マジシャン紹介
Juan Tamariz (1942-)
1997/11/16 記
Juan Tamariz (ホアン・タマリッツ) (1942年-)スペインのプロマジシャン。
1973年FISMカード・マジック部門で第1位。タマリッツがスペイン以外でもよく知られるようになったのはここ10年ほどでしょう。 日本に初来日したのは1988年9月です。その後、1990年8月、1992年5月と来日しています。
ジーンズ姿にシルクハットという目立つ格好でマジックをやっています。外見もさることながら、実際にマジックを演じるときの雰囲気は「にぎやか」「ハチャメチャ」です。しかし、裏では恐ろしいほど緻密に考えています。マニアでも、彼の演技にはじめて接すると、見せてもらうトリックにことごく引っかかります。外見とは裏腹に、細部まで、実に緻密に計算され、構成されています。
10年ほど前、タマリッツがはじめて日本に来てマジシャンにレクチャーをしました。そのとき出席したほとんどのマニアは、彼の見せてくれたトリックに引っかかったというのを聞いたとき、いったいどんなネタを使っているのか興味がありました。後年、彼のマジックを本やビデオでみると、ネタ自体はマニアであれば誰でも知っているようなものが大半をしめていました。それなのに、なぜあれほど多くのマニア、それも半端ではない超マニア連中が引っかかったのか、不思議でした。
この秘密は、実際には彼の「ミスディレクション(注)」"misdirection"の巧みさです。
(注):(観客の視線などを、集中されると都合の悪い部分からそらす技法)ここでは彼のミスディレクションについての詳細な解説はできませんが、彼のミスディレクション理論に興味がある方には、"The Five Points in Magic" (Frankson Books,1998年)をお奨めします。ミスディレクションの解説書として、これほど理論的かつ説得力をもったものは他にありません。
この中で、彼の有名な「タマリッツ・シルク」やはがきを使った「ブックテスト」を例に取り、詳しく解説をしています。個々の具体的なミスディレクションは演じるマジックによってそれぞれ異なっているのですが、ひとつ一般的な例を紹介します。
たとえばカードマジックで頻繁に使われる必須の技法、"D.Lift"を行うときでさえ、観客の方に視線を移し、話しかけながら"turn over"をします。
マジシャンが最初自分の手元を見て、次いで観客のほうを見ると、大抵の観客はマジシャンの顔を見ます。このとき、シークレットムーブを行うというのが基本の原理です。しかし、こうしたからといって、観客全員がマジシャンの顔を見るとは限りません。マジシャンが観客の方を向いて話しかけても、まだマジシャンの手元をじっと見ている観客もいます。しかし、そのような観客でさえ、マジシャンが自分のほうを向いていることは「感じ」ます。これだけでも、観客の集中力はマジシャンの手元から分散されるのです。シークレットムーブをやるのはこの瞬間です。彼のマジックに多くのマニアが引っかかったのは、最初から最後まで、小さいミスディレクションから大きなミスディレクションまで計算されているからです。
彼のマジックには、マニアがよく言っているセリフ、「素人にはこれで十分」といったような思い上がったところなど微塵もありません。
タマリッツのマジックを勉強するのなら、このあたりのことをしっかり意識しないと、ただのにぎやかおじさんで終わってしまうでしょう。
少し前、静岡のビデオコレクター蓮井氏のご厚意で、かなり昔(20年近く前?)、ヨーロッパのどこかで開かれたコンベンションの映像を見せていただきました。タマリッツが、おそらくまだアマチュアとして出演していたときのものです。このときのタマリッツの演技を見ると、今では想像もできないほど、地味なおじさんなのです。くらーい、ぱっとしないマニアという雰囲気の人です。今、私たちが知っている、あのにぎやかなキャラクターは、彼がプロになるに際し、意識的に作り上げたものだと思われます。
彼の本質は、"The Five Points of Magic"でもわかるように、大変論理的な人です。クリエイターとしてもすぐれた資質をもっていますから、プロになると決めたとき、マジックだけでなく、自分のキャラクターも同時に作り上げたのでしょう。
また、タマリッツには、彼のサービス精神を物語る数多くの逸話があります。
たとえば、次の日にどこか立ち寄る場所がわかっているとき、前日、そこを下見に行き、こっそりと、ネタがセットできるようなところがあるのなら、あちこちにネタを仕込んで帰るそうです。トランプを絨毯の下に入れておいたり、天井に張り付けておいたり、または植木の中、額縁の後ろ、テーブルクロスの下などに、こっそり何かを隠し帰るのです。当日、誰かがタマリッツにマジックを見せて欲しいと頼んだら、いかにも即席風に演じながら、昨日から仕込んであったネタを使ってさりげなく見せます。見せられた側は、今、自分が突然リクエストをしたのに、何で、そんなところから消えたものが出現するのか、まさに本物の魔法を見たような気分になるのでしょう。 昔のマックス・マリニ(Max Malini 1873-1942)というマジシャンも、友人のスーツにこっそりトランプを縫い込んでおいたりという下準備をやっていました。
タマリッツにしてもマリニにしても、準備しておいたことの90%以上は実際には無駄になっています。しかし、このような準備があるからこそ、観客を驚かせることができるのです。観客を一瞬でも楽しませることができるのなら、これくらいの準備は何でもないというくらいサービス精神のある人でないと、芸人にはなれません。
魔法都市の住人 マジェイア
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