The Homing Card
最初にたった5枚の普通のトランプだけを使います。フレッド・カップスはこの5枚のトランプだけで、どんな大がかりな道具を使ったイリュージョン(大魔術)と比べても遜色のない効果をあげています。テレビで見たときも、パーティ会場にいる100名近い観客を湧かせていましたから、芸の力は偉大です。
現象
「昨晩考えたばかりのニュートリックをご覧にいれます」というセリフで始まります。
赤い数字のトランプを5枚使うことを強調しておいて、5枚のトランプを見せます。赤いトランプとはハートやダイヤのことです。5枚のトランプをポケットから取り出し、観客に1枚ずつ見せて行くと、どういうわけか、赤いトランプは4枚しかなく、1枚は黒い絵札(K)が混ざっています。楽屋で準備するときに間違えてセットしたようです。
4枚でもできるので、黒い絵札は捨ててしまって、残っている4枚の赤いトランプをはっきりと見せます。
それを使って始めようとすると、またいつの間にか捨てたはずの黒いキングが戻ってきており、赤いトランプが3枚と、キングになっています。
3枚でも可能だと言い訳をして、またキングを捨てます。3枚の赤いトランプを見せ、ここからもう一度スタートしようとすると、またキングが戻ってきています。2枚の赤とキングになっています。
捨てても捨てても、キングがいつの間にか戻ってきて、最後は赤いトランプ一枚になります。
しかし、それまでもキングになってしまい、とうとう昨晩考えた傑作を見せることは諦めるというオチになっています。コメント
これは本当にすごいですよ。(笑) 不思議で、なおかつおもしろいのです。
私は静岡の蓮井彰氏の秘蔵ビデオで見せてもらったのですが、日本奇術協会の機関誌『ワンツースリー』第4号に、蓮井さんご自身がこれを初めてご覧になったときの感想があります。
「息が止まるような瞬間!生きていてよかった!」 大げさでなく、本当にすごいのです。このマジックのプロットは古くからあります。天海さんの「フライングクイーン」も、プロット自体は同じです。しかし、表現方法がまったく異なっています。
カップスの場合は、マジシャンは5枚の赤い数字のトランプを使って見せようとしているのに、奇妙なことがマジシャンの意に反して何度も起こります。マジシャン自身、ほとほと困り果てるという見せ方をしています。 この見せ方は、カップスが様々なマジックで好んで使う見せ方ですが、このトリックほど、それが見事に表現されているものはありません。
たった5枚で、これだけ観客を沸かせることができるのなら、いくら金を積んでもよいから教えて欲しいと思うマジシャンは大勢いるでしょう。
昔、マックス・マリニの演じる「コインの消失」を見たライプチヒが、「マリニがコインを1枚消したときにわき起こる観客の喝采が得られるのなら、私の知っているすべてのトリックと交換してもよい」と、羨望と諦めを込めて言っていたセリフが思い出されます。
このトリックは、マジシャンが見ればフォローするのは難しいことではありません。コピーしようと思えばできます。しかし、これを演じているマジシャンはいません。コピーはできても、出来ないのです。特にカップスの演技を見てしまったのであれば、とてもできません。このマジックは手先のテクニックだけではどうにもならないのです。演技者としての才能、マジシャン自身のキャラクター、しゃべりのセンス、そのようなものがストレートに出てしまいます。それら全部がミックスして、上品なユーモアと不思議さが作り出され、超1級のエンターテインメントになっています。
これの元になっている「ホーミングカード」のプロットだけなら古くからあり、多くのマジシャンがやっていました。天海師の「フライングクイーン」と同じです。しかし、このタイプのマジックをやっている多くのマジシャンは、マジシャン自身が意識的に絵札を移動させているという演出になっていますから、まだ演じやすいのです。しかし、その分、観客に対して挑戦的になります。
カップスの場合、マジシャンが不思議な現象を引き起こしているのではなく、マジシャン自身が困り果てているという見せ方をしますから、観客は安心して笑うことができるのです。だまされているという緊張感がないので、とてもリラックスできます。
最近、マジシャンの中には、突然意味もなく大声を出したり、駄洒落、ブルー・マテリアル(シモネタ)等、下品な芸で無理に笑いを取っているマジシャンをよく見かけますが、少しはカップスの芸を見習えと言いたくなります。カップスは何もおかしいことなど言っていません。それなのに、観客からは自然な笑いが起こってくるのです。まさに芸の力の偉大さを見せつけられる演技です。
オランダには無形文化財にあたる賞があるのかどうか知りませんが、この演技は、マジックの世界での共通の財産として、ビデオなりレーザーディスクなりに永久保存しておく価値があります。
マリニがコインを消すときの観客の反応がどのようなものであったのか、映像としては残っていませんが、カップスのこの演技の場合、個人のライブラリーにかろうじて残っていましたから私たちは幸運です。
最後に一言
イギリスの若手カーディシャンであるガイ・ホリングワース(Guy Hollingworth) が昨年出した彼のビデオ"London Collection"の中で、このプロットのマジックを演じています。"The Easy Way Home"という名前で、カップスの名前をきちんとクレジットして演じています。彼はここ数年の間に出てきた若手のカーディシャン(カード専門のマジシャン)の中ではピカイチです。技術的には完璧です。それでもカップスの演技を見てしまってからでは比較になりません。結局、マジックというのは、技術は2割、演技が4割、残りの4割はマジシャン自身の人間的な魅力で決まってしまうのでしょう。
魔法都市の住人 マジェイア