本名石田定次郎 名古屋出身。
1924年、当時日本で絶大な人気のあった天勝一座と共に渡米。一座は公演後日本に帰りましたが、天海は夫人のおきぬとアメリカに残り、1958年まで３０年以上、アメリカで活躍しました。親友には、ダイ・ヴァーノン、チャーリー・ミラー、ハーラン・ターベル、ブラック・ストーンなどがいます。
1924年という時代を考えると、英語をまったく喋れない日本人マジシャンが、アメリカのショービジネスの世界に入るということ自体、想像を絶する苦労があったはずです。各地を転々としながら芸を磨いていった当時の話は、自伝の『奇術五十年』（朝日新聞社 1961年）で一部知ることが出来ます。
日本に帰国したのが1958年で、すでに69歳になっていました。亡くなったのが1972年ですから、ちょうど私が本格的にマジックを始めた頃です。そのため、実際の天海師の演技を生で見たことはありません。かすかに、子供の頃、ＴＶで見たような記憶はあるのですが、それすらはっきりしません。当時はビデオもなく、映像として残っているものはあまりないようです。わずかに残っているものとしては、当時のテレビ放送の画面を８ミリで撮ったものと、ステージでのシガレットを演じているものくらいでしょうか。いずれも私家版であり、一般には市販されていません。
日本に帰ってきてからは、出身地の名古屋に戻り、おきぬ夫人と暮らし、亡くなるまで、アマチュアの指導や普及にも貢献しました。
1967年頃、その功績をたたえる意味で、師の名前を冠した『天海賞』が作られました。これは東京の風呂田（フロタ）氏が中心になり、昨年（1997年）まで、３０年間続きました。年に一人、創作奇術に貢献した人に贈られ、受賞者の作品集が発刊されるのが慣例になっていました。
天海師のステージマジックは、トランプ、タバコ、ボール、ロープなど、いわゆる手練ものが中心です。実際に天海師の演技を見ると、うまいとかすごいといった感じはまったくなく、あやしげな動作などどこにもないのに、不思議なことが起きるのです。うまさを感じさせないところが、本物の名人芸なのでしょう。
天海師のマジックを書物で知るには、"Tenkai's Mnipulative Card Magic"(1961年）(
これの邦訳が『天海のカード・マニュピュレーション』（高木重朗訳，NEW MAGIC社）,"The Thoughts of Magic"、"Six Tricks by Tenkai","The Magic of Tenkai"(ジェラルド・コスキー著 1974年）等があります。しかし、師のマジックを本で読んでも、全然面白くないと思います。それは、文章ではあのハンドリングの微妙なニュアンスを表現することが大変困難なことと、なぜそのような動作をするのかをきちんと説明してもらわないと、普通のマジシャンでは意味が理解出来ないと思われるからです。
何気ない動作のうちに行われる「あらため」がとても自然なのです。両手に何も隠してなどいないことを、ハンドリングの中でごく自然に行わうため、見ている観客からすると、どこにも怪しげな動作がないのです。
腕に覚えのあるマニアによく見られることですが、難易度の高いテクニックを用いて、マジシャンをうならせることに生き甲斐を感じている人がいます。このような人達のマジックを見ると、タネは完全にはわからないものの、「今、何かやったな」というあやしげな雰囲気が伝わってくるのです。天海師の演技にはそれがまったくありません。さらに、それがいかにも好々爺という感じのおじいさんの手で行われるため、見ている側も緊張しません。実際には裏で相当難しいことをやっています。また、「あらため」のハンドリングなど、実に細かいところまで考えられています。それが完璧に行われるため、「本物の魔法」のように見えるのでしょう。観客に挑戦的でなく、観客と一緒に不思議な現象を楽しんでいる雰囲気が伝わってきますから、見ている側もとてもリラックスできます。このようなところこそ、アマチュアマジシャンは見習うべきでしょう。
「テンカイ・パーム」と名付けられたカードマジックの技法があります。これは今でも世界中のマジシャンに使われています。カードをパームしたまま、五本の指を伸ばすことができる画期的なテクニックです。カードだけでなく、ジャンボコインのパームなどにも広く使用されています。この「テンカイ・パーム」という技法はこれからもずっと残りますから、海外でも最もよく知られている日本人マジシャンとして、"TENKAI"の名前は残るでしょう。
追加情報：『奇術五十年』（朝日新聞社 1961年）は現在絶版になり、入手できません。ほぼ同内容のものが『人間の記録68 石田天海―奇術五十年』（日本図書センター 1998年）から出版されています。
魔法都市の住人 マジェイア
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