ROUND TABLE
サクラ
(Part1)
または「助手」について
1999/8/9
「サクラ」: ただで見る意。芝居で、役者に声を掛けるよう頼まれた無料の見物人。転じて露店商などで、業者と通謀し、客のふりをして他の客の購買心をそそる者。また、まわし者の意。
広辞苑(第五版:CD-ROM版)
街頭で何かを販売したりする場合、誰も客がいないと、通り掛かりの人もそばに寄りにくいものです。すでに何人か客が集まっていると、抵抗なく近寄ってのぞいてみることができます。その場を盛り上げるため、または客寄せのために一般客のふりをして、こっそり紛れ込んでいる「打ち合わせ済みの仲間のこと」を「サクラ」と呼んでいます。
デビッド・カッパーフィールドの日本公演が1999年7月31日から始まりました。今年度の世界ツアーでは、観客もマジックに参加することがテーマになっていました。タイトルも「U!」となっています。これは"YOU"のことです。観客をステージに上げ、またデビッド自身が客席に降りて行き、観客とじかにやり取りをしながらショーを進めて行くという形を数多く取り入れていました。このような形式は、デビッド・カッパーフィールドが本格的に世界的なツアーを始めるようになってからでも、はじめてのことです。
私も、8月1日に神戸で開催された公演に私も行ってきました。公演の内容に関しましては、「ショー&レクチャー」の部屋にレボートを書いておきましたので読んでいただきたいのですが、私のようなマニアではなく、マジックを見るのは好きだけれど、自分ではまったくやっていない方や、以前からデビッド・カッパーフィールドのファンである女性の方々からも、今回のショーを観た感想を聞かせてもらう機会がありました。そのような方々の素直な感想から、マジックショーにおける、思わぬ落とし穴に気づきました。以前から気になっていたことでもありますので、この機会に、一度考えておきたいことがあります。「サクラ」についてです。
最初に、今回、デビッド・カッパーフィールドが神戸公演のときにやったもののタイトルと、何らかの形で観客がマジックに参加したものを紹介しておきます。
1.ONE(観客がステージにあがり、台を調べる)
2.THUMBS(観客全員が参加)
3.SOFA(観客2人がソファーに座ったまま浮かぶ)
4.LASER
5.GRANDPA
6.COCOON
7.MOONRISE(観客が一人舞台に上がる)
8.DANCING TIES(観客のネクタイを借りる)
9.TEARABLE(観客が6名参加する)
10.THE FAN
11.ビデオ上映
12.TEST CONDITIONS(観客が1名ステージに上がり、台を調べる)
13.PANTY SWAP(観客の中から女性2名がステージに上がる)
14.MOON:INTERACTIVE EXPERIENCE(観客全員が参加)
15.FLYING(観客2名がステージ上がり、1名がデビッドに抱かれて空中を飛ぶ)
16.THIRTEEN(15名がステージ上がり、13名が一斉にステージから消える)16ある演目の中で、11に観客が何らかの形で参加していました。
人は、大変不思議な現象を見せられたとき様々なことを想像します。自分が今まで生きてきた中で知っているはずの知識では解決不可能、もしくは科学の常識に反するような現象を見せられたとき、色々なことを考えます。
自分の目の前、50センチくらいのところで、何の仕掛けもない紙幣が浮かんだら、これは驚きます。 そして、このようなとき、たいていの人は、「タネはわからないけれど、何か仕掛けがあるのだろう」といった程度で自分を納得させます。
では次のようなものならどうでしょう。メンタルマジックです。ある程度観客が入る会場、たとえば学校の体育館のようなところに1,000名くらいの人がいるとします。観客の中から一人にステージの上に出てきてもらい、予言の入った封筒を渡します。この封筒を、観客全員に見えるように持ってもらい、しばらくステージの上で待機してもらいます。
次に観客の中から、予言の対象となる人を一人選びます。マジシャンが選んだのでは、打ち合わせ済みと思われてしまうかも知れませんので、そのような疑念が生じない方法で、一人を選びます。このようなとき、スポンジでできたような柔らかいボールや、紙飛行機、造花の花などを客席に、後ろ向きで投げ、それを受け取った人に出てきてもらうという方法がよく行われています。念のため、マジシャンが投げただけでは特定の人に向かって投げたと思われるかも知れませんので、受け取った人がまた別の方向に投げ、これを繰り返して、3回目、あるいは4回目に受け取った人がステージに出て行くということにしておけば、最後に受け取った人があらかじめ打ち合わせ済みの観客であるという疑念は払拭できるはずです。
そのようにして選んだ観客にステージの上に上がってもらい、いくつかの質問をします。
1.血液型
2.星占いの星座
3.今一番行きたい外国の都市
4.今朝起きた時間
5.1組のトランプの中から、1枚だけ、自由に心の中で好きなトランプを思ってもらう。本当はどのような質問でもよいのですが、今、仮にこの5つを質問して、順に答えてもらったとします。全部答え終わったら、先ほどから持ってもらっている予言の封筒を開けて、中に書いてある予言を、声を出して読み上げてもらいます。
すると、それらがすべて、観客の答と一致していたらどうでしょう。相当強烈なマジックだと思いませんか?ひょっとしたら、本物のサイキック(超能力者)と思われるかも知れません。これは実演可能なマジックです。怪しげな黒板も、鍵の掛かった木製の箱も、FAXも使用していません。
これを見た人はどのように思うでしょう。なぜ、そのようなことができるのか、見当もつかないと思います。自分の頭では解決できないとき、あの予言の対象になった観客は「サクラ」、つまり最初からうち合わせ済みの観客だったと思うでしょうか。普通はそうは思わないはずです。マジシャンが特定の人物を観客の中から指名したのであればそのような疑いを持つかもしれませんが、今の場合、3人が順に紙飛行機を適当な方向に飛ばして、3回目に受け取った人が選ばれたのですから、特定の人物を選ぶのは無理です。そのため、サクラだとは思わないはずです。
今の予言のマジックは、一般的なマジック、たとえばハンカチからハトが出るとか、人間の体を切断するといった物理的な現象ではなく、心の中を読むということでした。このようなものは、見た目の派手さはないものの、不思議さという面では、大きな道具を使ったものと比べても、決して劣ることはありません。
もし、先ほどの予言のマジックは、本当はサクラであったと私が言ったら、あなたはどう思うでしょう。信じますか?その真偽は今しばらく置いておくことにします。紙飛行機の落ちる場所を予測することは、普通できませんから、あのような方法をとって観客を選んだのに、それでもサクラであるというのなら、もうメンタルマジックなど、何を見せられても、「どうせあれもサクラだろう」で終わってしまうでしょう。そうなると、どのようなマジックを見ても、何の面白みも興味も消え失せてしまうに違いありません。
予言のようなマジックや、読心術のようなマジックでは、出てきた人がサクラだと思われてしまったら、もうそれはマジックになりません。
では、マジックではサクラを使用することは絶対にないのでしょうか。これはあるともないとも言えません。もし、サクラを使用するのであれば、細心の注意が必要です。観客にサクラであると思われたり、サクラであることがばれてしまったら、そのマジシャンのやったマジックはすべて、そのようなような方法で行われていると思われてしまい、たちまち、魔法としての魅力は消えてしまいます。
では、サクラは絶対に使ってはいけないのでしょうか。その結論は後回しにするとして、状況次第では、ある程度許されると思うのです。ただし、その使い方が問題です。
たとえば、本当はサクラなのだけれども、それが観客には、サクラであるとは絶対気づかれないという条件が達成できるのであればどうでしょう。ただし、「絶対に気づかれない」という大前提が必要です。一人か二人にでもバレると、そこから情報は漏れて行きます。蟻が空けた小さな穴からでも、そこから水が漏れ、堤防が壊れてしまうこともあるのです。実際には、絶対バレないサクラなど、不可能です。そのときは気づかれなくても、後でサクラになった人が暴露したり、ビデオなどで録画されていると、何年かたってから見直してみると、気づいたりすることもあります。とにかく、永遠に、絶対にばれないサクラというのは不可能だと思っておいたほうが賢明です。
もうひとつは、本当はサクラを使わなくてもマジックそのものはできる場合です。つまり、マジックの現象の部分に関してはサクラを使う必要はないのですが、観客とのやり取りの中で笑わせたり、ある程度打ち合わせをしておいた方がスムーズに事が運び、流れがよくなることもありますから、そのような目的のために、事前に打ち合わせ済みの人を助手として手伝ってもらうことがあります。このような使い方であれば、許されるのではないでしょうか。このような場合でも、サクラと呼んでしまうと、誤解されることになると思うのです。
今のような目的、つまり、ショーの進行をスムーズにするために、あらかじめ打ち合わせをしておくと、その人が余りにも慣れていて、見ている観客からすると、逆に不自然に思える場合もあります。このあたりが難しいところです。
また、ギャグのところだけを打ち合わせしてあり、マジックそのものは何の取り決めもない場合でも、一般の観客が、ギャグの部分のやりとりから、打ち合わせ済みであると感じてしまったら、肝心のマジックの部分も事前に決まっていたのだろうと思ってしまうことも十分考えられます。そうなると、何を見ても不思議ではなくなってしまいます。これが事前に打ち合わせ済みの助手を使った場合の、一番恐いところだと思うのです。
今回、なぜこのような話を出してきたかと言いますと、先日のデビッド・カッパーフィールドの公演を見たとき、それに近いことがあったからです。今回のデビッド・カッパーフィールドのテーマは、「観客も参加する」ということですから、何人か、実際にステージの上に上がってもらう必要があります。マジックによっては、まったく何の打ち合わせもいらないものもありますが、少しは事前に打ち合わせをしておいたほうがよいものもあるのです。実際、いくつかのマジックで、客席にいる人に助手になってもらう必要から、スタッフが声をかけている場面が目撃されています。現実に、私の知人もそのような役を引き受けています。タネに直接関係する部分ではなく、本来ならそのような打ち合わせをしなくてもできるマジックなのですが、ステージの上でのやり取りで、練習をしておいたほうが笑いが取れることがわかっていますので、練習をさせられていました。
これは、ショー自体を盛り上げるという目的では理解できるのですが、スタッフが事前に客席の人と交渉しているような場面を、偶然近くに座っていた人が目撃すると、話はややこしくなります。特にマジックをやっていない一般の人が、たとえば自分の隣に座っていた人がスタッフに呼び出され、しばらくどこかに行っていて、本番が始まったら、その人が選ばれ、ステージに上がって行ったら、その人はもうステージの上で何が起きても、不思議だとは思えないでしょう。何もかもが打ち合わせ済みだと思ってしまうはずです。
今回のデビッド・カッパーフィールドの公演では、いくつか、このようなことが起きています。デビッド・カッパーフィールドの名誉のためにも明言しておきますが、一般の観客に、事前に頼んだとき、もしそれがタネに関しても協力するようなことであれば、それは論外なのですが、そのようなことはまず頼んでいないはずです。
具体的には、「パンティ・スワップ」の演技でも、観客の中から事前に頼まれた人がいるのですが、それはあくまで、「下着を見せるような場面があるが、それでもよいか」という確認程度のことであったはずです。もしあれが、2枚の下着をはかされ、それで準備をさせられたのでしたら、それはもうマジックではなく、素人の宴会芸です。もし本当に2枚の下着をはかされるようなことを頼まれたのでしたら、助手として選ばれた女性は、すぐに言いふらしています。そして、デビッド・カッパーフィールドのファンであっても、それもいっぺんにさめてしまうでしょう。そのような危険なことをするほど、デビッド・カッパーフィールドは愚かではありません。あのマジック自体は、2枚の下着をはかせるといったことをしなくても実演可能です。下着という特殊なものなので、下着全部を見せる必要がないことを利用した、ちょっとしたトリックです。しかし、一般の人の中には、あれは絶対、頼まれた女性が2枚の下着を付けていると思っている人が大勢いるのです。(現に私の知り合いの女性もそう信じていましたし、マジックをやっている人でも、そうだと思っている人がかなりいます。)
デビッド・カッパーフィールドには大勢の熱狂的な女性ファンがいますが、そのような人までが、あのトリックのために、失望したと言っているのです。ひょっとしたら、彼は「本物の魔法使い」か、本物のサイキックかもしれないと思っていたのに、ただの宴会芸おじさんになってしまったと、失望している人もいるのです。それもこれも、近くにいた女性が、「パンティ・スワップ」の助手として、事前にスタッフに連れられて行くのを見てしまったからです。
しかし、これはちょっとデビッドが気の毒です。誤解されています。気の毒なのですが、今の例は、マジックの中で、サクラや、事前に打ち合わせ済みの助手を使用することの危険性をあらためて気づかせてくれたと思います。このようなことが起きるので、サクラや、手伝ってもらう人と、事前に取り決めをしておくことはよほどうまくやらないと、すべてをぶちこわしてしまうことにもなりません。
蛇足ながら、最初に紹介した予言のマジック、紙飛行機を3回飛ばして、観客を一人選ぶ方法でも、実際にはサクラの人がその飛行機をキャッチすることは可能であるとだけ、言っておきます。ただ、今回の公演で、デビッドが「テスト・コンディションズ」の中で紙飛行機を飛ばして観客を選んだのは、まったく普通の人です。何の打ち合わせもない人ですので誤解のないようにしてください。
よほど特殊な状況を除いて、特にアマチュアは、サクラを使ったマジックなどしない方が賢明である、というのを結論にしておきたいと思います。
魔法都市の住人 マジェイア