少し残しておき、それでお皿をぬぐえばよい――
 それくらいの気持ちで食べるのが、エッグベネディクトにはちょうどよいのかもしれません。

 

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