ROUND TABLE

 

マジックをやらないマジシャン達のために(1)

それも悪くない選択

2001/1/19一部改訂
1997/12/9

「マジックが趣味」という人が10人いるとしても、実態は様々です。

マジックの本やビデオ、ネタは買い続けているのに、実際には人前でマジックを見せることはほとんどないという人が相当な割合でいます。マジックをやっていない方には不思議に思えるかも知れませんが、マジックは人に見せなくても、いくらでも楽しむことができる趣味なのです。レクチャーに参加したり、人のマジックを見せてもらったり、本やビデオで勉強するのも楽しいものです。また、人前ではやらないけれど、カードやコインのテクニックを練習するのは好きだという人もめずらしくありません。

人前ではめったにマジックをしないマジシャンも、最初から人に見せなかったわけではありません。徐々にこうなっていったのです。マジックは年期を重ねれば重ねるほど、難しさがわかってくる芸です。技術的なことではなく、メンタルな面での難しさが、経験を積めば積むほどわかってきます。

ここではマジックを見せることができなくなったマジシャンにちょっとしたアドバイスをしますが、マジックをやらなくてもよいのでしたら無理にする必要などありません。マジックは大変パラドキシカルな芸です。マジックなどやらなくても十分魅力のある人がやってこそ光る芸です。マジックをやっているときしか注目されないような人がやっても、すぐに飽きられるか、変人と見られるだけです。あなたが今マジックをできなくなっていても、それで問題がないのなら、何も気にすることはありません。

ところでマジックを演じる場合、どのような反応が観客から返ってくると、マジシャンは最もうれしいのでしょう。普通は素直に驚いてくれる観客が最もありがたいのではないでしょうか。でもこれはあまりにも当たり前すぎて、喜ぶには早すぎます。マジックを見せて、観客が驚いてくれないのであれば、それはマジシャンとしてレベルが低すぎるだけです。タネがバレていたり、いかにも怪しげなことをやっているのが観客に気づかれているからでしょう。ここでは、そのような低次元のレベルのことを問題にしようと思っているのではありません。もう少し深刻な問題です。

マジックを始めたばかりの頃は、誰かれ構わず人に見せたいものです。そして様々な失敗を経験します。失敗は貴重な体験なのですが、大半の人はこのあたりでマジックの難しさに気づき始めます。そして徐々に人前で演じなくなります。自信をなくすのです。

でもこれは決して悪いことではありません。マジックとはそのような芸です。タネさえ知ればマジックができると思って始めたのに、予想もしていなかった別の次元の難しさに気づき始めます。気がついたら、見せるのは同じマジッククラブのメンバーか、家族(実際には奥さん)だけということになっています。本当にこれが驚くほど多いのです(笑)。

10年、20年とマジックをやっている人にとりわけよく見られます。繰り返しますが、私は決してこれが悪いと言っているのではありません。パフォーマーとしての特別な才能が自分にあると思えないのなら、どこででも、誰かれかまわず見せるというのは得策ではありません。そのようなことをしても失敗の数が増えるだけです。

アマチュアマジシャンの場合、道楽でやっているのですから、自分も楽しくなければ意味がありません。ところがマジックを見せた後、少しも楽しくない場合があるのです。むしろ自己嫌悪になる場合も珍しくありません。一般の人にはできないようなことを見せたのだから、、「すごい」とか、多少は驚いてもらいたいのに、「ふーん、それがどうしたの」といった反応が返ってくることがあります。このようなとき、大抵のアマチュアマジシャンは自信を失い始めます。

少し具体的な例をあげながら話を進めましょう。

テーブルホッピングのプロがいます。レストランなどで、リクエストされたらテーブルの側に行き、そのテーブルの客にマジックを見せるという仕事です。このような仕事をしているマジシャンは、どこから給料をもらっているか知っていますか?普通、観客からは料金はもらいません。観客は無料でマジックを見せてもらえるのです。マジシャンは店からギャラをもらっていますが、観客からはチップ程度はもらっても、原則として、マジックを見せることで特別な料金は請求しません。

テーブルホッピングに限らず、バーなどでカウンターの中からバーテンダーがマジックを見せてくれる店もあります。このような店でも、ほとんどはマジックに対する特別な料金は請求されません。サービスのひとつとして行われています。

食事が終わった頃、マジシャンが自分のテーブルのところまで来てくれて、数種類のマジックを無料で演じてくれるというのは、マジックが好きな人にはたまらなく魅力的なことでしょう。しかし、みんながみんな、マジックを見たいとは限らないということを、マジックをやっている人間、特にアマチュアマジシャンは理解しておく必要があります。

テーブルホッピングのプロがいるようなレストランで、無料とわかっていてもマジシャンにマジックを見せて欲しいとリクエストするのは、十組に一組あるかないかです。タダでも見たくないという人がいくらでもいるのです。ショックですか?マジックってそんなに魅力のない芸なのかと自信をなくしましたか?いえ、なにも自信をなくす必要などありません。それは、あなたがマジックという芸に妄想をもっているからです。これは何もマジックに限ったことではありません。どのような芸でも同じです。

たとえば人間国宝のような舞踊の師匠、有名な落語家、ギター奏者などであっても同じことです。どんなに高名な芸人、アーティストが側で何かをやってくれると言っても、そのようなものに興味はないという人はいくらでもいます。タダで見せてやると言われても、関心のない人にはありがた迷惑なだけです。

だいぶ前のことですが、ある女性の前衛書家がテレビに出演していました。「私の書いたものは、表装して正規に売り出せば安くても50万円はする」と言いながら、一緒に出演していたタレントの着ている白のTシャツに、墨で字を書いていました。書かれたタレントはそのときはおとなしく書いてもらっていましたが、後日、そのときのことを迷惑そうに話していました。

「おれはあんなおばさんに字を書いてもらったって何もうれしくない、むしろ迷惑だ」と言っていました。「Tシャツに書いた字が50万円の価値があるというのなら、10万円でいいからキャッシュでくれたほうがおれは何倍もうれしい」と言っていました(笑)。 当然です。

この女性の書家のことであれば、大抵の人は馬鹿なおばさんだと思うでしょう。自分で自分の字が50万円の価値があるとか、自分の書は世間では大変な評価を受けているのだから私に字を書いてもらうことに感謝するべきであると言っていることの愚かさ、醜悪さ、無神経さは理解できるはずです。

本人がどれだけ自分の芸がすばらしいもの、価値のあるものと思っていても、相手がそれを受け入れなければ二束三文です。他人に、この値打ちを理解しろと言ってもそれは無理です。第一、この世に絶対的な価値のあるものなど何もありません。「私の気に入っているものは、あなたも気に入らなければならない」というのは、明らかに「非論理的な思いこみ」(irrational belief)です。

相手が自分の芸を拒否したって仕方がないのです。そのようなことにショックを受けるのは、当人が思い上がっているからです。自分の「すばらしい芸」を観客はもっと評価するべきだというのは、自分自身の勝手な思い込みにすぎないのだということをわかっておくことです。

そのような思いこみがなければ、相手に拒否されても、べつにどうってこともありません。 ただ、あなたがもう少し強欲で、自分がマジックを見せることで気分良くなりたいのなら、もっと積極的に観客を気分良くさせなければ無理です。それが芸の力だけで可能なら、あなたはプロになれます。プロとしてマジックで十分食って行けます。しかし、自分自身にエンタテイナーとしての天才的な才能があると思えないのなら、もう少し謙虚になるか、他の方法論を考えなければならないでしょう。

マジックを見せて、演者も観客も本当に楽しいひとときを過ごせたら、後日会ったとき、必ずマジックを見せて欲しいとリクエストされます。初めてマジックを見せたとき、調子にのって数多くのマジックを見せて、相手も喜んでくれたはずなのに、次回会ったとき、また見たいと言ってもらえないようでは失敗です。このパターンの失敗は誰でも経験しているはずです。

ではどうすれば、また見たいと言ってもらえるのでしょう。

これの最大のコツは、「観客がまだ見たいと思っているときにやめること」です。「見せるのは一つだけ」を厳守するだけで、ずいぶん状況は改善されます。このあたりのことは、「箴言集」にあるチャーリー・ミラーの言葉を参照しておいてください。

相手を利用して、こちらだけが気分よくなろうとしてもそれは無理だということをよく理解しておくことです。そして、そのようなことにまで気を使うのが面倒だと思うなら、人には見せなければよいだけです。それはそれで賢明な選択であると言えます。

(2)に続く。

魔法都市の住人 マジェイア

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