魔法都市日記(19)
1998年6月頃
6月、7月は忙しかったのと、コンピューターの改造や新しく出たWindows98に振り回されて、ホームページの更新やマジックを見せる時間がなくなってしまった。それでも新ネタが届くと、そのつど誰かに見せているので、週に1度くらいはやっている。
某月某日
大阪の難波(なんば)、通称「南」にある高島屋百貨店には、私が小学生の頃から「晃天会」(こうてんかい)というマジックの専門店が入っている。松旭斎天輝(しょうきょくさいてんき)氏がディーラーでもあり、オーナーでもあった。デパートにある、一般的なマジックコーナーと比べると、昔は3倍くらいのスペースがあり、かなり広かった。おそらくここが、私がデパートのマジックコーナーを見つけた最初の場所かもしれない。家から難波までは小一時間かかるのでそれほど頻繁に通ったわけではないが、家族で南まで食事に出たとき、ここに寄っていたのだろう。これがざっと40年くらい前の話である。難波に出るより、梅田のほうが近く、阪神・阪急百貨店にそれぞれマジックコーナーがあったので、高島屋の売場にはほとんど行かなくなった。それでも10年に一度くらいの割でのぞいてみることはあったが、ディーラーの人と話し込むようなことはなかった。
私が小学生の頃、売場に立っていた先代の天輝氏は30年ほど前に引退し、それから今まで息子さんが後を継いでいる。ここ数年、デパートからマジックコーナーが次々と消えているので、ここもなくなっているのだろうと思っていた。今回、本当に久しぶりに行ってみると、まだあった。売場は縮小され、ガラスケースがひとつあるだけの、ごく小さなものになっていたが、相変わらず、昔の晃天会製のタネを販売している。おそらくオリジナルの新製品も、この30年くらい、何も出していないのだろう。
ここは昔から、テンヨーや連盟の商品も置かず、自社製のネタを中心に販売していたので、他のマジックコーナーでは見かけないものもあった。例えば「デーサピアケーン」。このタイトルだけでは何のことかわからないと思う。英語で書けば"Disappear Cane"のことで、今の「ヴァニッシングケーン」のことなのだ。(笑)
今は「ヴァニッシングケーン」も金属製やファンタジオ(Fntasio)のプラスチック製のもので、よくできたものがいくらでもあるが、40年ほど前、そのようなものはなかった。先の「デーサピアケーン」は、16ミリの映写機に使うフィルムでできていた。実際にはケーンというより、ウォンドに近いかもしれない。長さ50センチ程度の黒いステッキをハンカチで2,3度擦っていると、突然ステッキが消えてしまう。実際に見せてもらったら不思議だったので、買ってすぐデパートの屋上でタネを見たら、廃棄処分にするような16ミリのフィルムが出てきた。(笑) こんなフィルムがあのステッキに見えたのかと思うと信じられなかった。タネを見てしまったら、とたんにやる気がしなくなったので、何の映画か確かめたくて、フィルムのひとコマひとコマを空にすかしながら眺めたことを思い出してしまった。(笑)
また、記憶に残っているネタとしては、細長く切った新聞紙(3センチx20センチ位)があり、それをハサミで真ん中から切って、完全に切断したことを見せた後、またそれがつながるというのもあった。これもあきれるほど単純なネタではあったが、当時は何を見ても新鮮であったので、見せられるものすべてが驚きであった。これも今ではも製造中止になっている。中止になった理由は、ネタとして使っていたゴムノリがもう製造されていなからだそうだ。最近のゴムノリでは、新聞紙が変色してしまうらしい。
ケースに並んでいるネタを見ていると、3,40年前に制作した箱をそのまま使っているようで、色は変色し、色あせしている。でも妙にノスタルジックな気分になってしまい、買う必要もないネタを数点買ってしまった。
空中からタバコ取り出すネタなど、今ならデパートで、小学生にそんなものを販売することなど絶対できないが、昔は何でも売ってくれた。(笑)「火のついたタバコの消失」をやろうと思えば、実際にタバコに火をつけるわけだから、今から思えば、子供相手に恐ろしいようなものを売っていた。これはなにもここだけではなく、どこのデパートのマジックコーナーでも、ごく普通に売ってくれた。おかげで、私など小学生の頃からタバコに火をつけて、それを手の中に入れ、消してしまうマジックをやっていたのだから、今から思えばあきれたガキだった。(汗)
周りの同じ年代の子供達が、中学や高校くらいになったとき、親に隠れてタバコを吸っているのがおかしかった。私自身は実際にはタバコは吸わないが、実際に吸っていたとしても、親も、小学生の分際で、タバコに火をつけて遊んでいる息子を見ていたわけだから、またマジックをやっているのだろうと思い、何も言わなかっただろう。(笑)
今回は本当に久しぶりだったので、ディーラーの方と昔話で色々と盛り上がっていたら、帰り際に、おみやげをいただいた。写真のような金属製の「サムチップ」である。今では合成樹脂のものがすっかり普通になっているので、金属製のものは見かけなくなって久しい。昔は私も持っていたが、現在普及している精巧なものが出回るようになってからは、もう使うこともないと思い、捨ててしまったのかもしれない。金属製以前には、ボール紙でできたものも持っていた記憶があるから、サムチップの素材を質問してみるだけで、その人のマジックの経歴がわかってしまうかもしれない。(笑)
なぜ、こんな金属製のサムチップを突然プレゼントしてくれたのかと言うと、少し前、、東京からわざわざ、この金属製の「サムチップ」を探している人が、ここまで買いにきたからだそうだ。売場としては日本でも屈指の古さだろうから、ひょっとしてここならあると思ってきたのだろう。マニアの執念、熱意というのはそのようなものだから、十分ありそうな話ではある。それで、最近マニアの間では金属製のサムチップが流行っているのかもしれないと想像して、私にもくださったようだ。でもいったい何に使うのだろう?火のついたタバコを消すとき、例のヒキネタをセットするより、このほうが手軽なので使うつもりだろうか。合成樹脂のものでもできるが、何度かやっているうちに溶けて汚くなるが、これだと水で洗えば何度でも使えるから便利かもしれない。私はそれくらいしか思いつかないが、他に何かあるのだろうか。
この金属製のものは、今のサムチップを見慣れていると、色も形も、とても見られたものではない。これを直接使うのが不安なら、バーネット型のサムチップの中に差し込んで使えばよい。
某月某日
京都の四条河原町にある丸善書店で、この春、京都の大学に受かったHと待ち合わせをする。うちと彼女の家は自転車で15分ほどの距離なのに、お互いに忙しく、なかなかスケジュールが合わず、入学式からもう2,3ヶ月経つのに、今まで合格祝いをできなかった。京都に行く用事があったので、彼女の大学の授業が終わった後、京都でお祝いをかねて食事をしてきた。
最初、丸善のすぐそばにある、パスタが京都で一番うまいイタリア料理の店(と私は確信している)「ふくむら」に行くつもりにしていた。昔から何かにつけてここはよく利用している。またここは、験(ゲン)のよい店でもある。正確には、「私には」と言うより、一緒に行った人にとって験のよい店と言ったほうが当たっている。
この河原町店は、パスタがメインのイタリア料理店なので、大学生くらいの若い子と一緒に入ることが多い。ここで食事をしながら私のマジックを見た子は、数年後、みんなそれなりに大願成就を果たしている。(笑)とは言え、何もここのパスタが霊験あらたかというわけではない。私のマジックを見るために、一緒についてきてくれるような子は性格がよいから、試験も受かるのだと思っている。(笑)(これは半分マジ)
話はちょっとさかのぼるが、数年前、ここの2階で十数名相手に20分ほどかけてマジックをやった。そのときは前もってマジックを見せることになっていたので、クロースアップショーの形式で、数点、クロースアップマジックをやった。来ていたのは、全員学生であったが、今はその大半が弁護士、検察官、裁判官、公認会計士になっている。所詮、勉強など気分次第なので、無理矢理でも「ここは験がよい」と思い込んでいると、精神衛生上もよいのだろう。
「ふくむら」の本店は、この場所より歩いて10分くらいのところにあることは知っていたが、今まで一度も行ったことがなかった。今回、試しにそっちへ行ってみようと思い、場所の確認をかねて、待ち合わせ時刻の30分ほど前に見に行ってきた。すぐに見つかったが、これがびっくりするようなところにある。民家の並んでいる間に、壊れそうなアパート、関西で言う「文化住宅」と呼ばれる古いアパートがあり、そこの通路をいったん通り抜けたところに店がある。とても一見の客が入れるような雰囲気ではない。アパート自体が薄暗く、その通路を通り抜けるだけで気持ちが悪い。誤解のないように言っておくが、この通路を抜けて、店の前に出たら、店内はごく普通のイタリア料理の店だと思う。しかし、あれでは常連の客以外絶対無理だろう。そんなわけで、本店に行くのは取りやめ、いつのも河原町店にすることにした。
丸善で会って、食べたいものをたずねると、京都で一度和食を食べてみたいと言う。急遽、予定を変更して、ブライトンホテルの中にある「蛍」に行くことにする。「ふくむら」は私が連れて行ってあげなくても、友人同士でもいつでも行ける気軽な店だから、そのほうがよいだろう。
「蛍」については、「魔法都市日記17」で少し触れたら、あの後、連れて行けというメールが数通来た。ここの料理長がTV番組、「料理の鉄人」にで出て、「鉄人」に勝ったということで、関東方面から京都に来る人は、話のネタにもなるので、行ってみたいという人が結構いる。
テレビ番組はどうでもよいのだが、ここの料理は、古典的な日本料理に素材や盛りつけ、調理法などに創意工夫があり、いつも楽しめる。懐石も、出てくる一品一品がおいしいのは当然として、それよりも全体のハーモニーにいつも感心する。前に出てきた料理の香りや味と、次の料理が調和し、単独では作り出せない味になっている。このような組み合わせの妙は、マジックのルーティンを組むときと共通するものがある。一つ一つにかける神経と、全体のバランスで組み立てることが大切なのだ。しかし、実際にはこの辺りのことがもっとも難しく、大半は料理人のセンスで決まってしまう。
今回私が一番気に入ったのは「鮎の塩焼き」。とびきりおいしかった。まだシーズン前で、かわいい鮎ではあったが、一緒についてきた穴子の山椒焼きとの調和など、とても言葉では表現のしようがないほど絶妙であった。
マジックはここではやらなかった。彼女には今までに散々見せているので、今更マジックでもない。(笑)
マジェイア