魔法都市日記(14)
1997年12月頃
大抵のアマチュア・マジシャンにとって、12月はマジックをやる機会が一年で一番多い月だろう。画像も多くなり、重くなってしまった。
某月某日
神戸で開催されている「ルミナリエ」に行く。
ルミナリエ(Luminarie)というのはイタリア語の「電飾」を意味する古語に由来する言葉だそうだ。
阪神大震災があった年の12月から始まり、震災で亡くなった方々の鎮魂と、神戸市の復興と再建への願いをかけて、市が開催している。
メイン会場は長さ800メートルほどにわたり、道路や公園を電飾で飾り立てた壮大な空間芸術である。開催は毎年12月12日から25日までの2週間だけと限られており、時間も夜の6時から10時までの4時間しかないので、大変な混雑であった。今年で3年目になり、今では神戸近郊だけでなく、関西一円からも見物客が来くるほどの盛り上がりになっている。
毎年、この時期は私も仕事が忙しく、今まで一度も行けなかった。家人は今回だけでも友人を案内して2度も行っているのに、私のスケジュールが合わず一緒には行けなかった。今年も無理かと思っていたが、何とか調整して行ってきた。
ルミナリエのメイン会場は、JR元町駅側にある大丸百貨店裏から、三ノ宮の市役所近くまでだが、それ以外にも、異人館や港のほうでもやっているらしい。
実際に行ってみると、想像していた以上に大がかりなものであった。このような華やかさは神戸にはよく似合う。期間もクリスマス前の2週間と限定されているので、一層ロマンチックな気分になる。
ひんやりした空気の中を、散歩がてら歩くのも悪くない。新しい神戸のイベントとして、これからも定着するだろう。
ルミナリエのゴールである東遊園地に着き、三宮駅の方へ向かうと、途中、人だかりがしていた。公園のはずれの薄暗い場所で、おじさんがマリオネットを見せている。覗いてみると、子供の人形が音楽に合わせてギターを弾きながら腰を振っている。このおじさんは、どう見ても専門でやっている大道芸人ではない。一見、ホームレスのおじさんが余興でやっているように見えるが、今見てきたルミナリエの華やかさとはあまりにも対照的であった。哀愁漂うなかで、糸の束に操られている人形を見ていると物悲しくなる。しかし、所詮我々だって、見えな糸にがんじがらめになって振りほどこうともがいているだけの人形かもしれないのだ。
某月某日
例年、12月はどこのマジックショップも一斉にカタログを送ってくる。普段ご無沙汰しているところでも、顔つなぎの意味でなるべくひとつか二つ、注文することにしている。アメリカからもスティーブンス、ハンク・リー、バズビー、タネン、L&L等めぼしいところは軒並みカタログを送って来た。それに国内のショップからもくるので、目を通すだけでも一仕事になる。
今月はネタとビデオで、30くらいは買った。ネタの場合、実際に一回でもやってみたいと思うものは購入したもののうち、3割くらいしかない。数回やってみるのは、1割くらい。レパートリーに入るものは、年にひとつかふたつくらいあればよいほうだ。大半は原理を知ったらおしまいなのだが、それでも買い続けているのは、ごくたまに意外な掘り出し物があったりするものだからやめられない。
国内のショップでは、根本氏(ミスター・マジシャン)のところで購入した「クアドロ・チック」(Quadro-chick)がおもしろかった。 ”ひよこ”を4本の糸であやつるマリオネットになっている。(ビデオ付きで10,000円)
現象は、観客の取ったトランプを写真の”ひよこ”が当てるというよくあるものだが、これのおもしろさはビデオで原案者のジョン・アランがやっているのを見ないことにはわからない。
観客にトランプを選んでもらい、覚えたら一組の中に戻す。よく切りまぜた後、テーブルの上に裏向きにバラバラに撒く。箱からひよこを取りだし、テーブルの上を歩かせると、一枚のトランプの上に来たら、くちばしで一枚のトランプを突っついてくわえる。それをくわえたまま観客の前に行き、いったん、テーブルの上に裏向きのまま落とす。さらに脚で蹴り上げ、ひっくり返すと、それが先ほど観客が覚えたトランプである。みごとに蹴り上げてひっくり返すので、この部分でどっと歓声がわき起こる。ただし、この脚で蹴り上げてひっくり返すところは少し練習がいる。それ以外は、別に難しくない。1時間ほど練習すれば出来るようになるだろう。
ジョン・アランがマジックキャッスルに出演していたときも、これをトリネタ(シャレじゃないよ)にしていたくらいのマジックだから、見たら絶対に気に入ると思う。
マリオネットなので、糸で自由に操ることができ、慣れてくるとラクーンの芸と同じようにアドリブのおもしろさもある。マジックとしても十分不思議であり、楽しんでもらえる。ラクーンと違い、演者のキャラクターをそれほど要求しないので、誰でも演じることが出来る。昨年(1997年)見たマジックの中では、最も楽しいマジックであった。ビデオ付きで一万円なら決して高くない。
某月某日
クリスマスイブの夜、近所の教会でミサに参加する。ミサの後、別の場所であったプライベートな飲み会に直行する。そこで、手に「バイブル」を持っていたのをめざとく見つけられる。 しかし、これは本物のバイブルではなく、ギャグ用のバイブルなのだ。やるとしたらクリスマスが一番なので、飲み会に持って行き、チャンスをうかがっていた。
幸い、すぐにバイブルを見つけてくれたので、「今年一年、懺悔したいことがある人は私が聞いてあげますからバイブルの上に手を置いて懺悔してください」と言ったら、ノッてくれる人がいて、出てきてくれた。手を伸ばしてきたら、写真のようにバイブルから炎を出す。それを見て、キャーっと驚いてくれるという仕掛けになっている。
ただそれだけのギャグなのだが、一発のギャグにも精魂を傾けるのが、素人とはいえ芸人魂なのだ。(笑)本来なら教会の中でやりたいギャグだが、やれば顰蹙を買うのは間違いないので、さすがに教会ではやっていない。(汗)
某月某日
12月は、私自身がマジックを見せる機会も多くなるが、それと同じくらい、マジックの講習を頼まれることも多い。講習といっても、プライベートでしか教えないので、遊びに来てもらったついでに教えてさしあげるのが大半である。
そのようなもののひとつに、1月の中旬に修学旅行に行く高校生が、宿泊先の旅館でマジックをやりたいというのがあった。日数もあまりないので、急遽、レクチャーをする。彼女はマジックをするのは今回が初めてだが、普段から私がマジックをよく見せているので教え易かった。
教えたものは、
1.マックス・メイビンの「ジャイアント・ビー・ウエイブ」"Giant B' Wave"
2.ダイ・ヴァーノンの「カクテルカード」"Cocktail Card"
3.エド・マーロの「エレベータカード」"Elevator Card"
4.デビッド・ホイの「ブックテスト」"Book Test"実際に本番で見せるのは"Giant B' Wave"だけにする。もし何かの拍子でアンコールが掛かるか、どうしても、もうひとつくらい見せて欲しいと言われたときのために、"Cocktail Card"を教える。
部屋でリクエストされた時に見せるクロースアップマジックとして、"Elevetaor Card"と、どこでもできる即席マジックとして"Book Test"を教えておいた。
どのマジックも特別なスライト(技術)は不要なので、3時間ほどかけて、演出に重点を置いて指導できた。
ところで1の「ジャイアント・ビー・ウエイブ」は、マニアであれば大抵知っていると思う。数年前、マックス・メイビンが発売したもので、世界的なベストセラーになった。しかし、多くのマニアはこれをつまらないと思っているだろう。現象を知らない方のために簡単に説明しておくと、マジシャンは手に4枚のジャンボカード(B4くらいの大きさ)を持っている。観客に、4枚のクイーン(Q)の中から一枚を心の中で思ってもらうと、それが予言されている。つまり、観客の思ったクイーンだけが、4枚の中で表向きになっている。しかもそれだけ裏の色が違い、他の3枚を表向きにすると、表は真っ白なトランプである。つまり、マジシャンの持っている4枚のトランプの中で、観客の選ぶクイーンだけが印刷されており、他のトランプは真っ白なのだ。大変説得力がある。
これだけを読むと、52枚でできるヴァーノンの「ブレイン・ウエーブ・デック」などのほうがもっと不思議な印象を与えると思うだろうが、決してそんなことはない。観客のリアクションは、断然、こちらのほうが大きい。これは、大きなトランプを使っているので、手先で何かをしたという印象がまったくないことと、他の3枚が全部白いので、選ばれたクイーンだけが本当に予言されていたという印象を強く与えることが出来るからである。
この「ビー・ウエイブ」はレギュラーサイズもあるが、これから購入するのであれば、断然、こちらの大きい方を勧める。
これを含めて、教えたのはたった4つなのだが、これだけ知っていたらちょっとしたマジシャンになれるはずだ。彼女は性格のよい子なので、全然、演技に嫌みがなく、このような子がマジックを見せるのがマジックの普及には一番なのではと思ってしまう。アマチュアマジシャンは性格のよいのが一番なのだ。手先の器用さなどまったく不要。
某月某日
今年の仕事も昨日で終わったので、今日は前から頼まれていた別口のレクチャーをする。こちらは先日とはがらっと変わって中年のおばさん。と言ってもまだ30歳台で、ほんの数年前まで、ディスコのお立ち台に上ってセンスを振っていた(笑)という雰囲気の人だから、「ミリオンフラワー」を教えることにした。
「ミリオンフラワー」というのは、空の手の中から、花が次々と2、30枚出てくる。これとテンヨーの「フラワーステッキ」を一緒に教える。「フラワーステッキ」は、長さが1メートルほどの白いステッキがあり、それが一瞬にして写真のような長さ60センチほどの毛花になる。
彼女が宴会のとき、いつもウケねらいで歌うのが松阪慶子の「愛の水中花」(♪♪こーれも愛、あれも愛、きっと愛....♪♪)だと聞いていたので、この歌に合わせて白いステッキや空中から花を取りだし、最後にステッキを大きな花に変えて終わると、絶対にうけると思い、前日に「フラワーステッキ」を購入しておいた。本当はミリオンフラワーだけを教えるつもりだったのが、テンヨーの売場に行ったとき、偶然目に付いたので購入した。(15,000円) この「フラワーステッキ」は、つい先日までTBSテレビで放映されていた「ラブジェネレーション」で、松たか子が、木村拓也の誕生日にマジックを見せるという場面でも使ったそうだ。(私は見ていないので詳しくは知らない) ステッキが毛花になるのは、どうもあまりよい趣味とは言えないのだが、どうせ彼女は数年前まで、毛花でできたセンスを振っていたような人だから違和感はないのだろう。結構喜んでいた。それにしても、私も親切だね。他人の宴会用のネタを自腹を切って購入してくるのだから。(笑)
1時間ほどかけて教えたら、何とか格好がついた。所詮カラオケの場を盛り上げるだけのネタなので、もっと適当なものでよいのだが、どうも教えるとなるとつい本気になってしまう。
この後は、彼女を含めて数人でシャブ漬けの夜を過ごした。シャブといっても別に怪しくはない。お歳暮でいただいたシャブリを飲みながら、彼女の持って来てくれたシャブシャブ用の肉で、シャブシャブをたらふく食っただけ。
マジェイア